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第五十六話 一心同隊

クチンスカヤとアバカロヴァのみ二人は迫りくる黒逸の戦車隊にダメージを与えられずにいた。


山中で最前線からの無線を受けた二人の上官チェルニチェンコ兵長は野戦電話の受話器を外して耳に当てた。


「…アンドレイ指揮官ですか。()()からですよ。そうそう、第45狙撃連隊の兵長チェルニチェンコです。砲撃許可をお願いします。すでに野戦砲陣地には連絡はすましてある。

射角は完璧だ、座標も狂いはない、砲弾も込めてある。だが戦車隊(やつら)を屠るのは指揮官の指示だ、さぁ命令(オーダー)を」


パパことチェルニチェンコは受話器を持ったまま微笑した。そして静かに電話を切った。


「良かったなクチンスカヤ、これより砲撃を開始する。黒鉄の虎戦車を狩れるのは彼女だけだ」


どうやら砲撃の許可が下りたらしい。対戦車ライフルを構えたクチンスカヤは隣にいるアバカロヴァを誘う。


「アバカロヴァ、私のそばに来て」


「えっ…どうしたのいきなり…」


「いいから」


誘われるがままに彼女はピッタリと身体をくっつけた。


「な、なに急に…?もしかして怖くなったの?」


「違うよ、このPTRD、自動で自動排莢機能を持つロングリコイルがあるんだ。射撃時の反動で銃身が後退、ボルトのロックが外れて銃身が元の位置に戻るとに勝手に空薬莢を排出してくれるんだけど時々不調なのか排莢してくれないんだよね、だからその時手動でボルト動かして私のかわりに排莢してくれる?」


それを聞くとアバカロヴァは少し残念な顔をした。


「なんだ、『死ぬときは一緒だよ』とか言ってくれるのかと思った」


「あはは、まさか。アバカロヴァは死なせないよ」


清らかな微笑を浮かべるクチンスカヤ。アバカロヴァにはその笑顔が敵を殲滅するという純粋なる暗黒の意志を持った天使の微笑みに見えて仕方なかった。


「作戦の再確認だ。まず味方の中戦車部隊が砲弾を撃ち込みながら敵軍を牽制する。その後に歩兵部隊は敵軍の背後に回り込む。そして歩兵部隊が敵陣地に突撃して白兵戦に持ちこむ。これで行こう」


前線で作戦を戦闘を控えた中隊の兵士に伝えるのはシュヴァルツ大尉だ。


「電報来ました、まもなく戦車隊到着とのこと」


「OKバウムガルトナー、じゃあ大尉らしく隊員全員に声かけて回るか」


大尉は他の中隊の兵士一人ひとりに声をかけていく。同い年ぐらいの少女兵の姿もいたが基本的には青年や成人の男ばかりである。

小さなシュヴァルツはグイグイと距離を詰めて見知らぬ中隊の兵士たちと話す。


「おいお前達、まさかこの戦いの後に結婚する予定のあるやつなんていないよな?」


「ハハ…大尉、俺たちみたいなのと付き合ってくれる女なんていませんよ」


「なら良かったな、この戦争が終わっても生き残れるぞ」


冗談を言いながら他の兵士と戯れる大尉は朗らかに笑っていた。まるで戦争という現実を忘れたかのように。


シュヴァルツのお陰で別々の中隊の兵士たちは心を通わせ仲間意識を産ませていた。


「俺たち第54歩兵中隊…いやッ!全中隊集まって第20歩兵大隊だ!戦車(パンツァー)の後に続くぞ!!」


兵の戦意は高かった、このまま順調に行けば勝てる。そう誰もが思い込み始めた矢先、一発の轟音と共に大地を揺らした。


音に驚き羽ばたいていく鳥たち。木々に積もった積雪は音を立てて降り注いできた。


「まさかっ…!」


シュヴァルツは双眼鏡を覗き込む。

そこには雪原の雪を土ごとまくりかえす威力を持った榴弾が山を超えて降り注いでくる光景が目に飛び込んできた。


白い雪を巻き上げてえぐれる雪原。まっすぐ走っていた戦車隊たちは思わず車体を傾けて回避運動を取りながら速度を上げた。


「戦車を砲撃する気だ。だが精密な砲撃など電脳でもなきゃあできんだろ」


大尉はどこまでも落ち着いている。しかしまだ誰も知らない。これまで無傷であった戦車隊が狩人の魔弾に襲われることを。


小さな塹壕から身を出して長い対戦車ライフルの銃身を土嚢に預け射撃の準備をとる。


「いい砲撃だ、明らかに動揺して焦っている」


戦車は敵の砲撃をかいくぐりながら前進してくる。砲身を敵兵が潜む山へ向け砲弾を放つと彼女たちの近くに着弾する。

その衝撃で巻き上がった雪が身体に降り注ごうとも二人の視点がズレることはなかった。


砲撃の範囲が段々と狭まり乗員たちは少し焦る。


「車長!前からも後ろからも砲撃が迫ってきています!!」


「何を恐れている!全速力で砲煙弾雨を切り抜けろ!!」


黒逸の戦車兵たちは次第に余裕がなくなっていった。迫る砲撃を勢いに任せて切り抜けようとする戦車が殆どだった。


「その角度…もっと速度をあげろ…もっと…もっとッ!!」


クチンスカヤの表情は次第に獲物を前にして興奮する狩人の目と同じ輝きを持ち始めた。


「砲撃が獲物を追い立てた。あとは…私が狩るのみ」

 

