16:西方へ家族旅行にて
全央帝国統一暦1702年…鋼輝41年。新春。
少しばかり長い冬は新年とともに一先ずの終わりを迎えた。あと一月もすれば
陽雷の月(およそ3月)となりトマは数え16(15)となる。
長い冬が終わり年が明けると、帝国は二月ほど若干の忙しさに追われるが
再び冬ほどではないが定められた範囲でだが仕事に
長期の休みを執ってもよい"新春鎮魂節"と呼ばれる祖霊の鎮魂を主としつつも
実際には「春休み」と呼べる約二週間の日々が訪れる。
なのでまたトマたちの通う帝国学院は二週間ほど長期休校となった次第である。
ちなみに今日からハルマローシュ家は"新春鎮魂節"を利用して
セム公爵の次に懇意にさせてもらっている西方公爵の所へ
家族旅行としゃれ込んで馬車に揺られている最中である。
「エア…大丈夫か」
「兄上…ならば何故ボクを助けてくれなかったのですか」
去年の冬の北方にて知り合うこととなってしまった、大白銀王国の国軍大将
バートル=ヴァロージャ・イェスゲノフスキ・ブライエアリアスは宣言どおり
どうやって調べたのかはともかく本当にロマーシカ(カモミール)の
花束とその他手土産を片手にほぼ単身でハルマローシュ家にやってきたのだ。
(ほぼなのは念の為の通訳とお目付けを兼ねたミファイルという細い巨人騎士が
同行していた故。ちなみにミファイルはちゃんとした異性愛者。
だが筋肉女が好みという…大白銀王国の連中が色々恐ろしやbyトマ)
「いや、その…どうも僕はああいった手合いが苦手で…」
「気持ち悪い巨人のおじさん本当に新年の挨拶に来て驚いたです」
イェス"ゲイ"…いやイェスゲノフスキは確かに紳士的であり、我が家の当主
ハルマローシュ伯に対しても軍人と社会人の鑑みたいな振る舞いで接し
すっかりハルマローシュ伯はイェスゲノフスキの少年愛趣味は知らぬが
彼を高潔漢と思って歓待したのだ。将を得んとすれば何とやら風の如しである。
「リォリィなんかあの少年専門男しょk…イェスゲノフスキに頬染めるし…」
「言ってやるな、本性を除けばあの男は美丈夫…リォリィの好みに大的中だ」
「隙を見てぶん殴ってやりたかったです……………………………………………
………弐の兄さんを苛めて良いのはお兄様とエニの特権なのですから」
「そうだな。お前にもう少し技術さえあればな…(後半は何も聞いておらぬ)」
「お兄様。そんなわけですから、今後はエニも訓練は真面目に受けるのです」
「エニ…真面目に頼むぞ…あの人。次の初夏あたりにも来そうだから」
ちなみに帝国北方諸侯と大白銀王国の停戦期間が延びたらしい話を
血の涙を流しそうだったイェルムンナから聞いたが、トマは
それが新年のイェスゲノフスキ・ハルマローシュ家訪問と
関係があるのか無いのかは考えないことにした。
「……すまなかったな我が上小公子エアメルドゥク…まさか…彼ほどの男が…」
「父上…人は見かけによらぬ者だなんて帝国じゃ当たり前でしょうに」
「そうであったなトマよ…エア…父の不覚を許してくれ」
「わかりましたから父上! それ以上ボクに近寄らないで!」
「ぐっはぁ!?」
これを機にエアメルドゥクがリォリィや侍女に無駄に近寄るようになったのは
まぁ仕方ないことだし伯爵家の未来を思えば怪我の功名だと片付けられよう。
「で、だからといってどうして僕に近寄るんだエア」
「え? あれ? 何でだろう…男でも兄上なら良いかなって…あはは☆」
「………」
「我が君トマ様?」
トマはライラをエアメルドゥクと自分の間…は座席の広さ的に無理だったので
エアメルドゥク側の右大腿に座らせることにした。
「あ、兄上…どうしてそんな事を?」
「エアメルドゥク様。トマ・マリークは疎外されておられる
御当主様の気持ちを考えろと仰りたいのです」
「良い事を言ったなライラ。だがさっきから僕の腿の上で妙な真似は止めろ」
「異な事を仰いますトマ・マリーク。妙な真似とは如何に?」
「ぶん殴られたくなかったら大人しくしていろとお兄様は言いたいのですよ」
「ほほう? 穏やかでは御座いませんねエンリルエリシュ様?」
にやりとするライラと笑顔で額とかに青筋ビッキビキなエンリルエリシュは
強烈な眼のくれ合い飛ばし合いである。
「はっはっは…曲りなりだが皆元気が合ってよろしい!
