戦いの狼煙(7)
「俺は昔からヒーローが好きだった。正義が好きなんだ。でも、今の世の中じゃ、こんな力、とても正義になれない。だったら、俺が変えて見せる。この力を正義と認めさせる。いや、“俺が使う”この力を正義に変えてやる。正義の名の元、悪党であるお前を倒す!」
「ハッ!? 正義? 誰の正義だ! その力に正義などあるか!」
「今は無いかも知れない。でも、必ず、俺の力を認める世界にしてやる。俺の正義だ! ドラゴン、力を使わしてもらうぞ!」
拳を前に突き出し宣言する。それを聞いたドラゴンは一瞬驚いたように目を広げたがやがて長い赤髪を揺らし、無邪気な笑顔に変わる。
「OK!」
ドラゴンが体の中にすうっと消えていく。それと同時に心の奥に何かが灯った気がした。やがて、どんどん胸が熱くなり、体中が光を帯びていく。心なしかその光が温かく感じた。だんだん体全体が熱くなってくるのが分かる。
龍巳の目に自分の拳が赤くなっていき、腕が赤い鱗に覆われていくのが見えた。今着ている制服が新たに形成される赤い皮膚に飲み込まれていく。
さっきまでとは違う、まるで捕食者を狙うような獣の如く鋭く赤い目。髪が赤く染まりその先に角が出て来た。デビルのようなまがまがしい角とは違う、龍の象徴。顔は基本的には肌色っぽいが赤く染まりかけている。それ以外は全身炎のような赤い鱗の鎧に包まれた。背中に大きな翼。尻尾。
この瞬間、ドラゴンアウディーターとしての龍巳へと変わっていた。
『龍巳は今、炎を操れるドラゴンアウディーターになった。さあ、思う存分戦って』
今の世の中、正義は警察だ。法律だ。でも、その正義は弱い。ならば俺が強い正義になる。その意志の元、最初の一歩を魔智に向かって踏み出した。
たった一つの跳躍が一瞬にして魔智との距離を詰めていく。そのまま右手を大きく引く。そこから右手に灯されるのは炎の爪。揺れるその紅蓮の爪を魔智に向かって一気に振り落とした。
しかし、感触はない。炎が空気の流れで揺れ、空間をただ空しく切るだけ。魔智は空だ。上を見上げるとそこには翼を広げ空中に逃れている魔智。
今度は全身に力を込めていく。ドラゴンから直接脳に伝わり、まるで戦い方が分かる。やがて体中から炎があふれ始め、右手を魔智に向かって振り上げた。それに伴い、体中に纏った炎は豪炎となし、魔智めがけて踊る。だが、襲い掛かっていく炎の奥で魔智の顔に不敵の笑みが見えた気がした。
そして、それがまるで見間違いでは無いとでもいうように魔智から闇があふれ出て、炎と衝突。激しい衝突音に衝撃波。目を手で覆いながら衝撃波を流すと再び空に目を向ける。そこには右手だけ付き出し平然と保っている魔智の姿があった。恐らく、炎は奴によってかき消されたのだ。魔智の周りに少し残っていた火の粉が無残に散っていく。
「どうだ? 凄い力だろ? これだけの力を持ちながら弄ぶに惜しいと思わないか? まだ、間に合う。俺と共に来い。同じ力を持つ仲間だ!」
「誰が仲間だ! クソ野郎!」
折りたたまれた自分の翼を大きく広げると、一気に地面へと空気を押し上げた。途端にとてつもない上向きベクトルで上昇していく。再び炎の爪を灯し、魔智に向かって一斬撃。
しかし、やはり空に火の粉が残るだけ。魔智はさらに上に上昇していく。奴はこちらのように翼を羽ばたかせるのではなく、翼を固定し、浮遊するように飛んでいる。よく分からないが、上昇スピードはそんなに高くないのだろうか。
