第15話:魔大陸イントゥーラス
「くっ、そら!」
今日も重い体を無理やり叩き起こす。やはり、良い習慣を身につけるというのは一筋縄ではいかない。
「あ、ユウカワ。起きられましたか」
「うわあっ!?」
ティアがいつからそこにいたんだ? 気配すらまったく感じなかったぞ。
「ちょ、ちょっと、なんでここに…。」
「起こしてしまっては申し訳ないと思い、待たせていただきました」
相変わらずだな、まったく。
「それでは、急いで準備をしてください」
ティアはそれだけを言い残し、部屋の扉を閉めて出ていった。さっさと服を着替えろという意味だろう。
「は、はいはい…。」
おっと。こんな面倒くさそうな声を出すつもりはなかったんだが。
「行きましょう」
「はい! 先生!」
アレクシアは今日も朝から元気いっぱいだ。疲れたりしないんだろうか? それとも、ただ単にティアのことが大好きなだけなのか。
「ここです」
ただの広大な平原? あまりにも平和そのものだが。
「間もなく、ここに巨大魔獣が現れます。名前は…. セレスティス・バゲル、と言うそうです」
名前がやたらと長いな。セレスティ……何だって?
「それから、ユウカワ」
「はい?」
「ここでは茨の能力を使わないでください。オージスティルが近くにいるという噂があります」
オージスティル? あのオージスティルか? シルフィードは中央大陸のカーネギーにいると聞いていたが。
「先生」
「はい、アレクシア」
「あの家系なのに、なんでオージスティル、バグロール、ヒザミルの三人しかいないんですか?」
「それは…. よく分かりません。おそらく、もう一つの家系は…. ラグラスが引き受けているのでは?」
三人の後継者を創り出したという、あの神。ラノスのような気がするが。
ラグラスとラノス。名前が似ているな。
ズズズズズーーーっ!
突如、地響きとともに地面が割れ、その裂け目から不気味な紫色の光が溢れ出した。あまりの眩しさに目が眩むほどだ。
「気をつけてください!」
地中から巨大な手が突き出てきた。その手は、まっすぐにティアをめがけて突進していく。
「先生、避けて!」
真っ先に飛び出したのはアレクシアだった。
「身代わりの茨!」
俺は瞬時に茨の能力を発動させ、ティアとアレクシアの体を強引に引き寄せた。
助かった、遅れなくて。
「あえ、ユウカワ…. 茨の…. 能力を…。」
あ。
グサッーーーっ!
鈍い音が響いたのは、自分の真下。俺の、肝臓だった。
プシューーーっ!
肺から空気が、傷口の隙間を伝って抜けていく。肝臓を貫かれ、そのまま肺まで刺し貫かれたせいだろうか。
「野郎ッ!」
数百人の警備隊が、俺の肝臓を突き刺した男に向かって一斉に突撃していった。
「ユウカワ!」
ティアは警備隊の動きを気にする余裕もなく、俺の元へと駆け寄ってきた。
「あ、頭が…. ひ、ヒーリング!」
俺の傷口が少しずつ塞がっていく。それでも、殺人的な激痛は収まらない。傷口の表面が塞がっただけで、肝臓と肺は今も貫通したままだ。
視線を巡らせると、そこには数百人の警備隊をまるでオモチャのように、残酷に惨殺していく一人の老人がいた。
髪は長く、目は緑色。肌の色は人間と同じだ。獣人でもリザードマンでもない、人間族と同じ姿をした存在。
実は、茨의 능력を使う前から、奇妙な違和感を覚えていた。誰かに監視されているような視線。そして、いわゆる圧倒的なオーラ。背筋が凍るような感覚だ。だから振り返ってみたものの、そこには何もなかった。ただ、荒れ果てた平原が広がっていただけだったのに。
ブチッ! ドスッ!
肉肉しい生々しい音が響き渡る。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
視界が霞んでよく見えないが、ただ両手だけで警備隊を蹂躙していく老人の姿だけが目に焼き付いていた。老人というほどではないが、とにかく年老いた男。あ、それを老人と言うんだったか。
頭が混乱する。頭が割れそうに痛い。周囲から絶叫が聞こえる。そうして、俺は徐々に意識を失っていった。
ユウカワ! しっかりしてください!
