17:オストルチ大王国にて
オストルチ大王国編:一期(予定)始まります。
とりあえず船から降りたトマは手荷物を確認する。
「といっても(亜空間にしまってあるもの以外は)ほぼ手ぶらだ…」
手持ちは茶会メンバーやユェリィたちへのお土産代として持たせてもらった
全央帝国貨幣で金貨8枚(800帝元)が入った皮の財布と陶器製の水筒に
この間からハルマローシュ伯にちょくちょく渡される煙草と煙管くらいである。
「あーなるほどねぇ。乗り間違えかぁ、んで寝過ごしてここまで着ちまったと」
何故かまだ一緒にいるエルマヴィを見るトマ。
「…やはりまずいだろうか?」
「んなこたぁ無いぜ! 神はあんたを見捨てちゃいないよ!」
何か変なキメポーズをするエルマヴィ。
「見りゃわかるだろうが俺、商人だから! そしてエルフ!
鉱亜神族ほどじゃねえけど金属鑑定魔術には自身あるぜ!
……まぁ自身あるのは主に銀だけど…だが! やるだけやって
あんたの所持金をオストルチ貨幣に両替してやるよ!」
「…そうか、じゃあ二枚ほど頼む」
トマは訝しみつつもエルマヴィに金貨二枚を渡す。
受け取ったエルマヴィは金貨に手をかざしゴニョゴニョ呪文を唱える。
「んー……これ、七割くらい銀混じりだな」
「やはりか…」
実際トマも鑑定術式は余裕なので
エルマヴィにやってもらう必要は無かったのだが、
任せてみたのは商人の彼を信用することにしたが故だ。
「っておいトマ。あんたも出来るんかよ!」
「鑑定なら余裕だが、儂はこの国における為替相場は知らん」
「あぁ…そういう意味か…となるとそうだな…ほぼ銀貨みたいなもんだから…
とはいえ金そのものは大王国の半月金貨と同じくらいの比率だから…
大王国換算で…25000と、2000アクチュ=クリシェ・リラだな」
「通貨名も長いんだな…」
「おう、長いからみんな頭文字でアクリって呼んでるぜ。ってことで
27000アクリだから大王国大銀貨27枚な。本当なら2000アクリ分は
両替手数料を貰うところだが、外国で難儀してる人らから騙し取る真似は
神に罰されても文句は言えないから今回はそのままやるよ!」
「それは助かる」
トマはエルマヴィから帝国銀貨より一回り大きな
大王国大銀貨27枚を受け取る。
「両替ついでで悪いんだが、全央帝国行きの船のことは分かるか?」
「おう。帝国行きの直通便は交易船だから三ヵ月後まで無いけども、
チュニ経由のパーレッポリ行きだったら最短で今晩には出るぜ」
トマは空を見ると、太陽は沈むほうへ傾き始めていた。
「夜までは待たねばならんのか…」
「個人的には夜は夜盗に出くわす可能性が高いからお勧めしないが…?」
トマはライラを見る。ライラはさっきから周りの様子を伺ってばかりいる。
「……そうだな。適当な木賃宿でも取って明日に備えるとする。ではな」
そう言ってトマはライラの手をしっかり握って少しでも安心させてから
さっさとここから離れようとする。
「待て待て待て! いくらあんたがそこそこ腕に覚えがある…んだろうけども!
