表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/59

12:続く多難の日にて

投稿ラッシュ? え? 何のこと?(´・ω・)y-~~~

 とりあえずあの後色々な理由とか時間の事でどうにか解散し、前回の

イェルムンナの爆弾発言はハルマローシュ伯爵家とアラフミヤンガ侯爵家の

家格の差という全央帝国ではある種絶対的である身分の差という壁の力で

無かった事にできるんじゃないかとトマは思ったのだが、


「そんなの~トマ様が私の家に婿入りすれば万事解決じゃ~ないですか~☆」

「あなた…エニに壊されたいのです?」

「…やれるものならやってみろ、単なる膂力馬鹿にやられるほど私は甘くない。

何世紀もの間巨人族をも撃退してきた北方征伐諸侯の娘を舐めるな」

「にゃぁぁぁぁ! 私が魔術を使えないと思ってるなら大間違いですー!!」


 と言いつつイェルムンナに飛び掛るのはエンリルエリシュの根が優しさか。

本当に魔術を使ってしまえばシン先生が目の色を変えたいつぞやの

トマ並みの魔法を一切の手加減(できない)無しにぶちかませる。


「知っているか私の義妹? 反射魔術でも似たような事が可能なんだぞ?」

「誰が義妹ですかぁーッ!!」

「えッ…?! じゃあボクでもエニの……いやダメだ! その為に

イェルムンナを義姉上あねうえだなんて誰がッ……誰、が…ッ!」


 安い挑発にあえて乗ったのか優しさが勝ったのかは不明だが、

投げられては突撃し、受け流されては組み付かんとするエンリルエリシュと、

男のプライドと弟のプライドが天下分け目の決戦に入ってしまった

エアメルドゥクはとりあえず放置することにしたトマ。


「……ライラ」

「何でしょうかトマ様。あの雌共を暗殺するなら好機なのですか?」

「どう解釈すればそうなるのだ…」


 戦闘力を鑑みれば、ライラは(してくれなきゃこの命をお返ししますと

自殺を仄めかす脅迫をされたので仕方なく)トマによって闇の魔術を

素質の限界以上に才能を引き出され、暗剣殺術(剣を使った暗殺術)の

エキスパートとして鍛え上げたので南方公爵曰く「捨てがまり」な

特攻であればそれも可能だが、そんな不合理な滅びをトマは許さない。


 しかしこの場に残しておいたら勝手にやりそうなので今日はハノークが

どうしても外せない必須科目を受けるため茶会にも来れないという状況で

前にいる三人の意識がトマから外れたのを機に仕方がないのでライラを伴って

普段自分が行ったことのない学院の主に帝国を始め諸外国の経済学を専攻する

学院では例に漏れず人気のある区画…“試金石策堂”と呼ばれる場所へ

脱兎することにしたのである。従者として主から離れるのは問題だが、

この場に残ってても碌な事がないのでトマは内心ハルマローシュ伯に

陳謝しながらこの場をライラごと隠形の術式を用いて離れるのだった。


> > >


 “試金石策堂”では金に汚そう(トマ主観)な貴族の子弟達でごった返していた。

「先物奴隷市場」だの「略奪品の洗浄方法」とかそれは生徒に教えるものでは

無いんじゃないかとトマの琴線に触れるような内容の講義を行う予定表が

所狭しと張り出されていた。


「ぐぐ…度し難い…」

我が君トマ様トマ・マリーク…これは如何でしょうか?」


 ライラはライラで「愛玩奴隷の躾け方で決まる娼館経済その壱」とか

「多種族(奴隷含む)との婚姻における引き出物から読み解く商売の神の手」だの

亜神族エルフもたらした奴隷市場経済」とか何でそんな捻った経済っていうか

そもそもそんなもんを生徒に教えるとか脳みそ腐ってんのか考えた奴!!

と思ってしまうような講義の案内を進めてきたりしたので「またか…」と

思って一応トマの為を思っているので見るだけは見てやると目にしたのが


「金と香辛料スパイスが巡る千年の市場経済学」


 という題名のマトモそうなものだったので思わず「でかした!」と

ライラの頭を撫でまくってしまってライラが口から涎を垂らすくらい

ヤバイ蕩け顔になってしまったので結局「Geh schlafen!(眠れ!)」と

眠りの魔術を一発極める羽目になった。


> > >


 一応学院では「身分の差は参考程度に」という校訓があるうえ、

別な授業に出た主人の代わりに従者が講義を受けることはダメではないので

思っていたより従者と主人が離れて別な授業を受けていることはある。

まぁ、嫌々従っている従者からすれば興味も無いことを

勉強させられるので地獄だろうが、トマには知ったことではない。


「ふむ…」


 今回は基礎復習の為のものらしく、最初に帝国がスパイスと出会い

それが諸外国で金と同価値ないしそれ以上の価値云々…に気づいての遣国外使の

大金スパイスを求めて八万里の大航海時代~…という内容だった。


「で、あるからして…我が帝国では好みの差が出る“マー”の元である

七川山椒やティグ=パン山椒等は南部で一瓧ダグ(※10g)半金貨一枚として…」


 国民性はともかく料理はまた食べたくなる程度には悪くない帝国において、

その料理に無限の可能性を与えるスパイスそのものの話は興味深いのだが、

一々カネに結び付けてくるのでトマには少々不愉快が募るものだった。


「もし…? もし…?」

「………んぁ……ッ?!」


 ライラの気持ちよさそうな寝顔を見つめていて頬杖ついて眠りそうになっている

トマが声を掛けられているのに気づいたのは三分程意識が飛んだと思われる時だ。


「おっと…失礼いたしました」

「ふふ…貴方様、ここでは見ない方でしたので」

「そんなに……あぁ確かに僕は目立つほうですね」


 帝国ではそもそも従者の人間種アントロポス自体…それも帝国では(理由が最低だが)

