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18:オストルチ大王国にて<2>

 五杯目と思われるコラスを吹きそうになったエルマヴィ。


「こ、これはこれは貴族のお方…! こ、こんな席へ相席でございますか?!」

「うむ。余も太陽と月の大帝国の話が小さなころから好きでな。

そこな者は外国人とも見えるし、なかなか国外の話も聞けぬ身だし

これも何かの縁、主のお導きたも知れぬが故。不躾を承知でそちらにまみえた」

「はぁ……? まぁ別に儂は構いませぬが」

「ちょちょちょトマ氏?! なに言っちゃってんのあんた?!」

「ふははは! 余は構わぬ、今日はそういう堅い事は無しに…そうさな…

一武人として、おぬしらと饗したいと思ったまでよ」


 トマは大柄な男を失礼にならない範囲でさっと見る。見れば貴族だというのは

人目でわかるが、帝国のドブガエル連中ほど派手ではない。まぁ少々

金色が目立つが、厭らしさを感じさせるというよりは高貴さを引き立たせる程度の

トマ以外には良い印象を与えそうな格好と、何より武人としての一言から

わかるように、一見片方に重心を傾けているがそれは即座に

踏み込みができるよう軸足を定めているというのがわかる。


 ちなみにこの大柄な男は白エルフであったため、ライラは目すら合わせんと

トマにぴったりくっついていた。


「ほう…お主が連れているその娘も、なかなか出来そうだな」

「そちらで言うところの労役者の身分ではありますが、何分まだまだ

物騒な世の中なので」

「そうであるか。まぁ確かに余の国も少々異教徒の国に攻勢に出たがる

きらいがあるしな」


 余の国という言葉に何か引っかかったが、トマは突っ込まないことにした。


「本当に宜しいのであれば席をご用意させていただきますが?」

「うむ、良きに計ら…っと、是非そうしてくれ」


 この男が間違いなく唯の貴族じゃないことはそれでわかったトマ。


「エルム様…」

「む…」

「おお、カリーファ。すまんなお主を忘れておった」

「それは構いませぬがエルム様…この者は…」

「案ずるな、警戒こそすれど余らに害意など微塵も抱いておらぬ…

あぁそこな商人は怯えさせてしまったので何とも言えぬがな! ふははは!」


 とりあえず男がカリーファと呼んだ美しいが幽鬼みたいな印象の女エルフの

席も用意してもらうよう給仕に頼んだトマ。給仕は何かに気づいたのか

大慌てで店の奥に何だかこちらのより立派な椅子を運んできた。


「こら、余も同じ椅子で構わんぞ」

「ぬはぁ!? ご無礼をお許し下しあ!」


 男の一言に回れ右して素っ転んでから慌ててトマ達と同じ椅子を運んでくる。


「さて、折角だから名も名乗らねばな。余はエルム。

家名は互いに詮索せぬということで、唯のエルムだ」

「では、儂はトマです。唯のトマ。こちらはライラでそこの

口にコラスの泡をつけたままのがブューククラクマエル=エルマヴィカプラン。

彼は今回の大王国の漫遊で儂が雇った案内役を務めるネーリンキープス家の

駆け出し商人です」

「ご丁寧な紹介だけど今は言うぞこのばっかやろう!」

「ふはははははは!! そうだ、おいそこの! この者たちに

余と同じ香蛇猫の冷やし珈琲カーフェを頼む。砂糖と乳は別でたっぷり持ってきてくれ」

「ただ今お持ちいたします!!」


 盛大に笑ったエルムは給仕に人数分の冷やし珈琲を注文すると、

数分経たないうちにエルムと同じグラスに入れられて表面に水滴が付くほど

よく冷やされた珈琲がしっかり人数分と、山のような角砂糖と

正直そんなにいらないんじゃないかと思う大きなビンに入った乳を持ってくる。


「では、今宵の数奇な出会いに乾杯シェレフェ!」

「乾杯」

「しぇしぇしぇシェレフェ!?」

「…乾杯」

「…………シェレ、フェ…」


 エルムの勢いに乗ってやることにしたトマ。カリーファという女は

静かに、舌が滑りっぱなしのエルマヴィに珈琲はどうにも好きじゃなさそうな

ライラはまさに苦そうな顔で其々乾杯した。


「香蛇猫…そういえば父上もこの間飲んでいたな」

「ほう、お主の父君は中々な数寄者のようだ。まぁ余も最初は

この珈琲の製法を知ったときは産地を攻めてやろうかと思うたがな!