あんた大王国の地理とか大丈夫なのか?」
「………その辺りは聞けばどうとでもなるだろう」
ズパァンと自らの額に手を当てるエルマヴィ。
「あーもう、あんたホントに坊ちゃまなんだな…大王国じゃ
異教徒な外人は基本結構ぼったくられるんだぞ? 適当に聞いてたら
あっという間に30000アクリくらいなくなっちまうからな?」
「……何が言いたい」
「オマエ、外国人。ワタシ、大王国商人。商人信用第一。騙すのは悪人だけ!」
「何で急にカタコトになるんだ」
「気分?」
少しイラついたトマは煙管に火を点けた。
「そ、そんな怒ることないだろ…?」
「少しイラついただけだ」
「それ、怒ってるって言わないか?」
トマは一息入れて空に紫煙を吐き出した。
「分かった…マヴィ。お前を少し案内人として雇おう」
「毎度あり! んじゃ前金で5000ね!」
「…とりあえず三日分頼む」
トマは大銀貨五枚をエルマヴィに渡す。
「はいよ! 日当は2000なんで6000アクリね! あ、これは
日払いだから今日は2000もらうぜ!」
「ああ」
> > >
エルジェーにてエルマヴィは一人頭1900アクリの宿を
商人の値引き交渉で一人頭1200アクリで取ってくれた。
ひとまず宿が落ち着いたので三人は近くの料理店で食事することにした。
「おっと、そうだ折角だから最後の手数料抜き両替しとこうか?」
「では三枚頼む」
「はいよー。んじゃ40500アクリっと」
エルマヴィはトマに大銀貨41枚を渡してくる。
「おい、マヴィ。大銀貨が1枚多いぞ」
「サービスだよサービス。大銀貨の中に小銀貨5枚とか面倒だろ?」
「……お前がそれで良いなら儂は構わんが…」
「その代わり次からはキチンと手数料取るからヨロシクなッ」
そうこうしているうちにトマ達の席に料理と飲み物が運ばれてくる。
「大王国にも米料理があるんだな」
「あーそっちじゃチャーハンとか呼ばれてるやつね? こっちだと…
どっちかというと炊いてる感じだからピエフって呼んでるな。
良いスープを使ってないと当たり外れ激しいんだが…安心してくれ!
ここのピエフは絶品だからな!」
ふと、トマはいつだったか嗅いだ事のある匂いがするので見ると、
コップに湯気を立たせる真っ黒な液体が入っていた。コップの傍には
乳らしき液体が入った小さなビンと、砂糖らしき塊が数個乗った小皿が
匙とともに添えられている。
「これは…珈琲とかいう豆茶か」
「お。知ってるのか。ちなみに大王国じゃ酒はご法度だから
みんな酒代わりに飲んでたりするんだぜ?」
「ふむ……ライラ、飲めそうか?」
「…砂糖と乳を全部入れればどうにか…」
「よし、じゃあ儂のをやるから全部入れてしまえ。甘いものは
頭を落ち着かせるのにも効果があるぞ」
「ありがとうございます。トマ様」
ふと視線を感じたので見れば、エルマヴィが不思議そうにこっちを見ている。
「帝国のやり方ってのがあるんだろうから、俺何も言わなかったけどさ、
そっちじゃ奴隷と同じ食卓を囲むのって普通なん?」
「いや、儂がそうするよう言っているだけで帝国でも大王国と奴隷の扱いは
さほど変わらんと思うぞ」
「だよなー…? 俺だからちょっと驚いてさ…こっちでも奴隷と一緒に
飯を食うやつはいるが、大体は床で食わせるからさ…あ、待て待て俺は
あんたのことを悪いと言ってるわけじゃないんだ。ただ、あんたみたいに
奴隷を優しく扱える奴が外国にもいるんだって思っただけなんだよ」
「大王国にもいないわけではないのか」
「まぁな、我が大王国の覇王様とかがそうだぜ」
「覇王…ね。さて、じゃあそろそろ食べようか。暖かいうちにな」
トマはライラと共に食事に手をつけようとするが、ふと対面のエルマヴィを
見れば、両手を合わせて目をつぶって上を向いている。
