第九話 桜舞し藤咲く現想
異世界転生十七日目。
「おばば、毎日会いにくるからね……!」
ケルエタとフリィアは今日、リルメスの屋敷に移住する。
「たまぁにでいいんだよぉ……フリィアの好きな時に来なさいな」
「でも……毎日来るからね……!」
フリィアは自身の祖母であるホルレリアに、勢いよく抱きついて顔を擦り付ける。
(1年間……ずっとそばに居てくれたお婆ちゃんとの別れ、と言ってもいつでも会えるが……住まいが変わるのはフリィアちゃんでも寂しいんだな……)
「ホルレリアさん。フリィアちゃんは私が責任持って面倒見ますので、心配はなさらずに……」
「……ケルエタ様、本当にありがとうございますぅ。この子を、どうか幸せにしてあげてください……」
「もちろん。絶対にしますとも」
ホルレリアは安堵したように息を吐き、フリィアを自身からゆっくりと離す。
「フリィア。頑張るんだよ」
「……うん!」
ボロ小屋のような家から、ボルワール家の屋敷へと住まいが変わる。劇的な人生の変化、しかし、それに伴って少しの寂しさが漂っていた。
(……よし、上手くやろう。フリィアちゃんを幸せにするためにも……リルメスとの関係をうまくいかせよう。全力で、異世界ガイドとしてサポートする……!)
◇ ◇ ◇
「リルメスお嬢様、ケルエタ様たちがやって参りました」
ボルワール家の屋敷。と言えど、ここは首都ではない。ケルエタはこの屋敷が、別荘に当たる存在だと知っている。
「早く作らせるのよ!」
首都レクセト、そこにリルメスの家族はいるのだろう。しかしなぜ、別荘に彼女がたった一人で来ているのだろうか。ケルエタはそんなことを気にしながらも、挨拶を行った。
「今日から……よろしくお願いします」
フリィアは自身のその声に合わせてお辞儀する。
「私はグラバ・シャクベルトと申します。ケルエタ様にフリィア様、ご案内いたしますのでどうぞこちらに」
(グラバさん……へぇフリィアちゃんとかに対して、ちゃんと礼儀正しく接してくれるのは良いな)
「グラバ! 早くしなさいよ!」
「はい、リルメスお嬢様。では」
グラバはリルメスに振り返った後、フリィアに手を差し出して握るように促す。彼女は深く考えずに彼の手を握った。
そして、先に屋敷の中に入ってしまったリルメスを追いかけ、ケルエタたちも屋内へ入っていく。
「昨日も見たけど……すごい綺麗」
「ですね〜……」
フリィアは屋敷の中をキョロキョロと見渡し、夢のような光景に目を輝かせていた。
「ケルエタ様、ここはボルワール家の別邸……基本的にユユジュの飲み物を作る時間外は、自由行動を認めます。ですが万が一、不審な行為が発覚すれば──」
グラバは忠告するように、前を向いて歩きながら伝えてくる。
「この領を敵に回したとお思いになさってください」
ケルエタは少し低いグラバの声に、強い圧を感じる。
「……承知してます」
「……ふふ、そうですよね」
(こっわ。いや、敵に回すわけないんで安心してください。てか……あのマレッカとかいう婆さんとか見たらさ……誰が喧嘩売るって話よ……)
ケルエタはグラバとマレッカの強さを、事前に全知脳で調べ上げていた。
(等級は全部で八つ……天級がやばいことくらいは知ってるが、その一個下も十分ヤバい。グラバさんとマレッカさんは、天級の一個下、“王級”だ……)
王級。天級より数は減らすが、世界最高峰の実力者を表す等級。天級が規格外だとすれば、王級は枠内での最強である。
(……でも逆に言えばこの二人、いや、ボルワール家と友好な関係を築ければ、一気に生存確率は爆上がりだ。関係は良好に保ちたい……!)
