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第五十八話 今宵、仇敵を討て!

一人の女性が弱った電球の光の下のベッドでシーツをまとって座っている。黒いランジェリーの下着姿の彼女はどうやら客引きに成功した売女(ばいた)らしい。


「私を買ってくれたお客さんなんて久々だわ、しかも女の子に♪ワクワクしちゃうわ〜」


彼女を買った人間は黒髪のショートボブで後ろ髪を短くまとめている。硬いスーツ姿の彼女は明かりの届かない部屋の隅っこで自分の荷物を漁っていた。


「…やはり似ているな、長い白髪、絹のように美しい肌、そしてその口調…」


「えっと…お名前は確か…ハフナーさん、ハリエッタ・ハフナー、でしたわよね?早く()()()させてほしいわ」


「まぁ待て娼婦、まず始める前にこれを着てくれないか?」


その手には何やら一着のおしゃれな服が乗っていた。高級そうな衣服に金に強欲な街娼の目は釘付けになる。


「私へのプレゼントかしら?」


「思い上がるなよパン助如きが。この服は帝国でも一、二を争う洋服屋が仕立てた天衣無縫の品物だ。お前みたいな下劣な街娼にゃ二度と着られないような一級品さ」


ハリエッタと呼ばれるスーツ姿の女は目線を洋服へと向ける。


「私の友達のオッティリアはさぁ優しかったんだよなぁ、毎晩私の身体を慰めてくれたんだ。でも恥知らずのお前と違ってオッティリアは純情で、彼女なりに歪んだ私の心を満たそうと一生懸命頑張ってくれたんだ。不器用で無知蒙昧(もうまい)、温室育ちのお嬢様。


でも死んだ。いや、殺された。この衣服はそんな私の仲間の遺品だ」


そう言うと若い娼婦へ向かって衣服を放った。


「今晩はお前がオッティリアになれ。そして私の心と身体を慰安しろ」


凄まじい剣幕に震え上がった娼婦は小刻みに動く手で服を掴む。


「あ…、あなたは一体…?」


彼女はニヤリと笑う。常人じゃない、誰の目で見てもわかるぐらいの恐ろしい邪気を醸し出しながら口を開いた。


「結束党の秘匿部隊、武装法廷ヴァッフェンゲリヒツホーフの一員ハリエッタ・ハフナー。今宵盟友の仇敵を討つ女だ。早くその服を着て私のオッティリアを演じろ。あいつはあの夜、私をイかせてから出ていった。そして帰ってこなかった。


今日は報復するにはちょうどいい日だ、そして、オッティリアに会いに行くにはもっといい日だ」


静まり返るヴァーブゲンの森。敵を蹴散らしたシュヴァルツと兵士たちは敵から奪った塹壕の中で眠りについていた。


寒さで肌が染みる。皮膚が裂けるような寒さとは別の感覚でバウムガルトナーは目を覚ました。


「…寒っ…うぅ…トイレ行こうっと…」


睡眠をとるリーブルントとシュヴァルツを置いて仮眠を取っている兵士たちの伸びた足を避けながら塹壕を移動して高地の麓に広がる森に入っていく。


しばらく暗い森の中を移動していた。夜風で揺れる木々の葉っぱの隙間からちらちらと射し込む月光が残雪に当たって小さくきらめいている。


「ここらへんでいいかな」


良さそうな場所を発見すると着ていた野戦服のズボンのベルトに手をかけ始める。ベルトを緩めてズボンを下ろそうと手を動かした瞬間、バウムガルトナーの背後から銃声が襲いかかった。


夜の空に響いたソレはリーブルントとシュヴァルツに寝ぼけ眼をこすらせた。リーブルントはすぐに目を見開き警戒し始める。


「落ち着けリーブルント、あれは敵兵の発砲だ。俺たちの睡眠を妨げるためにああいうことしてくるやつが時たまいるんだ。可哀想なやつさ、憎き俺たちに友軍を殺された挙げ句汗水垂らして掘った塹壕を奪われたのが悔しいんだろう。無視するのがお互いのためだ、寝るぞリーブルント……俺はもう…再睡眠できるぞぉ…フゴゴゴゴォ……ッ…」


人外の早さでシュヴァルツは再び夢の続きを見に行った。


「…」


リーブルントは何か違和感に気づく。それはバウムガルトナーが隣にいないことだとすぐに理解した。


しかしさほど気に止めず、さらに猛烈な眠気がリーブルントの睡眠を促した。

結局彼女もシュヴァルツの後を追うように重そうなまぶたを閉じて寝てしまった。


銃口から伸びる硝煙が風で揺れる。小岩に伏せ茂みから銃撃したのはハリエッタだった。


「命中したな、さぁ逃げろ逃げろ。悪夢は始まったばかりだぞ」


肩に攻撃を受けたバウムガルトナーは出血する患部を抑えながら木々を伝って歩く。


「痛ったぁ……ッ……」


痛みに耐えながら思考を巡らす。


「(敵兵?私のことが見えたの?この暗闇で…。それとも…奴ら、か。だとしたら少し不利ね、一回大尉のもとに戻って立て直したほうが……)」


おぼつかない足取りで帰ろうとするも、ふと歩みを止めた。


「いや、違うな。このまま帰れば眠っている中隊のもとに狙撃者を案内させることになる、きっと相手もそれを狙って私を一発で殺さなかったんだ。私に案内させてほしいんだね、あなたの大尉(もくひょう)のもとに。そうでしょ?武装法廷ヴァッフェンゲリヒツホーフの隷属者」


