悪役令嬢と白い結婚したら、大怪獣ジュティゴンが嫁に来た。
僕はカイト。フィデリス王国の第三王子だ。王子といっても、これといって優れた能力があるわけではない。真面目なだけが取り柄だと自覚がある。
目下の悩みは、婚約者を決めなければならないことだ。
今日も、各国から寄せられた姫君、公女たちの肖像画と釣書と格闘していた。どの釣書の内容も似たり寄ったりだ。この中から、どうやって一人を選べというのだ……。
思わず、ため息が漏れる。
「グランソード王国のジュスティーヌ姫……僕と同い年なのか。好きなものは、タルトとワイロ……ワ、ワイロ!? ど、どういうことだ?」
僕はもう一度好きなものの欄に書いてある文字を読んだ。確かに「タルトとワイロ」とある。
「も、もしかして、書き間違いかな。カイロと書きたかったのかもしれない。きっと姫は寒がりなのだろう……で、特技は、拷問と……ご、拷問!?」
いやいや、拷問なわけないだろう。仮に特技が拷問だったとして、釣書に本当のことを書くだろうか? きっと、「学問」か「慰問」辺りと間違えたんだな……。
「う、うん、そうだ。そうに違いない」
ワイロと拷問の姫の肖像画を見ると、とてもかわいらしい姿をしていた。
「この顔で、賄賂と拷問はないな」
彼女の肖像画と釣書を閉じた。
だが、この姫のことは無性に気になってしかたがなかった。
「カイト、お前の婚約者、まだ決まらないのか? どれ、僕が一つ品評してやろうか? 僕の女性を見る目は確かだぞ!」
長兄で王太子でもあるアーロン兄上が邪魔しにくる。
彼は、天性のナンパ師だ。王太子という地位に、整った顔立ちと巧みな話術で、数々のご令嬢たちを泣かせてきたという悍ましい実績がある。
アーロン兄のことだ。この肖像画を見て、気に入った姫をナンパするつもりだろう……。どうしようもない兄だ……。
「おっ、この公女はまあまあ美人だな……おおっ、こっちの姫もなかなかじゃないか……」
「兄上、おやめください……これは僕の問題ですので……」
慌てて広げていた肖像画と釣書を引き出しの中に隠すようにしまう。
「チッ、つまらんなぁ……」
アーロン兄は去っていった。
僕は安堵のため息を漏らした。これ以上、いたいけなご令嬢たちを兄の毒牙にかけるわけにはいかない。
実は、僕にはもう一人兄がいる。
第二王子のレナード兄上は、王太子アーロン兄上とは真逆で、天然の猛獣だ。インドア恐怖症かというぐらい、自由気ままに大自然の中を駆け回り、完全に制御不能なのだ。
女好きと野生児。兄二人がこんな調子だから、自国の貴族たちから僕に寄せられる期待はハイパーインフレを起こしていた。
結果、大量に送られてくる肖像画とにらめっこしながら、一方ではキツイ化粧と香水の匂いを漂わせたゾンビのごときご令嬢たちに追い回される日々に悩まされる。
こんな日々から一刻も早く抜け出したい。兄たちのように自由に生きられたら……。それには、一体どうしたら……?
そのためには、早く婚約するしかない。だが、誰と?
不意に、脳裏にはある言葉が浮かんだ。
政略結婚――白い結婚だ。かりそめの婚約者でもいれば、こうしてホラーなまでにグイグイ来るご令嬢たちの相手をしなくて済むのではないか?
「カイト、今日のお茶会、気に入ったご令嬢はいたかしら?」
母が心配そうに尋ねてくる。
「いえ……僕には、彼女たちの中から誰かを選ぶなんてできません……」
正直、どの令嬢も苦手だ。彼女たちも王子を射止めなければならないという使命を負ってのことだとは理解する。だが、苦手なものは苦手なのだ。
そんな時、ふと、先日見た釣書の内容が頭に浮かんだ。
「賄賂と拷問の姫――」
僕は少しだけ彼女に興味を持っていた。なぜ、釣書にあのようなことを書いてよこしたのか。彼女はどういう人物なのか。騎士たちに頼み、ジュスティーヌ姫について調べさせた。
そして、一つの事実がわかった。彼女は、釣書通りの、いやそれ以上の悪女だったのだ。
出てくるのは酷い噂ばかり。数多の男たちを手玉に取り、護衛騎士たちは日々足蹴にされる。高価な宝石でその身を飾りたて、贅沢三昧。商人たちには賄賂を要求する……。
まさに、悪役令嬢そのものだ。
そんな悪女だったら遠慮する必要はない。アーロン兄にナンパされようと構わないし、僕だって心置きなく「君を愛することはない」と告げることができる。
今日は噂の悪女・ジュスティーヌ姫との顔合わせの日だった。
「失礼します……」
まだ見ぬ悪女、彼女がどれだけ横暴な女なのかと考えると、少し声が震える。
恐る恐る、彼女の待つ客間の扉を開けた。
そして、閉めた。
バタンっ――
えっ、ちょっと待ってくれ。この部屋で間違いないよな?