「天の父よ、我らが"絶対神"よ、今日の糧を
明日へと繋ぐ命の恵みを感謝します。不躾では御座いますが、
明日もまた命の恵みが我らに齎されますようお祈りいたします…
サーイェスィンデ・ハヤッツ!」
別なところからも少しずれてサーイェスィンデ・ハヤッツ! と聞こえる。
見ればエルマヴィ同様の行為をしている者たちがちらほらといた。
「………」
「おっと、悪いな。そっちじゃ食前の祈りなんてやらなかったんだったな。
待たせて悪かったな、んじゃ食おうぜ?」
別に神など信じてない(というか前世でそう謳われていた存在を片っ端から
叩き潰し消滅させてきたくらいだ)が、何となく両手を合わせて天井を
見るくらいはしておくことにしたトマ。
「あれ? アンタは別に"絶対神"教徒じゃないだろ?」
「これは帝国の隣国の日輪皇国風の食前後の挨拶の真似事だ」
「へぇー…"別たれし太陽の東国"のかぁ…」
帝国にはそんな興味がなさそうなのに日輪皇国には興味がありそうな
エルマヴィの様子に「やはりよく分からん奴だな」とトマは思った。
> > >
別に眠らなくてもどうにでもなるトマだが、朝にふと気付いたとき
横になっている自分にしがみついたまま眠るライラがいた。
用意されていたもう一つの寝床は当然空である。
「『……お母様…姉様…』」
「………」
やれやれと思いながらトマは寝言を漏らしたライラの頭を
優しく撫でてやる事にした。
「お邪魔するぜ。そろそろ朝だから朝めs」
勢いこそ無かったがノックもなしに部屋に入ってきたエルマヴィと目が合う。
「……」
「……」
「……」
「……サーセン。マジでお邪魔しましt」
「……気にするな。今回は色々と例外なんだ」
スススと後退しようとしたエルマヴィを引き止めるトマ。
「いや、てっきりもう起きてると思っててさ…」
「儂は気にしていないと言ったぞ」
「いや…あー…すまん。そうだったな…ライラちゃん、
昨日からずっとおっかなびっくりだったな…悪い…俺舞い上がってた」
「その様子だと船に乗る前は上手くいかなかったのだな」
空いていた寝床の方に座るエルマヴィ。
「いや…まぁ何つーかさ…やっとこさウン十年やってた下働きから
ようやっと独り立ちできたもんだから…今までの成果が出せるもんだと
思ってたら、首都で完膚なきまでにボッコボコでさ…」
つらつらと話し出したエルマヴィの身の上は正直どうでも良かったのだが
元気の無いままのエルマヴィというのも何だか気持ち悪いので
ここで吐き出させるものを吐き出させてやることにしたトマ。
「俺の家のネーリンキープスって家は代々大王国の運河交易で
頑張ってた家だったんだよ…でも、俺は生まれてみれば三男坊。
長男も次男もあたりまえだけどエルフだからみんな長生きで…」
聞いてもいないのにどんどん身の上話をするエルマヴィの声に
ライラがゆっくり起き上がる。ライラは自分がトマに
抱きついていたのでハッとして陳謝しようとするがトマはそれを指で制して、
エルマヴィを指す。何か納得したライラもエルマヴィの話を
聞くだけ聞いてあげることにした。
「…で、どうしたもんかと帰りの船に乗ったら寄り添うように
寝ていたあんたらを見て、ちょっと同情心と商売根性に任せてたら
上手いことあんたから仕事をもらえたってわけさ」
「そうか」
「トマ様はとても素晴らしい方です。永遠の感謝を忘れなきよう」
しがみついたままだが、いつもの調子が戻ってきているライラを見て、
そろそろ寝床から出ることにした。
> > >
今日の日当をエルマヴィに支払い、トマ達はチュニ経由のパーレッポリ行きの
定期船に乗り込む。念のため路銀を全てエルマヴィに両替してもらうのだが、
「おいマヴィ。手数料を忘れているぞ」
「いや、朝の件もあるし…手持ちの金それで終わりだろ?
