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第七十八話 黎明に告ぐ

たどり着いたシムトカフの街でクチンスカヤは同郷の友アナスタシアと出会った。

彼女は二人を近くのバーへ入るように進めるとがら空きの寂れた店に入った。


「いやぁ〜びっくりしたわよ。てっきり()()()()()()()のかと思ったわ」


「そんなまさか。あとその慣用句、墜落したパイロットに言う言葉だよ」


「あはは、気にしない気にしない」


アナスタシアは朗らかな笑顔でカウンター席に座る二人を受け入れた。


「…誰?」


「旧友、竹馬の友だよ。アナスタシアは弱視だから入隊のときに弾かれて故郷に置き去りにされた。私を含めて黒逸軍の虐殺を語れる数少ない生存者だよ」


アナスタシアはコップに水を入れてテーブルにおいた。


「ただの水だよ、酒じゃない」


「…ここあんたの店?」


「えっと…どちら様?戦友?」


クチンスカヤはうなずいてアバカロヴァだと説明する。アナスタシアは「へぇ〜」とうなずくと頬杖をついた。


「ねぇねぇ、クチンスカヤは戦場で何やってたの?教えてよアバカロヴァ」


「うーん、まぁ狙撃兵だから主な任務は狙撃だね。すごく目がいいんだ、敵兵の軍服の勲章とかで階級を見極めてなるべく高官の首級を取れるよう頑張ってるよ。私と一緒にね、ね?クチンスカヤ?」


「そうだね、でもアバカロヴァもすごいよ。元々狩人の家系の娘だし、『これから狩るぞ…!』なんてカッコつけたり」


「ちょっと捏造しないでよー!そんなにカッコつけてない!って」


「いやいやしてたじゃん、この前だってさぁ〜…」


二人は土産話に花を咲かせながらアナスタシアを楽しませた。クスリと笑うと安堵したのか目を細めて二人を見る。


「よかった、元気そうね。クチンスカヤの戦死届けが届いたときはびっくりしちゃった。お墓も立てたんだよ?そこで小屋立てて朝昼晩ずっとずっと泣いて帰りを待ってたんだけど帰ってこないっていう現実を受け止めて…それでここのお店を畳もうとシムトカフに来てみたら…びっくり!生霊かと思ったよ」


「え…店畳むの?」


「人がいないんだもん!みーんな死んじゃってさぁ」


がらんどうの店内に対する嫌味のように少し声を大きくして言った。


「とりあえず墓標引っこ抜かないとね、帰ってきたってことは除隊したってことだよね?戦地帰りで悪いけどちょっと店畳むの手伝ってよー」


テーブルの上にぐでーんと伸びたアナスタシアの頭を撫でると少し寂しそうに言った。


「…ごめんねアナスタシア、私はまだ死んだってことにしておいて。やらなきゃいけないことがあるんだ。亡霊でいたほうが都合のいいことをしなくちゃいけないんだ。お店の手伝いはまた今度でいいかな?」


彼女の瞳には固い決意のようなものがほとばしっているかのように輝いていた。それに気圧(けお)されてアナスタシアは何も言えなかった。無言の決意を読み取ったかのようにも優しく、肯定するように微笑んだ。


「あなたに(さち)と祝福あれ、私はクチンスカヤを肯定するよ」


「ありがとう」


手をギュッと握って約束を交わした。二人は血は繋がっていなくても心で繋がっている家族と表すにふさわしい友情をアバカロヴァは見た。

二人の友情を目撃してしまった彼女が少し不機嫌そうに眉を潜めていたことにクチンスカヤはちっとも気が付かなかった。


「よかったら今晩止まっていく?この店二階が寄宿舎でさ、止まれるんだよね」


クチンスカヤはアバカロヴァの了解を得るとその提案を呑んだ。


日が沈むと街は昼間よりも静かになった。物音一つ立たない死んだ街、孤独死に似た静寂(しじま)の中、ぼんやりと寝室を照らすランタンの側でクチンスカヤは頬杖をついて窓に映る自分の黄昏れた顔を見ていた。


街明かり一つない景観を見つめているとドアの開閉の音と共に部屋がほのかに暖かくなる。


「お風呂あがったよクチンスカヤー」


三つ編みを解いた茶髪をタオルで拭きながら湯気をまとって現れた。髪型一つでガラッと印象が変わってしまうから不思議だ。


「ねぇ、私髪解いた方が可愛いよね?」


「えぇ……そうかなぁ?」


「うん!絶対!」


アバカロヴァはベッドに腰掛けると鞄の中から瓶を取り出した。中に入っている透明な液体からは柑橘系の香りがする。


「それ何?」


「香水だよ。アナスタシアに貸してもらったんだ」


「へぇ~私も欲しいなぁ」


「今度一緒に買いに行こうよ」


「うーん……」


アバカロヴァは瓶を開けて手首にかけるとクンクンと鼻を動かす。そして自分の首筋を指差した。


「ここにかけてみて」


言われた通りアバカロヴァの首元につけると彼女は満足気に笑った。


「いいね。似合ってる」


「えへへ、ありがと」


ベットの上でしばし戯れたあと、アバカロヴァはふと不安そうに顔を下に向けた。


「クチンスカヤ…実は私ね、すごく不安なんだ。この戦争が終わっちゃったらクチンスカヤと離れ離れになっちゃうんじゃないかって」


「…そんなことありえないよ、私にはアバカロヴァしかいないもん」


「嘘ばっか、アナスタシアがいたじゃん」


「同郷の友ってだけだよ」


膝を抱え頬を膨らませる彼女を慰めるように抱きしめると頭を撫でた。


「ホントはね、私も怖いんだ。だってこの数年間、邪魔者は殺せばいいっていう環境の中で生きてきた。急に戦争が終わってこんな殺人鬼(わたし)がいきなり世間に馴染めって言われても無理な気がする。もし…ふとした瞬間に、人を殺めちゃったらと思うと……怖い」


