第九章:疲れているのかな
登場人物
斎藤 遥(さいとう はるか・25歳)
特徴: 若手で真面目な教師。クラスでの知花の「無理をした笑顔」や「親のチャンネルの話題を避ける様子」に気づいていました。
市内の公立小学校。
放課後の職員室は、一日を終えた教師たちの疲労と、まだ終わらない事務作業の静かな活気で満たされていた。
斎藤 遥(25歳)は、教卓の整理を終え、ほっと息をつく。
教職に就いて3年目。
持ち前の明るさと、生徒一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢から、保護者からの信頼も厚い若手教師だ。
「斎藤先生、今日もお疲れ様。知花ちゃん、今日もダンスの練習で元気だった?」
ベテラン教師の問いかけに、遥はにこやかに頷く。
「はい。相変わらず知花さんは集中力がありますね。杏さんも負けじと頑張っていて、二人とも本当に仲が良くて。見ているだけでこちらまで元気をもらいます」
彼女にとって、知花や杏は特別な「教え子」という枠を超え、教室に彩りを与えてくれる存在だった。
昼間の教室の光景を思い返す。
算数の授業中、知花は教科書を広げながら、ふと窓の外を眺めることがある。
その横顔は、教室の誰よりも大人びていて、時折、何かに怯えているような危うさを秘めているように見えた。
(……あの子、疲れているのかな)
遥は、知花が有名インフルエンサーであることを知っている。
クラスの子供たちが動画の話で盛り上がることも多いが、遥は教師として、知花を「大野知花」ではなく、あくまで「一人の児童」として守ろうと努めていた。
「知花さん、ここ、もう一度一緒に確認しようか」
休み時間に教卓へ呼び、そっと声をかける。
知花はハッとしたように顔を上げ、遥に教わった通りにノートにペンを走らせる。
その時の、安堵したような、少しだけ甘えるような知花の表情が、遥の胸を締め付ける。
一方、杏は対照的に、常に周囲を気遣う優しさを持っている。
知花が考え込んでいると、すかさず「知花ちゃん、大丈夫?」と声をかける。
その姿は、まるで知花の守護神のようでもあった。
「みんな、明日も元気に登校してね!」
遥は職員室の窓から、校庭で談笑する知花と杏の姿を見守る。
夕暮れの光の中、二人は楽しそうに何かを話し合っている。
遥には、彼女たちが抱える「動画の向こう側の世界」の重圧までは分からない。
ただ、担任として、二人が今日一日を健やかに、笑顔で過ごせる場所でありたい。
そう願いながら、遥は明日の授業案を書き進める。
平和で、ありふれた学校生活。