バウムガルトナーは銃声が発生した場所へ目を向ける。ハリエッタとの距離、約50メートル。


月明かりが漂ってきた浮雲に遮られ辺り一帯は真っ暗闇に沈む。


「さすがの私の夜目でもこの暗さは堪らんなぁ。散弾に切り替えて広範囲を攻撃するとしょう」


ハリエッタは引金が2つついている珍しい銃を携帯している。指をもう片方のトリガーに移すと銃身を前に向けて引き金を引いた。


ズドンズドンと重々しい散弾銃の音が響く。バウムガルトナー木の裏に素早く避難して身構えた。


「応戦しなきゃ…!」


彼女はホルスターから拳銃を抜くため腕を動かそうとするが肩の傷口に電流が走ったような痛みが身体の神経を駆け抜けた。


「……ッ!!腕が……ッあまり動かさないほうが良さそう…このまま肩の筋が切れたら…腕を一切動かせなくなる…!」


必死に息をひそめる彼女に狩人は近づいてくる。

中折式の銃身を折ると散弾の空薬莢が地面に転がる。


「出てこい怨敵よ、逃げないで私と戦う選択を選んだ勇気は称賛しよう。だが同時にお前は哀れだ。敬服と侮蔑の双極がお前だ。さっさと仲間のもとに行かないと傷が痛んで開いていくぞ。失血死を望むのか?それとも私との闘争を望むのか?諦めてシュヴァルツのもとに向かって逃げろ、あとは私がお前を追いかけてシュヴァルツを殺して全ては終わりだ。お前は見逃してやる。

18.5ミリ口径の散弾を食らって生き腐りたくなければ、五体満足で余生を歩みたいのであれは素直に案内しろ」


銃弾を装填して銃身を戻すと暗闇に潜むバウムガルトナーを探し始めた。


「馬鹿言わないで」


バウムガルトナーは口答えをする。


「シュヴァルツはまだまだ敵兵を殺さなきゃいけないの、だって産まれながらの怪物だから。私は大尉が敵を殺し尽くしている様を永久に見ていたい、那由多の果てまで眺望していたい。それをどこの馬の骨とも知らないあなたにその夢を散らされるなんて許せないよ」


声が森に響く、ハリエッタは声のする場所を特定しようと見渡すが反響していてわからない。


「この暗闇でも散弾で撃ちまくれば確実にお前に当たる。散弾食らったら悲惨だぞ」


「そう?じゃあ撃ってみれば?」


ハリエッタは近くの茂みに銃口を向けて引き金を引く。散る火花とグシャグシャになってボロボロと舞う葉っぱたち。その後も容赦も遠慮もなく構わず散弾を撃ちまくる。


「…銃声で応援が来てくれるまで引き伸ばすつもりだろうがそれは叶わないぞ。両軍、威嚇か睡眠妨害の為の発砲だと思っている。誰も来ちゃあくれないさ」


また装填し始めた。その瞬間を狙っていたかのように木陰に潜んでいた()が姿を現した。

バウムガルトナーだった。彼女は片手で持った拳銃をハリエッタへ向け発砲する。


彼女もすぐに木の陰に隠れて銃撃をやり過ごす。


「ふふふ、片腕が不能か…さぞ戦いにくいだろう」


一人ほくそ笑むハリエッタへの攻撃は弾切れという形で一旦収束した。

再び木陰に身を隠すとからの弾倉を捨てて拳銃を置き、ホルスターから替えの弾倉を取り出し装着する。


「…ぐっ……ッ!!」


彼女はなんと拳銃のスライドにガッチリ噛みつき本体を動かすことで弾倉の弾を薬室へと送った。


本来両手で行う拳銃のスライド操作を片腕と歯茎で行ったのだ。

両者弾は込められている。あとはタイミングを見計らって敵を撃つだけだ。


お互い相手の気配を探る。そのまま静かな時が流れるがお互い同時に木陰から影をまとって同時に飛び出し銃口を差し向ける。


「殺してやるッ!軍歌のようにッ!!」


「死ぬのはあなただ!!」


ほぼ同時に発砲。(くすぶ)る煙と散る火花。互いの殺意がこもった鉛は拮抗し合うように、そして迎撃するように接近する。無数の散弾と一発の拳銃弾。


多少ぶつかりながらも舞う散弾を跳ね除けて突き進む鉛の弾丸は散弾の雨を抜けその先にいた無防備のハリエッタの胸に命中した。


反対に空中を覆うような散弾がバウムガルトナーに迫っていた。丸い弾丸が彼女の身体を穴だらけにしようと襲いかかろうと迫った瞬間、その散弾の軌道は太い木の幹によって遮られた。


木の幹についた無数の着弾痕から煙が立ち上る。

バウムガルトナーは散弾が自身に到達する前に木の裏に滑り込めた為無傷でいられたのだった。


「あなたがぶっ放しながらお散歩していたときに必死に頭を巡らせていたわ、私がいた木からあなたに会敵して、そして散弾を防げる太さのこの樹木の裏まで駆け込めるまでの計算の時間をくれてありがとう」


ハリエッタは口から吐血しながら力が抜けたようにガックシと倒れた。


敵と会敵したバウムガルトナーは一人でその相手を圧倒したのだ。だがまだ終わりじゃない。バウムガルトナーに残された仕事、それはハリエッタから敵情を引き出すための尋問だ。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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