第六十二話 黒く、そして白い怪物
武装法廷はシュヴァルツ大尉とバウムガルトナー少尉の手によって壊滅した。
敵陣の高地を奪取するべくヴァーブゲンの森にて戦闘をしている黒逸軍と北ナ連軍は果てしない血みどろの戦いを続けていた。
銃声と砲撃音が響き渡る大地を遠くから双眼鏡で覗いていたのはようやくシュヴァルツたちに追いついたアーデルハイト少佐だった。
「戦況は?」
「大隊は別れて敵兵を各個撃破しながら高地を目指しています。しかし敵の指揮系統は強固です、激しい白兵戦の攻防が続いています」
アーデルハイトは不安そうな顔をした。その顔を見た側近の将校は心配したのか提案を出す。
「後方にも部隊が駐屯していますよ、彼らに応援を出させましょうか? それとも…」
「……私が赴こう。指揮官先頭は我が軍の伝統的な戦い方だ。私が参戦することで士気が上がるだろう」
「しかし危険です、各中隊長からの応答はほとんどありません、現在敵軍と交戦中と思われますが敵数が想定より上回っているおそれもありますので大隊指揮官はここで指示をお願いします」
「…シュヴァルツからも応答なしか?」
「はい、第54歩兵中隊も攻撃の旨を打電したあと音信不通です」
不安な表情を浮かべるアーデルハイトにはその報告がなにか嫌な予感を告げたように思えて仕方なかった。少佐は結局戦火で荒れる森や高地を見守ることしかできなかった。
一方、味方の応援に駆けつけるために北ナ連のクチンスカヤとアバカロヴァは急いで自陣に戻っていた。
その時にアバカロヴァが木陰で動けなくなっている人物を発見する。
「クチンスカヤ!誰かいる!」
二人は確認のために小銃の銃口を向けながらゆっくり接近すると軍服を確認し敵兵であることを察知しすぐにその人物の前に躍り出て声を上げた。
「動くな!手を上げて降伏しろッ!」
動かない人間に声を荒げる二人、しかしその顔はどこか見覚えのある人相をしていた。そしてクチンスカヤは不意に思い出したかのように目を見開いた。
「…こいつ…怪物だ!シュヴァルツ大尉だ!この前一度だけ会敵したことがある、あのときは逃げられたけど…まさか私自身が彼女を捕らえられるなんて…」
「えっ…?こいつが?全身切り傷だらけだけど…」
思わぬ成果に少しこわばった頬を緩めるも近くで銃声が響くとクチンスカヤは仲間が襲われているかもしれないと判断、彼女に増援に回るよう指示した。
アバカロヴァは一人で大丈夫か、と不安そうだったがクチンスカヤの『大丈夫だよ』という返答と笑顔を見ると名残惜しそうに見つめたあと友軍を助けに行った。
傷だらけのシュヴァルツを捕らえたクチンスカヤ、二人の闘将がついに対面した。
クチンスカヤが大尉の身体を揺らすと彼女はゆっくりと目を開けた。
「…よぉ、『白い未亡人』さん」
「…私の二つ名覚えてるんだ」
「誇ってそうだったからなぁ…忘れちまうってのは失礼だ」
シュヴァルツは腕にできた傷が痛んだのか一瞬顔を歪めるとクチンスカヤは優しくその傷を抑えた。
「…俺を殺すのか?」
「いや、虜囚にして持ち帰る。シュヴァルツ大尉となれば前線兵で知らない奴はいないよ、せっかく首級を挙げたんだから生け捕りにしないとね」
クチンスカヤは彼女の隣に腰を落として座った。随分無防備かつ距離が近いことを指摘するとクチンスカヤはこう言った。
「…別に、立ってたら目立つから」
二人は木陰で冷たい地面に尻を置きながら無言の時間を過ごしていた。はじめに口を開いたのは大尉だ。
「戦争ってのはおかしいよな、この身体の傷だって狂った味方に切りつけられたものなんだ、結局殺したけどよ。すっかり自分の手で人命を断つことに躊躇がなくなった、お前もそうだろ?」
「…まぁね。私も元々死に近い生活をしてたから」
クチンスカヤは続ける。
「私はね北ナ連の農村出身なんだけどココーシナ総書記の経済計画のせいでホロドモールが起きてあちこちで食人が発生してた、一度シュヴァルツも食われかければ死に対して慣れるだろうね」
「ホロドモール?」
「『人工的な飢餓地獄』、総書記の経済計画っていうのは北ナ連政府が私たちみたいな農民から穀物を安く買って輸出して得た利益を工業に回して発展させるっていうものだったんだ。逆らった人間は富農と言われて土地外に追放された。穀物を奪われて食糧難だった農村を追い打ちで滅ぼしたのは黒逸軍だったけどね」
「…じゃあ殺人の忌避感とか死へと恐怖はないのか。俺と一緒だな、仲良くなれそうだ」
シュヴァルツと一緒。その言葉を聞いたクチンスカヤは顔を険しくして大尉の言葉を厳しく否定した。
「一緒…?ふざけないで!私とあなたは違うッ!私は醜くてしぶとくて、惨めで弱い…。だから人間だ!私は人間だッ!!