自分の目を疑った。
「か、怪獣……! 怪獣がいる、この部屋に!」
後ろに控えていた護衛騎士が慌ててドアを開け、中を確認する。
怪獣は立ち上がると、両手を振り上げた。
「がおおおおっ! ぐおおおおおっ!」
……いや、声だけは妙にかわいいのだが……。
「た、確かに、怪獣の着ぐるみを着た女性? とメイドが……」
護衛騎士たちは完全に戸惑っていた。
「ぎゃははははっ、おぬしがこの国の第三王子カイトであるか? 我は腹が減ったぞー、茶菓子はないのか、茶菓子は!?」
「えっ……は、はい、今すぐにご用意します」
侍従に命じて、すぐにお茶を用意させた。
第一声がまさかのお茶の要求とは! さすがに悪女なだけある。
「がははははっ。我こそはグランソード王国の第一王女ジュスティーヌ改め、大怪獣ジュティゴンなるぞ。おそれおののくがよい!」
怪獣の着ぐるみを着た姫は、腰に手を当てて仁王立ちしながら、大声で笑っていた。
正直、どう反応していいのかわからない……。な、なんなんだこの姫は……!
僕はただただその場に立ち尽くすしかなかった……。
「そうかそうか! このジュティゴンに恐れをなしたな、おぬし! よいよい、わかっておるぞ。ズバリ、『君を愛することはぬぁい!』と言いたいのであろう! あい分かった! ということで、我も妻の役目は忘れ、自由奔放、好き勝手に過ごさせていただくとしよう! わっははははっ」
悪女は、僕を置き去りにして勝手に話を進めていく。
ちょ、ちょっと待ってくれ。想定していた悪女とは方向性が270度ぐらい違うんだが? ど、どうしてそもそも彼女は怪獣なんかに!?
頭が混乱する。
「……好き勝手は少し困るというか……ほんのわずかでよいので節度を持って……」
勇気を振り絞って、小声ながらも最低限、お願いしたいことを伝えようとした。
「ぬぁにぃ!」
「あ……いえ、何でもありません……どうぞ、ご自由に……」
彼女の迫力に気圧されてしまった……。
メイドたちが部屋に入って来て、お茶と、王宮パティシエの作ったミルフィーユとマカロンを置いて出ていく。彼女たちの手も震えていた。心なしか、身体も震えているようだった。
「のおおおおおおおっ!」
ジュティゴンは雄叫びを上げた。
「ど、どうしたんですか?」
「タルトじゃない……タルトじゃないなんてええええ!」
ジュティゴンは、頭を抱えながら涙目になって、タルトと何度も口にしていた。
そういえば、彼女の釣書に好きなもの、タルトとあった気がする。賄賂と拷問に気を取られて、すっかり失念していた。
彼女はムクッと立ち上がると、無言で部屋を後にしようとした。
「あ、あの、どちらへ?」
「フゥファッ! そんなの街に繰り出して、大暴れするに決まっているだろうが! 暴れない怪獣がこの世にいるとでも思ったかー!? ぐああああっ!」
「……えっ……」
ジュティゴンの言葉に、血の気が引いていくのを感じた。タルトが出てこなかった腹いせに、ジュティゴンは街を破壊して回るつもりだ……。
僕はとんでもないものを、我が国に呼び寄せてしまったのかもしれない……。
◇ ◇ ◇
――時は一月ほど前に遡る。
「メリー、悪役令嬢っぽい服を用意してくれないかしら?」
グランソード王国の離宮では、ジュスティーヌ姫が侍女のメリーと、これからの計画を練っていた。
「……姫様。私がリサーチいたしましたところ、かの国の王太子アーロン殿下は相当女癖が悪いようでして……」