クチンスカヤは余裕だと示そうと作り笑いをするが彼女は細く震えた声で続けた。


「だからアバカロヴァとは離れないよ。不謹慎だけど…この長い戦争が終わらないでほしい…なんて思っちゃったりなんかしてさ」


彼女の言葉を聞いて胸の奥が締め付けられたような感覚に陥った。


「ほんとにほんと?私のこと捨てないよね?」


「当然だよ、私だってこの戦争が終わったあとの健常な世界で一人で生きていける自信なんてないから…っ」


クチンスカヤがそう言うとアバカロヴァは彼女の首に腕を回してそのままベットに倒れる。


「…ホントだね、絶対絶対だよ。約束して?」


「うん……えっ…?えっと…約束、する…絶対一人にしない」


「絶対?」


「…絶対!」


二人はじっと見つめていると徐々に顔の距離が近づく。クチンスカヤは耳まで赤く染めて目を閉じた。

お互いの吐息が感じられるぐらいまでになった瞬間、突然ノックも無しに部屋の扉が開いた。二人は驚いて起き上がるとアバカロヴァは慌てて身体を離した。


「この部屋にいたのね、ふたりとも。ちょうど店の片付けの終わったし、私もクチンスカヤと一緒に寝ようかな♪」 


寝間着姿の彼女はぴょんと跳ねるとそのままベットにダイブする。


「ちょっとアナスタシア!?」 


「大丈夫よ、このベット三人までなら入れるから」


三人のぬくもりがベットに蓄積する。ランタンの明かりを消すと月明かりだけが寝室をほのかに照らした。


クチンスカヤを中心に取り合うように身を寄せ合いながら眠りについた二人の寝顔は月光に晒され陶器の人形のように美しかった。

なかなか寝付けないクチンスカヤはふとこんなことを考えてみる。自分が人間じゃなくてただの人形で感情のない殺戮兵器であったとして、戦後の社会に馴染めるのか。


総書記を殺したあとのことを何も考えていなかった。

横になった身体の底にふつふつとした不安が溜まって重くなる。答えを導き出せなかった彼女は結局目を閉じて日をまたぐことにした。


そしてこの日…ついに年が明けた。


散発的な攻撃を塹壕で防ぎ切って安息に浸かっていた泥だらけのバウムガルトナーやアーデルハイト、リーブフントたちその他将兵たちも懐中時計に釘付けになって年が変わったことを確認した。


「今年も"クリスマスまでには帰れなかった"な」


「全くだ、まさか屎尿(しにょう)クセェ塹壕の中で年を越すとはな。新年早々縁起がわりぃ」


それが兵士たちの初笑いだった。冷たい塹壕の中毛布に包まりながら歯を鳴らす三人はすがるように夜空の星を見上げていた。


「シュヴァルツ大尉…大丈夫ですよね…」


黒逸第三帝国の帝都は北ナ連の首都とは対象的にしっとりとした艶やかな雰囲気が醸し出されていた。


その地面の下で二人の人物が拷問にかけられているとも知らずに市民は戦勝ムード漂う夜の街を楽しんでいた。


「早く白状しろ!このドグサレッ!何が『黒い聖歌隊』だ!一体コソコソ何を企んでいる!」


コンクリート製の壁が囲む牢獄の中、椅子に縛り付けられ理不尽な暴力を振るわれていたのは元参謀総長ベックとクラウスナーの二人だった。


「お前たちが反結束党勢力のリーダーだということは割れているんだぞ!いいかげんに吐け!!」


男の拷問官に何度も腹部を蹴りつけられ嘔吐を繰り返すベック。クラウスナーは噛みつくようにやめろというが彼の耳には届かなかった。


「…ふふっ…誰が言うと思うのかね?お前たちは破滅する。自らが指揮した戦争によって滅びる…お前たちは戦争を望んだが、戦争はお前たちなんぞ望んじゃいないさ!」


「黙れっ!」


その時格子状の扉が開き一人の男が入ってきて敬礼をした。


「どうしますか、反党勢力が本格的に動いているとわかった以上今後の党の活動に影響が出かねませんが…」


「決まっている、こんな幼稚で矮小(わいしょう)な奴らがいたとてなんの影響もない。ありとあらゆる活動と予定は一切変えることなく実行する、それが我が党の余裕と言うやつだ」


その言葉を聞きベックはほくそ笑んだ。総統の暗殺計画に変更はない。


「(私達はやるべきことをやったわ、あとはシュヴァルツに目が行かないように、ここで囮になり続けること、それがこの計画を成功させるための要素…!)」


「ニマニマ笑うな気色悪い!」


クラウスナーは頬を殴られるも強がるように笑った。まるでこの戦争の結末を確信したかのように。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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