第四十五話 慰安を知る
「一発の銃声……狙撃兵に違いない、目前に広がる草原に隠れているんだ」
アーデルハイトはMP40短機関銃を握りしめてそうつぶやく。
「少佐は下がっていてください、ここは私と大尉の中隊の基地、自分のテリトリーは自分で守ります。
すぐに小隊を送り込んで捜索させて!」
「了解しました、バウムガルトナー少尉」
野戦服の青年たちは支援火器を持って茂みの中へと潜入していく。
「私もいきます。少佐は大尉の面倒をお願いしますね、どうやら大尉が狙われているようですし」
「わかった、任せておけ」
少尉はうなずくと青年たちのあとを追って茂みへと消えていった。
「『一歩も下がるな』、『一歩も下がるな』…大丈夫大丈夫……私達の後ろには億兆の同志が待っている……ッ!生きて帰ろうクチンスカヤ!」
「わかってる!でも…もう来てる」
「えっ…」
「風の音に紛れて聞こえる…人だ、人が動く音が聞こえる!やるしかない、殺ろう!」
クチンスカヤは小銃のボルトを手動で動かして排莢するとお互い背を合わせて死角をなくす。
「排莢の音が聞こえた!こっちだ!」
黒逸兵は駆け足で移動して音の発生源を囲む。
クチンスカヤはモシン・ナガン、アバカロヴァはトカレフのTT-33拳銃を構えた。
「他に武器は?」
「F1手榴弾3個」
「奇遇、私も」
その瞬間、二人は同時に引き金を引き始めた。弾丸は草むらへと吸われそこに潜んでいた黒逸兵たちを貫いていく。
「グハッ…!」
「あァ゛ッ!」
一発撃つごとに白い硝煙が巻き起こり、さらにその霧を裂いて現れる銃弾が付近の敵兵を鏖殺していく。
「敵は二人だッ!しかも女だ!殺せッ!殺せェッ!!」
反撃のつもりで黒逸兵も銃撃をするが二人はその中で怯まずに正確に狙撃してくる。
激しく散る火花、アバカロヴァは空になった弾倉を捨て新しく装填して再度発砲、クチンスカヤはボルトアクション小銃の弾が切れると銃身を捨て腰のポーチから取り出した手榴弾の安全ピンを歯で抜いて投げつけた。
爆風で舞うのは少しの土と葉っぱと血液。周囲から滲み出てくる血の海がとうとう二人の足もとまで到達した。
「た、助け…てぇ゛……ッ」
片足を失った兵士が二人に手を伸ばして這い出てくるがアバカロヴァは非常にも頭部を拳銃で撃ち抜いた。
二人は敵の攻撃が止んだことを悟る。数分前の静寂が訪れた。するとアバカロヴァが自分の頬をツンツンした。
「あんた、頬」
「えっ…」
クチンスカヤの頬には弾丸がかすった傷がありわずかに出血していた。アバカロヴァはそれを自分の軍服の袖で拭ってあげた。
「怪我していることにすら気が付かなかったわ」
「流石」
その様子を見て踏みとどまってしまっていたのはただ一人残されたバウムガルトナー少尉だった。
「な…なんだ…あの兵士は…」
ふと一瞬、クチンスカヤと目が合ったような気がして思わずかがみ込んでしまった。
口に手を当てて呼吸を抑え、見開いた目でじっと気配を消してしのぶ。
しかし足音がこちらへ近づいてくると共に呼吸も抑えきれなくなり冷や汗がにじみ出る身体を震わせてしまっていた。
「(殺される…ッ!弾はもうない…!どうするッ!どうすればッ!)」
すると足音が止まった。思わず頭をあげると揺れる茂みの隙間からわずかに北ナ連の少女兵の姿が見える。表情をうかがい知ることはできない。
「私達は弾切れになった。だからもう余計な攻撃加えない」
「(私に言っているのか?)」
なぜ殺しに来ないのか、バウムガルトナーには分からず困惑していたがすぐに答えが出た。
「あなたの上官は私と会敵した際に殺さないでくれた。『殺さないでやる』、そんな言葉、戦場じゃ虚言だと思った。だから私はそいつを殺そうとしてしまった。
…これからすることはそのお詫び。あなたとシュヴァルツは私が人間であることを思い出させてくれた。だから『殺さないでやる』」
クチンスカヤはくるりと背を向けた。
「早く行って」
バウムガルトナーはゆっくりと後ずさると速やかに退散した。
「…私は白い未亡人でも何でもない、総書記の命令という名分を背負って自分をむりやり奮い立たせても、思い入れのある人に贔屓しちゃうただの人間。多分私は一生、あの怪物を撃つことはできないだろう。だって…ただの怪物じゃない、きっと心やさしい怪物だから」
「クチンスカヤ!なにかいたの?」
「ううん、なにも。帰ろ、大尉は殺せたって言おう」
