正義の矛盾(7)
「俺……だと……!?」
「今の彼には他の物など興味ありません。もし、これが市民を脅かす者だとすればあなたも同じではありませんか? 先ほどの人を逃がす行動はあなたの意図がどうであれ、市民を脅かした。あなただって市民を脅そうしている訳では無いのでしょう? 彼も同じ」
まさにぐうの音も出ないとはこのことだった。戦闘中と言う事すら忘れ、空中で羽ばたきながらただ、語るキマイラの話を黙って聞くしかない。
「わたしたちは別に人々に危害を加えようなど思っていませんよ。最終目的はすべての人間、平等に手を差し伸べる事なのです。どこぞの黒いアウディーターとは違います」
黒いアウディーター、魔智が言っていた。確か、キマイラはすべての人間に力を与える。そして、ライオンは実験体。ライオンの狙いは……自分。だが、なぜ、こいつは龍巳、もといこのドラゴンアウディーターを狙う?
いや、そうか……よくよく考えれば可能性はほぼ一つだったのだ。銀行で現れたライオン。アウディーター姿の龍巳を知っている。捕まえた立神魁は現在、逃走中。そして何より、ドラゴンアウディーターを狙っている。正体は……立神魁……なのか?
ライオンを観察するが、まあ勿論面影などは無く無駄な行動だと直ぐに悟る。だが、ライオンが何故、ドラゴンアウディーターである自分を狙うのかはよく分かった。
「ん? 待て……」
あいつの狙いが自分ならば正義として戦う自分は何だ? 相手は悪か違うのか。倒すべきなのか、戦うとすればそれはどういう理由で戦う? 本当にこれが正義なのか……。
今まで他の化物は人々にとって悪だと決めつけて己の正義の元、倒そうと考えて来たのだ。だが、目の前の奴が人々にとって悪ではないとすれば……そもそも悪って何だ? 正義って何だ? 何故、自分は今、この力を使って戦っている? 何故、倒そうとしている?
頭で巡らしていた中、キマイラは瞬時に消えたと思うと目の前に現れる。だが、最早もう一度攻撃に備え構える余裕などなかった。
そんな事など関係なく放たれるキマイラの蹴り、それはまさに閃光。まるで鞭のような攻撃は目に留まることなく、衝撃のみが体を貫く。思考する暇なく次の一撃が襲う。
かろうじてその一撃を避け空に逃げようとするが、キマイラの跳躍はあっさり上昇スピード超えてくる。上への行き場を失い、逃げる間もなく怒濤の攻撃に襲われる。おびただしい数の連打を食らっては空に飛んでいる事すらできず、地面に叩きつけられた。
だが、ダメージはそこまでの物では無い。スピードは速いが攻撃力はさほど高くはないらしい。すぐさま飛びあがるように倒れた体を起こし、空を見た。
のだが、既にキマイラはその視線の先になどいなかった。
代わりに後頭部に一撃。前のめりになり顔面から地面に叩きつけられた。バカみたいな痛みが顔前面に襲い掛かり、それが肩、手にまで伝わっていく。だが、寝転んでいる暇など無い。立ち上がろうと試みたのだが、後頭部を今度は別の獣の手によって掴まれた。
そのまま暴力的に地面に押し付けられる。それはライオンの仕業だった。痛みに耐えながら上から体重を掛けるライオンをはがそうと裏拳をかまそうとするが、それよりも先に背中に激痛が走る。ライオンの爪が背中を切り裂いたのだ。
とてつもない痛みがドラゴンの叫びと共に脳を突き刺す。
「さあ、とどめを。あなたの意思がエボリューターを更に進化へと導くのです」
キマイラがそう宣言すると共にライオンは更に体重を掛けてこちらの動きを封じ込めてくる。背中の傷は再生しかけている物の今なお激痛が走り続けている。それは力を入れる事すら許さず、ライオンの固定する力を打ち払える事など不可能。今、背中にはとどめの一撃を狙う銀色の爪が返照している。
――こ………、殺される!!――
『ちょっと、龍巳!? 諦めないでよ!?』
どう言おうと無理だ。やり切れなさに目を閉じ次くる攻撃、もとい激痛を覚悟した。
だが、それよりも先にとてつもない悪寒が走った。それは決してライオンの爪では無い。まるで全てを飲み込むような、途方もなく深い闇に包まれるような……ん? 闇!?
ハッと気づき、背中を見た時、既に背中にライオンなどいなかった。ライオンは数十メートル先に向き飛ばされたようで伏臥している。そして、自分の近くには闇を纏ったある化物がたっていた。黒皮膚に身を包み、まがまがしい悪魔のようなその姿。
荒い呼吸しか出来ないが、何とか膝を立てる。
「今度は直接手助けか? お前は俺の敵じゃないのか……いや、ただのお人よしか?」
「仲間に対してはな」
まるで得意げに笑う魔智だが、体は依然、警戒するようにライオンに向けられている。
「お前の意見に賛成する気はない。ハナっからお前の仲間などッ……」
グッ!? 立とうとしたが再び背中に鋭い激痛が走り崩れこんでしまった。まだ、完全に再生し終わっていなかった。そんな背中を無言で見てくる魔智は右掌を上に向けた。
「今の状態じゃ、二人掛かりでも厳しいか……ここぁ退散するぞ」
「な……お前、何を!」
魔智の突然の切りだしに文句を言う暇もなく、魔智の手から闇が渦巻き、一気に辺りに広がった。闇の霧となり視界を奪うそれに紛れ、龍巳の手首が魔智に掴まれ浮上していく。
体に未だ続く痛みに体を動かす事すらできず、されるままに連れていかれた。




