第四話 最強老メイド
坂田は幼い頃、よく祖父から昔話を聞かされていた。
『おなかの中をさしてまわりましたとさ』
『おなかの中ぶっ刺すのー!?』
『そうだぁケン坊、鬼は腹ん中から針で刺されたんだ。チクチクっとなぁ!』
その記憶が、今になって鮮明に浮かぶ。
(じいちゃん……俺、俺じいちゃんに今すっごい感謝してる。じいちゃん……俺やってみるよ)
透明で誰からも見えない坂田。声も聞かれないこの状態で、彼は自身が持つ特性を最大限に活かす。
(喉……どんな生物だって、内側から喉を体当たりされたら、微弱な衝撃でもびっくりするだろ……!)
地竜が段々大きく見えてきた。それでも、坂田は速度を落とさずに進み続ける。恐怖は感じない。なぜなら今の坂田は、無敵なのだから。
「バギャアアアアアア!!」
咆哮。それを行った地竜は、フリィアたちがいる家に突進し始める。それに合わせて、坂田は口の中へと飛び込む。
「おばばを置いてくなんて……できないよぉ!」
「いいから! 行きなさいフリィア!」
(安心しろ──俺が助ける)
もうダメだ。坂田以外の二人はそう思っただろう。しかし、その絶望は消えてなくなる。地竜は突如動きを止めたと思いきや、苦しむように後退し始めた。
「ッバッッフゥバッハァッガグァ!」
咳き込むように声を上げ、地竜は地面に頭を叩きつける。
(ぐちゃぐちゃにしてやるよぉおお!!)
坂田は地竜の喉の中で暴れ、肺の入口あたりでがむしゃらに暴れる。この竜を殺すまではいかなくても撃退するまでやってやる。そんな意気込みだ。
「お、おばば、地竜が苦しんでる……」
「な、なんでだぁい……?」
当たり前だが外では二人が困惑している。
(い、いつまでやりゃあいいんだ!)
「フリィア、とりあえず逃げるよぉ……!」
「う、うん!」
坂田が時間を稼ぐ中、フリィアたちは外に駆け出す。すると、坂田は何か大きな気配を肌で感じ取り、地竜の激しい咳で吐き出されてしまった。
(し、しまった! 一瞬動きを止めたせいでっ!)
失態に焦りながらも外に出て、彼はフリィアたちが逃げるのを見た。しかし、一人の老婆がこちらに向かってきている。
(な、なんで婆さんが近寄って来てるんだよ! 婆さん死ぬぞ! 逃げろって!!)
その老婆は、フリィアの祖母らしき人物よりも腰が曲がっており、か弱い印象を抱かせる姿だった。
「地竜なんて一年ぶりじゃのお……」
坂田は気にしている。先ほど自身が感じた大きな気配はなんだったのかと。あの気配に見合う存在は未だ見当たらない。
「ッグゥルゥッガアアアア!!」
地竜が口を大きく開けて吠えた。怒り、自身が悶え苦しんだことへの怒り。それを表す叫びだ。
(あの婆さんなんなんだ……)
坂田は空中から地竜と老婆を視界に入れ、これからなにが起きるのか全く想像できなかった。
──ここは異世界。
どんなファンタジーもここでは現実。
坂田は目にする、非現実的現実を──
「ちと。おいたが過ぎるのう」
その言葉と共に老婆から、先ほど感じた気配が発せられた。そして、老婆は姿を変えていく。
(え……え? え、マジ?)
[全知脳が発動します]
老婆は120cmほどの身長から一気に190cmへと成長し、筋骨隆々とした姿に変わる。元々ダボダボだった服はピチピチになり、白髪に艶が戻った。
[人変族:種族
年齢に関係せず、魔力によって姿を変える種族。
人知族の変異種であり、珍しい種族でもある]
(婆さんが……ムキムキになった……?)