一種のステータスとされるエルフないし黒亜神族ダークエルフの奴隷を伴っているトマだ。

 教師こそ自分の話に酔っているので無いが、先ほどからチクチクと視線が

あちこちから刺さっているのが見て取れた。

わしの事より授業に集中しろと苛立ちながら思うトマ。


「貴方もお金よりスパイスが気になるんですのね?」

「えぇ、まぁ…帝国は世界各地から何だかんだで美味が集いますので、

あれらと組み合わせることで無限ともいえる可能性を生むスパイスは

暇なときはよく自習してましたもので…」

「あら…まぁ…では牛肉の黒胡椒炒めとか…」

「良いですよね胡椒。個人的には使いすぎのきらいはありますが、

私の義父上も“これを舐めて酒を飲むのも悪くない”なんて言ってるんですよ」

「あらあら…わたくしの父上も似たようなことを仰ってるんですよ?」

「なんと」


 そうえばとトマは自分に声を掛けてきた隣の…黒髪といえば黒髪なのだが

少し西方諸国の人間種に似た顔立ちな少女の振舞い方が気になった。

 自分も今の肉体が西部フランカルムフランカリマと日輪ジールン皇国の混血なので…まぁ彼女は

耳が水掻き状のひれみたいな耳で、丸みを帯びているが

とても立派な五本の角を美しく生やしており、竜魔人族の混血と思われるので

思っているほどには親近感は沸かなかったが、彼女の穏やかそうな振る舞いが

基本アレな意識が普通の全央帝国民の中では殊更ことさら異彩を放ったので

柄にも無くそう思ったのだと納得した。


「む…ぅん?(竜魔人族…? 何かが引っかかる気が…)」

「どうかなさいまして?」

「あ、いや…あ、いえ…何でもないですよ」

「私が何か気になっていらっしゃったので?」

「いや、そんな無礼な事は…」


「うおっほん!」


 その声にハッとして二人は教師を見る。流石に無視しすぎたのか、

それとも二人の見るものによってはイチャコラしてるように見えたのか

結婚できなさそうな(完全なるトマ主観)教師以下十数名の視線の痛さに

立ち上がって謝罪の礼をするトマと少女。


「いやいや…月璃ユェリィ殿下は良いのですよ」

「ん…?(殿下…だと?!)」

華錦カキン先生、身分差は参考程度であると学院の校訓にあるのでは?」

「いえいえいえ! 流石に創輝帝陛下のご息女たるユェリィ様は流石に…」

「なん…だと…?!」


 トマは学院長が入学時にした話を思い出す。


ー…最後になるが当学院内では身分の差は参考程度に弁えるように。

基本学院内での格差は全て実力に基づくものである。平民だから、

貴族だからといって無用な諍いは慎むように。当学院は

かの創 輝 帝 陛 下 以 下 歴 代 皇 帝 陛 下 も 卒業なされた…―


「ファッ!?」


 ここでトマは己の失念に言葉にならなかったが不覚を叫ぶ。

創輝帝の種族は豪奢な衣装の等も相まって不明だったが、創輝帝の子ら…

すなわち帝族の多くは竜魔人族であり、その娘たる公主ひめたちは

連中なので下心もあるだろうが「美龍公主列席」とか呼んでたはず…

すなわちユェリィ殿下と呼ばれた彼女はどう考えても皇帝の…


「こら! 張魔狼主ハルマローシュ兎麻トマ! 誰が声を…」

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!!」

「どわぁァァァァァッ!!?」


 関係者じゃねえかんでもって何でそこで儂の一応の本名を叫ぶんだよ

テメェは空気さえ読めんのか馬鹿者と言おうとして何とか自重したら

また言葉にならない叫びを魔力の波動ごとピンポイントで向けてしまい

カキン先生の心臓になかなかなダメージを与える結果となった。


「こ…この…!」


「お や め な さ い ッ !」


「「「「ッ!?」」」」

「んむ…!(ぐぬぅ…! せめて傍系と祈りたかったが…この気配…!!)」


 創輝帝ほどではないが並みの者はこれで気をやってもおかしくない大声と

高圧な魔力の波動が行動内に響き渡る。もはや創輝帝の実の娘であることが

否応なしに確定した瞬間だった。


「も、申し訳ありません星龍宮シンロンゴンユェリィ公主殿下!」


 基本戦場とは無縁の学院教師は毎度お馴染み(?)恒例の礼を執ろうとする。


「おやめなさい…いえ、やめてくださいカキン先生。わたくしも学院の

校訓にさわるような真似をしてしまいましたので…」

「滅相もございません殿下! 確かに身分の差は参考程度ですが、

それは大公以下の者たちにであって! 王爵以上は勿論のこと、皇帝陛下と

それに連なるお方々は例外にございます!」

「…そぅ…ですか…」

「ですので貴方様はともかくそこの…」

「では、例外として命じます。彼、張魔狼主伯爵子トマの件も不問になさい」

「へなっぷ!?」


 カキン先生はどうしていいのかわからなくなったのか変な声を出し固まった。


「あー…えっと…ユェリィ殿下」

「わたくしのことはどうぞユェと呼んでくださいまし、我学友ウォシェヨウトマ様」

「おうふ」


ーざわ、ざわ…


 トマも変な声が出て数秒だけ固まった。


> > >


ーざわ、ざわ…


 違う意味で騒がしい“試金石策堂”近くの茶席で落ち着かないトマ。


「トマ様。お茶は弗栗多ヴリトラ州の茶葉でよろしかったですか?」

「あ、はい…それで(さぁ、どうするのだ儂…!)」

「聞けばトマ様はもう十五(数え年換算)の冠礼者(成人)でしたわね?

