第七話 毒あるものは大体死ぬほど美味い
「ケルエタさん、ユユジュをいっぱい取りましたけど、これどうやって毒抜くんですか?」
ケルエタとフリィアは、ユユジュをたくさん手に入れ家に帰ってきた。カゴを地面に置いて早速、毒の除去作業を始めようとする彼女は、ケルエタに問う。
「じゃあ、家の中から包丁を取ってきてください」
「わかりました!」
こちらの頼みを承諾して駆け出すフリィア。
(さてさて……ユユジュの毒は一滴舐めても致死率100%……処理方法をミスったらマジで終わりだ)
フリィアの背中を見ながら、緊張感と不安を感じるケルエタ。絶対にミスできない仕事が迫ってきている。
「ふぅー……落ち着け俺、大丈夫だ」
そんな独り言で自身を鼓舞し、少し待っているとフリィアが包丁を持ってきた。
「持ってきました!」
「それじゃあ、ユユジュを切り株の上に乗せてください」
フリィアがいつも薪を割る際に使う切り株、そこに彼女はユユジュを一つ置いて、指示を待つ。
(毒の繊維、それが中心に大量に詰まってる……逆にそこさえ切り取れば食える果実だ)
「そしたら真っ二つに切っちゃってください」
指示すれば彼女はユユジュを真っ二つに切る。
「切れたら、中心部分をここから……ここまで切ってください。大きめに切っちゃっていいですよ」
ケルエタはユユジュに近づき、体で線を引くように切る場所を示すと、フリィアはその通りに切った。
「こうですか……?」
「……うん、うんうん。そうです完璧です」
(さて……これで毒はないはず。ユユジュは死ぬほど甘いおかげで、果汁と水でジュースになるから……早速作って飲んでみるか)
ケルエタは処理が終わったユユジュを見つめながら、フリィアに次なる指示を出す。
「それじゃあ、果汁を舐めてみましょうか、何か容器とか持ってきてください」
「も、もう終わりなんですね! 持ってきます!」
(……てか待てよ。俺……どうやって飲むんだ?)
ケルエタはここで気がついた。自身が異世界に来てから、一切食事も給水もしていないことに。
(え、そう言えば口ないし……詰んでる? 飯とか飲み物摂取できないってこと? 生きれるけど……そう言う楽しみとかないってこと?)
「うそーん……多分飲めないじゃん」
新事実、それを受けてケルエタは落ち込む。自身は人間らしい楽しみを失ったと知って。そんな中、フリィアは容器を持ち、走って戻ってきた。
「これでいいですか?」
「えぇ……それで大丈夫です」
「ケルエタさん? 大丈夫……ですか?」
フリィアが容器をユユジュの横に置き、心配そうに見つめてくる。
(い、いかん。普通に気を遣わせてしまった!)
「だ、大丈夫です! それより、早速絞りましょう!」
彼女はこちらの声に安心し、ニコッと表情を柔らかくした。そして、処理が終わったユユジュを手に取り、容器の上で持ち上げた。
「搾っちゃっていいですか?」
「そのままガッツリいっちゃってください!」
それを聞いたフリィアは、ユユジュを両手で思い切り握り始め、両方から力を加え続け果汁を容器に垂らし続ける。
「うお〜……え、えぇ?」
ケルエタはフリィアを見ていると、ユユジュがどんどんティッシュを丸めるように、潰れていくのを目の当たりにする。七歳の女の子の握力なのだろうか。
「ふん〜っ……っふ!」
ユユジュはトドメとして、フリィアの渾身の一撃を喰らい、その原型を保てずに小さな球となった。
「出来ました!」
たっぷりと溜まる果汁。
「お……おお、すごい力ですね」
「えへへ……お父さん譲りって言われますから」
(遺伝にしても強すぎだろ。子供なの……?)
若干引きながらもケルエタは容器に近づき、それを見ながらフリィアに話しかける。
「フリィアちゃん。私、多分飲めないんですよ。ので、怖いと思いますけど飲んでくれませんか?」
「いいですよ!」
フリィアはそう言って容器に手をかけ、躊躇うことなく果汁を口に含んだ。
(えぇ!? えぇ……え? 躊躇とかないの?)
ケルエタは彼女を見上げながらも、容器から手を離して切り株にそれを置くのを見て、少し不安になる。
「フ、フリィアちゃん……?」
「……ケルエタさん」
(な、なんだこの空気やばい……ミスった?)