老婆はその巨体ながら駆け出し、坂田が目で追えない速度で地竜の頭へと跳ぶ。そして放たれる一撃必殺。ムキムキの老婆が放つその拳は──
「ッギュアアア!!」
地竜の尖った口先をクレーターのように凹ませ、周囲に衝撃波が放たれる。加えて、雷鳴のような音が辺りに響き渡った。
(……な、なにが起きてんだ)
坂田はポカンとして一部始終を見ており、老婆が地面に着地して眼鏡の位置を整えると、地竜は白目を剥きながらその場で倒れる。
[全知脳が発動します]
[マレッカ・ストラドール・五十七歳・女性・人変族]
坂田は情報を得た。ムキムキの女性はマレッカという名であると。
(……異世界ってまさかこんなバケモンばっかいる感じか? え、てか魔法は? 剣は? 拳じゃん!)
想像していた異世界と違うのかもしれない。坂田は不安を抱く。どうかこの老婆の見た目をするマレッカだけが、異常なだけであってほしいと願った。
「マレッカ〜! もう倒したの〜!」
呆然としながら彼女を見ていると、村の奥の方から一人の女の子と、一人の執事がやって来る。
「“リルメス”お嬢様〜、そうですよぉイチコロです」
坂田は耳を疑った。
「マレッカは最強ね!」
(リルメス……? 今、リルメスって言ったか?)
道の端で固まるフリィアとその祖母らしき人は、道の真ん中を堂々と歩く桜色の髪をした女の子に視線を向ける。坂田ももちろん釘付けである。
「マレッカメイド長。お怪我は?」
「グラバ、あたしが怪我をするとでも?」
「ふふ、まあそうですよね」
高身長で紳士な執事に、筋肉モリモリのメイド。場違いな少女、リルメス。
(……あの護衛がいるなら、そりゃ死なんわ)
その光景を見ると坂田は納得する。あまりにも周りが強すぎる。そんなことを感じながらも見つめていれば、三人は道を歩いて去っていく。
(んで……あれとフリィアちゃんを、どう繋げりゃぁいいんだ? 無理じゃないか? だって異世界って貴族と庶民の関係なんて、悲惨だろうし……)
「おばば、大丈夫?」
「私は大丈夫だよぉ……地竜も気絶してるみたいだしぃ、処理されるまでどこかお散歩しようかぁ」
「おばばとお散歩……する!」
頭を悩ませる問題が大きくなった。それはそれとして、フリィアたちが歩き始めたので坂田もついていく。目は離せない、一応戦い方も知れた。
(……リルメスの心配は当分なしで大丈夫。となると尚更フリィアちゃんを中心に考えよう。一応透明でも戦えたし……少しだけ希望も見えた。俺が考えるべきなのは、透明化が解除された後のことだ……!)
坂田は計画を練る。透明化が解除され、これから彼女の前に姿を現して関わる際の流れを──
◇ ◇ ◇
(うーむ……)
異世界転生十二日目。フリィアの住まう家の中で、坂田は一つのことに対して深く考え込んでいる。
それは異世界で生きる上での、自身の名前。
(名前はどうしようか……サカタ、は嫌だし……どうせなら何か異世界らしい名前がほしい)
そんな暇はあるのかと彼が問われれば、その答えはYESだろう。なぜなら、あれから死のリストに変化はなく、危険度の高い死の運命もなかった。そのおかげで一週間ほど、計画を立てることが出来たのだ。
(タカサ……いや逆読みじゃ高さじゃねぇか)
計画としては、フリィアの貧困脱出が目標。そのため、前世の商売スキルを使い、どうにか商売で一儲けしようとしている。
(……妖精族、坂田。サカタ……)
(サルェタ……サをカ行に変えないか? カルェタ? いやキモいな……ェが悪いんだ! ……てことはカルエタ? なんかしっくりこないな……)
言語、地理、歴史、魔法。一般的な大人の教養レベルまで、全知脳を使って知識を得た坂田。彼は、十二日目にて与えられた魔法を使いこなしている。
(……コルエタ? いや、キルエタ? うーん……もう、カ行で好きなやつでいくか。“ケルエタ”だ)
無理ゲーだと思っていた異世界での仕事も、彼は段々と慣れてきた。まだまだ不安要素は多く、安定したとは言い切れない。
それでも、今だけは少しホッとしていた──
(俺はこの世界をケルエタとして生きる……!)
自分の名を考える暇があるほどには。
そして、彼は異世界転生して十五日目にして、ついに自身が守るべき対象のフリィアと、顔を合わせる。
光る球なので顔なんてないが──