ふはははははは!!」

「エルム様…食事の席に御座います」

「ふははははは! 堅いことを言うなカリーファ!」


 なんとなく製法は聞かないほうがいい気がしたので突っ込まないトマ。

しかしこの香蛇猫の珈琲は今日までに大王国で口にしたどの珈琲よりも

余計な酸味が無く、また不思議な甘い香りが癖のある珈琲の香りの

良い所だけを引き出しており、また氷水かと思うくらいに冷やされているので

何だかんだで暑いこの国で飲むからとても爽快であった。


「ん…そこの労役者…いやライラであったか」

「!?」


 エルムに話しかけられたライラはビクリとしてトマにしがみ付いた。


「む…? どうしたのだ」

「申し訳ないエルム殿…ライラは昔…もちろんエルム殿には

なんら関係ないのですが…」


 余計なことは言わないよう掻い摘んで、トマはライラが白エルフに

長い間奴隷として虐げられていたことを話す。


「そうであったか…いや、済まぬ…余の不躾が過ぎたな、許せ」

「いえ、深慮に感謝しますエルム殿」

「ふぬむ…しかしどうにも…お! そうだ! おいそこの! 

ドンドルマを人数分ここに!」

「はい、ただ今!」


 店の奥に飛んでいった給仕がまた数分経たない内に

小さな深皿にこんもりと白い雪山と見まがうような何かを

乗せたものを銀の匙を添えて人数分運んできた。


「エルム殿? これは…?」

「これは余の国では乳と水あめ等を冷やし混ぜて作ったドンドルマという

冷たい菓子だ。いわゆる氷菓だな」

「氷菓ですか」


 見れば深皿に盛られたドンドルマなる白い小山はうっすら冷気を発している。


「さあ、溶けぬうちに遠慮なく」

「では失礼して」


 話には聞いていたが食べたことの無い氷菓を口に運ぶトマ達。


「おう…(甘味は嫌いではないが…あぁ冷たいと程よいので悪くない)」

「おいひいでふトマひゃま…!」


 ライラは目を輝かせてパクパク食べていた。エルマヴィも「マジか!

