第六十一話 終劇する復讐
進撃する国家黒十字軍は案外手間取っていた。絶対に死守するという強い北ナ連の紅旗軍の意思が弾丸の嵐となって彼らを襲う。
バウムガルトナー少尉もそのうちの一人だった。
「もう銃身が加熱した…!冷やさなきゃ」
彼女が熱くなったMG42機関銃の銃身を取り外し雪の中に突っ込んで冷やすと再度装着する。
「キャ!」
その作業中、敵の銃弾がシュタールヘルムをかすった。
「(銃撃が増した?増援が来たの?いずれにせよ私一人で応戦するのは無理か…時期を見計らって下がるか)」
そんな彼女を照星越しに見つめるのは小銃を構えたクチンスカヤだった。
「2回目で死ね」
引き金をひこうとした直後、異様にうるさい発射音と共に遠くで光が見えた。
「うぁ?」
気が緩んだクチンスカヤたちへ向かって飛んできたのは無数のロケットだった。
辺りに高速で飛来して着弾すると爆発しその振動が大地を揺らした。クチンスカヤとアバカロヴァは小さなを悲鳴を上げながら身をかがめて頭を守る。
樹木は倒壊し、危うく倒木の下敷きになりかけたバウムガルトナーはロケットが飛んできた方向に顔を向けて怒る。
「この発射音は多連装ロケット砲ネーベルヴェルファーか、私がいるのに命中精度低い無誘導ロケット弾使わないでよね!全く誰、あんな凶悪兵器をここに配備させた人は、おかけで死にかけたわ」
後ろでは袖や襟に砲兵を示す赤の兵科色がついた軍服を着た男たちがせっせとロケットを装填している。
タイヤがついた台車に載せられた多連装ロケット砲の側で砲兵たちは愚痴る。
「全く、配備が間に合って良かったな」
「あぁ、敵が死ぬ気でこの高地を守ってくることぐらい想定済みだ、射程は短いが一網打尽にするにはちょうどいい。アーデルハイト少佐め、ようやく戦闘の心得が分かってきたらしいな」
アーデルハイトの計らいだとは知らないバウムガルトナーは機関銃を抱えて蹂躙された敵陣を踏破していく。その下に砲撃で掘り返された土に埋まっていたクチンスカヤとアバカロヴァに気づかずに。
「…ぷはっ…!誰だ!私を踏んづけて言ったやつは!…あれ?アバカロヴァ?どこ?」
少し遠くに雪に埋もれていたアバカロヴァの手を見つけると急いで駆けつけて引っ張り出した。その勢いでクチンスカヤはアバカロヴァの下敷きになってしまった。
「お…重い゛…」
「わっ、失礼失礼」
お互い生存を確認するとクチンスカヤは胸をなでおろして安堵する。だがすぐに敵に戦線を突破されてしまったことを思い出した。
「あ、まずい!敵を通してしまった!追いかけよう!」
「うん!」
各々が戦闘に従事している中、シュヴァルツも例外じゃなかった。
拳銃で発砲しながら敵兵を殺戮して今ちょうど最後の一人を殺し終わったあとだった。
「この小隊は壊滅したな、兵器を鹵獲して高地を目指そう」
かがんで敵が持っていた銃を吟味する。
「扱いやすいPPSh−41、PPS-43とかの短機関銃…DP28軽機関銃もあるな。弾はあるかな…?」
兵器漁りに集中していると、大尉は背後から音を消して迫ってくる人物にぎりぎりまで気が付かなかった。
「うわッ!!なんだお前っ!!」
背後からの斬撃を危機一髪で避ける。
そこには同じ国家黒十字軍の軍服を着た女が立っていた。手には銀色に光るサーベルを握っている。
「ほう、避けるか。今の斬撃を」
「お前何者だ、同士討ちとは感心しないな」
その女は切りそろえた明るい薄緑色の髪をしていた。サーベルを鞘にしまい白い手袋を装着した手を胸に当て紳士的に振る舞った。
「狼藉をまず詫びよう。私はローランス・フライスラー。武装法廷の指揮官だ。帝国に安寧の秩序をもたらす影の部隊さ、君のような怪物ちゃんにはこの高尚な理念は未来永劫理解できぬであろうな。どうだ怖いか?私は君を殺しに来たのさ、党の敵は帝国の敵、そして我らの敵だ、君は私の仲間を…ハリエッタとオッティリアを殺した。今その報いを受けさせてやる」
今にも切りかかってきそうなローランス、しかしシュヴァルツは呆れたように笑う。
「ははーん、さてはお前あれだな?戦争神経症だな?」
「…えっ?」
思わず聞き返す。
「狂った兵士がわけも分からず味方を攻撃してくるのはよくあることだ。シェルショックって言ったほうがわかりやすいか?戦争してると爆撃や銃撃で常に死を意識させられストレス反応となってパニックとか理性が欠如して凶行に走るやつが現れる。お前は典型的なそれだ。訳の分からない妄言で戦闘の邪魔をするな」
「い、いや…私は実は軍人じゃないんだ、お前に近づく為、中隊に潜入するのに必要だから着ているだけで味方じゃない。それに妄言じゃないぞ、私は正気だ」
