第22話:きゅうせいのきびょう
「ユウカワ。私、あのパンが食べたいな」
「……ダメだ」
私は即座に却下した。金もないこの極貧状況で、呑気に買い食いパンを強だりしてくるだと? 絶対にダメだ、却下の一択だ——。
「ありがとうございます!」
だが次の瞬間、信じられないことにアレクシアの手には焼きたてのパンが2個も握られていた。
「おい、一体どれだけ手が早いんだよ。どんな神速の盗み技だ」
「ハムッ」
アレクシアは私のツッコミなどどこ吹く風で、小さな口でパンを器用にちぎると、もぐもぐと幸せそうに噛み始めた。
これほど美味そうに食べられると、さすがにこちらの腹の虫も騒ぎ出す。私は諦めて、差し出されたもう一つの大きなパンを大きく一口齧ってみた。
「うーん! この味は?!」
ペッ——。
直後、私はあまりのクオリティに耐えかねてそれを吐き出した。
不味すぎる。ただの硬くてパサついた小麦粉の塊だ。前世を含めて、ほぼ12年ぶりに口にする記念すべきパンだというのに、あんまりな仕打ちである。
「クチャクチャ……ユウカワ。食べないなら私に頂戴よ」
アレクシアは私の不満げな顔を見るや否や、私の分のパンまであっさりと奪い取って平らげてしまった。まぁ、一人の胃袋だけでも満腹になればそれでいいか。
「……そんなもんが、美味いのか?」
「うん!」
普通、礼儀として口の中のものを全部飲み込んでから話すものだろう。この世界の住人たちはそんな最低限のマナーも知らないのだろうか。そういえば、昨日行った食堂でも器を食卓に置いたまま犬食いのように食べていたし、元日本人として、こういう文化の違いにはどうしても我慢がならない。
「おい、ガキ。金がねえなら殴られるしかねえよなぁ? あぁん?」
「ご、ごめんなさい……っ」
怒鳴り声の合間に聞こえた、か細い悲鳴。
その声が耳に届いた瞬間、私の身体がピクリと反応した。正義の味方を目指す者として、こんな下劣な現場を看過するわけにはいかない。怒りで身体がプルプルと震える。
「アレクシア。ちょっとだけここで待っていろ」
「なんで?」
「いいから、待てと言われたら待っていろ」
「うん」
なんだ。こいつ、なんでこんなに素直なんだ? 逆に拍子抜けするな。よし、非常に好ましい態度だ。
私はその辺の地面に落ちていた薄汚れた布切れを拾い上げ、顔に深く巻きつけると、声のする路地の方向へと一気に走り出した。
「うぅ……助けてください!」
路地の奥から聞こえる悲鳴。……なんだか、アイナと声の質が酷く似ているな。
陰に飛び込んで視線を走らせると、案の定、体格のいい男が3人で一人の少女を脅すように取り囲んでいた。実に見苦しい。
「『代役の茨』!」
私は迷わず魔力を練り上げ、固有の力を解放した。
黒い茨が私の皮膚を突き破り、手首を裂くようにして勢いよく出現する。ちなみに、出る時に不思議と痛みはない。これは高名な学者が言っていた、ハリネズミが生まれる時に母親の胎内を傷つけないのと同じ原理だろうか。
ヒュッ——!
空気を切り裂く鋭い風切り音が響く。
男たちはその不気味な鞭のような音に完全に怯え、背後を振り返ることもなく一目散に逃げ出していった。戦うまでもなかったな。案外チョロいチンピラどもだった。
「少女よ、怪我はないか? して、両親はどこにいる?」
私は布越しに声をかけた。間近で見ると、本当にアイナにそっくりだ……。まさか、本物がこんなところにいるはずは……。いや、でもソーンガードはイントゥーラスの端にあるというのに、こんな中央の危険な場所にまで一人の少女が来られるはずがない。
「わ、私一人です……」
一人だって? この治安の悪い凶悪な大陸を、こんな小さな女の子が一人で歩いているというのか?
「一人での行動は非常に危険です、少女よ。用が済んだなら、早く安全な家に帰りなさい」
「はい……」
少女はその言葉を最後に、不安げにこちらを振り返りながらも引き返していった。やはり、私のタイムリーな助けがなければ今頃どうなっていたか分からない。我ながらいい仕事をした。
「ユウカワ、あんた結構格好いいじゃん」
「うおっ!?」
アレクシアが私の背後から突如として気配もなく姿を現し、そんな称賛の言葉を口にした。私は自分の世界に入り込んでいたため、思わずビクッと身体を大きく震わせてしまった。
「……ふん、まぁな。自分でも格好いいと思う」
心臓のバクバクを必死に隠しながら、私は冷淡に言い放った。間違っても、驚かせるなと怒ったり、褒めてくれてありがとうなんて言うはずがないのだ。




