第十話 日常の裏で
異世界転生二十一日目。
「フリィアって呼びにくいわね……」
「そ、そうかな……?」
ケルエタは目の前の光景が信じられなかった。
(……なんで、なんでリルメス側からフリィアちゃんに、話しかけに来たんだ!?)
そう、彼が今目にする光景とは、フリィアとリルメスが横に並んでソファに座り、会話してるもの。
「……フリィ、フリィってあたしは呼ぶわ!」
「フリィ……? えへへ、リルメス様からそうやって名前を貰えるのは、なんだか嬉しいです」
「もっとゆるく話しなさいよ!」
リルメス。ボルワール家の一人娘。ケルエタは完全な偏見で、傍若無人なお嬢様だと思っていた。しかし意外にも、中身はまともな女の子である。
「じゃ、じゃあ……リルメスちゃんって呼べばいい?」
フリィアのその声に、リルメスは満足したのか嬉しそうに、笑顔を浮かべてぶんぶんと頷く。
「そうよ! そう呼べば良いの!」
(俺……話しかけても大丈夫なのか? めちゃくちゃ拒絶されて暴言とか吐かれたら、泣くぞ)
ケルエタは少女二人を前にして、思い切って恐る恐るリルメスに話しかけてみた。
「リ、リルメスお嬢様は、何か用があってここに?」
すると、リルメスはこちらに視線を向けて口を開く。
「あなた名前何よ」
「ケルエタです……」
「あたしはリルメス!」
質問にはすぐに答えてくれないリルメス。
(初っ端暴言じゃなくて良かった……)
「それで……何をしに?」
「べつに何用でもいいでしょ! あなたたちが気になっただけよ!」
ツンとした反応だが、これがリルメスにとっての普通の態度なのだろう。それに対し、思わずケルエタは苦笑いが漏れそうになった。
「リルメスちゃん……気になったって……?」
気になった。その言葉が引っかかったのか、フリィアはリルメスに訳を聞く。
「……あたし、ともだちいないの」
(そんなはっきり……言うか、この性格だし)
ケルエタはリルメスの顔を見ていると、彼女が先ほどとは違った、寂しそうな表情を浮かべる瞬間を目にする。
「この村に来たのは一ヶ月前だし……元々首都の方でもともだちなんていなかった。みんな、あたしが貴族だからって……」
リルメスは本音を容易く吐露してくれた。ケルエタは彼女についてあまり深く知らない。それでも、今のこの表情見て、この発言を聞けば、リルメスがただのわがままお嬢様でないことを察せた。
「そう……だったんだ」
フリィアがリルメスに肩を寄せる。
「なら……もしよければですけど──」
ケルエタが少し間を置きながら話すと、割り込むようにフリィアが声を上げた。
「わたしたちと、ともだちになろうよ!」
(言われた……ま、いっか。その方がいい)
「……いいの?」
リルメスはフリィアに顔を向ける。
「もちろん……! わたしもともだちいないし……貴族の人からしたら、良くないかもだけど──」
少し苦笑い混じりの微笑みを浮かべるフリィアは、言葉を発し切る前にリルメスに抱きつかれ、ソファに倒れた。
「リ、リルメスちゃん?」
「良くないわけないわ! フリィは今日からあたしの“ともだち”よ!! あとケルエタも!!」
(オマケかよ! ……まあ、それでいいよ。フリィアちゃんと仲良くしてくれる方が、俺は嬉しい)
ユユジュを絞るためだけに用意された大きな部屋の中、休憩用のソファに倒れる少女二人を見ながら、ケルエタは少しだけ、無い口角を上げる。
(ふふ、絶好調だな。今のところ良い方向に行ってるし……このまま二人が仲良くなれば、後々楽になる)
「わたしたちともだちだね……!」
(……五年後の戦争。明確な日付は未だにわからん。俺のここからの動きは、二人を戦える存在にすること……そのためにはリルメス以外の、グラバさんから信頼を勝ち取らなきゃな……!)