雨竜ユロン州の煙草もありますが、如何ですか?」

「あ、はい…それで(どうすればいいのだ儂…!)」

「あぁ! そういえばお茶請けがありませんね。もし、そこの…

えぇ、それです。白龍パイロン千菓堂の求肥菓子を…

先日特級評価の求肥菓子がありましたので、こちらもいかが?」

「あ、はい…それで(どうしろというのだ儂…!)」

「むぅ…トマ様? 先ほどから相槌ばかりではないですか?」

「儂にどうしろと言うのだ! …あっ…大変ご無礼を…!」


 己の心情を吐露してしまい、しまったと思い陳謝せんとしたトマだったが

ユェリィはにっこりといい笑顔でやんわりと制する。


「ふふ…わたくしは構いません。…だからお前達。馬鹿な手をお放しなさい」

「ハッ! ご無礼をお許しください月璃公主様!」


 トマの態度に腰の得物ものに手を掛ける護衛兼従者数人だったが、

トマに向けていた笑顔を氷の無表情に豹変させて止めたユェリィ。


「………(見れば確かに創輝帝が如き強い眼光も秘めている)」

「トマ様? わたくしの顔に何かついてます?」

「あ、いえ…きれ…お父上とはまた違ってお美しい瞳だと」

「あら、褒めても何も下賜しませんわよ?」


 咄嗟に口から滑り出たおべっかだったが、構わないといった風でその実、

ユェリィは満更でもなさそうだった。色が白いので頬が染まるとすぐわかる。


「『我が君トマ様トマ・マリーク、お気を確かに』」

「『儂を侮るなライラ。気そのものは確かなのだ』」

「『気だけは確かだとお認めになるなんて…! 雌狐ミタズァブンナーワめ…!』」

「『やめよライラ。だが儂からは離れ…るわけないか』」

「『無論でございます我が君トマ様トマ・マリーク。この命尽きても

今はこの場から離れなどしません!』」


「随分と御付の者と仲が宜しいのですね…」


 見ればあざt(トマ主観)…可愛く頬を膨らまして拗ねた様子のユェリィ。


「う…いや…この者はその…僕の奴隷ですので…」

「あら、そうなのですか? てっきりトマ様の愛妾の一人かと」

「『我が君トマ様トマ・マリーク。この御方は聖女でしょうか?』」

「『儂が知るか馬鹿者…ッ!』」


 帝国の者とはいえ、やはり育ちが違うのだろうかユェリィはライラが

トマの奴隷だと知っても悪感情は無い素直な褒め言葉を話すので、

基本ほかの女性に対しては殊更に苛烈な感情を向けがちなライラも

すっかり彼女の物腰にほだされていた。


「ところでトマ様。次の講義は何かご予定はございますか?」

「え…? あぁ…無…! くも無…いえ、無いです」


 無いと言おうとするとユェリィは真面目に悲しそうな顔をし、

護衛どもは凄い形相で腰のものに手を掛け、そしてそれを止めないユェリィ。

 ライラが口走った「雌狐(ライラの故国に狐はいないので本来は

雌ジャッカルなのだが便宜上そう表記)」も

あながち間違いないんじゃないかと思うトマだが、


「でしたら! 次の講義はわたくし自習としておりましたので、

わたくしの姉上が受ける戦習いくさならいの授業を見学しようと考えておりまして…!」


 着実に逃げ場が背水しかない状況に追い込まれていくトマ。

物理的な背水ならサクッと潜水して回遊魚が如く逃げ出せるが

物理的じゃないので基本脳筋なトマには無理だった。


> > >


 戦習い…つまり武術の授業だったので、これは嫌な予感がしたトマであったが

そもそもユェリィの姉帝女殿下は三期生(二個上の上級生)なので

ハノークやイェルムンナとかち合うことも無いと分かったので

柄にも無く胸を撫で下ろすトマ。


「はぁ…(前世むかしが懐かしい…あの頃はもう、向かって来る者を

全て滅殺獄殺抹殺削殺必殺していれば良かったからのぅ…第一今ほどに

神経を使うことも無かったわい…)」


 何だかさらに老け込んだ気がするトマ。まぁ正直一つの宇宙が終わるまで

生きていた前世があるので何を今更と思いはしたが。


「着きましたわトマ様。こちらが“振力の間”ですよ」

「ここですか…そういえば来たのは初めてだな…」


 魔術は兎も角、物理的な白兵戦などはトマにとって児戯にすら思えない

人が見る蟻の殺し合いでしかない苦行に思えたので

エアメルドゥクやエンリルエリシュがどれほど切望しても

武術の授業は出ないでいたトマなので、武術の授業を行うための

“振力の間”には感知能力で様子を伺う以外で訪れたことは無かったのである。


「ふむ…(とはいえ、残る戦いの気配や跡は…嫌いではないな)」


 やはりトマは脳筋であったようだ。


「では、お前達。今日は…鵡騎ウーキ務禽ムークィン先生でしたね。ではウーキ先生に」

「「御意!」」


 一応授業は学院で決められた場合を除いて他期生の授業は原則見学も

特例以外は誰であろうと駄目という決まりであるが、残念。

今トマの目の前にいる月璃とくれいがそれだ。


「殿下! 教師より許可を戴きました」

「はい、ご苦労様」

「「勿体無いお言葉!」」


 七面倒くせぇなとトマは思うが、流石に慣れてきたので顔にすら出ない。


