第五章:カメラの外の子供たち
陽射しが和らぐ午後の河川敷。
バーベキューの片付けを終えた大人たちが少し離れた場所で談笑している間、知花と杏、そして真人の三人は、レジャーシートの上で寛いでいた。
「ねえ、ちかちゃん。私ね、先月から動画、始めたんだ」
杏は少し恥ずかしそうに、自分のスマホをポケットから取り出した。
画面には、彼女が一生懸命に踊るダンス動画や、子供用のコスメを使ってメイクをする動画が映し出されている。
「ダンス、ちかちゃんの動画を何度も見て練習したの。メイクも……お母さんに借りて、動画の通りに頑張ってみたんだけど」
知花が覗き込むと、そこには愛らしい杏の姿があった。
しかし、再生数はどれも二桁に届くか届かないか。
コメント欄も、身内からの「いいね」が数件ついているだけだった。
「……すごく上手だよ、杏ちゃん」
知花は素直にそう言ったが、杏の表情は浮かない。
「でもね、全然伸びないの。ちかちゃんは、どうやってそんなに人気になったの? 何か秘密のコツがあるの?」
知花は一瞬、言葉に詰まった。
彼女にとって動画チャンネルは、自分の意志というよりは、父・宏樹が構築した「大野家のブランド」そのものだ。
どの曲を踊るか、どの商品を紹介するか、すべては父が決めたスケジュールに沿って行われる。
「……ごめんね、杏ちゃん。実は私、あんまり詳しいこと分からなくて」
知花は少しだけ瞳を伏せ、苦笑いをした。
「動画のことは、全部お父さんが管理してるから……。機材とか、編集のことはお父さんがやってるから、私は言われた通りにしてるだけなんだ」
杏は「そうなんだ……」と小さく呟き、肩を落とした。
彼女にとっての「ちかちゃん」は、画面の向こう側で輝く、別世界の住人のようにも見えた。
でも、父が管理しているという知花の言葉を聞いて、少しだけその距離が縮まったような、同時に少しだけ寂しいような複雑な気分になった。
「そっか。……まあ、まだ始めたばかりだし、気にしないで」
杏は強がって笑ってみせた。
これ以上深く聞いても、二人の楽しい時間は終わってしまう。
そんな空気を察してか、知花が明るい声で提案した。
「ねえ、そんなことより、三人でゲームしよ! 今、流行ってるやつ、新しいの入れたんだ」
「やりたい!」と、それまで黙って聞いていた真人が目を輝かせる。
三人は肩を寄せ合い、知花のスマホを覗き込んだ。
先ほどまでの「インフルエンサーと、それを目指す少女」という重たい空気は、画面の中でキャラクターが動き出すたびに、弾けるような笑い声へと変わっていった。
「あ、まさと! そこで右だよ!」
「ちかちゃん、ちがうって! あっちだってば!」
炎天下の河川敷で、三人の小さな世界が完成する。
それは、動画の再生数やチャンネル登録者数とは無関係な、ただの「九歳と六歳の子供たちの時間」だった。
だが、そんな無邪気な様子を、少し離れた場所から大輝と宏樹が眺めていた。
宏樹がふとカメラを向け、その微笑ましい光景を記録しようとした時、大輝はグラスを傾けながら、ぽつりと呟いた。
「なあ大野、子供の純粋さってやつも、うまく使えば強力なコンテンツになるよな」
その言葉の真意を、宏樹が問うことはなかった。
風が吹き抜け、川面に波紋が広がる。楽しげな子供たちの声だけが、夏の夕暮れに溶けていった。




