第五十五話 雪原の狩猟者
降り積もった雪は若干溶け、銀世界から原風景が浮かび上がっていた。それでも過酷な環境であることには変わらない。
シュヴァルツたちは農村でアーデルハイト少佐から指示を受けていた。
「私はこの村で各部隊に指示を出さなければならない、君は中隊を率いて先に平原で待機だ。そこに別の中隊の仲間たちがいる、自分たちの兵をそこに導いてやってくれ」
「あぁ、任せろ!」
「準備が整ったら戦車連隊から対戦車戦を見越してIII号戦車、そして火力支援の為にIV号戦車が送られる、そいつらが前に出たら一斉に攻撃を仕掛けるぞ」
少佐は大尉から後ろにいた少尉にも目を配らせた。
「任せたぞ、バウムガルトナー少尉と…えっと…」
「リーブフント准尉ですよ!」
「おぉ、そうだったすまない」
三人は半装軌車のSdKfz7に乗り込むと村の基地に残した少佐や兵士たちに手を降った。
車列が動き始めると下士官たちも歩いて随伴して出兵していった。
笑顔で見送ったアーデルハイト、すると部下の一人が手紙が入った木箱を抱えて来てそれを少佐の足元にドサッと置いた。
「少佐、これ戦場から野戦郵便で送られてきた手紙です。中確認して検閲印押したら帝都まで郵便で送ってくれませんか?」
「…それは君が任された仕事じゃないのかな?ならば君が…」
「どうせ暇なんだしいいじゃないですか、お願いしますね」
男の兵士はそう言うとくるりと背を向けて去ってしまった。すると彼は一人の兵士と合流する。
「いくらなんでも少佐相手にその態度は不味くねえか?」
「別に良くね?あいつ、王族ってだけで少佐になってる肩書だけの軍人だぜ、戦場で戦ってきた俺たちより下だ。それに泣きつく親ももういない、圧政敷いてきた執政者の子供だ、誰もが庇ってくれないさ。雑用押し付けとくのがいい利用方法だよ、またいつものように受け入れてくれるさ」
少佐は腰をかがめて木箱を抱え上げた。
「ほらな、行こうぜ」
二人の青年は去っていく。アーデルハイトはその会話が全て聞こえていたかのような弱々しい表情をしていた。
「(私は…なんのために戦場にいる…?私はシュヴァルツ大尉に望まれてここにいる。彼女が少佐である私を。でももう彼女は十分たくましい、彼女が私を望んでくれなくなったら…私の存在意義は……っ)」
大尉がいなくなる前とは違い随分と覇気がなくなった彼女はそのまま兵舎へと入っていった。
平原では皮膚が裂けそうなほど冷たい雪を下にして長い時間待機なければならない。
「う゛ぅ〜…さみぃ〜…戦車はまだ来ないのか?」
「シュヴァルツ大尉、戦車連隊長から伝令です、まもなく合流できるかと」
「オッケー。ええっと、お前は俺の中隊の奴じゃないよな」
「そうですね、それがなにか?」
「正直あんまり仲良くないだろ?、でも今回の作戦行動では一緒だ、仲良くしようぜってことさ」
戦闘準備は着々と進んでいった。それは黒逸側だけではなかった。
「おーいクチンスカヤー!パパから飯盒もらってきたよー」
「ありがとう、アバカロヴァ」
黒逸と対立している紅旗軍第45狙撃連隊の少女兵二人だ。二人用に掘った山の斜面の小さな狭い塹壕に座りアバカロヴァがフェイスマスクを外すと飯盒の蓋を外しビーフシチューを食す。
口を開く度に白い吐息が生まれる。
「美味しいわ、体が温まる」
「ほんとほんと、久々に固形物食べたよ。パパがこっそり『お前たちへ〜』って言って渡してくれたんだよ」
「チェルニチェンコ兵長もいいところあるね」
「バカ言え!いいところしかないだろ!」
二人は溶け切っていない雪が残る山腹で雑談に耽る。いつもの軍服の上に雪景色に溶け込むための白いカモフラージュスーツをまとっているせいでふたりとも少し着膨れしているようにも見えた。
するとその時、クチンスカヤは異音を聞き取った。
「…来たかも」
「…マジ?」
「戦車…かな?でもなんかガタガタうるさいんだよね」
二人は視線を山の麓の平原へと向ける。真っ白できれいな雪原だ。その丘陵を駆け上がって姿を現したのは黒逸軍の識別マークが描かれた戦車隊だった。
「黒逸の戦車隊だ!ついに攻撃を始めたぞ!!」
きれいに砲身を揃えて奴らは横一列になって向かってくる。
「どうしよう…あんなに本気で来るとは思ってなかった。こっちには戦車一台もないよ!」
「…」
クチンスカヤはじっと真剣な眼差しで敵戦車を見つめる。
するとニヤッと口角を上げた。
「だったらいいじゃん、私達の戦車の被害がゼロになるんだから」
「なに悠長なこと言ってるんだ!ざっと見ても敵戦車の数は二十輌…!もし見つかれば塹壕ごと木っ端微塵!」