「なるほど……。ということは、警戒すべきはその王太子ね。女好きとなるとただド派手なだけの悪役令嬢の衣装では効果がなさそうね……」
ジュスティーヌ姫は首をかしげて少し考えた。
「つまり、女だと分からないような衣装にすればいいのよ! じゃあ、女だとわからないような、それでいてわっるい衣装を用意してちょうだい」
「かしこまりました。すべてこのメリーにお任せを!」
こうして、メリーが用意したのが、ドラゴンを模した怪獣さんの着ぐるみだった。
モフモフした愛らしい赤のボディ。恐ろしいというよりは、マンガチックでどこかおどけたような表情にも見えるぬいぐるみの怪獣の顔を頭から被る。
視界が妨げられないように、首部分が丸くくりぬかれて、そこから顔を出すことができるようになっていた。これがまた、なんとも滑稽なのだ。
「ふふふっ、完璧ね! これで”悪役令嬢”と”女でない”という二律背反の事実を矛盾なく同居させることができるわ!」
着ぐるみを着たジュスティーヌ姫は、鏡の中の自分の姿に、満足げに頷くのだった。
「レッツゴー・フィデリス王国! ウェルカム・白い結婚!」
◇ ◇ ◇
ジュスティーヌ姫は怪獣の衣装のまま、言葉通り王都に繰り出した。
密かに後をつける。あの悪女……大怪獣ジュティゴンを王都に野放しにするわけにはいかない。
ジュティゴンは早速餌食となる者を見つけたようだ。
とある露天商の元に行くと、彼女は怒鳴りながら商人の胸倉を掴んだ。
街の喧騒にかき消されて、彼女が何を言っているのか聞こえない。賄賂を要求しているのかもしれない。もう少し近づいて、会話を聞こうとした。
「キャーーー、誰か! 泥棒よ!」
女性の悲鳴が聞こえる。振り返って見ると、そこには座り込む老女と若い娘の姿があった。その前方には、女性ものの鞄を持って走る男の姿が。
「おい、あの男を追うぞ!」
「御意!」
と、その時――
「必殺! ジュティゴン、スーパーアローキーーックッッ!!」
「ぐあああああーーッッ!!」
ジュティゴンは男に跳び蹴りを食らわせ、そのまま馬乗りになった。
「ジュティゴン、ウルトラビタンビタンビンタあああ!」
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!
「ぐへっ、ぐへっ、ぐへっ、ぐはあああ……」
強烈な破裂音が街中に響き渡る。
――男は、タコのような顔になって気を失っているようだった……。
「これにて、一件落着! がははははっ!」
ジュティゴンは男がひったくった鞄を、老女に返してあげていた。
僕の脳裏には、「特技:拷問」の二文字が浮かんでいた。
あっ、そうだ、先ほどの商人は?
見ると、商人の男の姿は消えていた。護衛の騎士たちに、伸びている男の後始末と商人の捜索を命じた。
ジュティゴンはその後、何事もなかったかのように、広場へと向かった。
「わあ、見て、ママー! 真っ赤なかいじゅうさんだー! かわいいー! 遊んできてもいい?」
「あら? 今日は何のお祭りかしら? 怪獣さんのしっぽをひっぱったりしちゃダメよ」
「はーい」
大怪獣ジュティゴンを見つけた小さな女の子が彼女に向かって駆けていった。そして、母親にダメと言われたのに、しっぽをつかむと左右に振り回す。
「ぐああああっ。何をするんだ、この小娘めー! 食べてしまうぞー!」
怪獣は女の子を抱き上げた。
危ない!
と、思ったら、女の子を高い高いをしたりぐるぐる回したりする。
ああ、あの子、大丈夫だろうか……。ここは僕が出ていって止めるべきなのかも……! 勇気を出すんだ、カイト!