躊躇なく引き金を引く。ものすごい銃声とともに飛び出したライフル弾は緩やかな楕円を描きながら敵戦車が撃つ無数の砲弾をすり抜けて一輌の正面装甲の覗き窓に飛び込んだ。


飛び込んできた銃弾は車内の乗員の身体に大穴を空けながら跳ね回りエンジンルームに着弾すると爆音と共に黒煙を吹き出して爆破炎上した。


黒逸が誇る戦車の一つがいともたやすく走行不能に陥ったのだ。


「…よし」


クチンスカヤが気張った表情を緩めるとアバカロヴァは感心したように言った。


「車体でも履帯でもなく…戦車兵を直接狙うとは…神の御業(みわざ)としか言いようがない…」


「私とアバカロヴァは一心同体、このまま銃弾が尽きるまで殺し尽くそう」


「了解だぁ!」


アバカロヴァは機能しなかった自動排莢機能の代わりにボルトを動かして空薬莢を排莢した。


活気が戻った二人の活躍は止まらない。連射を続ける度に戦果と共に犠牲がまた一つ、また一つと増えていく。


ある一発がとある戦車に命中し車体を揺らした。


「どこ狙ってやがる!俺たちの正面装甲を貫ける弾は存在しねえぞ!!すぐにやり返せ!」


勢いづく乗員たち。だがすぐにクチンスカヤの凶弾の恐ろしさを身にしみて実感するのだ。


「だめだ!撃てない!」


「何を言っているんだ!弾込めはもう終わっているのだろう!」


「主砲の砲身を攻撃されて凹んでいる!このまま撃てば暴発するぞ!」


「なんだと!?私が確認する!」


「車長!?危険です!今身体を出すのは…」


車長は砲塔から身体を外に出して驚きの光景を目の当たりにする。


「ッ!?なんということだ…砲身が…ッ!」


狙撃により歪んだ砲身、これでは撃つことができない。そして追い撃ちをかけるように新たな凶弾が彼を襲った。


「あ」


その瞬間には車長の頭部はライフル弾によって弾けた。あたりには顔面を構成していた組織が肉塊として散らばる。


「う、うわァァーっ!!」


頭部が消え失せた車長の体がぐったりと車内に落ちてきたことによって乗員は軽いパニックに陥った。


次から次へと戦車を滅ぼしていくクチンスカヤ。彼女の得意技となった正面の覗き窓に銃弾を飛び込ませる神業で戦車を次々爆破させるともはや走行可能な戦車は一輌もなくなった。


雪原には黒焦げの状態で黒煙と炎を上げる戦車の残骸の群れが無惨に横たわるだけである。


その地獄のような光景を作り上げたのは何を隠そう、うら若き少女の狙撃兵、クチンスカヤとアバカロヴァの二人なのだ。

クチンスカヤは仕事を終え立ち上がると対戦車ライフルを肩に担ぎ白い息を漏らした。


「地獄が来たぞ、私と共に!」


一部始終を見ていたシュヴァルツもその光景には身震いし持っていた双眼鏡を落とした。

しかし彼女は絶望したわけではない、むしろ武者震いしていたのだ。

しかし依然として窮地に立たされているのは事実だ、なにせやってきた戦車隊が全滅したのだから。


「作戦を一部変更する。味方の砲兵に連絡しろ。


…まずいな敵軍の砲撃が段々迫ってきている…調節し始めたな…こうなったらもう戦車無しで行くしかないんじゃないかな?」


その発言にさすがのバウムガルトナーもやんわりと苦言を呈す。


「えっ…!大尉、それは…一回撤退してもう一度戦車隊を編成しましょう、今度は重戦車大隊にお願いしておく…」


「いや、だめだ。あの敵陣にいる死神の首をとらない限りどんな傑物の重戦車でもいっしゅんで屠られる、それに黒逸の戦車はガソリンエンジンを使用している、また同じ攻撃を喰らえばこの惨劇の再演を見ることになる。もう戦車が爆破炎上するのは見たくないぜ」


兵士たちが不安そうなのは表情でわかる。大尉だって選べる選択肢が少ないことは十分理解していた。

小さい少女の彼女は決意する。覚悟を持ってみんなの前に背中を真っ直ぐにして立った。


「突き進めば砲撃食らって死ぬかもしれない。だが作戦にない撤退をすれば確実に死ぬ、いや殺される。きっと敗北主義者と罵られ帝都の街頭に吊るされるだろう」


彼らはわかっていた。もしここで退けば軍の上層部からどんな制裁が下るかわからない。行くも退くも地獄、そんなこと軍人である彼らが一番わかっていたことだった。


それでもシュヴァルツは声を荒らげた。まるでそんな不条理に抗うが如く。


「墓場は戦場がいいか!内地がいいか!それが違うだけで何を躊躇(ためら)う必要がある?

それに後方には何十万もの大軍が待機してくれている。あそこの高地から敵を追い出して敵国本土に我が戦車を送り込んでやるんだろ?

高地を制圧して友軍が到着するまで死守するんだろうッ!?

戦車隊は散った、無惨にも散った。だが彼らの死は犬死にか?いいや違う!散った花に価値を見出すのは我々だ!死者に意味を与えるのは生者である我々だ!敵は眼前!奴らを前に報復をしなくて何が黒逸か!何が国家黒十字軍第1装甲師団の端くれかッ!!」


大尉の心のこもった演説に悲観していた兵士たちも徐々に奮い立つ。


「そうだ…仇を討たなければ…!我々が行かねば!」


兵士たちの戦意は先程以上に高揚していた。


「我ら中隊は一心同体!血ではなく絆で繋がった家族だ!見敵必殺!さぁ!これより地獄へ突貫す!」


シュヴァルツ大尉たちによる仇討ちが始まろうとしている。激突する黒い怪物と白い未亡人、そして二人を飲み込むは、地獄!

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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