だったら節約もしとけって事で」
「お前がそれで良いのなら構わんのだが…大丈夫か?」
「良いって。どうせボッコボコにされた分はあんたからふんだくったとしても
尻の毛…あ、いや髪の毛程度にも埋まらないし」
その姿勢は商人としてどうかと思うが、人としては悪くないと思ったトマ。
「さて…手持ちは残す所約78000アクリだが…
これで帝国まで帰れるのか?」
「いや、無理だな…」
トマはエルマヴィに尋ねるが…彼は渋面を作って申し訳なさそうに言った。
「やはりか」
「最短で行こうとすると東の大都市イースケン経由ベルクダット行きだが、
イースケンまでは内海を通らなきゃならん…そうすると低く見積もっても
乗船代で一人頭総額12000。俺のガイド無しはヤバいと思うから
そこまでの日当代だけで10000。ここまででもう46000アクリ。
でもその間に食事と宿代で最低平均一回3000なんで45000の
総額91000アクリだ…13000足りねえ」
「迂回路でどれだけ浮く?」
「ちょっと待ってくれ…」
エルマヴィは懐からソロバンを出して計算を始める。
「俺の計算の誤差が少なく、かつあんたが俺を信じてくれても…
最低で87800アクリかかっちまう…9800…約10000…
悪い、3000浮くかどうかだ」
「と、なると何処かで路銀を稼がねばならんわけか」
「厳しいぜ…首都でさえ一番高い夜までの日当が3800くらいだからな。
この辺じゃ俺の日当よりちょい高い2200ってとこだ…
…くそッ…魔物退治でもすりゃどうにかなるかも知れんが…」
「何だ、そんな事で良いのか」
「…え?」
> > >
パーレッポリにある請負ギルドから何件かの依頼を請け負ったトマ達は
目的地であるパーレッポリ南端の郊外へ向かっている。現在地は
森が近くに見える場所だが、昼下がりだというのに曇りのせいであちこちに
暗がりが多い。
「真面目に大丈夫かよ? ここはあんたの国じゃどう呼ばれてるか知らないが
未開の暗黒大陸に属してるんだぜ?」
「問題はない。むしろ相手が魔物なら何の手心も加えなくていいから楽だ」
エルマヴィはトマが着の身着のままであることを凝視している。
なのでトマはやれやれと肩をすくめて亜空間にしまっておいた
数年前の事件の際に失敬しておいた襲撃者たちの武具を何個か取り出す。
「お…飛行金属製…?! しかもこっちは木目鋼に
…マジかよ魔銀製がゴミのように取り出s」
「マヴィ。一々うるさいぞ」
「!?」
ギョッとしてエルマヴィは大王国式の敬礼をトマにとる。
「いきなりどうした」
「あのー…あんt…貴方様は大王国縁の方とかじゃないですよね?」
「畏まるな。これは不届き者からの鹵獲品だ」
「そ、そうすか…!」
なんとなくライラを見るエルマヴィだったが、ライラはトマから
預かったダマスカスの三日月刀とミスリルダガーを
円舞のように振るって具合を確かめているのを見て考えるのをやめたようだ。
「確かこの辺りで食人鬼が目撃されたんだったか」
「近くに水場があるそうなので、そこが根城かもしれませんトマ様」
「ふむ…」
警戒もヘッタクレもない様子でズカズカと進んでいくトマ達。
「……ライラ。戦闘に入ったらエルマヴィを守れ」
「……しかし」
「儂が人肉喰如きに負けると思っておるのか?」
「滅相もございません」
ライラはエルマヴィに「動くな」と言って彼の傍につく。
「え? 何、え?」というエルマヴィだったが聞こえてきた声に固まる。
「ウマソウナ子供二匹、見ィツケタ」
声のするほうを見ればやけに手の長い人型がいた。
―オレ、アノえるふ。マルカジリ。オレ、カタイ肉好キ
―メスえるふガキ。ヤッテカラ食オウ
―オスにんげんガキハ女将様ニ献上シヨウ