私は自分のいずれ来る死への恐怖はないが、他人を死に追いやる事への忌避感はある、この戦場で怪物であることを受け入れたお前と一緒にするなッ!!」
想像以上の反論に大尉は思わずキョトンとした。
「私は怪物のような人間であなたは人間のような怪物だ、だから分かり合えない!認め合えない!
そうじゃないと…」
クチンスカヤは思いのまま言葉を吐き出す。次第に感情的になり、その目に涙が浮かんでくるのが見えた。
「散々殺し合っておいて今更仲良くしようなんて…私にはできない。仲良くできてしまったら戦没者も、英霊も、私の故郷の死の意味もわからなくなる!この戦争を続けてきた意味がわからなくなる!だから私は認めない!黒逸第三帝国も!結束党も!国家黒十字軍も!怪物もッ!
絶対認めない!ぜっったい…っ!!」
思わず大粒の涙がこぼれ落ちる。クチンスカヤは弱々しく大尉の胸を殴りつけ最終的に彼女の軍服にすがるように頭を埋めた。どこか悔しそうな声色のクチンスカヤを大尉は優しく抱擁した。
「…取り返せないから戦争を続けるのか?お前は。やめてしまえばすべて無駄になってしまうことが分かって怖いのか」
「怖いよ…無駄になってしまうかもしれない対象が大きすぎる…」
「それを乗り切る覚悟はあるか?」
思わず、え?とクチンスカヤは聞き返す。シュヴァルツは言葉を続ける。
「お前に問う、お前が憎いのは戦争か?それとも俺か?」
クチンスカヤは彼女の言葉の意味を慎重に読み取ろうとしているのか少しうつむいた。
「本当に敵だと思うのは俺たちか?お前の敵はどちらだ?答えてくれ」
問いにしばらく苦悩してようやく口を開いた。
「私は戦争が憎い。もし戦争がなかったら…シュヴァルツとも仲良くできたかもしれないから」
シュヴァルツはニヤリと笑った。
「お前は正しい人間だ。クチンスカヤ」
「どういう意味?」
「お前の答えが私の行動を左右し戦争の顛末を左右したってことだ。お前が前者を選んだことで私の行動が決まった。
俺がこの戦争を終わらせる」
戦争終結、その発言にクチンスカヤは驚愕した。
「現在の戦況はこうだ。第三帝国が北ナ連に侵攻したが返り討ちにあい領土を奪われていた、それも俺たちが前線を巻き返して徐々に奪還してきている」
「…それが終戦にどう関係するの?」
「戦争を指導しているヘルダーリン総統とお前の国の総書記の二人が今拮抗している。戦争を続ける元凶を消せばもはや戦争を指揮する人間がいなくなる。両国の国境が戦前の状態に戻った瞬間に残された者たちだけで停戦協定を結ばせればいい。つまりだ…総統と総書記を暗殺する」
「ッ!?何馬鹿なことを…!」
「本気さ、戦争を終わらせるためなら自国の党首も俺は殺せる。お前がそう望んだんだろう」
「…シュヴァルツが憎いって私が答えていたらどうしてたの?」
「お前とマジバトルしてたぞ」
それは大尉が傷だらけでもなお戦えるという宣言に近いものだった。
衝撃発言の連続に動揺を隠しきれないクチンスカヤ、シュヴァルツはずっと前からこれを画策していたかのようにスラスラと語る。
「指導者ってのは常に貪欲で支配欲が強い、それに終戦ってのは敵国に自国の融通が聞く位の勝利を収めてから締結するもんだ。総統と総書記、片方だけを殺してももう片方がこの機会を逃すまいと戦争を続けるだろう。だからこれ以上の犠牲者を出さないためにあの二人、そして俺とお前の犠牲だけで終戦を始めるんだ。
俺はまだ戦前の国境まで奪還しなきゃいけないからまだ従軍する。
やっと出会えた、戦いを終わらせられる協力者に。
俺は総統を殺す、お前は総書記を殺してほしい」
「そんなの、もし下手してバレたら売国奴呼ばわりされる!下手したら汚名を着せられて国史に刻まれる…!」
「それがどうした?歴史的評価より俺は自分の夢を優先する。
俺は今何十万の奪った命の上に立っている。もしバレたときそれが非難されて殺されるならばそれが俺の責任の取り方だ」
冷や汗をかいて震える彼女の肩にシュヴァルツは冷たい手をそっと乗せる。
「頼む…お前なら総書記に近づけるだろう。この暗殺になんの政治的意図も思想もない、ただ恒久の平和と自分の夢の為に頼んでいるんだ。
俺たちの夢で奴らの夢を終わらるんだ!お前に夢があるならわかるはずだ!俺の言いたいことが!」
「私の夢…私の夢は……」
震える唇、今まで落ち着きのない口調だった彼女はギュッと歯を食いしばってシュヴァルツの手をはねのけた。
「黒逸に蹂躙された故郷と母親の復讐を果たすこと。悪いけど黒逸を絶滅させるまでは正気じゃいられないわ」
「復讐鬼の亡霊め…許すことが強さだと分からない限り…お前も俺も…仲間も家族も死人も歴史も国土も永久に死に続け…るぞ…、クチンスカヤ…ッ!!」
並行どころが反発し合う二人、敵兵同士の邂逅が戦争終結の糸口になるのだろうか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




