第七十九話 獄都、還る
ここは帝都ハイフェンブルグ近郊。静かな繁栄を極めるこの街に一人の兵士が入場した。
「ふぅ、随分長い道のりだったなぁ、野戦検問に引っかかるわいつの間にか年も越してるわ散々だぜ」
軍帽を上げ朝日に照らされて見えるのはあのシュヴァルツ大尉の笑みだった。
「にしても、あの二人と連絡が取れなくなるとはな、このままじゃ仕事終わりにも支障が出るぞ。やっぱり捕まってるのか?だとしたら場所を探らねば」
そう言うと軽い足取りで街の中心部へと向かう。新聞を読んだりお菓子をつまみながら華やぐ帝都を満喫しながら情報を厚めで回った。
だが大尉はそこで違和感を覚えた。まるで歓迎されていないかのような視線、態度。気の良さそうな人も彼女の顔と軍服を見てわかりやすく眉をひそめた。
「赤子殺し」
ベンタに座っていた時、一人の少年が彼女に浴びせた罵声だった。その後少年はスタスタと去っていったがシュヴァルツの心には地の裏に繋がりそうな程の深さの傷を作った。
「何だ…俺は歓迎されていないのか?聞いていた情報と違うぞ、俺はたしか英雄として崇められていたんじゃないのか?」
渦巻く疑念。持っていた新聞紙を見直すとそこにはシュヴァルツ大尉の悪評が連なっていた。
「シュヴァルツ大尉、指揮によって中隊を壊滅させる失態を犯す」
新聞の見出しに彼女は憤る。
「…何だこれ、まるで意味がわからない。…奴らの仕業か?結束党のやつがあることないこと書けと指示を出したのか?…俺を貶めるって魂胆か、まぁいい、元々英雄なんてものメディアが作った理想像だしな。今更気にはしないが…だが奴らのこういう根性が気に食わない」
大尉は新聞をグシャリと潰すと歯を食いしばった。
「…まるで敵国に迷い込んだみたいだ。こんな雰囲気、この国で感じたくなかったな」
その時、彼女の後ろから肩に手が置かれた。振り向くとそこに立っていたのはいかにも貴族然とした黒服の男だった。
「失礼ですが、その軍服は帝国軍人ですね?少し話があるのでついてきていただけますか?」
「断る」
即答する。大尉はその男の目を見ただけでわかったのだ、こいつは敵だと。
「そうですか、我々は秘密警察隊。あなたのような人を逮捕します」
「なるほど、大体読めてきたよ。要するにお前らは結束党組織の手先なんだろ?だから私を捕まえて何かしようとそういうやつだな」
「シュヴァルツ大尉を見つけ次第拘束しろとの総統命令が我々にはありますので。大人しく従って頂けるとありがたいのですが……」
男は困ったように微笑むと手錠を取り出した。
「俺は軍人だぞ、そんな脅しに乗るわけ無いだろう。じゃあ…またな!」
大尉はすぐさま逃げ出した。そして路地裏へと駆け込む。
「追って捕らえろ」
大尉は追っ手を撒こうと入り組んだ道を選び続けた。しかしそれは大きなミスでもあった。やがて大尉は袋小路に追い込まれてしまう。
「もう逃げ場はないですよ大尉」
「クソッ、ここまでか……だが俺は諦めないぞ、窮鼠猫を噛むって言うしなぁ!」
大尉は閃いたとばかりにニヤついた表情を浮かべると、懐に隠し持っていた拳銃を取り出した。
「抵抗するつもりか?無駄なことはやめて投降しなさい」
「黙れ!俺はまだ何も成し遂げちゃいないんだ、ここで捕まる訳にはいかないんだよ」
「抵抗すれば射殺します」
銃口を突きつけられてもなお大尉は余裕だった。
「…クソ、秘密警察がここまで張り込んでいるとは迂闊だったな」
「軍服姿で町を歩いてりゃ嫌でも目につくぞ」
「あ、そっかぁ」
「馬鹿が、戦地慣れして阿呆になったか」
こうして大尉は捕らえられた。ブチ込まれた先にいたのはベック元参謀総長とクラウスナーの二人だった。
「ちょっとシュヴァルツ!あんたどういうこと!?なんで捕まってんのよ!」
「うるさいな……仕方ないだろう?あんな街中じゃどうしようもないさ」
「言い訳無用だぞ大尉。君が捕まってしまっては本末転倒だろう」
彼女たちは腕を後ろに回されて手錠をかけられていた。
「それより二人とも、頬に傷があるぞ」
「あぁ、ここの拷問官にやられた。安心しろ。情報はなにも話していない」
二人の着ていた服はボロボロだった。露出していた肌も鞭で打たれたような痛々しい腫れが見える。
「…でもなんでシュヴァルツが捕らえられているのかがわからないわ、あんたなにかしたの?言っとくけど私たちはあんたのこと一言も喋ってないのよ、余罪があるんじゃないの?」
「まぁ思い付くことはいくつかあるが…んまぁそんなことはひとまず置いておけ。実は俺がここに来たのはお前たちを助けるためだ。そのためにわざと捕まったんだ。出なきゃ作戦を実行してもその後の手助けがなくなるだろ?」
