第27話:きゅうせいのきびょう
そんな他愛もない前世の記憶を反芻しているうちに、早くも夕食の時間がやってきた。
正直、自分でもなぜ急にマンデラ効果なんて知識が飛び出してきたのかは分からないが、単に自分が知的であることをアピールしたかっただけだ。もちろん前世の映画についての知識だが。……いや、我ながらちょっと自壊感が込み上げてくるな。
「ユウカワさんは、鶏肉と牛肉、どちらにしますか?」
正面からティアが尋ねてきた。
何だって? 鶏肉があるのか? しかも牛肉まで? 私は自他ともに認める、熱烈なチキン派(鶏肉派)だ。
「チキンですか?」
「はい? チキン……とは何ですか?」
あぁ、そうだった。この異世界には『チキン』なんてモダンな単語はないのだ。単に火を通した鶏肉のことだろう。
「鶏肉にします」
「分かりました」
「『バーニング・プレイス』!」
……ん? バーニング・プレイス? そんな技術(魔法)もあったのか? 私が知っているこの世界の魔法といえば、それこそ水弾、炎弾、土弾くらいなものだ。あぁ、それらはあくまで基礎の中の基礎だったな。そろそろ私も初級、中級、上級、最上級、さらにはグランド級の魔法を学ばなければならない。
ティアは『バーニング・プレイス』の炎を使って、手際よく鶏肉を温め直した。どうやらこれ、中まで火を通した状態ではなく、本当に毛だけを毟って持ってきた生肉だったらしい。普通のライトノベルであれば、バーニング・プレイスなんて魔法は寒さから身を温めるために使うものだが、うちの先生は一味違う。使い方がワイルドすぎる。
「できましたよ。美味しく召し上がってください」
「ありがとうございます」
受け取ったものの、部位が豊富に入っているわけではなく、ただ大きな鶏モモ肉が1本あるだけだった。私がその肉をガツガツと貪り食う姿を、ティアは少し離れたところから黙ってマルチリと見つめていた。その視線が妙に気恥ずかしくて、私は場を繋ぐために声をかけた。
「先生は食べないのですか?」
「あっ、私はもう食べ終えましたよ。まさか、奪おうとでも思っていたのですか?」
おいおい、人聞きが悪いな。
「あ、いや? 別にそんなつもりは微塵もなかったんですけど?」
「ふふっ、冗談ですよ」
まったく、前世で40歳を優に超えていたオッサンに向かってよくもまぁそんな冗談を。……いや、厳密に時間軸を計算すれば、バーツ家系であるティアの年齢は51歳なのだが。若作りのレベルが神がかっている。
「ユウカワ、もうお腹いっぱい。食べられないわ」
横からアレクシアが、自分が齧りかけの肉を差し出してきた。私もこの大きな鶏モモ肉だけで十分に腹が満たされつつあるが……。
「私は遠慮しておく」
私は冷たく一蹴した。男たるもの、他人が(ましてやじゃじゃ馬が)口をつけた食べ残しなんて食べられるか。
「では、私がいただいてもよろしいですか?」
ティアがアレクシアにそっと尋ねた。
「もちろんよ!」
アレクシアが快諾する。ティアはその小さな唇で、肉を上品に一口パクリとベア零した。
「あ、もう大丈夫です! 返してください!」
慌ててアレクシアが肉を奪い返そうとする。
「ですが……まだ一口しか食べていませんよ?」
ティアは少し不満げに頬を膨らませた。
ちょっと待て、おい。この状況、まさかアレクシアはティアと間接キスをすることになるんじゃないか? もしそんな神聖不可侵の領域を犯そうものなら、あのガキをガチでぶっ殺してやる。私の脳内で嫉妬の炎が燃え上がる。
「……分かりました。どうぞ」
アレクシアはティアの計算され尽くした(?)愛嬌に気圧されたのか、諦めてそのまま食べさせようとした。というか、私の背後から放たれる刺すような視線(冷たい眼銃)に怯えたのだろう。彼女に選択肢など最初からなかったのだ。
「ティア先生」
「モグモグ……はい?」
「私も、もっと上の魔法を学びたいです」
「魔法ですか? ユウカワさんはすでに扱えるではないですか」
「私はまだ基礎の基礎しか使えませんから」
「そうですか? ゴクリ。……分かりました、お教えしましょう」
「どこでですか?」
「実家に……コホン、私たちの家に無事に戻った後に、ですね」
「……はい」
自宅のタイムリミットまで、あとどれくらい残されているだろうか。およそ28日(4週間)が経過したはずだ。一刻も早く家に帰り、プラェルを救い出して、それから魔法の修行に励みたい。
***
それから過酷な時間が流れ、ついに28日が経過した。
あと1時間もすれば、目的地に到着する。ティアの実家で杖を回収して以来、私たちは一度も魔法陣から降りることができなかったため、精神的にも肉体的にも限界に近い。ようやく1時間後には、あの地獄のように退屈な『移動』を終わらせることができる。
いや、飛行というよりは、文字通りの高速移動という表現が正しいか。
今のうちに少し目を閉じておこう。あたりはまだ深い静寂に包まれた早朝で、猛烈な睡魔が襲ってきている。それでは、グッドナイト、エブリワン。
「ユウカワさん。ユウカワさん、起きてください。アレクシアはもう起きていますよ」
ティアの優しい声に揺り起こされ、私は意識を取り戻した。
ついに到着か……いや、この言葉を口にしてはいけない。異世界ラノベルにおいて『ついに到着だ』などというセリフは、絶対に向こう岸に辿り着けない最悪のフラグだからな。
「到着ですよ」
ティアが代わりに言ってくれた。
「うぅ……今、何時ですか?」
「午前7時です」
リミットの正時刻まで、あと残り5時間ほどか。その前に絶対に辿り着かなければならない。
魔法陣を降りてから、私たちは泥臭く歩き続けた。時間にして、およそ4時間ほどだろうか。果てしない道のりを一歩一歩、執念だけで歩みを進めていくと、ついに見慣れたジフの家が視界に飛び込んできた。
「……帰ってきた、のか……」