「きゃははははっ! かいじゅうさんすごーい!」
女の子は相当乱暴に扱われているというのに、嬉しそうだ。母親も遠くから楽しそうに見ているだけ。
この国の国民は、みんなこんなに豪胆なのだろうか……。
「いいなぁ、ぼくも!」
今度は、怪獣と遊ぶ女の子を見て、男の子がやってくる。手を伸ばして抱っこをせがんでいる。
「うわははははっ! ジュティゴンと戦いたいヤツはかかってくるがよい!」
ジュティゴンは、あっという間にちびっ子たちに取り囲まれていた。子どもたちを順番に相手していく怪獣悪女。
「お前たち! 食われたくなかったら、旨いタルト屋の場所を教えるのだーー!」
地団太踏んで「タルト、タルト」と連呼しだす怪獣。
「タルトでしたら、最近できた『カフェ・テミス王都支店』がお勧めですよ。ただ、いつも混んでいるのだけど……」
「……それは食べ甲斐がありそうだ! ひゃひゃひゃひゃっ」
そう言えば、このタルト専門店、最近オープンしたのだ。オーナーが超イケメンの上級冒険者で、女性客に絶大な人気を誇っていた。
怪獣は、ダッシュでタルト屋へと向かった。
「タルトに向けて、マッハで突撃じゃあーー!」
怪獣が行列を蹴散らし、店に乱入するならば、命がけで止めないといけない。僕は、ジュスティーヌ姫の後を追った。
ズデーーーンッ
こ、転んだ……。
着ぐるみの脚が短すぎるためか、派手に転ぶジュティゴン。しかも、着ぐるみがモコモコ過ぎて手足の自由が利かないからか、地面に転がりバタバタしている……。
こ、これは、起こしてやるべきなのか……。白い結婚とはいえ、一応、妻にあたる女性なわけだし……。
迷っていると、怪獣は何とか立ち上がる。僕は無意識のうちにホッと安堵のため息をついていた。
「カフェ・テミス」の前には想像以上の行列ができていた。
「ぐあははははっ! これは、実に旨そうだ!」
笑い声のような叫び声を出す怪獣。旨そうだって、今度こそ、この人々を食べるつもりか!?
と、思ったら、大人しく行列の一番後ろに並ぶ怪獣。
しかも「かわいい!」と声をかけられ自撮りに応じ、サインをしている。謎のタルト賛歌まで歌いだす。
な、何なんだ、この展開は……。
ついに怪獣の番がやってきて、彼女は短い足でステップを踏みながら店の中に消えた。
僕も追いかけて行きたかった。だが、列に並んでいないため、それはできない。
「王子殿下、店員に掛け合って、次に入れてもらえるようにしましょうか?」
「いや、いい。いくら王族だからといって、特権を振りかざし、割り込むわけにはいかない。何かあったら突入するとして、今はここで待とう」
「は、はい、承知いたしました」
護衛騎士は少し戸惑っていた。きっと心のどこかで僕のことを「融通の利かない堅物」だと思ったに違いない。だが、これで構わないのだ。清廉潔白であることをやめてしまったら、僕には何も残らないのだから。
――怪獣が店に入ってからすでに二時間が経過した。一体どうしたというのだろうか?
「……中の様子を確認してきてもらってもいいだろうか?」
護衛騎士の一人を店に送り込む。しばらくすると、騎士が戻ってきた。
「殿下、姫君は給仕中でございました……」
「給仕!? 一体なぜ?」
「はあ、それが、無銭飲食で店主に捕まったようでして……」
……なんてことだ……お金も持たずにここに来たのか……。まったく無茶苦茶だな。
「悪いが、代わりに支払ってやってくれないか……」
「はあ、それが……店主がそれは認められないと……」
「やむを得ないな。僕が店主と直接話をつける……」
白い結婚とはいえ、仮にも彼女は王子妃となる姫だ。
僕は店のドアを開けた。
店の奥、落ち着いたソファー席に彼女――怪獣ジュティゴンはいた。その隣には、男の僕でも思わず二度見してしまうぐらい麗しい男が座っている。
「あーん」
怪獣姿の彼女がたどたどしい手つきでフォークを握り、タルトをその男の口元に運ぶ。
給仕って、配膳ではなく、食べさせていたのか! 男に!! しかもあんなイケメンに!!
ああ、やっぱりこの女は、噂通りの、いや、噂以上の悪女なんだ……。この国に来たばかりだというのに、もう浮気だ! いくら白い結婚だからといっても、僕のことをバカにしすぎじゃないか!?