遠のいていく意識。徐々に、ゆっくりと、遅く、苦痛に満ちて、絶望に塗れながら。
俺は、ここで死ぬのか….?
その思考を最後に、視界は完全な漆黒へと染まった。
ーーー
目を覚ましたのは、見知らぬ未知の空間。何も見えない、完全な闇。何も、何ひとつとして存在しない。ただ、微かに、本当に薄っすらとだけ見えているものがあった。俺の前世だ。ひきこもりだった、あの前世の記憶。
思い出したくもない最悪な過去。
死ぬ直前の、あの頃の俺だ。
「え、あ、あああっ!?」
その記憶の渦の中へと、体が引きずり込まれていく。思い出したくもないあの瞬間、前世で死を迎える直前の場所へ。
「嫌だ! 行きたくない、嫌だ!! ああ、嫌だ、嫌だってば! ほっといてくれ! 元に戻してくれ!」
どれだけ叫んでも、声が届くことはなかった。
次に目覚めたのは、ひどく蒸し暑い部屋。そうだ。ハードディスクが爆発する直前だ。視界はぼやけていて、はっきりしない。
「部屋から出よう」
強烈な違和感。部屋のドアに手をかけた瞬間、尋常ではないレベルの違和感が押し寄せてきた。ダメだ。ダメだ。ダメだ。だけど逃げなきゃいけない。外に出なきゃいけない。爆発するまで、あと三十秒しか残されていない。
ハァ、ハァ。
足がすくんで、出られそうにない。
異世界では克服しただろ。できたじゃないか、俺。
俺は唾を飲み込み、ドアを蹴破るようにして開けた。そして、部屋の外へと飛び出した。ワンルーム構造だから、出ればすぐに外だ。
吐き気がする。胸がむかつく。苦しい。せっかく克服したはずなのに、なんで今更こんなことになるんだ。残された時間は、あとたったの十秒。それを理解した瞬間、俺は全速力で走った。
あの重苦しい体が、これほど速く動くなんて思いもしなかった。生命の危機に瀕しているからだろうか。いや、理由は絶対にそれじゃない。
ドガァァァンーーーっ!
俺の部屋から凄まじい爆発音が響き渡ると同時に、俺の視界は真っ白な閃光に染まった。
ーーー
「はっ、ハァ、ハァ!」
ガバッと勢いよくベッドから跳ね起きた。荒い呼吸をしばらく何度も繰り返す。
布団をめくると、ティアが俺の腕を抱きしめたまま、すやすやと可愛い寝息を立てて眠っていた。
「これ、一体どうなって…。」
「うう……ん……」
ティアの目がぱちりと開いた。
「ゆ、ユウカワ!」
ティアは烈火の如き勢いで、俺의 体に強く抱きついてきた。まともに息ができない。
「せ、先生。苦しいです。ゲホッ、ゴホッ」
「ううっ…. ひぐっ…. ごめんなさい…。」
彼女は涙をボロボロと拭いながら謝罪してきた。そこまでしなくてもいいのに。
「おっと」
自分の腕を見ると、なぜか木でできている。なんだこれ。
「あ、その…. その腕は義手なんです」
いや、俺、腕は切断されてなかったはずなんだけど。
その瞬間、ポロッと俺の手首が外れて落ちた。落ちた後に見えたのは、ティアの i の形をしたあのパーツ。なんでこんな代物が、俺の義手に仕込まれてるんだよ。
「これは、一体何ですか?」
ティアの頬が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
「ええと、それは…. その…. はい。手首を固定するための、専用の器具です….!」
分り型なのか? 俺は戦慄しながら、顔を真っ赤にしている彼女を見つめた。
「….….本当に申し訳ありません」
ティアは赤くなった顔を覆いながら、囁くように付け足した。
「しっ。これは大人になってからして。」
カットーーーッ!




