第33話:何一つ変わらない日常
アレクシアをなんとかなだめて落ち着かせた後、私は気を取り直して再び魔法の授業に集中することにした。
「アレクシアはそこで少しだけ待っていてください。ユウカワさんに教え終えたら、次はすぐにあなたの番ですからね」
「……はーい」
アレクシアは不満げに口を尖らせながらも、大人しく近くの木製ベンチに腰掛けた。
「残っている初級魔法は、ストーンレインとウィンドブレストの2つですね。合っていますよね?」
「その通りです。よく覚えていましたね」
「では、先にストーンレインの詠唱から教えますね」
ストーンレイン(石の雨)。その名前から推測するに、やはり映画のワンシーンのように頭上から巨大な石の塊がフドゥドゥドゥッと轟音を立てて降り注ぐ魔法なのだろうか。
「『大いなる御方よ、天より石を雨のごとく降らせたまえ! ストーンレイン!』」
ティアの口から紡がれた今回の詠唱は、これまでのものに比べれば随分とまともな部類だった。この世界の魔法は、どうやら世界の神に祈りを捧げることでその力を借りて行使するシステムなのだろう。
「フレーズは短いですが覚えましたね? さあ、私にお手本を見せるつもりでやってみてください」
「あ、はい。……『大いなる御方よ、天より石を雨のごとく降らせたまえ! ストーンレイン!』」
ズガガガガァン!
直後、乾いた轟音と共に鋭い石の雨が地面を抉り取った。我ながらなかなかの威力だ。どうやら私には土属性の適性がかなり高いらしい。考えてみれば、私の宿命の力である茨の能力も、突き詰めて分類すれば土属性の延長線にあるようなものだしな。
「意外とお上手ですね。初級魔法は、他の中級や上級の魔法よりもかえって詠唱のフレーズが長くて面倒なのですが。では、最後はウィンドブレストです」
ウィンドブレスト(風の胸壁)。名前の響きから察するに、おそらくヒュン! と突風を巻き起こしながらフィリリッ——と鋭い口笛のような音を響かせ、迫り来る敵を強引に押し戻す守備的な役割の魔法のような気がする。
「よく聞いて、一文字も漏らさずに覚えてくださいね。『風の行く先を導く者よ、今ここに風を導きたまえ、ウィンドブレスト!』」
……何だってこんなに無駄に長いんだ。前世の受験勉強を思い出させるような長文は、暗記するのが少々面倒くさいな。
「ええっと……か、風の行く先は導く者よ、今……。すみません先生、後半をド忘れしました。全く分かりません」
「ふふっ、仕方ありませんね。それでは、詠唱を完全に省略する無詠唱で行う方法を教えましょうか?」
「そうしていただけると、実戦派の私としては非常に助かります」
これほど長ったらしく回りくどい詠唱では、命のやり取りをする実戦で咄嗟に唱えて使うのはまず不可能だ。実用性と生存率を考えるなら、やはり無詠唱で行う方法をマスターするほかない。
「まず、先ほどと同じように頭の中で激しい風の流れを明確に思い描き、それを体内に一度吸い込んで引き入れる感覚を強くイメージします。そして、練り上げた魔力を血管の鼓動に乗せて、手首へと一気に到達させるのです。最後に、体内に魔力を一切残さず、すべてのエネルギーを外側へと一気に放出するという感覚で解き放ってください」
「ふむ……言葉の羅列で聞くと、随分と難解で抽象的な概念ですね」
「理屈で考えると難しく感じますが、とにかく身体の感覚を信じてやってみてください。実際にやってみれば、案外簡単なはずですから」
風をリアルにイメージし、胸の奥へと吸い込んで引き入れる。そして魔力を血流に乗せて右腕の義手へと送り込み、最後にすべてのリミッターを外して一気に放り出す!
ヒュン! フィリリッ、プシュー——!
大成功だ! 私の予想した通り、ヒュン! となってフィリリッ——と激しい口笛のような風圧が巻き起こり、前方の草木を強烈に薙ぎ払った。無詠唱の感覚を、確かにこの手が掴んだ。
「わぁ! お兄ちゃん、すっごくかっこいい!」
ティアがパチパチと両手で拍手をしながら、嬉しそうにこちらへ歩み寄ってきた。満面の笑みを浮かべて私を褒めちぎるその仕草は、愛らしいほどに可愛かった。
あまりの尊さに、今すぐにでもその白い両頬を指でむぎゅっとつまんで、お餅みたいにびよーんと引っ張ってやりたい衝動に駆られる。だが、そんな不届きな暴挙に出れば、間違いなくティアのガチの鉄拳が大目玉として飛んでくるだろうから、私は必死に理性を保って下心を抑え込んだ。