―ソウシヨウ。デモ腕カ足一本味見シヨウ
ーソウシヨウ。ソウシヨウ。
続々とグールたちが得物を手に暗がりから現れる。
「嘘だろオイィ?!」
エルマヴィは護身用の小刀を出し守護精霊を呼ぶ呪文を慌てて詠む。
「これがグールか。どちらかというと人より虎なんかを食いそうな連中だな」
「カワイソウナ、オスニンゲンガキ。オ前ラ今日デ俺タチノ飯」
「ハヤクメスエルフヤッテ食イタイ」
グールたちは涎を垂らしつつも、決してこちらを舐めて見てはいない。
「なるほど、単なる雑魚ではないのか」
トマは一番近くにいたグールに向けて指を弾く。するとそのグールは
頭が弾け飛んだ。しばらく突っ立っていた首なしグールだが、
自分の頭が消えたことに気づいたかのように振舞って、そのまま崩れ落ちた。
「「「「!?」」」」
「マジかよオイ?!」
グールたちとエルマヴィは共通した意味で驚いた顔をする。
確かにグールはそう簡単に死ぬような魔物じゃない。首を飛ばしただけでは
自分で拾ってくっつけてしまう位には頑強な化け物なのだ。
しかし、頭が木っ端微塵となっては流石のグールも絶命せざるを得ないようだ。
「コノ! ガキガァ!!」
一っ飛びでトマに肉薄したグールの一体ではあったが、
「馬鹿が」
呆れた様子のトマにバラバラにされ、頭部は無残に踏み砕かれた。
「マヴィ」
「な、ななな何すか!?」
精強な大王国兵も五人隊で掛からないと容易には殺せないグールを
一撃ないし瞬殺したトマの一言にどもりまくるエルマヴィ。
「グールの討伐証明はどうすればいいのだ?」
「出来れば首なんですけど、耳でオッケーっす!!」
「そうか、最初の一体は勿体無いことをしたな」
というわけで踏み砕いたグールの頭から耳を回収するトマ。
「オノレエエエエエエエ!!!」
今度は複数というかほぼ全員で掛かってきたグールだが。
「風の第四階術式:"烈風連牙弾(ストロングウィンドバレットファングチェイン)"」
鼻息混じりに諳んじたトマの風魔法攻撃……
目には見えないが「豪!」とグールたち目掛けて吹いてきた烈風が
グールたちを関節ごとに綺麗に細かく斬断していく。
「残るはお前と其処のデカブツか」
トマの前には見た目だけなら人の美女に見える女食人鬼と
エルマヴィを「マルカジリ」したいと言っていた巨漢のグール。
「あ…あぁあ…?」
へたり込んだグーラは失禁し、膝が笑ってしまっている巨漢グールだが
それでもグーラを庇おうとトマの前に立とうとする。
「オレ…女将…母チャン…守ル…」
「だ、だめ…! だめ…だめよ…!」
腰が抜けてはいるが、グーラは巨漢グールに縋り付いて
「逃げなきゃだめ逃げなきゃだめ貴方だけでも生きなさい」と言う。
「エルマヴィ」
「グ、グーラは死体そのものが魔法触媒なので!」
少しだけグーラに同情したものの、エルマヴィたち大王国…いや
人型の種族にとってグールは忌むべき敵なので心では哀れみつつも
頭では食われていった同胞の敵討ちと商売人根性でそう述べるエルマヴィ。
「では、親子…恋人? まぁどちらか知らぬが散々食い散らしてきたのだ。
最期は仲良く儂に食い散らされろ」
「ひあああああああああ!?」
トマはグーラ、グールを凍結魔術で纏めて氷漬けにした。
その絶望と断末魔にはエルマヴィも流石に冥福を祈ってやることにした。
> > >
エルマヴィは荷車に積み上げられた魔物等の遺体を見て、
頭では商売人根性が喜々として金貨を数えているのだが、心では
目の前の光景が神の試練か何かと思ってしまう。
「しかし、ミノタウロスは肉が食えるからと言ってまるごととはな」
「捨てるところがないらしいですトマ様。ですがこの牛鬼も
偉大なるトマ様の糧として余すことなく使われるのですから