三人が入れられた独房の中でシュヴァルツはそう言った。
「……なんの罪かも知らずに捕まるって勇気あるなシュヴァルツ」
「地獄で殺し合いしてたんだぜ、今更何が怖いっていうんだ」
鉄格子の外には歩哨がいた。すると歩哨たちは同じ方向に向かって敬礼をした。誰が来る、そう思ってやってきたのはベッケンバウアー総司令官だった。
「やあやあ貴様久しぶりだなぁなぁ〜?シュヴァルツさんよぉ」
「なんの容疑で俺をブチ込んだ?」
「ウチはてめぇのの上司だぜ?もっと丁寧に接したらどうだ?え?」
「申し訳ないが、生憎と俺は階級社会というものをあまり好まないんでね、俺が知らないやつに敬語を使うときは本当に尊敬しているときだけだぜ」
「相変わらず減らず口を叩く女だなぁおい、だがまあいい、貴様を軍法会議に処す為にウチが独断で貴様を捕らえた」
「(良かった、暗殺計画がバレたわけではないのか)」
「それで、罪状は?」
「貴様は軍規違反を犯した。よって死罪だ」
書類のためにような物を突きつける総司令、その書類にはシュヴァルツの顔写真が貼られていた。
「はぁ?いいかげんにしろよベッケンバウアー。そこまで俺に粘着する理由がどこにあるっていうんだ、いい加減にしないとぶっ…」
「それが上官に対する態度か?……まあいい、これは総統命令だ。逆らうことは許されないんだよ、それにな、てめぇのやったことがどれほどの大罪か、これからじっくり教え込んでやる」
嫌味ったらしく鉄格子の向こうから笑うと、ベッケンバウアーはそのまま去っていった。
「やられたな」
「ああ、まさかここまで腐っていたとは思わなかった」
「ねぇ、この後はどうすればいいの?このままじゃ私たち全員共倒れじゃない」
「安心してくれ、俺は脱獄する」
そう言ってシュヴァルツは軍服のベルトに手をかけた。
「何をする気?」
「見てりゃわかる…が今は見ないでくれ」
「なんでよ」
「窓の格子を破いて脱出する。狭い窓だがこれを外せば外に出られるぞ」
そう言ってシュヴァルツはこの独房の唯一の太陽光の入口の窓の格子に手を掛けた。
「で、どうするの?なにか道具でも持ってきたの?」
「んなもん持ち込めるか。いいかこれからお前たちに命令をする。このコップに尿を入れろ」
大尉は独房に用意されていた銀のコップを二人の前に置いた。
「馬鹿じゃないの?嫌よ。私これでも一応貴族の娘よ」
クラウスナーは反対するがベックは違った。
「なるほど、そういうことか。わかった協力しよう」
ベックはすぐさま理解してくれたらしく笑っていた。
「…飲むんじゃないでしょうね」
「まさか、あの窓格子にお前たちの尿をかける。すると格子は錆びる。すると格子は外しやすくなる。これで外に出る」
「結構時間がかかるな、シュヴァルツ。決行日までに間に合うか?」
「さぁ?これだけは運だな。鉄がどのくらいのスピードで錆びるかは知らんし」
事情を理解したクラウスナーは顔を赤くしながらもコップを手に取った。そして覚悟を決めたようだ。
「わかったわよ、やるよやるやる。それしかないのならやるしかないわ…ていうかそれを教えるためだけにわざわざ捕まったの?」
「う〜ん語弊があるな。二人の無事の確認、結束党の動向、計画が露呈しているかいないか。この3つを確かめに来た。コソコソ探るより、いっそ捕まって敵陣の懐に入り込むのも一つの手だと思ってな」
「相変わらず無茶苦茶ね」
「まあな、じゃあやるか!」
彼女の気合は十分だ。どんな逆境も彼女にかかれば容易く乗り越えることができるのだ。
「総統閣下、ヒルデガルト・シュヴァルツを捕縛いたしました」
ベッケンバウアーは電話を手にとって報告する。相手は当然ヘルダーリン総統だ。
「よくやったな、しかしなぜやつが帝都にいるんだ?前線にいるはずだろう」
確認したところ大尉は治療を理由に前線を離脱しています。それでもなぜ帝都にいるのかはわかりませんが…」
「やつから目を離すな。二度と外にも出すな。やつは帝国、そして結束党の暗部を知っている。だが殺してはいけない。やつの戦力をギロチンの露にしてしまうのは惜しい。できることなら再教育して愛党戦士に変えてやってくれ。いやそうしよう、総司令、頼んだ」
総統閣下の嬉しそうな声が電話越しに伝わる。
「…わかりました、では遂行します。人体実験を」
単語の一つ一つからにじみ出る悪意。ドロリとした劣情が監獄のシュヴァルツたちを襲う。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