「ではトマ様。あちらの見学席へ参りましょう?」

「あ、はい…(ぬ?!)」


 ユェリィははやる気持ちを抑えられなかったのか、

護衛とライラが(狂気的な意味で)ヤバイ顔になるのも気づかず

トマの手をギュッと握って引いていく。


「あの…! ユェリィ様?!」

「トマ様! わたくしのことはユェと………はわっ!?」


 見る人によっては邪心の具合で「はぁ!? 握ったのテメェだろが!?」

となるかもしれないが、ユェリィは自分のしでかした事にぁっと

顔を染め上げておっかなびっくり手を離す。


「『我が君トマ様トマ・マリーク。やはりこの女は魔女です!』」

「『あぁ、確かに魔人族の女ではあるな』」

「『あぁもう、そうではなくて!!』」

「『馬鹿者が、儂が今更女性にょしょうに惑わされるかたわけ』」


 表面上はライラを納得させられたトマだが、やはり若い肉体に

心が引き摺られたせいか「…柔らかい手が…って儂のバカ!」となったトマ。

表面には出ていないが、


「『我が君トマ様トマ・マリーク…?』」

「『どうした、ライラ』」

「『本当に、大丈夫なのですか?』」

「『見縊みくびるなと何度言わせる気だ?』」

「『………失礼しました。気のせいでした』」


 女という生き物は今世いま前世むかしも変わらんのう…と、トマは心の中で

零しながら特例者専用に設えられた(といっても座学用の長椅子に

上等な座布団なんかで整えたものだが)見学席へ向かう。

一つしかないのでトマは当然ユェリィを一応エスコートしようとするが、


「余裕がありますから、トマ様もご一緒に」

「んんむ…?! いや、しかし…」

「学友のよしみなのですからご遠慮なさらずに」


「……甚だ非常に真に遺憾であるが、殿下の言である」

「謹んでその厚きに篤き多大なる御好意を受けろ下ろ…学友殿」


 ホント七面倒くせぇ…! とは思っても表面には出さないトマが大人である。


 ヒソヒソと三期生クソg…先輩たちに囁かれながら見学に臨まねばならない

心中はあまり穏やかではないが、流石に武術の授業なので

受け持っている元武官のウーキ先生の一喝でちゃんと静まる生徒達。


「あん? つーか今日はお前かよユェリィ」

美銀星メイユィンシンお姉さま!」

「……(あれがユェリィの姉帝女殿下か…)」


 口調こそ帝族にそぐわないが、立ち居振る舞いはキッチリしている、

やはり例に漏れず竜魔人族思われる、名にも冠された腰まである長い

銀のお下げ髪とユェリィより本数こそ少ないが三本ある立派な角が特徴な

帝族というよりは女傑然な印象を受ける少女、メイユィンシンが

折角授業を進められると思ったウーキ先生の渋面を他所に

こちらに歩み寄ってくる。身の内に抑え込んではいるが、トマにはわかった。

彼女もまた創輝帝と似た魔力の波動を持っているのだ。

言い方がアレだが彼女は創輝帝を美少女化させたらこんな感じなのではと

思わせる雰囲気を漂わせている。


「お? んだよユェリィ。春か? 秋なのにお前春来ちゃったのか?」

「お、お姉さま!! そ、そんな相手ではございませんことよ!?!」

「にっへっへ…! 案ずるなって、そういうことにしてやっからよ?」

「お姉さまぁ!!」


 端から見ると普通の姉妹に見えてしまうのは姉の言動のせいだろうか。

等と感じるのはトマだけであり、普通の連中からすれば

…いや魔力に敏感な連中からすればこんなやり取りですら

近寄りがたい雰囲気を漂わせ、別世界の出来事に見せてしまうのだ。


「っと、いけねえ。アタシ…ああいや、私がユェリィの姉の

雲龍宮ユンロンゴン公主が一人のメイユィンシンだ。

おめぇ…じゃねえや、貴殿の名は? 私の妹との関係や如何に?」

「あ、はい…僕はトマ…ハルマローシュ伯の子、トマにございます。

ユェリィ様とは同期の学友たる我が主の子息エアメルドゥクの従者であります」

「あん…? あぁそうか…あんたがトマか。親父…父上から色々と聞いてるぜ?

未来の義息子の一人になるかもしれねぇ男の身内だからな」

「エア…義弟のエアメルドゥクの件をご存知でしたか」

「応よ。アタシでも適正が無いもんだから碌に使いこなせてねぇ

全央皇帝が持たなきゃなんねぇはずの“竜剣術”に適正があるって野郎の

身内の話くらいは知っといても損はねぇだろ?」


 実は(本人は)畏まって(るつもりで)話掛けた際に何気に創輝帝並みの

暴圧が如き魔力の波動を飛ばしていたのだが、ケロリと涼しい顔な

(実際は気にも留めていない)トマの態度を見て何やらしたり顔の後に

砕けた口調に戻ったメイユィンシンであったが、トマはそんな彼女の

心情の変化すら気に留めていなかった。トマ本人に至っては

ただ「早く終わらんかなぁ…」と考えちゃってたのである。


「にっへっへ…! 凄ぇなあアンタ。ユェリィは無意識だから

しょうがねえとしても、アタシの飛ばした圧に何も感じてねぇのな?」

「え(…まさか…もしかしてさっき儂に飛ばしてたのか…? ぐわーっ!?