間違いなくすばらしい恩寵ですよ」
大王国の腕利き賞金稼ぎが何人も逆に食われていったミノタウロスは
戦闘開始と思った瞬間一刀両断され、
「巨人族は大王国にもいるのだな」
「普通なら巨人族の野盗はクソ白エルフどもにも悪夢でしょうが、
トマ様の前では蟻にすらなれません」
水賊はともかく、絶対数を減らすことは十年以上討伐を続けて初めて可能な
巨人族の盗賊たちの首を容易く捻じ切って屠殺するかの如く葬り、
「サラマンダーは帝国にも居たのでは無かったか?」
「これは白化種と黒化種ですね。
帝国のサラマンダーは環境が豊かなので強靭さに欠けますが、
大王国はあまり環境そのものはあまり豊かではないので、
その多くは凶暴でした。私を最初に買ったクソ白蛮族の主人は
それに頭からムシャムシャ食われましたし…クスクス…」
強さと言うより硬さに定評がある火吹大蜥蜴に至っては
その硬さは何処へ行ったのかと思うレベルでぺちゃんこにされた。
口から飛び出した臓物をモロに見たせいで、当分は大王国の国民食(パン)と
乳だけで生きていけそうな気がしたエルマヴィ。
「このグランドワームとやらはまぁそこそこ楽しめたな」
「ですがトマ様が丸呑みされたときは…」
「普通なら終わりだろうが、まぁ儂それくらいじゃ殺されてやれんし」
ケタケタ(エルマヴィ主観)と笑いながら感想を言っているが、
今回の(というか全部が)大物中の大物たるグランドワームは
場合によっては王国兵が中隊を以って討伐するような怪物だ。
普通は食われたら体内の凶悪な消化液で抵抗する間もなく死ぬはずなのに
不意打ちで丸呑みされたトマは全く汚れることすらなく
グランドワームの腹を掻っ捌いて秒殺してしまったのだ。
重さが重さなので強化魔術をかけないと碌に引けない荷車を見るエルマヴィ。
まず(死んでいるが)ミノタウロスと目が合う。続いてペチャンコになったが
肉と皮が無事なら問題ない…とはいえ亜種の白と黒のサラマンダー数体、
そして間違いなく目を引くグランドワームのブツ切り。
最初のグールの耳とかグーラの遺体が隅っこなのが妙な侘しさを感じさせる。
「マヴィ。ギルドを含め売りに出したら幾らになる?」
「………」
「おい、マヴィ?」
「………はうあ!? あ、! すまんすまん…! 大物過ぎて
完全な皮算用になっちまうんだが! …これなら…」
手が震えるのも構わずソロバンを弾きまくるエルマヴィ。
どんなに低く見積もったって大王国大金貨がジャラジャラと
両手に滑り落ちてくる光景が目に浮かび、そして同時にそんな
大金を容易に魔物殺しでボコボコ用意したトマに対する畏れの感情が
ごちゃ混ぜになってしまい、エルマヴィは乾いた笑いがこぼれた。
> > >
今日のパーレッポリは大通りが騒がしかった。何しろダークエルフの少女を
伴った人間種の少年を先頭に、ダークエルフの青年商人が「ふんぬぬぬ!」とか
言いながら、荷車に目一杯乗せられた大物の魔物の死体を引っ張って
請負ギルドに向かっているのだから。
「エルマヴィ。休憩するか?」
「いやいや! 運び終わったらで良いから! こんな大仕事は
やりきってからじゃないとお恵み下さった神に申し訳が立たないし!」
実際は何かに集中してないと現実に潰されそうなエルマヴィは
空元気で良い笑顔をトマに向ける。普通に見れば基本見目麗しいのが多い
エルフなので、今のエルマヴィの笑顔は何人かの女性を惹きつけるだろうが
本人は集中が切れたら今にもひきつけを起こしそうなのだ。
「これは…!!」
ギルド職員も荷車の魔物の死体を見て目を向く。
「んごんごんご…! っぷはぁ!! …信じる信じないはあんたらの勝手だが、
ちゃんと買取とかはしてくれよ?」
