第23話:きゅうせいのきびょう
前世の私が、もしあの不良たちに忠告なんてしていなければ、今頃は幸せな人生を送れていただろうか。
私はそんな温い人生を送れなかっただろうと確信していたが、どうしてもその言葉を口に出すことはできなかった。
「ユウカワ。起きて、もう5時よ」
「ん……」
重い身体を引きずるようにして起き上がり、服を着替えた。
「アレクシア、今日はあんたが多めに働く番だからな」
「分かったわ」
アレクシアは最近になって随分と大人しくなった。物心がついて、少しは成長したのだろうか。
扉の外へと足を踏み出す。
パーン——!
私の目の前で、鮮やかにカラフルな紙吹雪が弾け飛んだ。
「10歳の誕生日おめでとう!」
ティアが満面の笑みで祝福してくれた。確か、別のルートへ向かったはずだったのに。というか、私の誕生日だったのか? 最近は時間感覚がすっかり麻痺している。
「10歳の誕生日?」
「はい。以前、カーナマン様から今日が誕生日だと伺っていましたので」
そうだったのか。
「ありがとうございます」
少し感動してしまった。おやまあ、私のためにここまでしてくれたというのか。
「誕生日おめでとう」
「アレクシア、ありがとうな」
その瞬間、世界がグニャリと歪み始めた。
祝福してくれていた人々の姿がねじれ、背景がみるみると暗黒に染まっていく。あまりの怪異に混乱が押し寄せる。
「一体、何が……」
「見つけたぞ、ガキ。今度こそ確実に殺してやる」
奴が容赦なく狙ってきたのは、私の足だった。
この声、推して骨を砕く凄まじい威力。この得体の知れない圧倒的な違和感の正体は、オージスティールだ。一撃で私の足は粉々に粉砕された。
「ぐっ……!」
私は悲鳴を噛み殺し、手首から茨を噴出させて無理やり足を固定する。
「オージ、スティール……か? おじ、さん?」
ピキピキ——。
オージスティールのこめかみに太い青筋が浮かび上がった。まさに純粋な殺意が宿った瞳だ。余裕ぶるのがそんなに罪かよ。今は冗談を言っている場合じゃない。
「あの時、生かしておきさえしなければ、とっくに排除できていたものを……」
相手が幼い子供だったから、あの時は見逃してくれたらしい。おいおい、私の生命力はしぶといんだぞ? それにしても、なぜこれほどまでに私を殺そうと躍起になっているのだろうか。到底理解できない。
「地の魔法——『土弾』!」
指示通り、私は壁に向けて地面を殴りつけ、行けるところまで全力で逃げ延びた。
「氷 of 魔法——『水弾』!」
危うく死ぬところだった。横腹を目がけて容赦なくナイフが飛んできたのだが、氷の魔法でどうにか防ぎきった。おいシルフィア、私は『土弾』と『炎弾』しか使えないって言ってなかったっけ。
ドカッ——!
拳が私の肩を微かにかすめて通り過ぎる。幸いにも、被害は肩だけで済んだ。だが、衝撃は右腕から左腕へと容赦なく伝わっていく。
「この、ぶつかりおじさん(オージスティール)め!」
「おかしな言葉を喚いているところを見るに、童貞だな!」
クソ野郎、そこからどうやって童貞なんて単語が出てくるんだよ。
「『代役の茨』!」
ヒュッ——!
私の放った茨が、オージスティールの頬を鋭くかすめた。血がタラリと流れ落ちる。よし、ようやく一太刀浴びせてやったぞ。
「あっ、」
未来が見えた。
2秒後、オージスティールの拳が私の顔面に直撃する未来だ。即死するほどの、容赦のない威력을秘めて。悪意でも下心でもない、ただ純粋な殺意の拳だった。
ガシャーン——!
「我が息子よ!」
恋しい、懐かしい声。目頭が熱くなり、涙が溢れそうになる。父親が黒い壁を力任せに突き破って乱入してきた。
「お父さん!」
これで1秒が経過した。あと1秒経てば、私は死ぬ。
ギィィイン——!
幸いにも、カーナマンがその拳を受け止めて防ぎきった。しかし、あまりの衝撃にその剣は根元からへし折れてしまった。
「お父さん、剣士だったの?」
「戦士だったが、これからは剣士だな?」
目の前にはオージスティールが立ち塞がっている。勝てる見込みは万に一つもない。こんな時、一体どうすればいい。
「ユウカワ、戦いましょう!」
「ティア!」
ティアも戦線に合流した。
「戦うわよ!」
アレクシアもそれに続いて参戦する。
「オージスティール、タダで済むと思わないことね」
おいアレクシア、無駄に調子に乗って死ぬんじゃないぞ。
「ユウカワ、ひとまずあの穴から脱出してください!」
ティアが、カーナマンが叩き割って入ってきた壁の穴を指差した。カーナマンの体格が大きかったおかげで、その穴は私とアレクシア、そしてティアの三人が同時に飛び込んでもお釣りが来るほど大きかった。
「脱——出!!」
ガシッ。
背中を強引に掴まれた。
恐る恐る振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべるオージスティールがいた。
「……終わった」