彼女はなにも言わず塹壕の後ろの茂みに手を伸ばすとそこからなにか細長い形をしたスマートな銃器を取り出した。
「それは…デグチャレフPTRD1941!?対戦車ライフルッ!そんなもの置いてたの!?」
「2メートルもある代物だ、扱うのは初めてだよ」
それは戦車を撃破するためのボルトアクション式のライフルだった。銃身を塹壕の外に出して低い姿勢をとる彼女は動揺するアバカロヴァに指示を出す。
「モシン・ナガンを持って、アバカロヴァ。あなた猟師の家系でしょ?だったら鹿狩りを始めなきゃ」
「…そうだね、狩り返さなきゃ」
アバカロヴァの目つきが変わった。小銃モシン・ナガンを手に取りフェイスマスクを顔に被るとクチンスカヤと同じ体勢を取った。
「アバカロヴァ、スコープはどう?」
「重いし反射するからいらない。クチンスカヤこそフェイスマスクはどう?息でバレると思うけど」
「私は雪を口に入れておくからいらない」
手づかみで近くの雪を掴むとそれを口に詰め込んだ。
「はぁ、ひほふ」
履帯を回転させて迫りくる鋼鉄の戦車たち。クチンスカヤは長い対戦車ライフルで敵を撃破しようと試みる。
「側面を狙えよ〜クチンスカヤ!」
「(大口径を喰らえ、鬼畜共)」
引き金を引くと大音量の銃声と共に発生した爆風が辺りの草木の葉を舞わせた。
銃弾は雪景色を駆け抜けて襲来した戦車の一輌の側面に命中……したかに思えた。
「…ッ!?(弾かれた…!)」
銃弾は確かに戦車の側面に当たった、しかしなぜか跳ね返り雪原の雪に当たった。
「(嘘だ、あの戦車ぐらいなら貫通するかと…)」
「クチンスカヤ!よく見て!あの戦車、側面に装甲板を装着している!」
「…!」
よく見ると側面にもう一つ、なにか板のようなものが装着されていた。
「あれがクチンスカヤの銃弾を弾き返したんだ、とりあえず身体を出している戦車長を狙おう!撃破は止めだ!」
銃撃を浴びせ続けるアバカロヴァ、しかしクチンスカヤは衝撃のあまり攻撃の手が止んでいた。
「クチンスカヤ!クチンスカヤ!現実を受け止めろ!」
「(異音の正体は…あれかぁ〜〜ッ!)」
悔しそうに歯を食いしばる。襲来時に聞こえたガタガタやかましかった音の正体はこの装甲板から発せられた音だったのだ。
完璧な状態の黒逸戦車は意気揚々と向かってくる。
「へっ、さすがの北ナ連のライフル弾でもこの増加装甲『シュルツェン』は貫けねぇか!」
戦車兵たちは装甲板を取り付けただけで自信満々だ。今の戦況は一気に黒逸有利へと傾いた。
「(どうする、いくら対戦車ライフルといえども奴らの正面装甲を貫けるほどの威力はない…どうする私…どうする…ッ!!)」
苦悶するクチンスカヤ。だがその時、前に聞いたアバカロヴァの話を思い出した。
喋るために口の雪を飲み込んだ彼女は笑っていた。
「アバカロヴァ、あなた前に狩猟について話してくれたわね」
「え?あぁ、うん」
「『巻狩』?とか言ってたね、一人が獲物を追い立てて、待ち伏せたもう一人が狩る猟法の話」
「あ〜言ったねぇ。でもそれがどうしたの?」
「やろうよ、巻狩」
ニヤリと微笑む彼女の頭の中には一つの打開策が浮かんでいた。
「こんな時に何を…」
「兵長に連絡して砲撃してもらおう、それで敵戦車の動きを誘導する」
「ゆ、誘導したって装甲を貫けないんじゃあ…」
「装甲は貫かないよ」
「…?どういうことなの?砲撃で全部殲滅するってこと?」
「そりゃあ一輌でも二輌でも撃破できれば嬉しいけど砲撃にそんな精度はない。でも砲撃は相手の動きを制限して誘導できるはず、いやできる。人間の心理的に絶対に誘導される。
つまり敵の戦車隊が私たちに有利な方向を向いてくれるように動かすんだ」
「だーかーらー!敵戦車の向きを変えたところで貫通できなければ…」
クチンスカヤはアバカロヴァの肩に手を乗せた。まるで『私を信じて』と言わんばかりの眼差しをしている。
「私にしかできない、『白い未亡人』と呼ばれた狙撃兵である私にしか。」
「…」
その圧に押されたアバカロヴァは仕方なくその提案を飲み込んだ。
「わかったよやるよやる!
いや、やろう!クチンスカヤの案ならなんとかなる気がする!なんか策があるんでしょ?もう藁にもすがるよ!」
「ありがとう、アバカロヴァ」
「…もし失敗したら…?」
無線機を準備しながら急に弱音を吐いた彼女に、クチンスカヤは追い撃ちをかけるがごとく残酷な言葉を告げた。
「死、だね」
死を覚悟しなければならないほどの秘策、彼女たちの狩りは成功するのか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




