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第七十七話 偏執が襲う

朝を迎えたクチンスカヤとアバカロヴァは身支度を整えてリビングに向かった。そこには朝ごはんを用意しているお婆さんとレジーナがいた。レジーナは身体のサイズに合わない椅子に腰を収めて宙に浮いた足を揺らしながら二人に微笑んだ。


クチンスカヤが優しく手を振り返すともうすぐ出発するとお婆さんの背中に言った。


「あらそうなのね、忙しいのね。せっかく腕によりをかけて作ろうと思ったのに」


「ごめんなさい、でもそろそろ行かないと用事に間に合わなくなるので…昨日は食事とお風呂、寝床を用意してもらってありがとうございました」


深く礼をするとお婆さんはただ笑った。


「じゃあねレジーナちゃん」


ふた周りも小さい彼女の手をギュッと握ると嬉しそうに頬を赤くした。


「バイバイ兵隊さん」


二人が玄関に向かい出ようとすると最後にお婆さんが優しく手を振って門出を祝った。

快く迎え入れてくれた村民の彼女たちに手を降って廃村をあとにした。


「いい人たちだったね」


「そうね、この戦争で一番被害を受けているのはああいう人たちなんでしょうね」


「お?やる気になってきた?クチンスカヤ」


「…もちろん、総書記を殺る気は十分!」


しばらく歩き続けていると線路が見えた。


「辿っていけばシムトカフに…」


アバカロヴァは線路のレールの飛び乗るとクチンスカヤにも同じように勧めた。


「このレールの上に乗って歩こうよ、それ以外に足を踏み外すと地雷があるって設定で」


「あー、白線以外は踏んじゃだめみたいな、そんな感じのゲーム?」


「そ、ちょうど二本あるし、レールから落ちたら負けね」


「バランス感覚ないから私負けるかも」


二人は単線のレールの上でバランスを取りながら歩いていった。途中押したり相手のレールに飛び乗ったり。まるで小学生のようにはしゃぎながら首都の方面へ向かった。


そのシムトカフでは党大会堂にてココーシナ総書記が演説をしていた。黄色い歯車、それを囲む黄色い星の党旗の立体の模様が飾られた赤い幕の前に立つ彼女は集まった議員や高官たちを前に雄弁を振るう。


「今こそ! この国の労働者は統一されねばならない!」


その言葉に会場から大きな拍手と歓声が上がる。


「我々には力がある! 我々の同志たちがいる! 我々は決して負けない!必ずや世界を赤き連邦国家へと変えて見せるのじゃ!」


その言葉に再び大きな歓声が上がった。だが徐々にココーシナの言動がおかしくなっていく。まるでなにかに取り憑かれたように。


「我々には……力が……ある…我々は決して負けぬ……!なのに…この国には売国奴がいるのじゃ……!」


そう言うとココーシナは突然、手に持っていたマイクを放り投げると「裏切り者めぇええ!!」と叫びながら近くにいた兵士に向かって殴りかかった。


「ココーシナ総書記!?」


「何をするんですか!」


彼女の部下たちは慌てて彼女を取り押さえるが彼女は狂ったかのように暴れまわり、近くにあった椅子で周囲の兵士たちを叩きつける。


そして、その騒ぎを聞きつけた兵士が党員たちを押し退けるようにして駆け付けてくると彼女を拘束した。


「お前ぇ! 離せぇえ!!!」


「落ち着いてください! 一体どうしたというのです!?」


「裏切り者がおるんじゃ! この中に裏切り者がおるんじゃ!だから北ナ連は負けるのじゃ!」


そう言って暴れまわるココーシナ。そんな彼女に兵士達も困惑していた。


「おい、こいつを連れて行け!」


「待ってくれ! わしは何もしていないんだぁあああ!! 話を聞いてくれぇええええ!!!」


そう叫びながらも連行されていくココーシナ。その様子を見ていたコチェグラ総司令官は幕の裏でじっと静観していた。代わりに登壇するとマイクを拾い上げて話し出す。


「同志諸君、安心しましょう。我が党の偉大なる指導者であるココーシナ書記長は決して敗北するのことなく勝利に導いてくれるでありましょう」


そう言うも散発的な小雨のような拍手が聞こえるだけであった。

冷静そうに見える総司令官だったが、肌からは生気が抜け漂白剤のように真っ白くなっており目は虚ろであった。彼女はココーシナとは長い付き合いであったが彼女があんな風に豹変するなど思ってもいなかったのだ。


「(まずい…本格的に偏執病が発症してきていますね…人民にも心配されかねない…)」


「総司令官、総書記を帰しましょうか?」


「車の中に乗せておいてください。私がお話します。あと君、今日の党大会に来ている記者に圧をかけておいてください。紙面に載せてはいけませんからね」


「はい、わかりました」


そう指示を出すと彼女は壇上から降りて自分の席に戻った。そして机の上で手を組むとそこに額を乗せて静かに目を閉じる。


「(あの様子だと長くは保ちそうにないですね……。どうしましょうか)」


大会が終わり、コチェグラは駐車場に止まっている自動車の後部座席の扉を開く。そこには苦しそうに胸を抑えながら激しい呼吸をするココーシナがいた。すでにシートは汗でぐっしょりと湿っている。