何たる迂闊だ! いかんな…最近自主鍛錬を怠っておったせいか…ん?!)」


 そういえば新しい女が出てきたのにライラが大人しいと思ったら、

椅子の後ろからトマの服の裾を申し訳なさそうにつまんでいた。

考えてみればライラは弱くはないが、エア達ほど強者に慣れていない。

であれば圧に中てられて萎縮してしまうのも無理はなかった。


「にゃっへっへ…! まぁだからこそユェリィにも普通に接してられんだな。

こりゃあ真面目に将来弟が二人に増えそうだなぁユェリィ?」

「はへっ? ………! ………な、にゃ、にゃにゃにゃにを

言うのでしゅかお姉しゃままままッ?!!」

「にゃっへっへっへっへ…! おいおい仮定の話だぜユェリィ?」

「ふぐぐぐぐ…! 宮に戻るときにたっぷりお話しましょうねお姉さま!」

「にっへっへ! 怖え怖え…! んじゃそろそろ戻んねぇとな。

悪いなぁウーキ先生ぇ! なんだったらアタシのことは放っといて

授業やってても別に構わなかったんだぜ?」


「そのような事ができるとお思いですか殿下!?」

「言ってみただけだよ☆ ……では授業の続きを頼む、ウーキ先生」

「ふへっ…!?」


 畏まった口調に戻った時につい気を飛ばしたのか、

ウーキ先生は変な声を上げた。


「…すまぬな、ついやってしもうた。妹の事を笑えぬな、許せ」

「いえ! どうということはありませぬ殿下!」


 ちらりとユェリィに笑顔を向けた後に授業を進めるため、

生徒の列に戻るメイユィンシン。


「まったく…お姉さまったら…! …あ…と、トマ様…? 大丈夫ですか?」

「僕は問題ないんですが…ライラがちょっと」

「あら、まぁ……であれば彼女も座らせてくださいなトマ様」

「え…いやしかし彼女は流石に…というか座らせると…」


 かなりトマとユェリィが肩から腕にかけて密着してしまうことになる。


「だ、大丈夫ですトマ様! そうそう! お姉さまの武技を見ていると

そういうのがどうでも良くなるんです! どうでも良くなる程

お姉さまの武技は凄いんですよトマ様!」


 中々に必死なユェリィの様は見ていて悪くないが、少しばかり

ライラが気になるほうが勝ったのでトマは自分の空いている肩に

ライラを預ける。ライラもそれで元気が出たのか、手に両手を

絡めてきやがったが、今回だけは特別に許すことにしたトマ。


> > >


 三期生の今回の武術の授業の内容は割と本格的な組手だった。

とはいえトマの主観からすると蟻…いや精精がカブトムシの決闘でしかないので

「真面目にはよう終わらんものか」と退屈そうなトマである。


「トマ様トマ様! 待ちに待ったお姉さまの番ですわよ!」

「そうですね、ユェリィ様」

「もう、いい加減ユェって呼んでくださいませトマ様」

「いや…それは…(できぬわ馬鹿者)」


 仕方なく呼ぼうかと思うとそれだけで絡み付かれている方の腕に

爪が立つし、護衛からあからさまな殺気が飛ぶのだ。

七面倒くさいことこの上ない次第である。


「では、メィユィンシン様。カピタン君。双方、構え」

「応、んじゃよろしくなカピ公?」

「はひ! よろしくおながいしまっす!!」


 彼女メィユィンシン相手に平然と組手を挑めるのはトマくらいだろう。

あんなガチガチでは蟻の殺し合いどころか

微生物の喰らい合いにもならなそうだとつい頬杖をついてしまうトマ。


「始め!!」


「ご無礼お許しください! どりゃああああああああッ!!」


「ふむ?(ほう、カピタンとか言う小僧はイェルムンナに近い気質か)」


 やる前はガチガチだったカピタンだったが、合図の後の一言から

相手を帝女とは見なくなったのがわかったので、それなり…

猫とその尾を噛まんとするネズミくらいには見ものになると思ったが、


「お、いいね。でもまぁ、うん。終わっとけ」

「ほげッぷ?!」


 メイユィンシンの胴を真横に薙ごうとするカピタンだったが、

やはり色々と差がありすぎたせいか、カピタンの木製両手剣が届く前に

メイユィンシンの片手木剣がカピタンの肩に命中し、カピタンは崩れ落ちる。


「それまで! 勝者メィユィンシン様!」


―流石は公主さま!

―“竜剣公主”は伊達じゃない!

―素敵ですわーメィユィンシンおひいさまー!!


