第35話:何一つ変わらない日常
私が例の奇妙な夢を見てから、早いもので2日が経過した。
今になって思い返してみるが、あの夢の最後、遥か天上から真っ逆さまに落ちてきたあの数人の人間たち——彼らの顔は、確かに私に酷く似ていた。前世の私ではない。この異世界の、今現在の私の顔に、だ。そして、そのすぐ隣には他にもいくつかの人影があった。……もしかして、一人の家族だったのだろうか。
「ユウカワ」
「……何だよ」
部屋の扉が開き、アレクシアが顔を覗かせた。
「先生が、ご飯を食べに行くから出てきなさいって」
「外食か?」
「ん? ガイショクって何?」
「だから、外に出かけてお店で食べるってことだよ」
「そうよ」
正直、部屋から一歩も出ずにゴロゴロしていたいのだが……どうしたものか。よし、プラェルを道連れ(お供)に連れていくことにしよう。
「プラェル!」
ドタバタバタッ! と小気味よい足音が廊下に響く。
「呼びましたか? お兄ちゃん!」
「あぁ、プラェル。一緒に外へご飯を食べに行かないか?」
快くついてきてくれるだろうか。いや、断られるはずがないという傲慢なマインドは、前世の引きこもり時代に捨て去ったはずだ。謙虚にいこう。
「じゃあ……その代わり、私に何をしてくれ、る、んですか?」
おっと、まさかの条件交渉か? 妹に拒絶されるとなると、兄としては少々どころか大いに困る。
「ええっと……ちょっと待ってくれ」
私は慌ててポケットの中を手探りで漁った。幸いなことに、昨日市場の片隅で紛れ込んでいた飴玉が一つだけ残っていた。
「ほら、これ。飴玉をあげるよ。嫌なら別にいいけど?」
私は飴玉をチラつかせながら、大人の余裕(引きこもりの処世術)で駆け引きを試みた。この世界は弱肉強食なのだ。妹相手だろうと容赦はしない。
「あぁ、いえ! 飴玉……飴玉ください!」
「それじゃあ、一緒に行ってくれるな?」
「もちろんです!」
「プラェル、行くのか?」
部屋の奥からジフが顔を出した。どうやら私たちが来る前まで、プラェルとジフは二人で遊んでいたらしい。私の一言のせいで、せっかくの遊びの時間を邪魔してしまっただろうか。……いや、そんなことはないはずだ。ジフは根が面倒くさがりな性格だから、内心では解放されてホッとしているに違いない。
「はい! お兄ちゃんとお外に行って、ご飯を食べることにしました!」
「それをガイショクと言うんだよ」
ジフがまるで子供に説教をするかのように口を挟んだ。まぁ、まだ幼い子供なのだから大目に見てやってほしい。この世界の人間は、学校に通い始める年齢になるまでは、まともな基礎知識がほとんど身につかないらしいからな。
ひとまずプラェルを連れて自室に戻り、それぞれの外出着に着替えることにした。その際、プラェルが着替えの最中に不注意で私に胸の先端(乳頭)を晒してしまうというハプニングが発生したが、私の下半身はピクリとも反応しなかった。やはり証明されたな、私は断じて近親相姦属性のロリコンではない。健全なシスコンだ。
準備を終えて扉を開け、外へと出た。
中庭には、普段よりも随分とお洒落にドレスアップした綺麗なティアと、相変わらずただただ不細工なアレクシアが並んで待っていた。
……流言しておいてなんだが、今のは少々敵対心を剥き出しにしすぎた本音(心の声)だったかもしれない。反省しよう。
「一体どうされたのですか?」
私はティアの様子を窺うように尋ねてみた。まずは連れ出された理由くらいハッキリさせてほしい。
「ふんっ」
すると、ティアはあからさまに頬をぷくーっと膨らませて、へそを曲げてしまった。あ、あれ……? 私、何かやらかしただろうか。思い出せ、必死に記憶を遡れ、脳細胞をフル回転させるんだユウカワ!!!
「……分かりません。ごめんなさい」
いくら考えても正解に辿り着けず、私は素直に謝罪した。
「先生の誕生日よ。ユウカワ、まさかそれすら忘れていたの?」
横からアレクシアが、ここぞとばかりにジト目で責め立ててきた。おいアレクシア、お前は少し黙っていろ。普段は空気も読めないくせに、こういう時だけマウントを取るようにドヤ顔で説教してくるんじゃない。
「……っ、知ってましたよ! 私が忘れるわけないじゃないですか!」
私は必死に見苦しい言い訳を並べ立てた。
何はともあれ、大層なご馳走(食事)を平らげた後、私たちは自宅……いや、正確にはジフの家と言うべき場所に、揃って戻ってきたのだった。