「こ、コチェグラ…助けてくれ…殺される…きっと毒を仕込まれたのじゃ…君…すぐに犯人を見つけ出して…」


すっと黒いゴム手袋をはめた指を総書記の口に押し付ける。喋るな、とでも言うように。


「僕は総書記をとっても尊敬しています。主義思想に共感し、背中を追ってここまで来ました。しかし戦争が起こってから少しずつ変わってしまわれた。悪い方へ。革命性の高度純化を目的を名目に行った優秀な将兵の粛清、経済計画の失敗…今回、正直に申しますと国の最高指導者、紅旗軍の最高司令官、党の総書記の資格を持ち合わせてはいないように見受けられます」


そう言いながら彼女の手が彼女の首元へと伸びていく。もう片方の腕を彼女の小ぶりな腰へ回し顔を近づけ総書記を追い詰める。


「国の指導権を全て僕に明け渡してください。さすれば総書記をこの国を救って差し上げましょう」


「ほ、ほんとうか…!?裏切り者を全て探し出して殺してくれるのかっ!?お前を国家政治の指導者として認めれば戦争に勝てるんだな!?」


「はい、お孫さんの世代にはこの国はより良くなっているでしょう」


頬の汗を指の腹で拭ってやるとコチェグラはニヤリと口角を細くして笑った。


「戦争の末路だけは見届けさせて上げますよ、それ以降は…おわかりですね?」


車内には総書記の震えた吐息だけが残った。


「…政治には関しては好きにするがいい、だが戦争の指導者はわしじゃ!わしだけが全権を握る!戦争が終わるときは勝つかわしが死ぬときだ、絶対に誰にも渡さん、わし以外に戦争遂行が務まるか!誰も信用せんぞ、たとえお前でもな!それにわしが主席の座を退けばお前にも影響が出るぞ、わしの贔屓(ひいき)あってこそ総司令官という肩書を得られていることを忘れるな」


黙り込むコチェグラ、そしてその顔が怒りに染まっていく。


「お前は私の犬だろう!? 命令通り動いていれば良いのだ!」


「黙れッ!!」


思わず手が出てしまった。総書記の頬に硬い握りこぶしが飛び込むと彼女のまぶたに涙がにじみでた。


「うぅ…痛い…」


胸ぐらを掴み身体を揺する。


「総書記の犬でいたからこうなった、黒逸はもうすぐそこまで来ているのです、なのに何を悠長に権力の話をしているのです?総書記はそんな人間だったのですか!?」


「わ、わかったから離してくれ、苦しい……」


「では、約束していただけますか?」


「…何を…?」


「まだ残っている仕事があるのであれば来年の1月末までに終わらせて主席の座を退いてください。そして僕が総書記になります」


思わず涙も途切れる。


「はぁ!? 馬鹿を言うな! 誰が渡すものか! 総書記の座を継ぐのは宰相だと決まって…」


「何なら今この場で終いにしてもいいのですよ、ここで眠るか、老後を楽しみたいか」


彼女の脅しに総書記は渋々納得したのか小さく「わかった」とつぶやくとようやく襟から手を話した。


狼藉(ろうせき)失礼しました。では僕はまだお仕事があるので」


そう言って彼は車から出て行った。


「はァ…はァ……はァ……!」


恐怖で全身の筋肉が硬直する。


「……大丈夫、わしは……負けない……絶対に……戦争に勝ってみせる……!」


そう自分に言い聞かせると彼女は息を整えた。


「コチェグラ…コチェグラめぇ…許さんぞ、誰が退くものが。粛清だ、アクサナ・ヤロスラヴォヴナ・コチェグラ、お前を粛してやる。

全員総括粛清だッ!側近も議員も党員も!政治将校も督戦隊も人民もだ!信頼できるのはわしだけじゃ!ガハハハッ!!」


彼女は薬や酒などを飲んでいるわけではなかった。純粋な、虚妄に憑かれた偏執狂、それが総書記を形作っていた思考の真髄だった。

懐疑と冒された彼女はもはや何と戦っているのかという理性さえも狂妄に沈めていた。


「…着いた、ここがシムトカフ」


灰のような雲が空を覆っている。枯れ木も山の賑わいとばかりに貼られた戦意高揚のための赤いポスターも風に吹かれて飛んでいる。


二人の亡霊が冷たい雪国の首都についに足を踏み入れたのである。


「案外早く着いたね」


「うん、久しぶりに来たけど…寂れてる。以前はもっと活気に溢れていて…みんな活き活きしてて…熱気もあった」


しかし今や街は路上脇に除雪された雪と同じく冷え切っている。虚栄を張る気力すら感じない。戦争によって荒んだ戦場の雰囲気がそのまま伝播(でんぱ)しているようだった。


と、その時。声を掛けられた。


「…クチンスカヤ…あなたクチンスカヤ!?」

 

誰ですか?と振り返る間も無く声をかけた少女は胸ぐらに飛び込んできた。


「私だよ私…!あの…!同郷のアナスタシアよ!何年ぶりだ?出兵してから会ってなかったから数年ぶりだわ!生きていたのね、死んだって軍が言うから…まさか、亡霊じゃないわよね?」


同郷の友だと言うアナスタシア。久しぶりに帰ってきたクチンスカヤに何を語るのか。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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