トマに買ってもらった蜂蜜入り果実水(一杯3000アクリ)を
ガブガブ飲み干して職員に強い目線を以って話しかけるエルマヴィ。
「…そう、ですね…受けて頂いた塩漬け依頼ですし…」
驚きつつも流石はギルド職員。
近くにいた他の職員も目配せで呼び寄せ、数人で荷車の魔物を
ヨイサコラサのドッコイショと運んでいく。
「ふぅ…それで、査定の結果はどれほどの時間が掛かるのだ?」
エルマヴィにも渡した同じ飲み物を軽く啜ったトマはギルド職員に聞く。
「モノがモノですので…翌朝まではお待ちいただきたいのですが」
「うむ、では頼む」
「畏まりました…それではこの割符にお名前だけで宜しいので
ご記入ください。あ、一応拇印も頂けると喜びます」
「では、これで」
トマは差し出された割符に綺麗な大王国の字で
名前を記入し、丁寧に拇印も押す。
「ありがとうございます。では、翌朝のギルドでお待ちしております」
「うむ…ライラ、マヴィ、ちと遅いが昼食でも摂りに行こうか」
「はい、トマ様」
「はいよー旦那」
「何だその呼び方」
「駄目か? 大旦那とかお館様とかが良いか?」
「やめろ。背筋が気色悪くなる」
「わかったぜトマ氏」
「氏もいらぬ」
「いや、そこは勘弁してくれよ…あんたは俺の雇い主だろうが。
礼儀知らずの商人なんて下品の下品なんだぜ? 神に合わす顔が無い」
「…そうか」
何食わぬ顔のトマとライラに完全に吹っ切って開き直ったエルマヴィ達の
背中を開いた口のまま見送るギルド職員たち。
> > >
ここは大王国でも金持ち・貴族や儲かった傭兵ないしエリート兵でもないと
おいそれと立ち入れない大王国でも有数の高級料理店。
「それじゃー前途揚々な明日への前祝って事で乾杯っ!!」
「んむ」
「しぇ、シェレフェ…」
樽型ジョッキを中身がこぼれるのも構わずぶつけて来るエルマヴィ。
「…おい、マヴィ。これは西方諸国とかで飲まれる麦酒という
やつじゃないのか?」
「なっはっは! 残念! これは蜂蜜入り乳の発酵飲料コラスでした!
発酵してるけど酒精は無し! なので"絶対神"の戒律にも触れませーんん!
でもこいつは酒代わりに大人気の一品でございまーす!! んごごごぶっ!!」
口の端から垂れるのも構わずコラスなる発泡飲料をがぶ飲みするエルマヴィ。
見れば聞いた話ではエールと言うものは黄色い液体で酒精と麦芽の強い香りが
するのだが、このコラスは香りは甘く色も乳白色である。
口にすれば炭酸に舌がピリピリするが、甘みがあるし喉越しの爽快感は
前世戯れに飲み干した「トリアエズナマ」と呼ばれていた
ピルスナーという発泡酒に遜色がなかった。
「ひぃぃ…」
炭酸に慣れていないライラは一口飲んだら舌を出して触っていた。
それに柄にも無くクスリと笑ってしまったので、トマは近くに控えていた
給仕に「彼女にも飲めそうなものを何か適当に頼む」と注文した。
「ぷふーっ! まさか三十年ぶりにコラスを飲めるなんてなぁ!
俺は夢にも思わなかったぜ!」
そう感想を言って、目の前のミノタウロスの骨付き腿の香草焼きを
遠慮なく手づかみでモシャモシャ喰らうエルマヴィ。
「そうなのか」
「ったりめーだろ!? つーか今日の全席料理で50000アクリとか
それこそ生まれて初めて食うんだぞ?!」
トマは目の前に並ぶ料理を見る。確かに普段帝国で同じようなものを
食べようと思うとやはり帝国金貨がザラザラと消えていきそうな感じだ。
いや、さっきから鼻に抜けていくスパイスの香りを踏まえると
ハルマローシュ家でも月一くらいなら食べられるようなレベルな気がした。
「明日はどうなんだろうな?」
「まぁ、ここで使った分は十二分に取り戻せるだろう?」
「なはは…! ばっかやろう最低でも十七回は食えるわ!!
