第28話:きゅうせいのきびょう
「プラェル!」
扉を勢いよく押し開けて中へと飛び込むなり、私は愛しい妹の名を叫んでいた。
「お兄ちゃん……」
奥から、すっかり衰弱しきった身体を引きずるようにしてプラェルが這い出てき、私たちを出迎えてくれた。
「おかえり……なさい……っ」
愛おしさが爆発し、私はプラェルの小さな身体を強く抱きしめた。無事に戻ってこられた、そして本当にプラェルを救うことができるんだという歓喜が、胸の奥から熱く湧き上がってくる。
「では、さっそくシムストンの薬草を服用させましょうか」
後ろに控えていたティアが、採ってきたばかりの一株の薬草をプラェルへと手渡しながら尋ねてきた。
「そうですね……お願い」
プラェルはその苦そうな青臭い草を小さな口へと放り込み、喉を鳴らしながら必死に丸呑みした。あの子が普段から野菜を酷く嫌っているのを知っているだけに、無理やり食べさせるのは兄として少なからず罪悪感が苛まれる。だが、これは命に関わる重大な局面だ。我慢してもらうほかない。
しかし、私の期待していたような派手な現象は何も起きなかった。全身から謎の聖なる光が溢れ出すような劇的な演出を勝手に夢想していたのだが、ただ普通に薬草をモグモグと食べただけで終わってしまった。まぁ、ファンタジーの薬なんてそんなものか。結果は明日になれば分かるだろう。
***
「お兄ちゃん、起きてください」
「ん……ぅ……」
翌朝、私の身体を優しく揺する心地よい感触に、私は無理やり意識を浮上させられた。あぁ、実に口惜しい。あと少しで絶世の美女とあんなことやこんなことをする、最高のピンク色の夢が見られたというのに。
私はまだ寝ぼけて半分しか開かないおぼつかない目で、目の前に佇むプラェルを見つめた。
「私、すっかり元気になりました! 酷かった頭痛も、もうどこも痛くありません!」
「そ、そうか。……あぁ、本当に良かったな」
「お兄ちゃん、やっぱり世界一かっこいい! へへっ!」
弾けるような笑顔を浮かべたプラェルは、嬉しそうに私の腕へと愛らしく頬をすりすりと擦り寄せてきた。
「……それじゃあ、そろそろ部屋から出ていってくれるかい?」
「ひぃん……はぁい……」
プラェルは名残惜しそうに唇を尖らせながらも、パタンと静かに訪問を閉めて退室していった。さて、残された私は、途切れてしまったあの至高のピンク色の夢へと再び入場を果たすべく、全力で枕に顔を埋めて精神を集中させた。
「っ……クソッ! 戻れない……っ!」
無念。完全に失敗してしまった。一度途切れた至高의妄想に返り咲くのは不可能らしい。私は諦めて大人しくベッドから起き上がることにした。
「おはようございます」
リビングへ向かうと、ティアがすでに起きていた。
「ユウカワ、おはよ」
そこにアレクシアが、どういう風の吹き回しか突如として親しげな態度で挨拶を交わしてきた。……何だこいつ、急に距離を詰めてきやがって。何か良からぬ企みでもあるんじゃないかと、どうしても疑心の目を向けてしまう。
「よぉ、ユウカワ。目が覚めたか」
奥から髭がむさ苦しく生い茂ったオッサンが声をかけてきた。ジフだった。
「はい。……今日の朝は、本当に天気が良くて清々しいですね」
窓の外の景色に気を取られながら答えたせいで、なんだか妙に締まりのない長い台詞になってしまった。前世の知識として、次回からは脳内でしっかりとシチュエーションを構築してから発言することにしよう。
「あ、ユウカワさん。起きられたのですね」
「はい」
「ジフさん。例のものを……渡してください」
ティアがどこか意味深なトーンで指示を出すと、ジフは頷き、丁寧に梱包された一つの木箱を私へと差し出してきた。中身が何であるかは外側からは窺い知れない。
「これ……開けてもいいですか?」
勝手に開けるのはマナー違反だと思い、私は一応、神妙な面持ちで許可を求めた。
「もちろんだ」
促されて慎重に箱の蓋を持ち上げる。中に収められていたのは、見覚えのある私の右腕の義手だった。見たところ、以前使っていたものと全く同じ形状をしているようだが……。
「それを使えば、その義手からでもお前の茨の能力を顕現させることができるようになるはずだ」
「え……?」
ジフの言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を漏らした。
木製の無機質な義手から、私の生体固有である茨の能力が飛び出すだって? 一体どんな構造になっているんだ? まさか内部に無数の穴でもぶち抜いているのだろうか。
「発動のための注文は、茨の力を、神聖なるグランドの義手へ、だ」
それがこの魔導具を機能させるための起動キーというわけか。
「なるほど、分かりました」
正直なところ、この幼い年齢で片腕を失った事実には、今でも理不尽な怒りと悔しさが燻っている。いつの日か必ずグランド級の魔導師へと上り詰め、あのオージスティールを完膚なきまでにぶっ殺してやる。……いや、ちょっと表現が過激すぎただろうか。まぁ、胸の内の誓いだ、これくらいが丁度いい。
「茨の力を、神聖なるグランドの義手へ」
私はひとまず、言われた通りの注文を口にして魔力を通してみた。これを唱えた後に、腕へと装着すればいいのだろうか。
「茨の注文は一度だけで十分だ。その詠浅は、普段はもう使う必要はないから安心しろ」
「分かりました。では、普段の着脱や操作はどうすれば?」
「ただ普通に引き抜けば外れる。装着すれば本物の腕のように自由自在に動き、驚くべきことに感覚すら感じられるはずだ。これを作るのには、職人として相当骨が折れたからな」
「……! ありがとうございます!」
これは本当に嬉しいサプライズだ。私は元々右利きだったため、左腕だけで茨の能力を制御するのは何かと不便を強いられていたのだ。これが使えれば戦力が大幅に向上する。
「プラェルが特別にお前に内緒でと頭を下げてな、一週間前から必死になって作り上げた特注品だ」
ジフがニヤリと笑いながら、衝撃の事実を告げた。
……あぁ、もうダメだ。我が妹が健気すぎて愛おしさが限界突破した。プラェル、お前は後で兄からの濃厚な頬ずりとキス攻めの刑に処されることが確定したぞ。
「へへっ。プラェル、後でたっぷり覚悟しておけよぉ〜?」
思わず邪悪な笑みを浮かべて独리言を漏らす。
「うぅっ……」
すると、すぐ横にいたティアが、何故か小さく怯えるような新声を漏らし、嫌悪に満ちた目で私から半歩距離を取った。……あ、おま、違う。
「아뇨아뇨아뇨아뇨그런뜻이아니라칭찬해준거예요오해하지마세요」