それを願って、再び翼を下に向かって叩きつけ一気に再上昇。その時生まれるGに脳が酸欠を訴えるように意識が一瞬遠のく。さらに気分が悪くなるが意識を今一度保ちとにかく突き進む。案の定、奴の上昇スピードより上で、今度は炎の爪が魔智に届いた。だが、奴もガード、擦過音が空中で響き、弾き飛ばされるように距離を取った。
「まさか、力を開放してすぐにこうも意のままに飛行できるとぁな。俺ぁ苦労したぞ」
少し上にいる魔智は右手をゆっくりこちらに向けてくる。攻撃か。どんな攻撃が来る? こっちと同じように闇を放ってくるのか? だが、魔智は不敵の笑みをこぼすと、その次の時には一筋、闇の閃光が一直線にこちらに向かって来ていた。
無理な態勢になりながら翼を羽ばたかせ、光線を避け旋回するように奴の背後を取っていく。遠心力と重力、慣性、ありとあらゆる物理法則に逆らうような動き。日常ではまず味あわない感覚で脳震盪を起こしそうな勢いだが、何とか意識を保ったまま奴をとらえる。
そこだ! 爪を一気に振り上げ魔智に向かって切り付けた。
のだが、奴は見事な身のこなしだった。掠りこそしたものの、体をねじりながら炎の爪を紙一重で避けていく。さらにその流れのまま飛んできた黒い足に叩き落された。
魔智による衝撃と重力によってグングン地面が近づいてくる。失いかけた意識を精一杯取り戻す。このままでは頭から落ちることを悟り、翼を使いながら何とか思い頭を上に、足を下に向ける。さらに翼を地面に向けて何度も打ち付ける。逆噴射のように勢いは抑えられるが、完全に殺しきれず、そのまま地面に激しい衝撃と共に着地。足から体全体に痺れが走れ、耐えきれず、手を着いてしまった。
その前を悠々と着地する魔智。黒い悪魔は赤いドラゴンである自分を見下ろしていた。衝撃による痛みは直ぐに消えるものの、精神的には相当いった。奴に掠った爪の後も既に再生しているし、こちらに勝ち目があるとはどうもいいがたい。
『う~ん、向こうは随分力を使うのに慣れてるね。その分、分が悪いよ』
『だろうな。何となく分かったよ』
地面に着いた手を再び放し、臨戦態勢に移る。しかし、魔智はそれに対し、落とした腰を上げるともう戦わないとでもいうように手をおろし、力を抜いた直立姿勢になった。
「この結果ぁ当然。初めて力使って俺に勝てる訳ない。でも、俺の中にいるデビル随分、おめば称賛してる。初めてでここまでまともに動けるのは凄い。素質があるらしい」
何が言いたいんだ? 賞賛し油断を誘うって魂胆か? そんなので警戒心を緩めるわけがないだろうと炎の爪を灯そうとした。だが、その前に魔智の顔が一気に目の前まで迫ってきた。不意を突かれた!? そう思ったが奴はそれ以降何もせず、不敵な笑みを浮かべ続けるのみ。
「俺ぁ一人で世界を変えるのぁ無理だと思ってるし、共に動く仲間を探し求めている。おめのような選ばれたものだ。仲間集まるまで動くつもりぁない。仲間集めぁ最優先って訳だ。素質ある。アウディート直々に言ってんさげ、そうなんだろう。そんな奴俺の仲間に欲しい。おめの気変わったらよろしく」
そう言い終わると魔智はこちらの爪で攻撃する間もなくすうっと音もたてず上昇。上から見下ろす魔智は更に言い放って来た。
「一応言っておく。どうやら警察かぎつけたらしい。おめもここ離れるの吉だろうな。今は警察と会うのぁ面倒だ、互いにな。おめと仲間になれること願ってる」
そう告げると魔智と言う名の黒い悪魔は既に日は落ち始めた暗い夜空に吸い込まれるように消えていく。それを茫然と見届けていると本当にパトカーの音が聞こえて来たので、この自分の化物姿を元に戻すとその場を逃げるように自宅へと足を向けた。