そんだけあれば帰郷も余裕綽々お土産万歳だろうが!」
「お前、酔ってないか?」
「酒じゃなくても酔う人は世の中に沢山いますがー? なんなんですかねー
トマ氏ー? あんたホント貴族の坊ちゃまなんですねー? なはははは!」
笑いながら給仕にコラスのお代わりを頼むエルマヴィ。ちなみに
コース料理ではコラスと同じ等級までの飲み物は飲み放題らしい。
では別料金がかかる飲み物は何かと聞いてみると、驚いたことに水だった。
「言っとくけどなトマ氏ー? 水は水でもその辺のじゃねえからな?
大王国の霊山で汲める貴重な清水だからな? 流石に自重しろよ?」
「儂は好き好んで水は飲まんぞ」
「かぁー! 全央帝国貴族のくせに日輪皇国の
サキモリみたいな事を言いやがるー!!」
時々エルマヴィは何かにつけて日輪皇国のことを話題にするので
少し気になったトマはエルマヴィに聞いてみることにした。
「お前は随分と日輪のことを好意的に話すんだな」
「そりゃーあんた。まぁ伝説でしかないけど、とはいえ大王国民なら
子供でも一度はそうだったらいいのになって思う話があるんだぜ?」
コラスをグビグビ骨付き肉をガブガブしながらエルマヴィは語る。
「その昔、昔って言ってもまだ"絶対神"すら我らを見初める以前の
無明時代の話さ…」
かつて、この広大な大陸の中央に「太陽と月の大帝国」なる国家があった。
その国を神はまだ見初めていないが天使と精霊に愛された強大な国家だった。
しかしある時、名を"唯一至高神"と偽る"絶対神"が見初めた
信心こそ素晴らしけれど邪なる異教徒が、事もあろうに悪魔と手を結んで
この大帝国に襲い掛かってきた。
大帝国は戦って戦って数百年は戦い抜き、ついに異教徒を西北へと
追いやったものの、大帝国は瓦解寸前滅亡の危機に瀕していた。
そこで苦渋の選択として、大帝国の二人の帝王は太陽と月が一つになった
"絶対神"の目の象徴ともいえる国旗を太陽と月に分けて、
太陽を持った女帝は極東へ、月を抱いた帝王は西南へいつか必ず
再会することを近い旅立った。
やがて長い長い年月が経ち、極東の地に日輪の国旗を掲げる日輪皇国が興り、
西南の地にて月光の国旗を掲げる永世土大王国が興った。
二つの国は、共通の脅威であった北方の異教徒を其々退けたことを切欠に
目出度く長きに渡る国交の幕をあげる事となりましたとさ。
「ふむ…色々と細かいところに突っ込みどころがあるんだが」
「ばっかやろう伝説だって言ってんだろ? 言葉も民族も
ほとんど共通してないんだから。でもだというのに今日に至るまで
両国家は細々とだが長い長い国交を続けてるんだ。つい三十年前だって
大王国の使節団を海を越えて送って国交を深めようとしたくらいだしな」
「ふむ…」
トマはすっかり温くなったコラスを飲む。
「トマ様…ライラはもう満足です」
ライラは皿にまだ料理を残していたので、勿体無いから食えと言おうとしたが
「待て待てトマ氏。ここは良い所なんだから、ちゃんと礼儀に倣ってくれ」
「しかし皿に残しておるが」
「良いんだよ。それが大王国じゃ"満足しました。ありがとう"って
意味になって料理人にも給仕にも礼儀正しくご馳走様できた証なんだから」
「そういうものなのか」
「そういうものなの」
そんなわけなのでマヴィは給仕にライラの分の食事は下げてもう出さないよう
伝える。給仕は笑顔で料理を下げた。
「下世話だけどさ、残した奴はここの下働きや労役者達の
賄いに回されるんだ。だから残すことは立派な喜捨にもなる」
「喜捨、ね…」
それまで表情を崩さなかった給仕の笑顔にも納得したトマ。
「何やら賑わっておるな、そこの者達。折角なので余も相席して良いか?」
不意に掛けられた声の先には、貴人で武人然な大柄の男が
まだまだ高級な部類であるガラスのコップを片手に立っていた。
18:に続く
次もトマさんやらかすかな?




