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第七十一話 英霊は生きている

猛攻を続ける黒逸に圧され北ナ連の紅旗軍にはびこる曇天に似合うどんよりとした重苦しい空気は風に乗り首都シムトカフにまで届いていた。


数人の兵士たちがやってきて街中に設置された横に長い間掲示板に白黒の写真を貼り始めた。


その一部始終を街の市民たちはうなだれて祈ったり、掲示板に食い入るように見ていたりした。


「パパいるかな?」


「…いちゃいけないのよ」


防寒具を身に着けた親子がいる。母親は小さな子供に目線を合わせる為にしゃがんでいた。


「あそこにはね、天国に行ってしまった兵隊さんの写真が貼られるのよ」


長い掲示板の半分はすでに無数に貼り付けられた写真はその膨大さも相まって一種の白黒のモザイクアートのようにすら思えてしまう。


一人の兵士が第45狙撃連隊の兵長チェルニチェンコの写真画鋲で止めて貼った。

そしてあとから続くようにアバカロヴァとクチンスカヤの写真も貼るのだった。


部隊から離れ失踪していた二人は当局によって死亡扱いとなっていた。


そんなことになっているとは知らず二人は雪の積もった林を抜けていく。

勾配のある雪道を登ると道中開けた場所があったのでそこの切り株に腰を置き上から戦場を眺める。


二人は疲れ切った様子でぼんやりと眺望していた。口数の少なさから少女たちの状態がよくわかる。


遠くに見えるのは村だろうか。雪どころか地面をも溶かす戦火に包まれながら阿鼻叫喚を上げ殺し合う激戦も、二人には単なる他人事としか思えなくなってしまうほど困憊(こんぱい)していた。