昼前、大きな部屋の中には、二人の少女が笑う声が小さくこだまする。そして、一体の光る球は希望を抱いて、これからを誰よりも先に考えていた。
◇ ◇ ◇
異世界転生一ヶ月目。
「フリィ! あたしを捕まえてみなさい!!」
「わたしだって早いからね……!」
屋敷が持つ大きな庭の中、フリィアとリルメスは追いかけっこをしていた。ガリガリだったフリィアも、健康的な食事を屋敷で食べられるようになり、普通体型に戻りつつある。
「……ケルエタ様、リルメスお嬢様は最近、フリィア様と遊ぶのが心底楽しいようで……」
「それは私もよく知ってます……なんだか不思議ですよ。まさかあんなに仲良くなるなんて……」
二人を見守るのはケルエタにグラバ、メイド長のマレッカであった。
「いんやぁ……でも困ることもあるんですよねぇ」
三人は共通して一つの悩みを持っている。
「……リルメスお嬢様が魔法を全く勉強しない」
「あー……言ってましたねこの間……」
「リルメスお嬢様はねぇ……中級魔法使いにならないと、首都に帰ることが許されておりませぬぅ……」
リルメスは中級魔法使いになるまで、首都にあるボルワール家の城には帰れない。
「グラバさんって……王級魔法使いですよね。それでも教えにくいとかあるんですか?」
「ケルエタ様、実力と教える力は釣り合いませんよ。私、絶望的に教えるのが苦手なんです」
「グラバは昔っから感覚派じゃからのぉ〜」
この屋敷にいる護衛は基本的に五名。ケルエタがこの前出会ったっきりのエルメットとピドッド、マレッカにグラバともう一人だ。
その中で魔法使いなのはグラバのみであり、教える人が彼以外いないのである。
「なぜリアバダ様は魔法教師を雇わなかったのですか……」
「信頼……してるんじゃないですかね?」
「そうじゃろうねぇ……」
リアバダ。レクセト領の領主でありリルメスの祖父。
「どうしましょうかね……」
グラバは目を右手で覆い隠し、ため息を深く吐く。
屋敷に来てからは半月も経っていないが、ケルエタは関わる人らが人格者なのもあり、すぐに大人とは仲良くなることが出来た。
今では、多少の信頼を勝ち取っており、屋敷内でも自由に動いて良いと許可されている。
何もかも、リルメスと関われたのがおかげだ。
(……今なら言ってみても、いけるか)
「グラバさん。私にリルメスお嬢様の、魔法を教えることを任せてはくれませんか?」
「……本当ですか?」
「ケルエタ殿、魔法使えるんですかぁ?」
現状、ケルエタはフリィアを剣士にならせるために、何か進展を起こしたわけでもなく、只々リルメスとの関係が深まるのを待っていた。
「使えませんが、この世の誰よりも詳しいです」
それは、一石二鳥を狙っていたからである。
(リルメスというか、ボルワール家の財力は凄まじい。この村丸ごと買えるくらいにはな……フリィアちゃんは今の所剣士を目指してるが、良い剣士には良い剣が必要だ)
「……ケルエタ様が言うなら嘘ではないでしょうが、さすがに、魔法も使えない状態では──」
「なら決めましょう。今日から一ヶ月後、リルメスお嬢様を中級魔法使いにしてみせます!」
強気にそう言い切るケルエタ。
(リルメスと仲良くなった今、フリィアちゃんは剣を買える機会もあるし、剣士でありながら魔法を多少扱えるようになったって良い……!)
「……わかりました。その言葉、信じますよ」
グラバは無謀なケルエタの言葉に頷く。
(二人が剣と魔法、どっちだって使える未来もあるし、互いに努力し合える関係は、一番人を伸ばす)
過去の経験を活かすようなケルエタの考え、彼が前世で得たそれは、異世界にて役に立つのであった。
(……あいつ、今も陸上の大会出てるのかな)
「ケルエタ殿、随分大きく出ましたなぁ……もし達成できなかったらどうするんですぅ?」
「……決めてません。でも、決める必要なんてないですよ。必ず……成し遂げてみせますから」
ケルエタは確信を持っていた。まるで未来を見透かすように。そうした態度を持って話す彼に対し、グラバとマレッカは顔を合わせた後──
「では、ありがたくお任せいたします」
「期待しておりますよぉ」
二人はこちらに顔を向けてそう言ってきた。
「あーもー! いきなり速くなりすぎよ!」
「えへへ、言ったもん、わたし速いって」
「……次はあたしが追いかける側よ!!」
ケルエタらが真剣に話す中でも、二人の少女は相変わらず元気だった──
これから訪れる、死の危機も知らないまま。