段々と不安が大きくなる中、フリィアはケルエタに顔を向けて言い放つ。
「すっっごく美味しいです!!」
「へ……」
頬を赤らめながら、興奮したようにそう言うフリィア。その様子からして、毒は取れていたようだ。
「こんなの飲んだことないっ……美味しいです! 今まで生きてきた中で一番美味しいかも……」
「そ、そんなに?」
彼女が「美味しい」と言う姿を見ていると、ケルエタも飲みたくなるが、口がないので無理である。
「これ! おばあちゃんに飲ませてきます!」
「は、はい……」
しかし、ケルエタは確信していた。
(飲みたい……飲みたいが、あの反応だ。売れる。一本でも売れたら勝ち確……道は、はっきりと見えた)
商品の販売。飲食業ではあったが、接客スキルは未だ健在。ケルエタは坂田であった頃を思い出し、このユユジュのジュースを売る。
「……ふふ」
明るい未来が見えて微笑むケルエタ。
久しぶりにだが、彼は思わず、笑みを溢した。
* * *
異世界転生十六日目。
「いらっしゃ〜い。世にも珍しいユユジュの飲み物だよ〜。一本銅貨二枚でどうだ〜い!」
この日、ケルエタとフリィアは町の中心地で、ゲリラ的にだが商売を行っている。猛毒の果実を飲み物にした商品──
「お客さん来ませんね……」
「そりゃそうですよ。ここは耐えです」
もちろん客足は多くない。
しかし、ケルエタには策があった。
(異世界にだって、好奇心旺盛な奴はいる。そいつを境に一気に客足が増えるはずだ……味は確かだしな)
この飲み物が持つ確かな旨味。人は食に貪欲である。どんな汚名でさえ、旨味があれば覆る。
準備期間はたったの二日間。
──ケルエタに不安はない。
「辛抱です辛抱」
「……わかりました!」
そうして、朝から昼まで店を出して購入者はゼロ人。フリィアは持ってきたお弁当を食べながら、椅子に座ってボーっと空を見上げていた。
(マズいな……売れなさすぎて目に見えて萎えてるぞ。だけどなぁ……ここは耐えるしかないんだよな)
ケルエタは彼女を時折見ながらも、自身もため息を吐いて下を向く。
「あのーすみません」
「はい……?」
ケルエタは顔を上げ、前を向く。
「店、やってます?」
来客だ。
「……やってます!!」
ケルエタは大きな声でそう言い──
「お客様!!」
フリィアは嬉しそうに椅子から立ち上がる。
「あ、あーもしかして俺が一番手?」
「そうです!」
高身長のナイスガイ、緑の髪と真緑の瞳が特徴的で、服装はキッチリとしたものだった。
(貴族じゃね……?)
ケルエタはそんな思いを走らせながら、そのイケメンな青年に問う。
「お客さん。このユユジュの飲み物、安全性とか気になりますか?」
「あー気になるよ。なんならそれが聞きたかった」
すると、彼の後ろからもう一人男がやってくる。
「おォイ! エルメットの兄貴なァニやってんだ?」
「あぁ、珍しい飲み物を買おうかなって」
(へ、変な奴来た)
ケルエタはイケメンな青年が、エルメットという名を持つことを知り、横に出てきた男に少し驚く。その者の髪型はモヒカンで、サングラスというよりはゴーグルのような、真っ黒な物を掛けていた。身長はエルメットより高く見えた。
「ユユジュゥウ!? 死にますよ兄貴ィ! おォイテメェ! 殺す気かってんだヨォ〜!」
「いや……あ、あの、違くて」
猫背ながら一々動作がうるさい男、エルメットと違って服装は蛮族に近い。彼のせいで商売が詰まり始める。
「ピドッド、少しうるさい」
エルメットがモヒカンの男の頬を軽く叩けば、彼は慌てたように口を閉じて、一歩下がった。
「サーセン! エルメットの兄貴!」
どうやらあの男はピドッドという名を持つようだ。
「すみません、それで安全性はどう証明するんです?」
ケルエタはフリィアの方へと視線を向けると、彼女は瓶を持ってエルメットの横に行く。
「飲むので見ててください!」
「待て待て。俺が指定したので頼もうか」
(なるほどね。そっちの方がイカサマ出来ないか)
「? わかりました!」
フリィアは瓶を机の上に置くと、エルメットが一つ瓶を取って腰を屈め、フリィアへとそれを渡す。
「それじゃ、見せてもらおうか」
エルメットは姿勢を直し、フリィアを見つめる。
(……何も問題はない。いけるはずだ)
そして次の瞬間、フリィアは瓶の蓋を抜いて口に飲み口をつけ、ゴクゴクと飲み始めた。
「おォイおォイ! 死んじまうってェ!」
ピドッドはドン引きしているが、エルメットは視線を逸らさずにフリィアを見続けている。
「っく……んく……ぷはっ」
一気飲みしたフリィアは、とても幸せそうな顔で、空の瓶を机の上に置いた。
「……ほう、本当に毒はないみたいだね」
「えェ!? んじゃあユユジュじゃないっすよォ!」
エルメットはこちらを見ながら口を開く。
「ユユジュが飲める場所を僕は知っている……だからこれがユユジュである可能性も高い。もし、ユユジュなら絶品──」
彼は机に近づいてきて、言う。
「一本、買うよ」
「……ありがとうございます!」
「やったっ……ありがとうございます!」
「兄貴マジかヨォッ!」
販売初日、販売開始から五時間。
一瓶の売り上げ──
しかし、この一瓶が運命を変える。




