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第五十七話 止まない弾雨など無い

紅旗軍による砲撃は止む気配がない。砲撃は雪原の地表をぐちゃぐちゃにしまるで月面のような無数のクレーター跡が残る場所へと変貌していた。

そこが数時間前まで美しい雪景色だったとは誰も信じないだろう。


「この砲撃が続く限りは黒逸も下手には動けないな、おまけに私達が前線で狙撃銃を構えている限りはまともに近寄ることすらできないわ」


クチンスカヤは戦車を掃討し一息ついていた。


「アバカロヴァ、他の兵士たちはどうなっているの?」


「うん、戦車の砲撃と機銃で損傷を受けて一個中隊が再編成しなきゃいけなくなっているって聞いてる、詳しくはわかんない」


「じゃあまだ全滅判定にはならないね、このまま戦闘を続けられそうだ」


日は傾き始め次第に空が茜色に染まり始める。砲撃は一段と激しさを増してきた。


「友軍も力入れているねぇ、すごい砲撃だ。地形変わっちゃうんじゃないか?」


「この砲声じゃあ今夜は眠れそうにないわね」


二人用の塹壕の中でぼ〜っと戦場を眺める二人、だがクチンスカヤはある違和感を感じていた。


「(…何か…おかしい。…なんだこの違和感は…なんか友軍の砲撃の数が増えている気がする…敵でもいるのかな…?)」


不審そうに戦場を見つめる眉をひそめるクチンスカヤ。しかしその違和感を確信的なものにさせたのは二人の近くに着弾した一発の砲弾だった。


雪で液状化した泥が飛び散る。アバカロヴァは友軍の砲陣地に顔を向け文句を垂れる。


「味方を殺す気かッ!!砲兵しっかりしろぉーっ!!…ったく、弾道調節ミスってるやつが混じっているね、新兵かな?危うく殺されるところだった」


「…いや、()()()()


「ふぇっ…?」


クチンスカヤは頬の泥と共に汗を拭う。恐ろしい真実に気付いてしまい鳥肌が立つ。


「してやられたッ!!クソっ…!アバカロヴァ!ここにいちゃ不味い!!」


慌てふためく彼女をアバカロヴァは必死に落ち着かせる。そして説明を求めた。


「どういうこと?今の誤射じゃないの?」


「アバカロヴァは雪原に着弾する砲撃が増えたことに気付いた?」


「うん、敵がいるわけでもないのに随分と派手にやるなぁと」


「…いい、よく聞いて。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


説明されてもアバカロヴァの頭上には疑問符が浮かぶ。


「砲撃っていうのは最初から目標に当たるわけじゃない、だから最初にある程度の仰角や射角、弾速を計算に入れて撃ってそれから微調整をしながら目標に着弾地点を近づけていく、それが砲撃ね。

そしてそれを黒逸はすでに行っていた」


その意味を聞いてアバカロヴァの表情は徐々に青ざめていく。


「じゃあ友軍の砲撃の数は変わっていなくてそこに黒逸の調節の為の砲弾が混ざったから激しくなったように感じていた…?」


「私でさえ気づけなかった…きっとバレないように数発ずつ撃っていたんだ。


私達の砲撃が利用された!私たちに気づかれずに…撤退する余裕すらも与えずに確実に仕留める為に。海水浴中に放尿しても誰にも気づかれないのと同じように、私たちの砲撃や砲声で常に轟音が鳴り響く戦場で黒逸の砲撃が炸裂しようが誰にも気づかれない!そうやって調節してきていた…そしてその一発が今ッ!私の側で着弾したッ!!