「うーん、かわいい怪獣さんに食べさせてもらうと、実に美味しいな! もう一個食べたいな」
「うげええ……もういいでしょ! タルト三個目なんですけど!」
「君だって、タルトを四個食べたじゃないか。食べた分だけ、身体で払ってもらわないとね」
「くぅ……」
いや、どちらかというと、彼女が手玉に取られてそうだ……。
「こ、こちらの店主とお見受けした。そ、その女性は、僕の婚約者なんだ。彼女の非礼は詫びるし、代金も払う。そろそろ解放してくれないか?」
「へえ、君が彼女の婚約者か。でも、君たちは白い結婚なんだろ? だったら、彼女がここで俺とイチャついていても特に問題ないじゃないか。ね、ジュティゴン」
僕が誰か知らないのか、男は堂々と言い返してくる。しかも、どうして白い結婚だということまで知っているんだ……? この悪女が愚痴ったのか?
「イ、イチャ……! 言っとくけど、わたしあなたとなんて全然イチャついてないから! 食べさせろと言われてしかたなーくそうしているだけだから! それにね……ふふふふっ、この無礼者がああ! こちらにいるお方をどなたと心得る!」
怪獣がイケメンに抵抗して大騒ぎしだす。
こんな場所で……国民の目がある場所で、王子であることを、さらには婚約者が珍妙な怪獣であることをバラさないでほしいのだが……。
僕は動揺した。周りの客の視線も気になる。
「わかったよ、かわいい怪獣さん。今日のところは俺が引き下がるとしよう。またいつでもおいで。君のために特等席を空けておくから」
僕が困惑しているのを察したのか、イケメンオーナーは手を引いてくれた。にしても、無銭飲食した客にまたおいでだと? しかも、VIP待遇でだなんて、どういうことだ?
「行かないから! この悪質極まりないぼったくり店には、絶対にもう来ないから!!」
「君のために、極上のタルトを用意して待っているよ」
「……仕方がないわね、あと一回だけ食べに来てあげるわ」
あっという間に前言を撤回するジュスティーヌ姫。タルト目当てなのか、それともこのイケメン目当てなのか……。
店のオーナーはニコッと笑うと、ジュティゴンの口の周りについていた食べかすをそっと拭う。まるで僕に見せつけるかのように。
「さ、触らないでよぅ!! まったく、油断も隙もあったもんじゃないわ、この腹黒男!!」
彼女を伴い、店を出た。馬車に乗り込み、城に戻る。
静まり返る馬車の車内。気まずい空気。何か話さねば。
「……姫は、お金も持たずに飲食店に入ったの……?」
「違うわよ! お金は持っているの。でも、お財布が着ぐるみの中だから、脱いで取り出そうとしたの。そしたらあの男、『人前で服を脱ごうとするなんて、公然わいせつだ』って騒ぎ出して。脱ぐのは服じゃなくて着ぐるみだって説明しても全然聞く耳もたずで……今すぐお金を払えないならば、身体で払えって……全くこんな屈辱初めてだわ!」
ジュティゴンはモコモコの手足をジタバタしながら怒りをぶちまけていた。その様子が妙に愛らしく見える。
「そ、それは災難だったね……」
それにしても、あの店主、本当に何を考えているんだ……。そんな言いがかりをつけてまで、彼女を引き留めただなんて……油断ならない男だ。
……この姫もどういう人物なんだ。乱暴で、騒がしいし、とにかくメチャクチャだ。けれど、街の人たちは彼女をまるで怖がっていなかった。暴力を振るっていたのも、窃盗犯相手にだったし……悪女……なのだろうか、本当に?
まあ、でも、怪獣になって暴れた挙句、タルトを四個も食べるとは……とても普通じゃないな。
そんなことを考えながら、ふと顔をあげると、怪獣姫がよだれを垂らしながら寝ている……。
「……タルトタタンしか勝たん……なんちゃって……」
まったく、何て奔放な姫なんだ。出会ったばかりの男と密室で二人きりだというのに、こうも警戒心なく寝てしまうとは……。
………………。
僕はこの人に男として意識されていないのか……? この関係が「白い結婚」だからなのか?