が、その有り余る力は西方公閣下の元に着くまで自重しなさい」
「父上の言うとおりだぞエニ、ライラ」
「………………はーい、お兄様(命拾いしたですね。お兄様に感謝するです)」
「承知しましたトマ・マリーク(……やはり暗剣殺の隙は無いか)」
とりあえず表面上は落ち着いたようなので馬車の外の景色でも
堪能することにしたトマ。
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帝国西方領土、通称シーアーシャ地方は帝国が統一されるまでは
大小さまざまな国家が犇いていたが、先々代皇帝の時代に
併合と占領を繰り返して今の西方領土になったそうで
かつては別の国だった故に異国情緒溢れる様相を呈している。
当然ながら三方フランカリマ王国や永世土大王国と
国境が近いので年一、二回は国境近くで小競り合い等もある。
まぁ停戦条約締結前の北方に比べたら些細な規模なので
もはや西方ではちょっとした習慣じみたものになりつつある。
「む? そろそろ大央河が近いな」
「だーやんふぉー?」
「トマ。知ってるならエニに教えてやってくれんか?」
「わかりました父上…エニ、その大央河はこの全央帝国を
北と南に分断するほどに長く広大な河で、かつて初代皇帝が
最初に帝都を置いた場所から最も近い場所にあったことから
大央河と呼ばれるようになったんだよ」
まぁ帝国だけではなく東の果てにある帝国属領の聖撃雷王爵が収める
金扇半島やオストルチ大王国にも続いているので呼び方は色々あるが、
とりあえず帝国内では大央河と言えばそれで通じる。
何しろ東は聖撃雷王爵領から西南のオストルチ大王国にまで続いているので
古くから交易の要であり東西攻略の要所にもちょくちょく関わる大河だ。
知っておいて損は無い。最近はこの大河で各国の数多くの協商連合が
この大河で戦争を起こさせまいと頑張ってくれているので、
中立外交地帯としての地位も獲得しつつある。
「なるほどです! 流石お兄様!」
「交易の要…あ、そういえば兄上は経済学の講義を良く受けてましたね」
「誰かさんたちが武術とか魔術とかばかり専攻するからね?」
「「う……」」
これにはハルマローシュ伯も機嫌が悪くなる。
「ふむ…どうやら西方公の下で特別に座学の時間も設けねば駄目かも知れんな」
「父上! ぼ、ボクは兄上にちゃんと教わってますよ!!」
「あっ! 弐の兄さん汚いのです! そんなの初めて聞きました!!」
「父上。エアとエニには帝国貴族として経済学の大事さを
みっちりガッツリ死ぬほどお願いします」
「ハハハ…任せておけ我が小公子トマ! 脳筋はうちのリォリィで間に…あっ」
「誰が脳筋ですか? 閣下?」
ハルマローシュ伯の隣にはずっと笑顔で相槌を打っていたリォリィ侍女長と
「あらあらまぁまぁ…」ばっかり言ってる伯爵の幼な妻テァミトがいるのだ。
「待ちたまえリォリィ。馬車内でしかも主人にそんなア゛ッー!」
「お母様、お父様もバカなのですか?」
「あらあらまぁまぁ駄目よエニ…あの人は真面目なだけなの…でも、まぁ…
頭にバカがついちゃうから間違いじゃないかも知れないわ…」
ちなみにテァミトはエンリルエリシュが四歳の時の事件以降
エンリルエリシュをひたすらに甘やかすので始末に終えない。
> > >
先に述べたとおり大央河は交易の要でもあるため、沢山の港がある。
一時期は河に出る賊こと水賊が跋扈していたが、各国の協商連合が
協力して優秀な自警団や傭兵団を使って駆逐に動いているため、数も減り、
最近は「水賊に襲われるのは運が無い」等と揶揄されるようにもなってきた。
「旦那。後は日の弐つ刻(およそ10時)までに船に乗って下せえ」
「うむ、では先に荷物を運び入れておいてくれ」
「あいさー!」
