第43話:中央大陸カーネギー
船室の内部は、想像を遥かに超えて高級感に溢れ、埃一つないほどに清潔に保たれていた。
美しく整えられた寝台が目を引き、何よりもそれが二段ベッドの構造になっていることに、私は内心で快哉を叫んだ。
二段目に陣取れば、下の一段目の寝台で健やかに、愛らしく眠るティアの姿を、誰に気兼ねすることなく視界に収めることができるからだ。
「どなたが、私の上の二段目で休まれますか?」
「私だ!」
「私よ!」
声は完全に見事なまでに重なった。
ここからは、アレクシアとの容赦なき椅子取りゲーム、いや、上段の権利を賭けた闘争の始まりである。
「では、どちらが上にいくか、そちらで決めてくださいね」
「じゃんけんで決めましょう!」
アレクシアが弾んだ声で提案してきた。
まさか、この異世界に『じゃんけん』という概念が存在するとは、完全に予想の斜め上だった。
この世界に生を受けてから十年、一度も耳にしなかった初耳の事実である。
「いいだろう。最初はグー、じゃんけん――」
アレクシアは勢いよく拳を突き出し、私は手のひら(パー)を広げた。
結果は私の完全なる勝利である。
どうやら前世のルールをそのまま適用しても、何の問題もなく意思疎通ができるらしい。
「やったぞ!」
「何をそんなに、子供のように歓喜しているのですか」
呆れたように問いかけるティアに対し、私はあえて大真面目な顔をして、本心を告げた。
「先生のことが……それほどまでに、愛おしいのですよ」
「ぷっ、あはは!」
傍らでアレクシアが堪えきれずに吹き出した。
おいおい、何を笑っているんだ。こちらのセリフは微塵の冗談も含まれていない、男としての真剣な本音なのだぞ。
「ふふ、そのような甘いお言葉は、もっと大人になって、本当に心から想う方ができた時に取っておいてください。さあ、そろそろ歩き詰めの疲労を癒やしましょうか」
私は梯子を上って二段目の寝台へと移動し、そのまま吸い込まれるようにマットレスへと身体を投げ出した。
本来であれば、旅の汚れを落とすために身を清めるのが先決なのだろうが、今の私には指一本動かすことすら億劫だった。
シャワーは一度眠りについて、この酷い疲労から解放されてから浴びることにしよう。
***
どれほどの時間が流れただろうか。
重かった瞼を押し上げると、身体を満たしていた鉛のような疲労は、大部分が綺麗に霧散していた。
完全とまではいかなくとも、実におぞましいほどに清々しい覚醒感である。
しかし、長い道中でかいた汗のせいで、皮膚が酷くべたついているのだけは不快極まりない。
眠気を完全に吹き飛ばすためにも、一刻も早くこの汚れを洗い流すべきだろう。
「ふふん、ふーん♪」
軽い足取りで鼻歌を口ずさみながら、私は共有の洗面所へと足を向けた。
さて、この世界の船旅における水回りの環境は、一体どれほどの実力を誇っているのだろうか。
「ほう、これは驚いたな」
扉を開けた瞬間、期待を大きく上回る光景に感嘆の声が漏れた。
前世のような近代的な水道設備こそないが、魔法触媒と思われる水球を維持するための意匠が凝らされ、驚くべきことに質の良い石鹸まで完備されていた。
贅沢を言えば、携帯端末の一台でもあれば、私のお気に入りの音楽でも流しながら優雅な時間を満喫できたのだが。
かつて前世で熱狂した、私の魂の原点とも言える、あの美少女アイドルたちが輝く名作アニメの楽曲を頭の中で再生しながら、私は贅沢なシャワータイムへと移行する。
「『清らかなる波濤と、燦然たる清流をここに注げ――アクア』」
召喚した水球が霧散してしまわないよう、その場に空間固定の魔力を付与する。
この手の手続きは、一度コツを掴んでしまえば、驚くほど直感的に扱えるものだ。
魔力を絶え間なく放出し続けるためには、その流動的なイメージを脳裏に描き続けねばならないが、位置を固定するだけなら、魔力をその場にパチンと留めるだけで事足りる。
言葉では表現し難い、まさに『これだ!』という特有の感覚だった。
「ふぅ……生き返るな……」
全身に浴びる湯の心地よさに、私は深い吐息を漏らした。
思えば、ここ最近はまともに身を清める機会すら満足になかった。
決して不潔を好んでいたわけではない。あまりにも多忙を極め、次から次へと予期せぬ事態に追われ続けた結果、肉体的な猶予が一切存在しなかったのだ。
そんな言い訳を頭の中で並べ立てながら、私は久々の湯の温もりに、心ゆくまで浸り続けた。




