第七十六話 最後の抵抗
防衛に努めていた黒逸兵たちはやってきた装甲部隊に気が付き歓喜の声を上げた。
「味方だ!味方が来たぞ!!」
「援軍だ!!」
それは、アーデルハイトたちの装甲部隊の増援だった。
「あのイカれた多砲塔を片付けろ!」
敵戦車を迎え撃つかのように味方の戦車であるティーガーIが主砲を放ち、砲弾は敵戦車に命中し爆発した。
「両翼部を前進させて包囲する! 中央は私たちに任せて!」
バウムガルトナーたちは素早く下車すると銃弾飛び交う中を切り込み塹壕に滑り込んで加勢する。
友軍の戦車は塹壕に沿って進み砲口を敵軍へ向けると車体も遅れて向きを変えた。
火力支援となった砲弾は彼女たちの頭上を飛来し、前進を続ける北ナ連を足止めした。
「これで敵の進撃速度は鈍るはず」
バウムガルトナーはそう言うと、視線を前に向けた。
「まだ油断はできない……」
そう言って彼女は銃を構え直す。
一方、敵の本隊はアーデルハイトたちが予想していた通り戦車部隊による砲撃で混乱しているようであった。
その隙を見逃さず少佐は突撃命令を下すことなく、死守を命じた。
「このまま戦線を維持しろ。何としてもここを守り抜け!!」
「了解!」
塹壕内に潜む兵士たちは銃を手に取り声を上げる。
「耐えろ…耐えるんだ。絶対に突破されてはいけない……」
そう呟きながら少佐は双眼鏡を覗く。
彼の視界には迫りくる北ナ連の歩兵たちの姿があった。
彼らは短機関銃や拳銃などを手にして必死の形相を浮かべている。
そして、ついに彼らの先頭集団が塹壕へとたどり着いてしまった。
「撃てぇえ!! 奴らを近づけさせるなぁあああ!!!」
塹壕内の兵士は一斉に発砲を開始する。
乾いた音と共に薬莢が宙へ舞い、鉛弾が放物線を描いて飛んでいく。
しかし、彼らの攻撃は全く効果がなかった。
それどころか機関銃手たちの陣地が砲弾を受けて負傷してしまう始末だ。
「クソッたれめ!」
悪態をつく兵士の顔には怒りの色がありありと浮かんでいた。
そして、その感情は瞬く間に伝染していき、彼らから冷静さを奪っていった。
「落ち着け! 落ち着いて対処すれば勝てるはずだ」
指揮官の言葉も虚しく、彼らにはもはや聞こえていない様子だった。
「落ち着くんだ!」
再度呼びかけるも効果は見られず、兵士たちは我先にと塹壕内から出て白兵戦を始めた。
持ち前の拳銃や手斧で斬りかかり、相手を倒そうと躍起になっている。
拳銃の弾が尽きると今度は拳やコンクリート片などで殴りつけ始めたのだ。
そんな狂乱状態に陥ってしまった彼らを横目に見つつ、バウムガルトナーたちは目の前の敵に集中せざるを得ず苦戦を強いられていた。
「軍が狂ってしまった、ここは地獄か」
バウムガルトナーの頬を汗が流れ落ちる。
「大尉がいれば…こんなことにはならなかったのかな……」
彼女の脳裏にはシュヴァルツ大尉の背中が浮かぶ。
その時、前方よりまたも敵兵が雪崩れ込んできた。もはや前線が崩されるのは時間の問題だった。
アーデルハイト少佐が駆けつけた。
「バウムガルトナー!撤退要請が許可された!両翼部隊の全滅寸前だ、すぐに武器を捨ててここを離れる!急げ!」
バウムガルトナーは唇を噛み締めながらも銃を捨てようとしたその時、彼女の袖を誰が引いた。
「…」
そこには鋭い目つきでバウムガルトナーを見つめるリーブフント准尉がいた。頭部からは出血しており軍服は泥で汚れている。
「…ダメですバウムガルトナー少尉…いや…大尉ッ!」
長く閉じていた彼女の口が開かれた。
「シュヴァルツに頼まれたんですからここに残るべきです。
シュヴァルツば負けたくないから怪物になった、ならばバウムガルトナー大尉もそうあるべきです。今やまともな戦力として機能しているのはこの中隊しかない!戦わねば!」
彼女はそれだけしか言わなかった。バウムガルトナーは再び銃器を握り直した。
「そうだぜ!」
いつの間にかバウムガルトナーの周囲には兵士たちが集まっていた。
「命を賭して駆けつけてくれた上、最後まで居残ろうなんて言う指揮官残して逃げられるわけないじゃないですか!」
彼らは覚悟を決めた表情をしている。
「…これがシュヴァルツが築き上げた力です。私は今それを継承しています。ここで逃げれば怪物の名折れです」
バウムガルトナーたちは敵兵を迎え撃つべく銃を構えた。
「お前らいくぞ!!中隊の力見せてやらァ!!」
「おぉおお!!!」
兵士たちは雄叫びを上げた。彼女たちは敵兵に狙いを澄ます。
「撃てェエ!!」
その声と同時に、彼女たちの放った弾丸は敵兵の身体を貫通して絶命させた。
「やったか!?」
「まだだ! 全員撃ちまくれ!!」
