第24話:きゅうせいのきびょう
「ユウカワ、気をつけてください!」
ティアが氷の弾丸を放ちながら鋭く叫んだ。
プジッ——!
幸いにも私ではなく、オージスティールの腕にそれが突き刺さる。
「ぐっ……!」
オージスティールは苦悶の声を漏らし、私の身体を掴んでいた手を離した。
「今です! 後ろを振り返らずに走ってください!」
私はティアの言葉を信じ、がむしゃらに外へと身体を投げ出した。
走りながら、まずは『治癒』の魔法で左腕と足を治療する。それほど劇的な効果はなかったが、やらないよりはマシだ。見れば、私の右手の義手にもピキピキと亀裂が入っていた。これも後で修理しなければならない。
それにしても、一体全体これはどういう状況なんだ。突然現れたかと思えば、何の説明もなくただ私を殺すためだけに襲いかかってくるなんて。まるで私が親の仇であるかのような狂気だ。私はこれまでの人生で、彼に恨まれるようなことは何一つしていないはずなのに。
いや、それ以前に不思議なことがある。ラグラスの書には、オージスティールが茨の能力を封印したと記されていたはずだ。だというのに、なぜ私はその封印されたはずの茨を使えているのだろう。本当に謎だらけだ。
「ユウカワ、避けて!」
アレクシアの叫び声が響き、私は咄嗟に左側へと身体を翻した。その直後、私のすぐ横をオージスティールが凄まじい風を巻き起こしながら通り過ぎていく。アレクシアの警告がなければ、今の一撃で確実に死んでいた。この戦いに勝ったら、彼女にはちゃんと恩返しをしよう。
「ユウカワ! 片付いたみたいよ!」
ちょっと待て、それは完全にフラグだ。
だが、オージスティールは今吹き飛ばされた衝撃のせいか、確かに地面に倒れて気絶しているように見える。本当に終わったのだろうか。
カッ!
オージスティールの目がカッと見開かれた。ほら見ろ、やっぱりそうだ。
「ぶふぉっ——」
強烈な衝撃が私の腹部、それも肝臓を正確に打ち抜いた。あまり의激痛に、一瞬で肺の空気が引き絞られ、息ができなくなる。
「はぁ、はぁ……っ」
呼吸がまともにできない。かつて肺を鋭く貫かれた時の、あの最悪の記憶が脳裏にフラッシュバックする。
「ユウカワ、しっかりしろ!」
カーナマンが血相を変えて駆け寄り、私の身体を強く抱きしめた。
「ゴホッ、ゴホッ……。ここまで、なのか……」
「……そんな不吉なことを言うな。オージスティールなら、麻酔魔法で気絶させておいた」
いや、普通の麻酔魔法程度であの怪物が大人しく眠るはずが……。
「……みんなで一斉に使ったんだ」
あぁ、なるほど。
やはり『ここで終わりか』という定番의死亡フラグを自ら口にした効果は絶大だったらしい。
急に緊張の糸が切れ、意識が急速に遠のいていく。安心したから気絶するのか、それとも単に身体が痛すぎて限界を迎えたからなのか。私の意識はそこで途絶えた。
目を覚ました。
視界にまず飛び込んできたのは、ティアの綺麗な顔だった。どうやら私は彼女の太もも、いわゆる膝枕を堪能しているらしい。
本来なら、この角度からは素晴らしい胸の膨らみが見えるはずなのだが、ティアは悲しいほどの絶壁なので、遮るものなくその顔がはっきりと見えた。……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ残念だ。
「サンキュー……」
「それは一体どこの言語ですか、ユウカワさん」
前世の日本語で純粋に感謝を伝えただけなのに、そんな冷ややかな目を向けられるなんてあんまりだ。
「あの……今日って、何月何日ですか……?」
まさか、あの衝撃の後に私が10年間も眠り続けていた、なんてベタな展開ではないだろうな。
「8月31日ですよ」
ちくしょう、よりによって私が一番大嫌いな『野菜の日』に目覚めるなんて、なんという嫌がらせだ。
「はーい……」
よっこらしょ、と声を漏らしながら身体を起こした。全身の節々が酷く痛む。
「怪我の具合はいかがですか?」
私の骨は無事だろうか。世界三大最強の一角であるオージスティールにあれだけタコ殴りにされて、五体満足で生きていられる我が身が信じられない。いや、実際は死の門を半分くぐりかけていたところを生還したわけだが、あの時一体誰が私を繋ぎ止めてくれたのだろう。
「まだ完全には治りきっていません。もう少し眠っていても大丈夫ですよ」
せっかくお許しが出たのだから、もう一度あの至高の枕を堪能させてもらおうか。改めてじっくり観察してみると、ティアの着ている服はどこかHな雰囲気を醸し出している。前世では露出の多い服はあまり好みではなかったはずなのだが、この世界に来てから感覚が変わったのだろうか。
「カーナマン様は、ユウカワさんの治療を終えた後、すぐにまた旅立たれました」
もう行ってしまったのか。私が死にかける寸前で彼が守ってくれたのは、まさにこれ以上ないナイスタイミングだった。しかし、目覚めた時にはもういないというのは、どこか少し寂しくて、胸の奥がひりつく。
「ところでユウカワさん。良いお報せと悪いお報せ、どちらから聞きたいですか?」
こういう時は、先に悪い報せを聞いて心の準備をしておくのがセオリーだ。
「悪い方から聞きます」
ティアの膝枕に頭を預けたまま、神妙な面持ちで厳かに宣言している自分の姿を想像すると、我ながら酷く滑稽だった。幸い、ティアは特に気にしていないようだが。
「悪いお報せは、プラェルのタイムリミットである30日が経過するまで、あと残り一週間しかありません」
「……っ」
本当に時間がない。一刻も早く行動を起こさなければ。
「問題は、今からシムストンの薬草を探しに向かったとしても、時間的に本当にギリギリだということです」
「……では、良いお報せの方は?」
私が尋ねると、ティアは制服のポケットをごそごそと探り、そこから一株の植物を取り出した。
「すでに、薬草はここにあります」
ほう。前世の記憶にあるアシタバによく似た見た目をしているな。
「それじゃあ、いつ出発すればいいんだ?」
「おそらく、5時間後には出発できるかと思います」
ここから一週間も歩き続けなければならないのか。想像しただけで足が棒になりそうだ。だが、愛する妹のプラェルを救うためなら、四の五の言っていられない。
「魔法陣を使って移動しますので」
「……魔法陣?」
一週間も魔法陣を? 一週間ずっと、あの光る床の中に閉じ込められていなければならないのか?
「ええ。利用料は一人につき銀貨3銭です。私たちの手元には金貨4銭以上の蓄えがありますから、費用の面は安心してください」
一人あたり30万えんどだ?! 現代の飛行機代よりも遥かに高いじゃないか。ざっと10倍はあるぞ。まぁ、それだけ超スピードで移動できる極上の一品だということだろう。一週間もかかる魔法陣の移動だ、どれほど遠くまで行けるのか、ポジティブに捉えることにしよう。
それから2時間ほどティアの温もりに甘えさせてもらった後、私は旅の荷造りを始めた。
「うへへ……」
市場の片隅で密かに買い求めた、サキュバスの美少女フィギュアはカバンの奥底へ——これは国家機密だ。
この異世界の人々には『キャリーケース』という便利な概念がないため、荷物はすべて一つの大きなカバンに詰め込んで持ち運ぶ。カバンがパンパンになれば、その上に括り付け、さらにその上へと積み上げていくのだ。
旅の終わりは見えないが、プラェルを救うための切札は、確かにこの手の中にあった。