地獄が来るぞ、怪物(やつ)と共に!」


クチンスカヤは最低限の持ち物の小銃だけを持って塹壕を抜け出した。


「ちょ…どこ行くの!?待って!」


「待避壕!泥で生き埋めなんて御免だわ!」


二人が持ち場を離れた瞬間、すべてを薙ぎ払うような砲弾の鉄風雷火が高地を襲った。


黒逸の陣地から発射される無数の重榴弾がやってくる敵兵を迎撃しようと塹壕で待機していた紅旗軍兵士を土砂ごと吹き飛ばした。


「何が起きているんだ!」


チェルニチェンコ兵長も異変に気づき動揺する。


「どういうことだ!?もう紅旗軍の砲撃は終わったはずだ、それなのになぜ砲撃が聞こえるんだ!まさかっ…敵の攻撃かッ!?」


森のあちらこちらで砲撃が炸裂する。その度に地面が揺れる音と砲撃の爆音。爆風で木々がきしむ嫌な異音が響き渡る。


二人はそんな砲撃の雨を抜け出すように駆け抜ける。


「(こんな小癪な手段を思いつき、そして実行させるように部隊を動かせる人物はやつしかいない…黒い怪物(やつ)しか…!)」


クチンスカヤの予想どおり、かの怪物は双眼鏡を覗き込みながら感心していた。


「おお、すっげぇ。まるで花火工場の爆発事故だ」


ワクワクしているシュヴァルツ大尉のもとにバウムガルトナーが寄ってくる。


「あの…やっぱり航空支援を要請した方がより安全じゃないですか…?砲撃だけじゃ心もとなくて…」


「言ったろ?俺たちが前線押し進め過ぎたせいで近くの飛行場は建設が間に合っていないんだと。ちゃんとした飛行場に要請しても到着するまで時間がかかる。

それまで待っていられるか。チャンスは一度、賭けは一回。

運命がカードを混ぜたならばそれがどんなに不利な手札であれ戦うしかないのだ」


シュヴァルツ大尉の背後にはSd Kfz 251輸送車が最前列に並べられている。乗り込んだ兵士たちも機関銃や小銃を持って準備万端だ。


「さぁ戦闘(コール)だ!この賭場の上だけで勝負の終わりを始めるぞ!」


大尉が指を鳴らすと兵員輸送車は前進し大尉の横を通って戦場へと繰り出した。


「俺たちも行こうか、軍用車の操縦は少尉に任せた」


「了解です!すぐに地獄へ向かいましょう!」


「…あれ?リーブルント准尉は?」


「私の部下の小隊と共に出撃しました、でも安心してください、私が大尉を守りますよ」


半装軌車である輸送車は凸凹の戦場を悠々と超えてくる。

黒逸の砲撃も止む気配はない。敵陣を砲撃し続けているがそれでも生き残っている敵兵たちは塹壕から銃撃を仕掛けてきた。


「黒逸を押し返せ!俺等が最後の砦だぞ!!」


必死に応戦するが輸送車の装甲は貫けない。逆に主武装として装備されているMG42機関銃の嵐のような反撃を食らう始末であった。

その機関銃を操縦するのはあのリーブフント准尉であった。


停車した輸送車から武装した歩兵たちが展開するとクレーターの中に身を潜め飛び交う銃弾を避ける。

輸送車の銃座に残ったリーブフント含め兵士たちが機関銃で制圧射撃を行い敵の動きを抑制した隙に歩兵が前進する。そんな戦闘を繰り返している。


後退が許されない紅旗軍兵士たちは徐々に距離を詰められ黒逸兵たちの容赦ない一斉射撃によってボロ雑巾のように殺されていった。


「お、俺たち…頑張ったよな…たまたま生き残って…こうやって敵兵と戦って死ねるなんて…う、…運がいい…んだ…なぁ……」


塹壕の中で横たわる敵兵のうわ言は追い詰めてきた歩兵たちの銃撃によって途切れた。  


もうすぐ日が沈んで夜がくる。黒逸の砲撃ももう止んでいた。


キューベルワーゲンに乗ってやってきた運転手のバウムガルトナーとシュヴァルツは静まり返った戦場に降り立つ。


「静かだな。そして案外すぐに決着がついた」


「敵も私達の砲撃で大半が死亡、または退却していたみたいですね、死に損なった敵兵だけが無駄な抵抗をしていたみたいです」


「じゃあこのまま高地に向けて進軍するか」


大尉は戦い終えて塹壕で戦利品を漁る戦友たちに呼びかけた。


「よく聞け第54歩兵中隊!俺たちは想定より早く進めている、だから存外余裕ができた。今晩は四時間の睡眠時間をとってやる。ゆっくり休め」


大尉の言葉を聞いた兵士たちははしゃぐように喜んだ。兵士たちは口々にシュヴァルツを持ち上げる。


「さすが大尉だ!俺たちの希望をよくわかっておられる!」


乱舞する第54歩兵中隊の様子を見ていた他の中隊の兵士たちは羨ましそうな表情をしながら疑問に思っていた。


「おいおい、第54歩兵中隊の名物だったシュヴァルツ大尉が一体どうなっちまってんだ?部下を労るなんて異常だぜ」


「やっぱり頭やられてから人格変わったって噂は本当だったみたいだな。俺もあんなかわいい女の子が指揮官の中隊に配属されたかった〜」


その夜はいつもと血と火薬の匂いが不愉快な寒い夜だった。敵から奪った塹壕の中にしゃがみバウムガルトナーとシュヴァルツ、そしてリーブフントは身を寄せ合い毛布を横にして身体に掛けていた。


「他の中隊の人たちが私達の隊を羨ましがっていたのが面白かったですね、大尉が変わられたお陰で第54歩兵中隊の評判も上がりそうです、今回の作戦の第1段階の成功は大きいですよ〜」


少尉は自慢げに語る。シュヴァルツはそんな少尉を横目で見ると視線を地面に落とした。


「なぁバウムガルトナー、俺の中身が男だって言ったらどうする?」


「…男、ですか?」


「あ、いや…何でもない、ボケがつまんなくて悪かった」


シュヴァルツは何気なく聞いてみたがすぐに撤回した。すると彼女は大尉に甘えるように頭を肩に預けてきた。


「どうもしませんよ、私は()の大尉が好きですから。私に暴力を振るったり、部下を酷使させたりしない大尉が好きです。性別なんて二の次ですよ」


「そうか…」


シュヴァルツはバウムガルトナーの頭を優しく撫でながら夜の底で目を閉じた。

初戦は楽勝を勝ち取れた大尉、しかしまだまだ雪の戦場からは出られそうにない。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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