「疲れた…足の感覚がない…お腹も空いた。仲間にもいつ会えるかわからない…」


クチンスカヤは弱音を吐きながら切り株の上で膝を抱えて丸くなる。

アバカロヴァは必死に背中をさすって励ました。


「大丈夫大丈夫、味方のもとに帰ろう。そこで温かいスープでも飲ませてもらおうよ」


「…でもここも敵陣で今も私達を狙っているかもしれない…そう思うとなんだか…あんまり動きたくない気分」


寒さに気力も体温も奪われてすっかり縮こまってしまった少女を見ていると、アバカロヴァは自分の胸が締め付けられるような痛みを感じた。


彼女の言う通り、この土地にいる限り敵兵はいつ襲ってくるかも分からないし、そもそもここはどこなのかすら分からないのだ。

こんな状況では不安に押しつぶされておかしくなるのも無理はない。

しかしそれでもアバカロヴァは彼女を励ますしかなかった。


「そんなこと言わないで!きっと帰れる!」


アバカロヴァは立ち上がって、ぐったりした少女の手を取って立たせると、手を引いて歩き出した。


「ほら立って歩いて、頑張らないと」


「うーん……足痛い……」


「もうちょっとだよ。歩ける?」


「うん……」


それからしばらく歩くと、また雪道が広くなった。


かつて街だったところが戦争によって荒廃してしまったのだろう。

コンクリートの建物やアスファルトの道はあちこち穴だらけになっており、ガラスは全て割れていた。

まるで廃墟のような景色の中を歩いていると、アバカロヴァはある事に気づいた。


「あれ…?あそこ基地じゃない?」


軍用品が散乱している。すでに遺棄されていた中継基地の跡地のようだった。

燃えカスの中から書類の切れ端を拾う。そこには彼女が所属する第45狙撃連隊の名があった。


「ここ、私達の連隊の中継基地だ」


「くっそ〜、すでに撤退済みかぁ。みんなに会えると思ったんだけどなぁ。すっかり置いていかれちゃった」


アバカロヴァは歩き疲れたのかそこが路上であるにも関わらずごろりと寝転がる。

クチンスカヤがしばらく散策しているとテントの裏手に何やら墓地のようなものを見つけた。

アバカロヴァを呼ぶと彼女もその光景を見る。


「ただの墓地だね、別に珍しいものでもないけど…」


家の跡地の中に立てられた十本の十字架。その真ん中には名前が刻まれていた。

クチンスカヤはそのうちの一つを指さした。


()()。私が死んでいる」


「な〜に馬鹿なこと言って…」


十字架を覗き込むとそこにははっきりとクチンスカヤの名前が刻まれていた。その隣にはチェルニチェンコ、アバカロヴァと続いていた。


二人はお互いを見つめ合う。


「…私たち」


「戦死したことになっている」


生きながらにして、死んでいる。きっと行方不明になった3人は死んだと思った部隊の仲間が立ててくれた墓標なのだろう。

ただ形式的に突き刺さった白い十字架の前でクチンスカヤは思わず膝をつく。


「あ……ああああぁ…」


死亡扱いされたことに嘆いているのではなかった。ただ自分の名前の隣にある名前の主はもうこの世にいない。その事実だけが冷え切ったクチンスカヤの心を強く叩いた。


「兵長はもういない…兵長がいないと私は…なんにもできないんだ。仲間と合流することすらできない…

私は…ここからどう動いたらいいんだ……


この墓標はなにも間違っていない……私は、ただ漠然と戦場をさまよう亡霊だ」


アバカロヴァもそれに気が付き目線をチェルニチェンコの名が刻まれた墓標へと向ける。


その瞬間、アバカロヴァは自分の墓標の前へ立つ。クチンスカヤが涙を流しながらこちらを見ていることを確認した彼女はその十字架を引っこ抜いた。


「ッ!?」


()()()は死んでない!亡霊なんかじゃない!」


自分の名が刻まれた十字架を抜いたアバカロヴァはそれを放棄した。


「クチンスカヤ!根負けしちゃだめだ!これから私たちは国を救うんだよ!死んでなんかいないんだよッ!」


アバカロヴァは真摯にそう訴える。


「今は心が弱くなっているだけだ!立ってよクチンスカヤ!戦は最後、笑ったやつの勝ちなんだから!

一緒に総書記を殺そう!二人だけで人知れない英雄譚を(つづ)ろうよ!」


本気の訴えにクチンスカヤは胸を打たれた。その感動は涙となって頬を流れ落ちる。


「ありがとう…私、手を差し伸べられてばっかりだ」


クチンスカヤはゆっくりと立ち上がった。その様子を見てアバカロヴァは嬉しそうに笑った。


「そうだ。死人扱いされているんだったらちょうどいい。このまま彷徨って総書記を呪殺しよう。総司令官も総書記を。コチェグラとココーシナをッ!」


自分の十字架に両手を置くとガッチリと掴んで引き抜いた。


「私の死地は…ここじゃない!!」


引き抜かれた二本の十字架に刻まれているのは生きている英霊の名だ。


「クチンスカヤ…!」


「向かおう。首都シムトカフへ。

ここにいちゃいつ死ぬかもわからない、死んでしまったらシュヴァルツたちの努力も水の泡だ」


「了解、少しここを漁って食料を調達してから北へ向かう線路を見つけよう。それに沿って歩けば首都にたどり着けるはず」


二人は再び歩き始めた。道は平坦で、先ほどまでいた場所より明るい。二人の表情も明るかった。


「ねぇアバカロヴァ……」


「なぁに?」


「さっき言ってくれたことだけど……。本当にありがとう。おかげで元気が出た」


「当然のことよ」


行き先をシムトカフヘ定め再び気の遠くなりそうな距離を歩き出した。


一方、黒逸側の帝都にいる元参謀総長ベックとクラウスナーも着々と総統暗殺の為に動き始めていた。


「どぉお?傍受できた?」


「いいやだめだな。朝から聞いているが全く聞こえない」


路上の電線に繋げて引っ張ってきたコードは室内へと通り空き部屋の無線機器へと繋がる。そこから片耳イヤホンを通してベックの耳元に届くのだが雑音しか聞こえなかった。


「う〜ん…おかしいなぁ、周波も合ってるはずなんだけど…」


無線機器のダイヤルをグリグリいじってみるも結果は変わらなかった。


「これじゃ総統の動きが全くわからん」


「あんた元参謀総長なんでしょ?旧友とかいないの?いれば党本部とか軍部に入れるでしょ」


「…旧友?はは、私に飯を()かせる気か。参謀総長の頃に仲の良かったやつはいたがそこから降りると今や誰も私と連絡したがらなくなった。偉いやつとの繋がりは権力だけってことさ」


「…カッコつけないでよね、素直に親友がいなかったっていえばいいのに」


「あはは、さしずめ『ぼっち・ざ・ベック』ってところだな」


「は?」


行き詰まる二人。総統の動きがわからないのであれば具体的な計画も立てられない。そうならば失敗する確率はぐんと上がる。


「…そうだ、お前が行け」


「は?あんた正気?」


「党本部か総統官邸かに忍び込んで何かしら情報を掴んでこい。じゃなきゃこのままどん詰まるぞ」


ベックの提案にクラウスナーは頭を抱えた。


「そんなこと言ったって…一体どうすれば…」


「総統のスケジュールを把握するだけでいい。1月14日、ヘルダーリンが当日どこにいるのかを知るだけでいいんだ。大丈夫、お望みとあらば『黒い聖歌隊』の部下も出すぞ。ていうかやれ。それしか方法はない」


渋るクラウスナー。しかし他に方法を考えていられるほどの時間はなかった。


クラウスナーが軍部に潜入して情報を抜き取るというか計画が突貫工事ばりの勢いで決まった。

もう一つの戦争は謀略戦だ。帝都にいるベックとクラウスナーはついに動き出した。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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