 黄色い声も混じる喝采の嵐に包まれるメィユィンシンだが、

軽く鼻息を一つ漏らしてウーキ先生を見る。


「あー…なんかなぁ…やっぱ足りねぇわ先生。やっぱ今日も先生と

りてぇんだけど駄目か?」

「え?! いやしかし殿下…!」

「アタシに一撃でも入れれたら…うんにゃ、後もう一個足すか、

五分決着がつかなかったら先生の勝ちってことで、アタシの方から

そうだなぁ…今後の縁起も担いで給金八ヶ月分でどうよ?」

「は、八ヶ月…!?」


 ウーキ先生の目に「金」「八」という文字が見えた気がしたので

「貴様はもう金八先生と改名したらどうだと」言いたくなってしまったトマ。

ちなみにユェリィは「やったわ! また大一番が見れる!」とはしゃいでいた。


「ハハハ…一撃入れられたら八十八ヶ月にしてやるか?」


 メィユィンシンは自分の付き人に目配せすると、付き人は付き人で

「やれやれ…」と言った諦観の面持ちで何でそこにそんなもんがあるんだと

言いたくなる荷車からジャラジャラと煩い大きな袋をドサドサと

九袋ほど持ってきて近くに置く。


「ぬほっ…?!」

「七年前までは先生も“第八皇盾ダーバーファンダン”師団の第三席だったんだ。嘗ての副団長

ファ家の瑠璃リォリィに次ぐ実力者の本気。アタシまだ見てないぜ?」


 こんなところでまさか侍女長リォリィの話が聞けるとは思わなかったトマは、

ちょっとばかしこの組手大一番…竜虎の戦いに期待を募らせてみる事にした。


「………ここまでされてしまってはな……殿下、お覚悟を」

「応よ。真剣勝負じゃないのが残念だが、にっへっへ…楽しみだぜ」


 ということで試合の合図はさっきの一撃は堪えたようで

堪えていなかったらしいカピタン(トマ曰く「磨けば光りそうだ」)が

やることになり、本日の大一番勝負であるウーキ先生対メィユィンシンの

組手一本勝負が始まった。


「始めっ!!」


「申し訳ありませぬが先手は貰いますぞ!!」

「にっへっへ…! お好きにどうぞ!」


 ウーキ先生もメイユィンシンも木製の矛で打ち合うようだ。


ッ!」

「おらぁ!」


 互いに相手の直線に並ばぬよう飛び跳ねつつ矛を突き合う。

木製なので音こそ地味だが、互いに矛先をきっちり

中て合わせて拮抗しているので見るものが見れば

如何に器用なことをしているのかが分かる。


「やはり殿下には技なしでは駄目でしたな!」

「んなのいつもやってるからわかんだろ…ッとぉ!!」


 メィユィンシンが話し終わる前にウーキ先生が百烈突きを繰り出すが、

「よっ! とっ! はっ!」とメィユィンシンは演舞のように避ける。


「やはり小手先では無理か! ならば!」

「応よ! 良い大技待ってたぜ!!」


 ウーキ先生はかつて訓練で見せたリォリィに

勝るとも劣らぬ気迫を出したかと思えば、多重残像を繰り出し

常人ならこの時点で勝負が決まるであろう風の魔力を帯びた

鋭い連続突きを残像と共に乱発してくる。


「待ってましたってか?!」


 メィユィンシンはメィユィンシンで例の魔力暴圧を解き放ち

確か西方諸国で“石化鳥の構えコカトリス・フォーム”と呼ばれた

上段構えが獲物を啄ばむ鳥に見える構えをとってウーキ先生の連撃を迎撃する。


「せいやせいやせいやせいやせいやせいやァ!!」

「カカカカカカカカカカカカカカカカカカァ!!」


 打ち合うたびにその余波が見ていたものたちにすら飛ぶが、

そこは三期生、下級生ほどには無様な様は見せないが

それでも半数が余波をくらって転んでしまう。


「流石お姉さま! そのまま勝っちゃえ!!」

「やれやれ…(まぁリォリィの次点なのだからこんなものか)」


 体感ではもう五分は過ぎていたはずだが、カピタンを見ると

「214…215…216…」と目を閉じて座って時を数えていたので

まだ五分は経っていないのだと知ったトマ。


「んーんー…。あ、まだ40秒近くも残ってるのか…良いと思ったけどなー…

アタシの中じゃ六分過ぎの時間切れだし、もう終わるかぁ」

「うおおおおおおおおお!!」


 あれだけの打ち合いの中、メィユィンシンは全然余裕そうだった。

気迫十分なウーキ先生もまだ額に少し汗が浮いた程度だ。

 しかし、メィユィンシンはふっと眼光を鋭くする。


「決まる、か」


 トマがそう零したとき、メィユィンシンの矛先から多重属性の魔力が

渦を巻くように飛び出した。


「六色螺旋撃ッ!!」

「ぐわぁぁあーッ?!」


 ウーキ先生も気づいたは良かったが、反応に遅れて

メィユィンシンの六色螺旋撃で派手に吹っ飛ばされた。


「248…249…んが?! あっ! そ、それまで!

勝者、メィユィンシン殿下!」


「応。悪いな先生。アタシの体感じゃ、もうとっくに時間切れだったわ」

「くぁぁぁ…給金八十八か月分がぁ…」


 やられたことよりも報酬がパァになったことの方で酷く悔しがる先生。

やはり帝国民は度し難い…と思ったトマだった。


「そう腐るなって先生。おーい。そのちっこいほう、そうそれ」


 そう言ってメィユィンシンは付き人から小さいが金貨の詰まっているであろう

上等な皮袋をウーキ先生に差し出す。


「で、殿下…?」

「流石に八か月分は駄目だが、三か月分くらいは入ってるぜ。

これで今夜は酒でも飲んで、んで次の組手までの修行代にしてくれよ」

「ふはぁぁぁ! 感謝感激恐悦至極にございます殿下ぁ!!」


 なんか拍手喝采が始まったのを見て思わず「何じゃコリァ」と

思わず口にしてしまうトマ。ちなみに隣のユェリィは

「ああ、お姉さまやっぱり格好いい!」と興奮冷めやらぬ様子だ。


「はぁー…ようやく準備運動終わりって感じで終わりかぁ…」

「……(まぁ、龍が善戦の虎を飽きて嬲り殺した…という程度には見れたか)」


 組手前より体が軽そうなメィユィンシンと若干眠そうな顔にも見える

退屈そうな表情なトマが、ふと目を合わせてしまう。


「お?」

「あ(いかん…目が合った!)」


 慌てて視線を逸らすが、


「にゃっへっへ…! なぁ先生! 授業の時間まだあるっけ?」

「げ(儂としたことが…)」

「へ? あぁ…はい、この時間の終業の鐘の音までは十数分ほどあります殿下」


> > >


 言うまでもないことだが、一応一期生扱いのトマは

目をつけられたためメィユィンシンと最終組手エキシビジョンマッチ

やらねばならんことになってしまった。


「くぅ…儂としたことが…」

「にっへっへ…やっぱあんた…凄ぇな? さっきからあんた目掛けて

気を飛ばしてんだけど何処吹く風って感じだな?」

「え、な…儂またしても気づかなかっただと…!?」

「掛かったな、アホが☆ んなことしたらユェリィが中てられんだろうが?」

「うぐ…!? 計りましたね殿下?!」

「にゃっへっへっへっへ…!」


 どうにも誤魔化しきれなくなったので、観念して

組手用の得物を選ぼうとするトマ。


「アンタの得意なのでいいからな? アタシに気遣うとか無しだぜ?」

「……(本気で言ってるのか小娘?)」


 適当にいなしてから適当な所で降参しようという腹積もりのトマに

そんな言葉をどんな意図か知らないがかけてきたメィユィンシン。


「得意…か…」


 トマは嘗ての前世じぶんを振り返る…


「ぬ(……そういえば儂、得意武器らしい武器使ってなくね?)」


 ある時は大連続オーバーキル魔術、ある時は念動力で隕石ズドドドドン。

またある時は惑星に惑星をぶつけると言うもはや神外かもしれない攻撃で

立ちふさがらんとした敵を葬った記憶しか出てこない。


「総合的に考えると…これか?」


 トマが選んだのは、


「マジで? マジで手甲? オイオイ気遣いは要らないって言っただろ?」

「と、言われましても…僕は不器用なので下手に武器を使うと

大体無駄に刃こぼれとかそんな感じで壊すだけに終わっていたもので」

「はぁ?」


 実際は試しに振るえば確かに敵も壊せたが武器ごとだったという始末だが、

それを言ったら言ったでメィユィンシンが切れそうな気がしたので、

そう言わざるを得なかったトマ。


「………そういやぁ、アンタはあのエアメルきゅ…エアメルドゥクの

魔術の師匠…術師が本業なんだったっけ?」

「よくご存知で…」

「成程、いわゆる“殴り術師”か……いや、それはそれで…悪くねぇな?

