正義の矛盾(8)
しばらく、魔智に連行されるような状況が続いたが、やがて体が完全に再生しきると魔智の手を弾くように振り払い、魔智から距離を取る。
「お、もう再生したか?」
「黙れ! お前、マジで何のつもりだ!?」
魔智の首元あたりを掴もうとするが、アウディーター姿なので襟がない事に気づき、行き場に迷う手は魔智によって下げられる。魔智は一度目を閉じるとこちらを睨んできた。
「キマイラ、あいつの強さ……と言うよりあの圧倒的スピードぁよく分かったろう。力こそないが、こっちの攻撃も当たらないんじゃ厳しい。あそこでおめが殺されたら、俺ぁあいつとタイマンになってしまう。おめら全員と心通わせ、仲間になれば申し分ないが、そいつぁもっと厳しい。だから少しでもましな選択した、ただそれだけの話だ」
そう告げてくると魔智はこちらが何を言い返そうが聞く気はないとでもいうようにさっさと向こうの空に消えていった。
その姿を遠目で見ながら心の中は複雑に入り乱れていた。己の目指す正義、それは物の見事に音を立てて崩れ落ちたような感覚。そして今気づいたが自分の手が震えていた。最初は何故震えているのか分からなかったが、震える手を抑えようとしていると自分に向けられた命を狙う銀色の爪が脳内で再生され、思わず声を上げてしまった。
ついさっき、自分は殺されかけた。ライオンの爪に串刺しにされ、己の命を落とそうとしていたのだ。それに気づいたときは既に体中が恐怖に支配されていた。確かに死ぬかもしれないと言う事はあらかじめ頭にあった。だがいざ、その時が来たとなれば勝手が違う。本当に殺されかけた現実は、想像以上に現実に思えなくて、そして本当に現実だ。
何が正義だ。いざその場になれば己の命に代えてでも正義を貫くなんてテレビのヒーローみたいなことなど出来るはずも無い。命を失う怖さは果てしなかった。
所詮、自分があこがれていた正義などそんな物。こんな自分が出来るほどの物じゃなかったって事だ。どうも自分はヒーローものの正義を夢見すぎた。そして正義を甘く見過ぎていた。確かに今も正義は忘れてはいない。でも、正義を語る勇気はなかった。
『だ、大丈夫、龍巳?』
『あ、ああ、大丈夫だよ。アウディーターは凄いよ。再生力は半端ないな』
『そんな事言っているんじゃない! あんたの心よ!』
そんなドラゴンの言葉にフッと場に会わない笑みがこぼれてしまう。
『確か、アウディートは宿主の生存確率を上げるため、力を与えるって言ったな?』
『そ、それはそうだけど……いきなり何?』
『ふっ、むしろその力で早死にしそうだよ』
そう、言っている自分の顔は恐怖に引きつる強張った無理な笑顔だった。