「着きました。ここで作業を行ってください」
「広い……明るい……綺麗」
グラバに案内された部屋は、フリィアちゃんの家が丸ごと入るような空間。装飾も綺麗で、床は肌触りの良い絨毯が敷かれていた。
「こんな良い場所で作業を……?」
ケルエタは思わずそう聞くと──
「ユユジュの飲み物は、リルメスお嬢様が今までにないほどのお気に入りらしく……待遇は最高とさせていただいてます。毎月大金貨7枚も支払うので、毎日2本以上は作ってください」
グラバは訳を話してくれた。どうやら、貴族であろうと唯一無二の商人に対しては、あまり強気に条件を提示しないようだ。
(……もっと厳しいかと思ったが、毎日2本以上なら自由時間も多くできる……色々動けるぞ)
「では、早速作業に取り掛かってください」
フリィアの手をそっと離すグラバ。彼はおそらく部屋の外で待っているのであろう、リルメスのもとへ駆け足で向かう。
(そう言えば……先に行ったリルメスは、なんでわざわざ近くにいるんだ? 案内だけならグラバさんだけで済むはずなのに──)
「ちょっと!!」
「ふぁい!?」
部屋の中心に立つフリィアは、部屋の入口から聞こえた、リルメスの大きな声で驚いて振り返る。
「リルメスお嬢様……?」
グラバが彼女の前で止まっても、それを避けてフリィアへ一直線に進んできた。
「あなた、名前なんて言うの!」
「フ……フリィア・サタニルドです」
リルメスに少し怯えた様子のフリィア。
「……ふーん。そう! じゃあ頑張りなさい!」
だが、リルメスは特に何かするわけでもなく、フリィアに背を向けてグラバへ駆け寄る。
「……?」
困惑したフリィア、グラバはリルメスに手を握られ、無理矢理その場から動かされてしまい、部屋にはケルエタとフリィアのみが残った。
「なにか、しちゃったかな……」
「いや……何もしてないですよ」
(……? 謎すぎるなあの子……なんの意味があったんだ? 全くわからんぞ……)
リルメスの意味不明な行動が少し怖く感じたケルエタ。しかし、その日を境にして何か妙なことが起きたりはしなかった。
ただ一つを除いて──
◇ ◇ ◇
グラバとリルメスは、ケルエタらがいる部屋を離れる中、廊下を歩きながら会話を交わしていた。
「グラバ……あたし、嫌われてないわよね」
「とんでもない、そんなことありませんよ」
リルメス・レクセト・ボルワール。
彼女はボルワール家の一人娘であり問題児。
「むぅ……ともだち、なれるかしら……」
リルメスに友達は一人もいない。
「なれますよ。ゆっくり関われば大丈夫です」
「そ、そう……?」
領主争い。リルメスはいずれ、ここレクセト領の領主になる。そうなった時、女性は非常に不利である。
「……グ、グラバ! 魔法の授業やりなさい!」
「珍しい……ふふ、そうですね。やりましょうか」
リルメスは領主リアバダ、つまり自身の祖父から一つの課題を与えられ、この別荘にやってきた。
「リルメス様は中級にならないと、お家に帰れませんからね……一刻も早く、なってしまいましょう」
「すぐなってやるんだから!!」
女性で領主になるにはどうすれば良いか。その答えに、わかりやすく強力なのが、戦士として活躍した功績があるかどうかだ。リルメスはそのせいで、強き魔法使いになることを家から推されている。
しかし、リルメスは魔法使いになることに対して、あまり積極的ではなかった。魔法自体そもそも、彼女にとってはあまり好きなものではなかったのだ。
彼女は生粋のわがまま。だが、わがままなのはリルメスなりの現実逃避。フリィアと同い年の彼女は、多くの弱みを持った少女である。
けれども、フリィアが来てからだろうか。リルメスがわがままを言う回数は前に比べ、微塵ほどではあるが減り始めた。
一方、それに伴って、ある変化が訪れる。
フリィアとケルエタが屋敷に来てから五日目。リルメスはフリィアに対し、真っ向から話しかけに行った。
「え、えっと、フ、フリア? ……! フリィア! あたしと一緒にお話ししなさい!!」
そんな一言で、リルメスとフリィアの関係が始まる。
けれども、傲慢なリルメスの発言にフリィアは──
「……えっと、わたしで良ければ、話します!」
純粋と言う言葉を表すような、優しい微笑みを浮かべて、リルメスの発言を正面から受け入れた。