その様子を見ていたアーデルハイト少佐は彼らの奮闘ぶりを見て口元を緩めた。
「(私の隷下の部隊で残っているのはこの中隊のみ…か。結局私には軍人としての才能なんてなかったな。可能を不可能と狂信してしまったのが私で、不可能を可能と信仰しているのが彼らなのだろう)」
彼女は一人ほくそ笑むと拳銃を抜いた。
「この身体は家族の形見だ、我が家が残した帝国の防波堤にゃふさわしいな」
一方、クチンスカヤとアバカロヴァは総書記のココーシナを暗殺するべく首都シムトカフへと赴く最中であった。
「うぉ…寒い…ッ」
肌が裂けるような冷たい風が吹きすさぶ中、二人は小さな廃村にたどり着いた。そこで二人を待ち受けていたのは、一人の小さな少女だった。彼女はボロボロの服に薄汚れた体で立っていた。
「あなた誰?孤児?ここにずっといるの?」
クチンスカヤがしゃがんで優しく尋ねると幼女は声を張って「おばあちゃん」と呼びながら家へと帰っていった。その家はこの村で唯一割りときれいな状態を保っていた。
「兵隊さんが来たよー」
幼女が手を引くと玄関から杖をついた老婆が目を細めた。
「おやおや、こんなところに……寒かったでしょう……」
「えっと、私たちは……」
アバカロヴァの言葉も聞かず老婆は家に入るよう言う。
「お腹減ってるだろう。ほら食べなさい」
二人は言われるがまま質素な農家の家へと入った。
老婆が持ってきたスープを二人で飲む。妙に優しい村民にクチンスカヤは少し不審がっていた。
「あ、あの…あなたは…」
老婆は膝にうずくまる幼女の頭を優しく撫でながら安楽椅子を揺らす。部屋のリビングは小さな暖炉に炊かれた火のおかけで暖かかった。
「私はここの最後の村民よ、みんなに飢餓と戦争でこの地に眠ったわ。私とこの子だけが生き残ってね」
「そうですか……大変ですね」
「いえいえ、兵隊さんほどでは」
老婆が優しく微笑む。その瞳には深い悲しみの色が見える。
「なんで軍人の私たちを招いたんです?」
アバカロヴァが言うと老婆は笑った。
「ただ一緒にいてくれるだけで良いのです。この子が寂しがらないように……」
老婆は愛おしそうに幼女を見る。
「次の時代を生きられるこの村の最後の子ですから」
クチンスカヤは器を傾けてを全て飲み干すと物静かな幼女に近づいて膝をついた。
「私クチンスカヤっていうの、クレメンチーナ・タラソヴナ・クチンスカヤ。一緒に遊ぶ?」
彼女がコクリとうなずくとクチンスカヤは微笑んで手を引いて暖炉の前の絨毯に座り込んだ。箱から取り出した人形を見せると幼女は楽しげに笑う。
アバカロヴァはその光景を見て少しだけ安心した。
「ごちそうさまでしたおばあさん」
「いえいえ、兵隊さんはどちらへ行かれる途中で?」
「諸事情でシムトカフのほうへ」
「そうですか、戦場帰りで?」
「まぁそんなところです」
老婆は深く詮索しなかった。
「クチンスカヤ!私も混ぜて!」
アバカロヴァは椅子から飛び出して暖炉の前へ赴き二人に混ざる。
「お嬢ちゃんお名前は?なんていうの?」
「私はレジーナ!!」
幼女は元気よく答える。三人はしばらく人形遊びをして遊んだ後、老婆は言った。
「さて、そろそろ夜になりますから寝床の準備をしましょうか」
「えっ…泊まらせていただいてよろしいのでしょうか」
「もちろんですよ、明日シムトカフへ行くなら尚更ゆっくり休まないと」
アバカロヴァは小さく礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、ではこちらの部屋をお使いください」
老婆は二人の部屋を案内すると幼女を連れて自分の寝室へと入っていった。
二人は一つのベッドに横になる。
「どう思ってた?クチンスカヤ」
「う~ん?殺されるかと思った。めちゃくちゃ怪しかったから」
「でも実態はただの気のいいおばあちゃんだったね」
「そうだね……」
二人はそのまま眠りにつく…はずだった。クチンスカヤはギュッと手を握られた。
「……!?アバカロヴァ…ッちょっと…」
「いいじゃん…寂しくて怖いんだよ……」
アバカロヴァは不安そうな表情で掛毛布の中からクチンスカヤを見上げた。
「私達…兵長の仇を取れるかな、総書記を殺せるかな…
?この戦争を…終わらせられるかな…?」
「大丈夫だよ、きっと……私達は強いんだから……」
「……うん」
小さくうなずくと彼女はクチンスカヤの身体に腕を回して抱きつく。
「えっ……ちょ……」
「寒いから……こうさせて……」
「……わかった」
二人は静かに目を閉じた。空には無数に輝く星々が輝いていた。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




