第32話:何一つ変わらない日常
「アレクシアもやってみたいですか?」
「やってみたいです」
「では、外に出ましょう」
私たちは再び中庭へと繰り出した。今度はアレクシアの番だ。
「基礎魔法から学びますが、今日は水弾と炎弾を学びましょう。調子が良ければ氷弾まで進めます」
私も全く同じセリフを言われたな。果たしてアレクシアに上手くできるのだろうか。まぁ、見るまでもないだろうけれど。
「その……何だっけ、呪文? 詠……とにかく、それは何なんですか?」
「一般的には詠唱と言いますね。詠唱とは、魔法を発動させるために呪文を唱えることです」
「詠唱なしでは使えないの?」
「可能ですが、すべてを省略できるわけではありません。最上級になれば要約することはできますが」
「水……弾? ええ、それを教えてください」
「水弾ですね。基礎魔法はとても単純です。魔法の理論については少しご存知ですか?」
私は昔から本を読んでいたが、アレクシアは魔獣や魔物に関する本ばかり読んでいる。魔法を扱うためには、まず理論から知らなければならない。これではまるで、ただの勉強だな。
「魔法は基礎、初級、中級、上級、最上級、グランド級に分かれています。グランド級はラグラス、オージスティール、バグロール、ヒザミルの4人だけです。詠唱をしながら心の中にイメージを描き、それを現実にして放出するという感覚から始めます。次第に慣れてくれば、イメージを作らなくても発動できるようになります」
「水弾を教えてください。水弾って……何属性なんですか?」
必死に賢いフリをしようとしているのが、私の目には丸見えだった。だが、前向きな姿勢なのは良いことだ。私もマンデラ効果を持ち出して、自分が知的であることをアピールしようと努力したばかりだしな。
正直なところ、学生時代に異世界へ来ていればもっと血気盛んだったのだろうが、今の私は少々歳を取りすぎている。大抵のなろう系小説では高校生くらいが主流だが、私は違う。
下心に満ちたオッサンであり、働くのが嫌で部屋に引きこもっていただけのオッサンだ。ただ、自分ではクズとまでは思っていない。あの不良たちが悪かったのだ。私は彼らを更生させてやろうとしただけで……。
親にも原因はある。あの時に両親がしっかり慰めてくれていれば、再び希望を抱くこともできたはずだ。しかし両親は恥ずかしいと怒鳴り散らし、家から出て行けと私を罵った。
私だって14年間も部屋に閉じこもりたくはなかったが、どうしようもなかったのだ。アニメやライトノベルとは違い、私の前世はあまりにも現実味に溢れていた。もちろん現実だから当然なのだが、それにしても。
前世の私は、それほど太っていたわけではない。体重は……90キロほどだっただろうか。筋肉ではなく、ただの脂肪の塊だったが。私は他の奴らとは違う。よくある異世界ものとは違うのだ。これは現実だ。だから、目の前のことに集中しよう。
「詠唱は簡単です。水の魔法、水弾!」
ティアが杖を一本の木に向けて構え、水球を放った。その木はバキバキと音を立てて倒れてしまう。ジフの木だな。
「これはヒーリングで直します」
ティアは木の近くへと歩み寄り、治療を始めた。
「ヒーリング!」
倒れていた木が再びシャキッと立ち上がった。どうやらヒーリングには詠唱が必要なく、魔力さえあれば発動するらしい。
「うわぁ……格好いい、それ。ヒーリングってどうやるんですか?」
よし、決めた。アレクシアはサポーター兼剣士として育てよう。ティアに方法を聞いてみなければ。
「ヒーリングは中級魔法です。ユウカワさんは教えていないのに使えていましたが」
アレクシアが私を見てきた。「いいな」という羨望の眼差しだったが、どこか嫉妬の混じった突き刺さるような視線も感じられた。
「ヒーリングは、ただびょういんの十字マークを思い浮かべればできたんですけど」
私は気後れしながらそう答えた。病院という単語を、うっかり前世の日本語のままで口にしてしまったのだ。度重なる失態だな……この世界には病院という概念がないのだろうか。
「むす、何ですって?」
「何でもありません」
実は、前世の私は医者を目指していた時期があった。だが、結果は……無職だ。
無職という設定はどこかの作品のパクリのようだが、残念ながらこれが私のリアルだ。年齢や、引きこもりになった理由なども、ある超人気ラノベルに酷く酷似してはいるが。
断言するが、決して盗作などではない。絶対にパクリではないのだ。これはあくまで、現実から目を背けたくなるような、私だけの生々しいリアルなのだ。まぁ、今更どうしようもない。もしこの物語を誰かが見ているのだとしても……あの有名な作品とは全くの別物だ。いや、ここは本の中ではなく現実だろう? 無駄な妄想はやめよう。ポジティブにいくんだ!
「ええっと……み、水の魔法、水弾……?」
「そんなおぼつかない様子ではダメです。もう一度やってみてください」
「ふぅ……水の魔法、水弾!」
チョロチョロチョロ——。
「うわっ、おしっこみたい!」
「落ち着いてください。最初はみんなそんなものです。手から流れ出る綺麗な水ですからね」