手甲は怪我予防のために金属使ってるしな? にへへ…」


 目の色が変わったメィユィンシン。


「うん…大きさは丁度いい…のか?」

「準備良いのか? 良いなら早くしようぜ? 流石に授業の延長は

ほかの連中にも迷惑だし」


「あの! お姉さま! やっぱりトマ様にそんなご無体は…!」

「む?(これは、もしかすれば)」


 トマの実情を知る由も無いユェリィは、ここでようやく姉の悪い癖を

諌めようと動いたのだが。


「…私の邪魔をするなユェリィ。これは姉帝女としての命だ」

「あ…う…」

「あぁ…(やはり、仕方あるまい…)」


 足早に進み、メィユィンシンと対峙するトマ。

メイユィンシンはそれを見てやはりユェリィの姉か、と思うほどの

いい笑顔で、自分の得物…先ほどとは違って二刀流の木製両手剣を構える。


「それでは…最終組手、始め!」


 ウーキ先生の宣言と一発の拍手かしわでで、トマ対メィユィンシンの

最終組手が始まった。


「………」

「………」


 体感で一分ほど経ったが、二人に動きはない。


「………おい、何で構えねえんだよ」

「………あ…失礼…今まで構える必要が無かったので」

「おいおい…………なんでそんな……面白えこと言うんだよ?」


 メィユィンシンの姿が消える。


「「「!?」」」


 トマは左に動こうとして、「やっぱりこっちか」と右に一歩動くと

トマが最初にいた場所にいきなり六色螺旋撃(両手剣版)が叩き込まれた。


「あ?」

「お、避けれましたね。いや、幸運ですねハハハ」

「にへへ……良いねぇ(偶然を装いやがった…! 確かにあいつトマ

アタシの動きを目で捉えてやがっただろうが!!)」


 他の者にも(悲しいかなウーキ先生にも)トマが偶々避けた(風な)のを見て

多くが胸を撫で下ろし、熱狂的なメィユィンシンの親派は舌打ちをする。


「……幸運が続けば良いな」


 メィユィンシンは砕けた口調を止めた。やめると同時に躊躇無く

回りも気にせず内包魔力の暴圧を解き放つ。気づけばウーキ先生等の

一部の実力あるもの以外は全員その場にへたり込んで気を失っていた。


「あ、そうか…これなのか…」

「!?」


 今までの加減では全く反応すらしなかったトマが、ほとんど全力な

内包魔力の暴圧解放で、ようやく反応したのだ。これには

メィユィンシンも思わず目を見張った。そして、

目前の相手が、途端に得体の知れない存在に見えた。


「ぎっ…!」


 歯を食いしばったメィユィンシンは、何ヶ月か前の北方征伐に

こっそり参加したときの事を思い出す。北方諸侯達の凄さは

北方公爵を間近で見ていたから余計に理解できた。

だが、目の前のトマは…その時戦った大熊白王国の巨人族よりも

異質と不気味に尽きる気配を感じ取れた。


「む? …ウーキ先生…立ったまま気を失っているのか? …ならば…」


 距離もあるし小声だったが、メイユィンシンは確かにそう聞いた。

そして聞いたと同時に本能が警鐘を鳴らす。


「そこで気を抜かずにいられるのは、流石だな」

「!? がっ?!」


 辛うじて防御に成功したが、それでもトマの正拳突きの威力を殺せず

メィユィンシンは地面をギャリギャリと削りながら後ろに五十間ほど

吹き飛ばされかけた。


「冗談…きついぜ」

「そうだな。儂はよく冗談が下手だとエアやエニに言われる」

「は…ッ!?」


 メィユィンシンは思わず殺す気で両手剣を振り下ろしたが、


「まぁ、そんなものか」


 軽くトマはそれを防御する。だが、その際の衝撃で彼女の

魔力を十分に浸透させたはずの得物は真っ二つに折れた。


「公主殿下。貴方の実力は創輝帝に次ぐかと思いますが、

いかんせん経験が圧倒的に不足しておりますね。なので、これで仕舞いです」


 トマは凄まじい勢いで手刀を彼女の脳天に振り下ろそうそして、

寸止めした。しかしメィユィンシンはその寸止めの風圧で

地面に叩きつけられ、彼女の意識は暗転する。


> > >


―ま…! 姉さま!!


