第1話 MESCALIBUR
「おいおい見ろよ、あいつ。まだマイ・バディを持ってねえのかよ」
「だっせー! 今の時代、マッグのハッピーオペセットでもバディがついてくるってのにさ!」
放課後の校門前。
クラスメイトたちの冷たい視線と笑い声が、切札零の背中に突き刺さる。
世はまさに、大医療時代。
子どもたちのステータスは、持っている『患者』の性能と、それを執刀する『オペギア』の性能で決まる。
だが、小学五年生のゼロのポケットにあるのは、家からこっそり持ち出した錆びかけの裁縫用ハサミと、絆創膏が三枚だけ。
「うるさい! 俺だって、いつか最高のバディを見つけて、世界一のオペラーになるんだ!」
「それ、昨日も言ってたぞ」
「口だけだ、口だけ。さすが『ゼロ』は違うねー」
ゼロ。バディもオペギアもない。
何も持っていないから、ゼロ。
そんなあだ名をつけられていた零は、悔しさのあまり反論した。
「じゃ、じゃあ明日! 明日、オペギアとバディを持ってくるから勝負だ!」
「え、マジかよ!」
「へぇ、そんじゃアタイがやってやるよ」
クラス一の乱暴オペラー、赤城ミナが歯を見せて笑った。
「明日は土曜日だし、昼メシ食ってからじゃないと家を出られねえから……一時にセキクロス公園で待ち合わせだ」
「あ、ああ! やってやる!」
「こいつは楽しみだな。負けたり、来なかったりしたら罰ゲームだからな!」
「わかってるよ!!」
◇
やばい。やってしまった。
誰もいない河川敷の帰り道。零は途方に暮れていた。
「母さん、許してくれるかな……?」
オペバディ・バトル。
それは患者――バディを使って、様々な競技で勝敗を競うゲームだ。
母は、命を軽々しく扱ってはいけないと言って、零をオペバディ・バトルから遠ざけている。
なんとか交渉するか。いや、貯金を崩して買うか。バディは家の外の段ボールに隠しておけば、いけるだろうか?
「……いや、無理だろ。母さん、絶対気づくし」
零は頭を抱えた。それでも、言ってしまったものは仕方がない。
「……へっ。見てろよ。俺だって、最高のバディを手に入れて、世界一のオペラーになってやるんだからな……!」
零は夕日に向かって、悔しさを紛らわせるように拳を突き上げた。
そのときだった。
「――見つけたぞ。君が、切札零くんだね?」
草むらから突然、ボロボロの白衣を着たペストマスクの男が飛び出してきた。
男の肩口には、何らかのレーザー執刀を受けたような焦げ跡があり、そこから激しく血が流れている。
明らかに、何かに追われていた。
「うわっ!? だ、誰だよおじさん! っていうか大怪我じゃん!」
「時間がない。これを受け取ってくれ。……君のお父さんからの、届け物だ」
「親父から……!?」
男が差し出してきたのは、鈍く銀色に輝く、重厚な腕時計のようなメカだった。
次の瞬間、男がそのメカを零の手首へと押し付ける。
ガチィィィン!!
腕時計のような輪が、零の手首に巻きついた。
その中央に刻まれた文字は――『MESCALIBUR』。
直後、手首のギアから網目状の青い光が走り、周囲の空間をスキャンした。
ウィィィィィン……ッ!
次の瞬間、足元のアスファルトが光り、白い手術台と、銀色の器具トレイが展開される。
ナノマシンが高密度で結合し、一瞬にしてストリートを「完璧な無菌室」へと変貌させたのだ。
「な、なんだこれ……!」
零の驚愕をよそに、男は口元の血を拭いながら満足そうに笑った。
「携帯展開式オペギア。……君のお父さんが、最後に残したものだ。悪の医療組織に渡すわけにはいかない。君が、それを使って――」
「おい、待てよおじさん! 親父ってどういうこと――」
問い詰めるより早く、男はナノマシンの光に紛れるようにして、再び闇の中へと走り去ってしまった。
あとに残されたのは、近未来の手術台と、零の手首に鈍く輝く『オペギア』だけだった。
「親父……生きてたのか……?」
零は胸の高鳴りを抑えきれないまま、展開された手術台を大急ぎでギアに格納し、家へと走った。
◇
その夜。自分の部屋のベッドの下に、厳重にオペギアを隠した零は、泥のように眠りについた。
そして、夜が更けた頃。静かに部屋のドアが開き、一人の女性が入ってくる。
零の母親だ。母親は、ベッドからはみ出ていた銀色のギアを見つけると、そっとそれを手に取った。
月光に照らされる『MESCALIBUR』の刻印。
母親の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「……やっぱり、あなたの子なのね。あの人の、血には抗えないというの……」
我が子の寝顔を見つめながら、母親は静かに覚悟を決めた。
◇
翌朝。朝食の席で、母親はトーストを口に運ぶ零を見つめ、静かに切り出した。
「零。今日、バディを買いに行きなさい」
「ぶっ!!」
零は牛乳を吹き出しそうになった。
「えっ……いいのかよ、母さん!? ウチ、お金ないからって、ずっとダメだって言ってたじゃん!」
「ええ。でも約束して」
母親の目が、いつになく真剣だった。
「約束?」
「あなたは――命を、道具にしないで」
その言葉の重みに、零は一瞬だけ息を呑んだ。だが、手首に隠した『MESCALIBUR』の重みが、零の背中を押す。
「分かってるよ、母さん。俺は、患者を傷つけるためにオペラーになるんじゃない。……みんなを救って、最強になるんだ!」
零のまっすぐな瞳を見て、母親は優しく微笑んだ。
「いってらっしゃい、零」
「応! 行ってきます!」
零はダッシュで家を飛び出した。
目的地は、ありとあらゆる最新医療人間が揃う夢の国――大型医療ホビーショップ『トイザめス』。
バディが大量に売買されている……夢の国だ。