同行させてきた数人の侍従たちに乗船券の手配や荷物搬入を任せることにし、
ちらりと空の様子を伺うハルマローシュ伯。帝国に時計が無いわけではないが、
この世界は科学文明がまだまだ黎明期のため、持ち運べるほどの
小さな時計は帝国には存在しない。なので大都市でもない限りは
太陽で日中の時刻を大体判別する。
「ともすれば、半刻(約一時間)ほど時間があるな」
「であれば船に乗って待っていれば良いのでは無いですか父上?」
「エア。一つ言っておくとこの辺りの船に厠は無いのだ」
「!!」
それはヤバイと言いそうな顔になるエアメルドゥク。
「それは少々難儀ですね父上、我々男は最悪アレですが…」
「うむ、トマの言うとおりだ……あーそんなわけだから今のうちに
所用を済ませられるものは済ませてくるようにな」
「閣下。船に厠がないの一言で十分でございます」
「お父様…やっぱりバカなのです?」
「あらあら…アナタ…ちょっと気の回し方に難がありましてよ?」
「すまぬ…すまぬ…」
ムッとしている女性陣を前に平謝りしそうなハルマローシュ伯。
「我が家の女子はエニ以外もツワモノが多すぎるな」
「そうだね…兄上」
ということで一時間ほど各々の所用を済ますこととなる。
女性たちは女性たちでしっかり固まって動くし、
男たちは男たちで数人単位で動く。何しろ人の動きが激しいのだ。
ボケッとしていると人の川の方に流されてしまう。
「目まぐるしいな…」
「そうですね。トマ・マリーク」
ふとライラを見るトマ。
「如何なさいましたか?」
「ライラ。お前は大丈夫なのか?」
「故国の砂漠で地獄を見てきましたので問題ありません」
「そうか」
それ以上は聞かないことにしたトマ。
…。
「えー! まもなく弐の刻ー! まもなく弐の刻ー! 弐の刻出航の船に
お乗りの方はー! まもなくお時間ですのでー! お早めに乗船くださいー!」
「む、もうそんな時間か」
トマは辺りを伺うのだが、最初に解散した場所から誰も戻る気配がない。
「ふむ…」
「帝国西方ー! 西方公爵領行きはこちらでーす! お急ぎくださーい!」
一応トマは定期船の傍で叫んでいた男を視界に入れ、その後ろの船が
西方公爵領行きの船と当たりを付けて少し待つ。
「間もなく出航で御座いますー! 帝国西方ー! 西方公爵領行きー!」
「やれやれ…ライラ。僕らは先に乗り込んで父上たちを待とう」
「承知いたしました。トマ・マリーク」
トマとライラは先に船に乗り込んで待つことにした。
…。
人の波と喧騒が渦巻く船の停泊所でトマとライラが乗船した後、
呼び込みを掛けていた男が走ってきた上役らしき男に小突かれた。
「アイヤー! 何するんすか先輩!」
「バカ野郎! どこで呼び込みかけてんだ! うちの船は一つ先だ!」
「えー!」
「ったく…! それに出航も先延ばしだよオタンコナス! 今日は
家の船にはお貴族様ご一家が乗船するんだから
もう一刻くらい余裕も出来てんだよ!」
「そんなー! だったら先に言っててくださいよー!」
「話そうとした矢先に意気揚々とてめえが向かってったんだろうが!」
「アイヤー! 暴力反対ー!」
> > >
西方公爵領行きだけあって、乗り込む人々も何だかあまり見ない顔…
というかエルフたちの割合が多い気がするなと思ったトマ。
「まぁ却ってライラが浮かなくて良いか?」
「ですがトマ・マリー…いえ、トマ様…私は落ち着きません…」
「あぁ…」
わざわざ何時もの呼び方を止めるくらいだ。ライラは自分の同族…
特に普通のエルフ(白エルフ)に対して強烈な負の感情を抱えている。何しろ
彼女の故国を滅ぼしたオストルチ大王国は白エルフが支配する国だ。
目を動かし耳を欹てていれば確かにライラの記憶から読み取った
オストルチ語らしき言語でヒソヒソと会話するエルフが数名確認できる。