あれだけ女性に追われることに嫌気がさしていたはずなのに、目の前で無邪気に寝ている姫にまるで意識されていないことに、心がなぜか痛んでいた。
彼女に向かってそっと手を伸ばす。が、あの男のようにその頬に触れることはできなかった。戻した手を強く握った。
「どうして『白い結婚』をしようなんて思ってしまったんだろうか……ジュスティーヌ姫、もう少し、君と話がしたいな……聞きたいことがたくさんあるんだ」
深いため息を漏らす僕と、小さく……いや割とうるさく寝息を立てる姫を乗せた馬車は、いつの間にか城に戻ってきていた。
◇ ◇ ◇
城では、僕の兄のアーロンが待ち構えていた。怪獣の着ぐるみの姫が婚約者だと知って、からかいに来たのだろう……。
確かに、ジュスティーヌ姫は怪獣だ。だが、中身は美人だ。アーロン兄に見抜かれないといいのだが……。
「いやー、お帰り、カイトに婚約者殿。せっかくだから、ご挨拶をと思い、待っていたんだ」
アーロン兄が近づいてくる。
僕のいやな予感は的中する。
ニヤニヤしていた兄だったが、姫の顔を見た途端、目の色が変わった。ナンパ師のスイッチオンだ。
「おおっ! あなたがジュスティーヌ姫か! ……ああ、なんとも愛らしい姫君だ。君のように美しい人を、僕はいまだかつて見たことがない! さあ、その着ぐるみを脱いで、僕に君の全てを見せてくれないかい?」
ジュスティーヌ姫の手を取ろうとするアーロン兄。僕が隣にいるというのに、この男ときたら……!
「がおおおおおっ……あなたがアーロン王太子殿下ですの? お噂はかねがね」
姫はにこやかな声で兄に話しかけた。怪獣姫も所詮は女性だ。この兄の甘い言葉に落とされてしまうのか……。
「ところで、殿下はグーとパーどちらがお好きですの?」
「ん? 何の話かな?」
「お仕置きのしかたの話よ」
「へっ?」
「必殺! ジュティゴン、スペシャルワンハンドレッドパーーーンチッッ!!」
バキーーーーンッッ!!
気づいたら兄は壁に埋まっていた。
僕は唖然となって目を丸くした。
「ひと~つ、ひっとらえちゃうよ、悪人を。ふた~つ、踏みつぶしてストレス解消。みっつ、ミンチにしちゃうぞ、ジュティゴン様が!」
ジュティゴンは僕と目が合うと、無邪気に笑った。
「がーははははははっ! あっ、あなたのお兄様、女をたぶらかすスケベ野郎って聞いたから、退治しちゃったけど、いいわよね?」
「ぷっ、ぷはははっ、いいんじゃないかな、たまには兄も痛い目を見たほうが」
痛快というのはこういうことをいうのだろう。いつ振りだろうか、こんなに笑ったのは。
「よーかったっ!」
ジュティゴンは短い足でスキップをしながら去っていった。
この後も、ジュティゴンは我が城で、我が国で、嵐を巻き起こし続けた。
あの時、彼女が街で絡んでいた商人は、ぼったくりの悪徳商人だったらしい。彼女の祖国の名品と銘打たれていた商品は、偽物の粗悪品だった。彼女はそれに文句を言っていたのだ。
それから、城の騎士たちも日々、彼女の「拷問」の犠牲に……。
「あなたたち、さあ訓練をするわよ! 受けてみよ、ジュティゴンパーンチ!」
「ぐはあああっ!」
「こんなであっさりと吹っ飛ばないでくれる? あなたは腹筋1000回追加ね」
聖夜祭では、孤児院の子どもたちに怪獣の刺繍入りハンカチを配るジュティゴン。
「ぐははははっ、お前たちに賄賂を渡すぞー!」
「うわー、かわいい! これジュティゴン?」
「ぐわははははっ、大事に使うんだぞ、お前たちー!」
「はーい!」
今やジュティゴンは子どもたちに大人気だった。皆、ジュティゴンの賄賂を心待ちにしていた。
「あっ、そうだ、カイトにもあるわよ、賄賂!」
「えっ、僕に、何だろうか?」
彼女から賄賂――という名のプレゼントをもらうのは初めてだ。僕はドキドキしながら、ジュティゴンが差し出した大きな箱を開けた。
「こ、これは……!」
「なかなかいいでしょ! カイトドンの着ぐるみよ!」
「カイトドン!?」
き、着るのか、これを、王子の僕が!?
汗がぶわっと吹き出す。
ジュティゴンは満面の笑みを浮かべていた。
僕は、本当にとんでもない”悪女”を呼び寄せてしまったのかもしれない。
最後までご覧くださりありがとうございました。
カイトとジュスティーヌの恋愛模様、タルト屋の腹黒イケメン店主の正体が気になった方は、ぜひ連載版のほうもよろしくお願いします。
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