第五話 はじめましてフリィアちゃん
坂田は異世界に転生して二週間目を迎えた。
異世界における彼の名前はケルエタ。
そして今日──初めて人と話す。
「あ。あ……お、戻った」
ケルエタはフリィアの住まう家の外、一人で声を発す。ついに自身を縛っていたハンデが消えた。
(喋れる……多分姿も見えるようになってるな)
一時の安堵。しかし、自身の必殺技である確絶魔法は依然使用不可。まだまだ油断は出来ない。
(にしても今回は運が良かった。フリィアちゃんが死にかけたのは地竜の時だけ……ただ、5年後の戦争時、どう使うかが肝だな……)
5年後の戦争。ケルエタはそれに追われている。戦争時フリィアは十二歳、その時戦えない少女であれば、おそらく守り切ることは出来ないだろう。
(俺の第一目標はフリィアちゃんを貧困から抜け出させて、魔法使いでも剣士でも、とにかくなんでもいいから戦える術を身につけてもらうこと……!)
ケルエタは光る球として空を動き回り、意気込むようにフリィアのもとへと向かい始める。朝、この時刻であれば、彼女は水を汲みに行っている時間だ。
(それにしても……フリィアちゃんはやっぱり魔法使いとかか? あの体じゃ流石に剣士はキツいだろ)
そんなことを思いながらも、ふわふわと浮いて村の井戸に向かうケルエタ。そして、少し移動すれば特徴的な藤色の髪を持つ、美少女フリィアが見える。
「っしょ……」
どうやら水を入れ終わったようで、家へ帰ろうとしている様子。そんな彼女に、ケルエタは正面から近づいて話しかけた。
「……?」
「こ、こんにちは〜」
黄緑色に光る球、それが視界に入ったフリィアは、ケルエタのことをじっと見つめて瞬きを何度かする。
「妖精様……?」
「そうそう、妖精族の──」
すると、こちらが名乗る前にフリィアは表情をパッと明るくさせた。
「妖精様! わたしを助けてくれましたよね! やった、会えた会えた! ずっとお礼がしたかったんです!」
浮かぶケルエタは、フリィアの小さな手で抱き寄せられる。どうやら、熊に襲われた時のことを覚えていたようだ。
「ちょっ……ちょ!」
(俺……人生で初めて女の子から抱きしめられた。あぁ……悪くないな。異世界ってイイなぁ!)
「あ、ごめ、ごめんなさい」
声に反応して少し離れるフリィア。ケルエタは内心そのままでも良いと思っていたが、咳払いして異世界での名を名乗る。
「ん“ん”ッ! えー、名乗りますが私はケルエタ。今日はフリィアちゃんに少しお話があって来たんです」
(口調は清く正しく行こう。子供に汚い言葉遣いは悪影響だからな。うん、大人の配慮ってやつだ)
「お話……ですか?」
「とりあえず、歩きながら話しましょうか」
ケルエタの提案をフリィアはすんなり受け入れた。
「まず、私はフリィアちゃんを幸せにするために、遥々この地までやって来ました」
「し、幸せにですか……?」
「そうです。フリィアちゃんの生活は過酷……激貧の中でも毎日を必死に生き、息をつく暇もない。そんな生活を変えるべくやって来たのです」
フリィアは頷きながら真剣に聞いてくれる。
「そうですか……」
「もっと豊かな生活を送ってほしい、そのために私がサポートして差し上げましょう。という話です」
こちらがそう言うと、フリィアはケルエタにとって予想外な返答をした。
「そんなわたしのためだとか……しなくていいですよ! わたしは今でも十分、幸せですっ!」
「……え?」
彼女は純粋無垢な笑みを浮かべながら、ケルエタにハッキリとそう伝えた。その言葉に、彼は酷く心を打たれる。
(そうか。何も豊かなことだけが幸せじゃない。この子にとっては、今の生活で幸せを味わえてるんだ)
自身の尺度でフリィアという子を測ったこと、それに伴い、ケルエタは幸せの意味を再度理解した。
(忘れていた……そうだよな。人にはそれぞれの幸せがあるよな……)
ケルエタは自身が発した言葉が、とても恥ずかしく思えはじめる。フリィアは今でも幸せだと感じている。それは、紛れもない事実なのだろう。
しかし──それは長期的な幸せではない。
「……フリィアちゃんに夢はありますか」
(でも……それじゃダメなんだフリィアちゃん)
「夢……ですか?」
「そうです。何者になりたいか……とか」
(結局、世の中何者かにならなきゃ、幸せに浸り続けられない……俺は、何者にもなれなかった。幸せなんて……全く思わなかった)
フリィアは立ち止まって少し悩む。
「……お母さんとお父さんに会いたいです」
彼女は少しだけ顔を俯かせ、そんなことを言う。
「どこかに、行ってしまったのですか?」
「お母さんとお父さんは、強い冒険者だったんです。等級も上級の上、英級で……尊敬してます。でも……1年前、依頼に出て帰って来なくなったんです……」
寂しそうに口を閉じたフリィア。ケルエタはそれを聞いて、少し間を作った後に再度質問する。
「じゃあ、なんで今は幸せなんですか?」
「……もう、生きてないって思うんです。だから、わたしは下を向いてられないなって……」
(……七歳? 七歳の精神力か……?)
ケルエタは驚く、フリィアの精神が強すぎることに。加えて、言葉遣いもよく出来た子供だと──
「……っふ〜。もう思い切って伝えます。フリィアちゃん、君は5年後……戦争に巻き込まれる」
「え……」
だからこそ、ケルエタは言った。戦争のことを。
「その時が来れば、何もかも……終わる。強い者の前じゃ弱者は配慮されません。そうなった時、フリィアちゃんは幸せのままでいられますか?」
残酷にも告げるケルエタ。
「……幸せのままじゃいられないです」
「お母さんとお父さんのことは、まだ諦めるべきじゃない。君は無限の可能性を秘めているんです……! まだ、たくさんやれることはある」
顔を上げてこちらを見つめるフリィア。
(俺は……たくさんやれる時期に、何もしなかった。何もかも……中途半端に終わった。だからっ……大人になっても、ちっとも楽しくなかった)
「君はッ……まだ七歳なんです! フリィアちゃん、いや、フリィア・サタニルドさん。私に──」
(……べつに、俺が過保護になる意味はない。老衰させればいいだけ。だけど……俺はやるなら本気でやりたいんだ。だってここでやらなきゃ、人生をやり直しても同じ結末を辿る気がする)
ケルエタはフリィアの深い青の瞳を見て言い放つ。
「君の人生を幸せでいっぱいにする……お手伝いをさせてください」
(だったら……俺は本気でこの子を幸せにする。不幸だと感じなくなるまで、ひたすらに……!)
風が吹いた。春の陽気を感じる暖かい風、木々の揺れる音が止んだ際に、フリィアは口を開く。
「幸せ……わたしは……」
「欲張っていいんです。君の人生なんですから」
(俺は、常に周りばかり見て……欲張れなかった)
ケルエタは心の底からの言葉を出し尽くし、自身の一度目の人生を悔いるように息を吐く。
「っ……ケルエタ様、わたしを幸せにしてください!」
「──喜んで」
フリィア・サタニルド。ケルエタは彼女との接触を成功させた。それと同時に、彼は初めて堂々と決意することが出来た──本気になることに。
「……えへへ、ケルエタ様はお優しいですね」
「様は要らないですよ」
ケルエタに合わせフリィアは自然に並び、二人は家へと向かって進み始める。