マジか! マジでドンドルマ!? うほぉぉぉ生きてて良かったー!!」

とか言いながらバクバクと食って「ぐはぁ!!」と額を押さえていた。


「ふはははは! 溶けるからと言って慌てて食うと

神が額に罰を下すのだ! ぬはははは!」

「ブューククラクマエル=マヴィカプラン殿。そういう時は

冷たいものを額に当てると和らぎますよ」

「…のぉぉおお…おう!? あ、ホントだ! ありがとうカリーファさん!」


 カリーファに言われて冷たいグラスを頭に当てたエルマヴィは

本当に痛みが治まったようで感謝していた。


「ちなみにだな、これは行儀が悪いので怒られるのだが…」


 と言ってエルムはドンドルマの塊を珈琲の入ったグラスにどぷんと入れ、

少しかき回してから珈琲と一緒にドンドルマを食べる。


「こうして食べるとドンドルマがまた一味違った旨さになり、

珈琲には砂糖と乳を入れなくても良い塩梅になるという寸法だ!」

「はぁ…エルム様…またそのような事を…」

「堅い堅い堅いぞカリーファ! こんな時くらい余の好きにさせんか!」


 そのやり方は確かに行儀が悪い気がするのでトマはやらなかったが、

ドンドルマを一口食べて珈琲を飲むのは悪くないと思っていた。


> > >


 給仕だけでなく料理長なんかも総出でトマ達を見送ってきた。

まぁどう考えても一緒にいるエルムなる男が唯の貴族じゃないせいだろうが


「われら一同。また貴方様のご来店をお待ちしております!」

「うむ、次も必ず来ると約束しよう。では、またな!」

「「「「ありがとうございました!」」」」


 何か疲れた気がしたので煙管に火を点けたトマ。


「む? お主も煙草を嗜むのか?」


 などと聞きつつエルムも自前の煙管(金ぴか)に火を点けて紫煙を燻らす。


「儂の国では儂も成人なので……まぁ最近やたらと父上から

渡されるというのもあるのですが」

「ふはは! それはそうだろう! 大王国では酒は御法度だが父親は

己が息子と酒ないし煙草を嗜みたいと思うものだそうだぞ?」


 鼻から紫煙をフシューッと噴出しながらさっきより馴れ馴れしく

話しかけてくるエルム。


「エルム殿。少々近いのですが」

「ふはははは! すまぬすまぬ! 言っておくが余は女が好きだからな!」


 そう言ってカリーファを抱き寄せるエルム。


「ふぇ!? へ?! いk…エルム様!!?」

「良いではないかカリーファ。殿に戻ればこのようなこともおいそれと出来ぬ」

「夜とはいえ人目は無いわけでは無いのでご自重くださいませ!」


 口調はきついが満更でもなさそうなカリーファ。


「トマ様…」

「やめよライラ。触発されるな」


 対抗したくなったのかトマにびったり密着しようとしてきたライラを

鼻つまみして制するトマ。


「ふはは…! お主はライラを大事にしておるのだな!」

「買うと決めた以上。責任は果たさねばなりませんので」


 何かニヤニヤしているエルムにイラッとしたので事務的に答えたトマ。


「ふぬは…! 若いな!」

「そういう貴方こそ…いや、貴方はエルフでしたね」

「ははは! そうは言うがまだ生まれて半世紀も生きておらぬ」

「えっ!? 俺より50も年下なんですかエルム様!?」


 そんなエルマヴィの方が百年前後生きていることについ驚くトマ。


「だははは! 同族とはいえエルフの年は見た目ではわからんので

実に七面倒くさいな! ふははははは!」


 そんなやり取りをしているうちに煙管内の煙草を吸い終えたトマとエルム。


「ふむ……名残惜しいが、そろそろ余らもお暇しようとするか」

「是非そうしてくださいエルム様」

「お前は最後まで堅いやつだなカリーファ…」

「エルム様が傍若すぎるのです」

「良いではないか、どうせ帰ればあと数年は羽も伸ばせぬ…」

「そう、でございますね…」


 トマは煙管を懐にしまいつつ話しかける。


「そのような貴重な休暇のお時間を割いていただき、

真にありがとう御座いますエルム様」


 トマはさりげなくエルマヴィの記憶から読み取った大王国式の礼を

堅すぎない程度にエルムにとる。


「む…いや、気にするな…余も楽しかった。今日ほど余計な身分の差を

感じずにお主と共…唯のエルムとトマとして戯れられて良かったぞ」

「光栄です」


 あえて礼をやめてエルムに向き合ったトマ。


「明日。お主らは次の地エーテネないしレクサンドルへ経つのだな」

「ええ、それから幾日かかけてベルクダートを経由して帝国の帰路につきます」

「もし、余裕があれば是非首都ケンスダンディニスへ立ち寄ってくれ。

縁があればまた会えるやも知れぬ」

「明日の討伐報酬次第になりますので、考えておきます」

「うむ、そのときは是非魔物討伐の話も聞ければ良いな」


 エルムは手を差し出してきたが、止めるトマ。


「夜とはいえ、何処に不逞の輩の目があるとは限りませんよエルム様」

「そう堅くなるな、カリーファであるまいに」


 エルムを見るカリーファの目が少し冷気を帯びた気がしたが、

知ったことではないので放置するトマ。


「はぁ…まぁ下種の勘ぐりを一々気にしていては面倒ですな」


 そういうことなのでエルムと軽く握手を交わすトマ。


「!?」

「どうしたのだ、トマ殿」

「あ、いえ…思っていた以上の武人なのですね。貴方は」

「ふふふ…ふはははは! お主もまた中々の食わせ物であるな?

だが、まぁそんな些事は今宵は不問だ。では、そろそろ余らは失礼する」

「道中お気をつけて」

「お主もな…まぁ互いに下らぬ輩に斃されるとは思えんが!

ふははははははは!!」


 軽く手を振ってエルムの背中を見送ったトマ。一応背中が宵闇に

消えるまでは手を振り続ける。


「ふぃー……何だか一生分の運をつかっちまった気がするぜトマ氏」

「かも知れんな」


 トマはエルムと握手をした手を見つめ、エルムの去った方を一瞥する。


「エルムートゥス・ルガイア・エリジニスタン=オストルチ…

あれが、大王国の…西南戎の覇王か」


 トマの呟きはドンドルマの美味しさを反芻していた

ライラの耳には届かなかった。エルマヴィは論外だ。

というか聞こえていたら今度こそエルマヴィは心が死ぬかもしれない。


19:に続く

次回も…?

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