「狂ってるやつほどそういうんだ。軍人じゃないだと?現実逃避か?逃げたくなる気持ちもわかる、だが逃げるんだったら敵前逃亡だぜ?さすがの俺でもソレは見逃せないかなぁ〜」
シュヴァルツの誤解が解けないまま話は進んでいく。ローランスはもう一度サーベルを抜いた。
「まだ誤解しているな!私は本当に君を殺しに来たんだ!もう一度言う、妄言なんかじゃない!今ここで殺してやる!」
「だからぁ〜!ハリエッタもオッティリアも知らねぇっつってんだろ!!しかもそれ妄言だぜ!俺を殺すなんてよぉ〜オォッ!!無理に決まってんだろ!やっぱりお前シェルショックだなッ!!軍規を乱す奴ぁ死ねッ!!」
二人はお互い走り寄って近づく。先制攻撃を仕掛けてきたのはローランスだった。
サーベルを突き出してシュヴァルツの顔面を狙うが大尉は引き抜いたワルサー拳銃の銃身で刀身を華麗にさばくと擦り合って火花が散る。
そのまますれ違うが素早く対応した大尉が銃口を頭部に向けるが、ローランスはサーベルの鞘を使って彼女の手の甲を振り返りざまに叩いた。
「痛ってッ!」
思わず拳銃を手放して丸腰になったしまった大尉へさらにローランスが迫ってくる。
「糞ったれがッ!!お前無敵かッ!!」
地面に突き刺さっていた銃剣を握るとそのまま白刃戦へともつれ込んだ。
短い銃剣で必死に対抗するも威力も範囲も桁違いのサーベル相手では太刀打ちできずに翻弄される。
「あははっ!踊れ踊れッ!蝶のように舞わせ、蜂のように刺し殺すッ!!」
段々と敵の動きに遅れを取っていく。身体を切りつけられ血が飛び散る。小さなうめき声をあげる、苦痛で顔が歪んでいく過程を明らかにローランスは楽しんでいた。
「もう終わりか?私の復讐劇を彼岸の彼方に追いやる気か?」
「…なぁ〜にが復讐劇だ、茶番だ茶番。グラン・ギニョールの見世物だ。粗製濫造の劇作になんて付き合ってなんてやれないな」
「…はン、血まみれで何を言う、説得力がないな。地獄に送ってやる、あの世で二人に謝罪しろ」
「てめぇが行けッ!!さっきからふざけやがってッ!マジで怒ったぞ!!ふざけるなッ!屈辱で這いつくばらせてやる!その両の手を、前足にされる覚悟はいいか!!」
「やってみろ!」
シュヴァルツは木を蹴り上げて空中へと展開するとローランスの頭上に出る。銃剣を握って固定したまま雄叫びをあげると彼女も剣先を上へ向けて串刺しにしようと突き上げた。それを銃剣の腹で弾くと大尉の刀身は砕けてキラキラと飛び散る。
「やったぞ!これでまた丸腰だ!」
すぐ側に着地した大尉へ向け改めて止めの一撃を加えようと身体の向きを変えた瞬間、いくつもの発砲音と共にローランスの身体に風穴が空いた。
「ぐあ゛ぁっ…!!」
よろめきふらつくローランスはそのまま地面へと倒れた。大尉が拾い上げていたのは先程叩き落された自分の拳銃だった。
「上からの攻撃だと判断させてサーベルを上へ向ける。だが俺の目的は地面の拳銃を拾うこと。俺が着地点をその拳銃に定めていたことと、上に向けたサーベルを低い位置にいる俺へと向けるまでに時間がかかること。それが読めなかったのがお前の敗因だ」
うっかり彼女が落としてしまったサーベルを拾い上げて振るい自分の血を落とす。そのままゆっくりと歩み横たわるローランスを見下ろした。
「わけわかんない奴のくせに俺をここまで苦戦させたのはすごいと思うぜ、一応敬意を払おう」
剣先を心臓へと向けるとなにか言い残すことはないか、と聞く。
口から血が流れ出る彼女は虚ろな目で呟いた。
「お前みたいな人間に負けるんだったら私は幸福だ。いやむしろ……敵がお前で良かった。
強い勝者には強い敗者が必要だからなぁ、私の負けがお前の意志を強くするんなら敗者冥利に尽きる…って言うのが本音だなんて言ったらあの二人に怒られてしまうな、最後に聞きたいが本当に二人を知らないんだな」
「知らねーよ」
「そうか…じゃあお嬢様のオッティリアも、女たらしのハリエッタもお前にたどり着く前に誰かに始末されたんだな。お前とおんなじくらい強いやつ、近くにいるか?」
「いいや、いないな」
ローランスはニヤリと笑った。
「…嘘つき」
その後彼女はゆっくりと目をつむり二度と開くことはなかった。
「結局お前たちは何者だったんだ。よくわかんなかったが、知りたがらないほうがいいかもな。余計なことも知っちゃいそうで」
力んでいた両腕から力を抜きサーベルを死体の頭上に墓標に見立てるように突き立てた。
結局何も分からなかったシュヴァルツは対北ナ連戦を続行しようとするが大尉も少し歩いたところで戦傷によって力尽きてしまった。木に寄りかかったまま深い息を吐いて目を閉じた。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