「ハッ!?」


 メィユィンシンが飛び起きると、トマ以外が全員起きていた。


「何が…!?」

「お姉さま? 結局勝負はお姉さまの勝ちなのですか?」


 メィユィンシンがトマを見やれば、トマはライラが

頑張って背負おうとしているが、いかんせんトマのほうが背が高いので

足を地面に引き摺るような形になっていた。


「おい…ッ!」

「何か」


 メィユィンシンがここから離れようとするライラを引き止める。


「何をしやがった」

「私は知りませぬ、気づいたとき…トマ様を始め全員が倒れており

貴女が先に起きたのですから…貴方の勝ちなのでは?」

「あぁ?!」


 メィユィンシンはライラに食って掛かろうとするが、


「これ以上は何卒ご勘弁を…トマ様を一秒でも早く介抱したいのです」


 状況が状況なので、これ以上ごねればメィユィンシンの名誉も傷つく。

なので彼女は大人しくトマを背負って去りゆくライラを見つめるしかなかった。


「いやはや…まるで幻術にでもかかったのかと思いましたな殿下」

「幻術…?」


 ウーキ先生のその一言で、彼女は得心がいった顔をした。


「そうかよ…そういう事に…ねぇ?」


 終業を告げる鐘の音が後の彼女の呟きをかき消した。


> > >


 トマが気づいた(ということにした)時、トマの前には

怒りたいのか泣きたいのかよくわからん顔をしたエアメルドゥク、

エンリルエリシュ、イェルムンナの三人と何故か簀巻きにされて

床に転がされご丁寧に猿轡を噛まされて「むがむが!」言ってるライラに

そんな状況に未だ理解が追いついていないハノークが

お見舞いの果物とかを持って立っていた。


「兄上、言い訳があるなら聞きますよ」

「お兄様ぁ…無事で良かったですぅぅぅううう!」

「トマ様…ホントに無事ですか~? 主に貞操とかで~?」

「むがががむががが!!」

「あぁ…なるほど」


 とか言って納得した風にしてみるが、気を失っているフリを

知ってか知らずか「神の子受胎の好機!」とか言って

飛び掛らんとしたライラがどこからともなく現れた

エンリルエリシュとイェルムンナの妙に息の合った連携で

簀巻き(以下略)になったことは承知の上であるトマ。


「…ふぅ(一応ウーキ先生の記憶に少々の改竄をしたが、

それが上手く転ぶのを祈るしかないとは…我ながら情けないな)」


 本当はもう少し改竄してやりたかったが、予想以上に早く

メィユィンシンが目覚めそうであり、終業の鐘もなりそうだったので

そう思わざるを得ない結果になってしまった自分の天運を呪うしかないトマ。


「まぁ、トマ殿に何かあるなどと我は思わんが…あ、これ。

咄嗟だったので近くの青果商で買った西瓜で悪いんだが、

落ち着いたら食ってくれ」

「ハノーク様。わざわざすみません」

「気にするなトマ殿。我にしてみれば返しきれん恩があるのだ…

っと、もうすぐ日も沈む…そろそろ部屋に戻らんと…

ではトマ殿。気づいて早々に申し訳ないが、我は部屋に戻る。

イェルムンナ嬢も、もう少ししたらお暇するんだぞ? あまり遅いと

寮長を通じてアラフミヤンガ侯爵に告げ口するからな」

「はいはい~。程ほどにしておきますよ~」


 肩を竦めて部屋を後にするハノークをひらひらと手を振って

適当に見送るイェルムンナ。


「さ~て」

「さ~て、何なのですか?」

「ここは私だけでどうにかす、なるのでお二人は~お部屋に戻りましょうね~」

「…イェルムンナ。君、ライラの様を作っておいてそれはバカだと言っとくよ」

「むっががが!!」

「ライラ。ちょっと黙るのです。今なら沈めても良いのですよ物理的にも」

「むが…!」

「はぁ…(頼むから儂を独りにしてくれ…!)」


 真面目にゆっくりしたいと思ったトマであったが、


「おッ邪魔~っと」

「失礼いたします」

「ぬ!?」


 まさかの帝女姉妹現出である。


「どちら様なのです? 今大事な家族会議を始めようというとこr」

「エエエエエエエエエエエエエエエエニッ!? バババババババババカッ!?

こここここここのお方、このお方々はあああああああああ?!」


 イェルムンナは即座に両手を胸の前に握りこんで膝立ちになり、

どもりまくってるエアメルドゥクは必死に座らせようとするが、

まぁまず巨岩山が如く動くはずも無い憮然とした態度のエンリルエリシュ。

 そして何故かライラは死んだフリをしていた。

 

「おい、何だこのクソ面白え状況は?」

「トマ様、お加減は如何ですか?」


 とりあえずベッドから立とうと背を起こすのだが、そこでユェリィに

片手を両手で包み込まれる。


「あァ?!」

「エエエエエエニニニニニ! やめっめめめめ洒落になななななな!!」

「弐の兄さんちょっと黙るです」

「ぶべらっ!?」


 デコピンとは本当に気遣いは感じられるが何しろエニの膂力なので

それで壁にベチンと叩きつけられて伸びるエアメルドゥク。


「おほ…ってエアきゅ…エアメルドゥクの奴がデコピンで一撃かよ…

ってことはお前がエンリルエリシュだな?」

「だから何なのですか? 大体貴方方こそ何者なのです」

「…エニちゃん。お父様の事を大事だと思うなら今すぐ跪くのを勧めるわ~」

「はぁ?」

「これは失礼いたしましたエンリルエリシュさん。わたくし、

創輝帝の娘が一人…星竜宮のユェリィと申します」

「んでアタシがその姉にあたる雲竜宮のメィユィンシンだぜ!

お前は面白そうな奴だからメィって呼んで良いぜ? まぁそのかわり

アタシもお前のことエニって呼ぶけどな?」

「はぁ…こーてーへーかの……………にゃ?」


 ギギギギギと音がしそうな感じでトマを見るエンリルエリシュに

トマは「ひ・ざ・ま・ず・け・こ・の・ば・か・も・の」と口パク。


「あにゃにゃ?! し、しつれーしましたてーじょ殿下!?」


 全然さまにはなってないがイェルムンナの真似をして跪くエンリルエリシュ。


「にっへっへ! 公じゃねえからそんな気にしなくて良いんだぜ?」

「では…」

「駄目」


 自然体に戻ろうとしたエニの肩をぶっ叩くイェルムンナ。

むっとしたがトマの突き刺すような視線を感じて大人しく

跪いたままになるエンリルエリシュ。


「なんつーかマジで面白え妹ちゃんだなトマ?」

「重ね重ね愚妹が失礼を…」

「いーんだよそんなの。んなことよりさ、アタシはアンタに

ちょっとお返ししたいことがあってさ……つーことで面貸せ」

「む…(下手なことは出来んか)」


 仕方なくメィユィンシンに顔を貸そうとして


「はぷっ」

「もごッ!?(何ィィィィィィィィィィーッ!?)」

「お、お姉しゃまッ!?」

「「ぎぃやぁあああああああああああああッ!?」」

「ぐままままままままあああああああッ!?」

「う…何が……………は?」

 

 エアメルドゥクが意識を取り戻したとき、敬愛する義兄トマが

メィユィンシンに接吻しかもベロチューされており、

顔を覆いつつその実隙間から見てる赤面のユェリィはともかく

顎が外れそうなほどに開いた口が塞がらないイェルムンナと

エンリルエニシュに、血の涙を流しながらジタバタするライラという

ハノークがもしこれを見ていたら


「あぁすまんすまんトマ殿もう一つあっt…………………ファッ!?」

「んん? っぷはぁ…お、ハノークじゃん。ん? それ結構良い酒じゃん。

あ、そっかトマってもう15だっけ?」


 トマの口から引いた糸をじゅるっと啜ってメィユィンシンは

ハノークの持ってきた酒が中々の名品と見抜き、

未だ脳内で天和大四喜字一色四暗刻四倍役満状態から脱せないトマの

代わりに酒を受け取ってやろうとしたが、


「何だ、夢か」


 とか言ってハノークは酒の封を切ってラッパ飲みしてから卒倒したのである。


「ハノーク…!」


 トマはせめてハノークくらいは記憶改竄という救いを与えようとしたが、


「おおおおおおおおおおおおおおお兄様ああああああああああああ!?」

「なんてことなんてことなんてことトマ様~~~~?!」

「兄上…父上を死刑台に送るおつもりなのですか…?」


 と、もう顔がおかしいエンリルエリシュとイェルムンナに飛びつかれ、

エアメルドゥクは不穏な台詞と共にハノーク同様地味に卒倒したうえに、


「あ、お前がアタシにやってくれやがったことのお返しはここからが

本番な? アタシ、アンタの嫁になるから。アタシの伴侶の条件、

アタシより強い奴だからさ?」

「ぬぐわーーーーッ!?」

「おおおおおおおおおおおおおおお兄様ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「おおおおおおおおおおおおおおお姉さまあああああああああああああああアアあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 とてもじゃないがそれどころじゃなくなってしまったトマであった。


13:に続く

そんなわけで大ボリュームですが、今日はこの辺で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