まぁ会話の内容は良い会話だとは到底思えないので聞かないことにする。
「落ち着かないか…?」
「いえ…その…私は大杖…!?」
ちょっと近くを白エルフが通りかかるだけで彼女はビクンとする。
必ずしも大王国のとは限らないだろうが…彼女の記憶の中の白エルフ…
まぁそれは当然大王国民だが、悉く碌な連中が出てこない。
何気に忘れることが多いが、まだライラは今年11歳になる子供だ。
幼いころに故国を滅ぼされ、トマに出会うまでゴミのような半生を
本当の意味での奴隷として過ごしたのだ。そしてその原因を作った
白エルフに対してまだ幼い彼女の心の傷が何も反応しないわけもない。
「ライラ。こっちに来い」
「は、はい…」
トマは船上の風通しと見晴らしの良い一角に、嘗ての産着代わりに
使っていた亡き実母の遺した衣服から作った大き目の敷布を
あまり船員の邪魔にならない程度に広げてそこに
ライラと寄り添うように座った。
「トマ様…」
トマは何も言わずライラを優しく抱きしめ、眠りの魔術を掛ける。
「ん…あ…」
不安で押しつぶされそうになったライラの表情は和らぎ、
彼女はトマの腕の中で眠りに落ちた。
「…ゆっくり眠れ…」
> > >
目を閉じつつも周りの気配だけはしっかり伺っていたトマ。
しかしながら長時間目を閉じ続けていたら人間という生き物は条件反射で
眠ってしまうのだということに気付いたとき、起きたライラが
トマを激しく揺さぶっていた。
「トマ様! トマ様! 大変で御座いますトマ様!」
「…っ!?」
トマは目を開けて辺りを探る…自分たちに対して不穏な気配を向けるものは
感じられなかった。
「すまぬライラ。不安にさせてしまったな」
「もう良いのです! トマ様から沢山の元気を戴きました! …って
それどころではないのですトマ様!!」
「どうしたというのだライラ…?」
「『お、やっと起きたのかい何処ぞの人間種の坊ちゃま?』」
「!?」
意識をライラに向けていたため、横から聞きなれてない言語の声を掛けられ
不意にライラを抱きかかえて飛びのくトマ。
「『うおっ?! すげーな坊ちゃん?!
まさかその若さで傭兵か何かやってんのか?』」
トマに声を掛けてきたのは商人風の身なりをしたダークエルフらしき青年。
「…いや…『大したものではない…少々武術などをかじっているだけだ』」
「『お…? その喋り方は…ははぁ…そうか士族の坊ちゃまか。道理でなぁ』」
「『親切に声を掛けてくれたところを申し訳なかったな』」
「『いいって事よ。俺はブューククラクマエル=マヴィカプラン。
家名はネーリンキープスだ』」
「『長いな…儂はトマ…家名はハルマローシュ…
傍らのはライラ…儂の奴隷だ』」
ライラと共にブューククラクマエル=マヴィカプランに礼をするトマ。
「『あん? フランカリマっぽい名前だな…まぁそんなのはどうでもいいか…
あ、あと長いのはオストルチじゃ意外と普通なんでな…大体は真ん中らへんから
とって愛称にして呼び合うんだ。だから呼びにくいならエルマヴィ…
いや、エルないしマヴィでも良いぜ』」
「『それはありがたいな、ではマヴィ。わざわざ親切にしてくれて感謝する』」
とりあえず船が止まっており、目的地に着いたようなので降りようとした
トマだったが、エルマヴィが引き止める。
「『おい待て待て! 途中乗船した所から寝てたあんたらが気になって
見てたんだけどよ。ここが何処だかわかってんのか?』」
「『ここは全央帝国の西方公爵領だろう?』」
「『えっ?』」
「『え?』」
袖をクイクイされるのでライラを見ると、「あぁ、やっぱり…」という顔。
「『トマ様…ここは…オストルチ大王国の西端都市エルジェーの最西端港
ヤールンズヌーシュビタース港です…』」
「『はぁ?!』」
17:に続く
次回、トマさんがさらにやらかすよ(´・ω・`)




