第0話 オペバディ・バトル
――世はまさに、大医療時代。
かつて、子どもたちがカードやミニ四駆、あるいはベイブレードを握り締めていたその手には、いま、鋭利な銀色の刃が握られていた。
手術が、熱い。
放課後の公園で。
商店街の特設ステージで。
そして、世界中の巨大ドーム病院で。
患者を切り、縫い、立ち上がらせる次世代医療ホビー。
それこそが――
『オペバディ・バトル』である。
※ただし、彼らに医師免許はないものとする。
「いけぇぇぇぇ! ゼロォォォォ!!」
地響きのような大歓声が、東京ドーム病院を埋め尽くした十万人の観客から沸き起こる。
ジャパン・オペ・カップ、決勝戦。
スタジアム中央に設置されたのは、眩いライトに照らされる巨大な特設手術場――通称、オペリング。
その中央で、小学五年生の少年、切札零――通称『ゼロ』は、愛用のボロ布を巻き付けたメス『メス・カリバー』を逆手に構え、額の汗を拭った。
対峙するは、全国大会三連覇を誇る絶対王者。
帝都メディカルジュニアの頂点に立つ少年オペラー、ドクターキラー。
彼のバディがリングに上がった瞬間、実況アナウンサーの絶叫が、ドーム中のスピーカーを震わせた。
『出たぁぁぁーッ! 王者ドクターキラーのバディ! ロコロコ応募者限定販売、プレミアム・サイボーグ人間Lサイズだぁぁぁ! なんと胸部が観音開きになり、心臓部のエンジンが露出しているーッ!!』
リング上に立つ巨体のバディは、もはや人間というより、工場だった。
開いた胸部からは、黒光りする金属の心臓が激しく脈打っている。排気管のような血管が震え、肋骨の奥で低いエンジン音が唸った。
「フハハハハ! 見ろ、切札!」
ドクターキラーが白衣の裾を翻し、勝ち誇ったように笑う。
「これぞ我が最高傑作の術式! バディの心臓をV8ツインターボエンジンに換装オペした! これで我がバディの出力は通常の千倍! お前のような安物のパーツをぶら下げた貧乏人に、このエンジンが止められるかぁぁぁ!」
王者の叫びとともに、サイボーグバディが黒煙を吹き上げた。
次の瞬間。その腕に取り付けられたチェーンソーが、凶悪な音を立てて回転を始める。
ギュイイイイイイイイイイイン!!
「うわぁぁぁぁぁ!?」
ゼロの相棒である気弱な少年バディ、ホシが、青ざめて後ずさる。
ターゲットはゼロではない。ホシだ。
「ひ、ひえぇぇぇ! ゼロくん、助けてぇぇ!」
チェーンソーの刃が、ホシの首筋をかすめ、鮮血が舞った。観客席から悲鳴が上がる。
だが、ゼロの目は死んでいなかった。
「やめろー!」
ゼロの叫びが、ドームの天井を震わせる。
「患者は、人を傷つける道具じゃないんだ!!」
激突。チェーンソーの容赦ない一撃が、ホシの右腕を根元から綺麗に切断した。
宙を舞う右腕。噴き上がる血しぶき。
観客席から、勝負ありか、というざわめきが広がった。
その瞬間。ゼロの身体が、光の粒子のようにブレた。
「……終わらせるぜ」
ゼロは、静かにメスを構える。
「俺のターンだ」
次の瞬間、ゼロの指先が、目にも留まらぬ速度で動き出した。宙に舞ったホシの右腕を左手でキャッチ。同時に、右手のエースメス――メス・カリバーが閃光を描く。
『な、何ィーッ!? 切札選手、バディが攻撃されているその真っただ中に乱入! 敵のチェーンソーを紙一重で回避しながら、落ちた右腕を拾って、その場で手術を始めたぁぁぁーッ!!』
「無駄だ!」
ドクターキラーが嘲笑する。
「そんな出血量、リペアが間に合うはずが――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
ゼロのメスさばきが、スタジアムに搭載された全自動医療AIの計測限界を超えたからだ。
縫う。結ぶ。繋ぐ。
血管、神経、筋肉、骨。
切断されたはずの右腕が、ゼロの指先によって、ありえない速度で元の場所へ戻されていく。
「させるかよ」
ゼロの瞳が、炎のように燃えた。
「俺とホシの絆をナメるな……!」
メスが閃く。糸が走る。観客全員が息を呑む。
「受けろ! 毎秒五千針の超絶技巧!」
ゼロが叫んだ。
「神速・再接着ォォォォ!!」
シュウウウウウウウウッ!!!
ゼロが縫合を終え、ピンセットを掲げた瞬間、ホシの身体から白い蒸気が爆発的に噴き出した。
超進化を遂げた現代医療の奇跡。――五百万倍の超回復である。
マッハの速度で細胞が分裂し、血管が繋がり、神経が結合していく。
腕を切り落とされたはずのホシは、一秒にも満たない時間で、傷跡ひとつない完全な状態でリングの上に立ち上がっていた。
「……ふぅ」
ゼロが不敵に笑う。
「バイタル安定。完全回復だぜ」
「な、何ィーッ!?」
ドクターキラーが驚愕する。
『カウント静止! 完全立ち上がりタイム、驚異の0.03秒!! さらに、縫合の結び目がすべて綺麗な蝶々結びになっているー! 芸術点、満点だぁぁぁーッ!!』
そのとき、立ち上がったホシの目が、紅く燃え上がった。
五百万倍の超回復。それは時に、バディの潜在能力を一時的に爆発させる。
「よくも……」
ホシが、再接着されたばかりの右拳を握り締める。
「よくも、ボクの腕を切ったな……!」
ホシの右腕が、ありえない音を立てて膨張した。
筋肉が軋む。骨が唸る。再生した神経が、赤い稲妻のように走る。
『こ、これはーッ!? 超回復の反動で、ホシ選手の右腕に異常なバイタルブーストが発生! パンチ射程、急速拡大! 50メートル! 300メートル! 1キロ! まだ伸びる! まだ伸びるぞぉぉぉーッ!!』
「お返しだぁぁぁぁぁ!!」
ホシが放ったのは、ただのストレートパンチだった。
ただし、魔改造じみた超回復の暴走によって、その射程距離は13キロメートルにまで跳ね上がっていた。
音速を超えた拳が、リング上の空気を裂く。
狙いは、王者バディの胸部に露出したV8ツインターボエンジン。
拳が、エンジンを貫いた。
バギィィィィイイイイインン!!!
金属の砕ける爆音が響き渡る。王者のサイボーグバディは、白目を剥き、黒煙を上げながらリングに沈んだ。
一瞬の静寂。そして。審判AIの無機質な声が、東京ドーム病院に響いた。
『勝者、切札零!!』
十万人の観客が総立ちになった。ドームが揺れる。紙吹雪が舞う。実況アナウンサーは、感極まって泣いていた。
『出ました! 出てしまいました! これが無免許小学生オペラー、切札零の爆裂執刀! 患者を武器にする王者に対し、患者の拳で医師を貫いたぁぁぁぁ!!』
ゼロは、飛び散る紙吹雪の中、メス『メス・カリバー』を夜空――正確には東京ドーム病院の天井へ向けて突き上げた。
「これが俺の――」
満員の観客が、息を呑む。
「インフォームド・コンセントだ!」
熱き執刀オペが、いま、世界の運命を変える。
爆裂オペバディ!患者の拳が、医師を貫く!
※この話はプロモーション映像です。本編と一部内容が異なる場合があります。