「…多分本人生きていると思うからバレるでしょ」
「誤認しましたって言えばいいんじゃない?それに黒逸兵を数十人殺せたしチャラにしてくれるよ」
その頃小さなテントの中に白いキャミソールの上にはだけた軍服を羽織ってベッドの上に座っている大尉と少佐がいた。
大尉の左肩には包帯が脇下と首を通って巻かれていた。
「軽症で良かったな、軍医もすぐに治るとおっしゃっていた、痛くないか?」
「ん〜痒くてもかけないからそっちのほうが心配。それにしてもよく撃たれるなぁ、そのうち俺の身体全部鉛玉に変わるんじゃないか?そしたらテセウスの船みたいになるな、『構成する細胞が全て置き換えられたとき、過去の俺と現在の俺は同じと言えるのか』みたいな」
「くだらない事言えるぐらいには軽症らしいな、頭は相変わらず重篤だが」
「きついなぁ〜」
するとバウムガルトナーが息を切らして駆け込んできた。
「少尉!どうだった?見つかったか?」
「はい…少佐…。あ、…あの大尉、聞きたいことがあるんですけど…」
「ん?なんだ、言ってみろ」
「銀髪のミディアムヘアの女の子知ってます?背が小さくて…目が薄ピンクの……」
大尉は顎に手を当ててしばらく時間を使う。
「んにゃぁ…会ったような…、…フンドールで会ったかもなぁ…確か二つ名は…『白い未亡人』、自分で名乗ってたぜ」
「そいつでした、大尉に一度会ったことがあるような口ぶりで…なぜか私を逃してくれたんです…他の兵士は殺したのに…」
「…ほーん、運が良かったなぁ。
それより死傷者がいるのか…墓作る時間を作ってもらうかぁ」
「それが終わったら移動するか、ここは少し危険だ」
「りょーかいだ、少佐」
「だがその前に…イベントがある」
「んあ?」
大尉を含め中隊の兵士たちが開けた場所に集められた。
「では、フンドールでの戦勝を祝い…これから給与を配りまぁーすッ!」
「「うぉぉぉーーッ!!」」
兵士たちは拳を突き上げて狂喜乱舞している。
「給与?」
「月末には少佐より給与が手渡されるんですよ」
「前の月もらってないぞ」
「その時は司令官といろいろありましたからね」
「…ベッケンバウアーの気分次第なのか」
アーデルハイトは並んだ兵士たちに茶色の封筒を配ってゆく。
「ほらシュヴァルツ、給料だ」
「ほうほう…えっ…ッ!?そんなにもらえるのかッ!?」
大尉は封筒の厚さを見て目を丸くした。
「そんなに驚くことか?」
手渡された封筒にははち切れんばかりの紙幣が入っていることが容易に想像できる。
「(終電逃して買うコンビニ飯とタクシー代で残業代が消し飛んで何の為に働いてるのかわからなくなる生活してた頃より幾分も待遇がいい…軍って意外とホワイトなんじゃないか?)」
しかし全員に配り終えたはずなのだがアーデルハイトの手元にはまだ封筒が余っていた。
「あれ?おい!まだ貰ってないやつがいるんじゃないか?
いないのかッ!じゃあ少佐が着服しようとしているなァ!俺から金抜いたに決まってる!ヘルダーリン政権の転覆のための資金か?えぇッ?」
一人の兵士が少佐に悪態をつく。
「あの兵士の封筒見ろよ少尉、うっすいなぁ。逆恨みだぜきっと。あの余った金はきっと俺の為のやつだ」
「た、大尉…!」
するとアーデルハイトは無言で地面に封筒を丁寧に並べ始めた。
「あぁ、なるほど」
前方に広がる草原に向けて並べられた封筒、そしてそこで頭を垂れて立っている少佐。
黙祷だった。
「さっきの戦闘で命を落とした兵士の分の金だったらしい」
大声で悪態をついていた兵士もその意味がわかると過去の自分の言動を恥じるように黙り込んでしまった。
少佐に続き大尉と少尉も黙祷をするとその輪は隊全体へ広がっていった。
「お金もらったけどよぉ、この金はどこで使えるんだ?」
場面は変わって大尉と少尉は貰ったお金について話していた。
「そうですね、基地の売店だったり軍服の調達だったり…あとはあまり言いにくいんですけど…慰安所とか」
「慰安所?」
「政府が軍人の健康を守るために街娼を禁止して代わりに党の管理に置かれた売春宿があるんです。差し押さえられたホテルとかが軍によって運営されているんですよ。一斉徴収された現地の女性か、刑罰として働かされている少女兵がいます」
それを聞いた大尉はしばらく少尉の顔をじっと見ていた。それに気づいた少尉が顔を合わせると大尉はにまっと笑った。
「へぇ〜、おもろそう、行こうかな」
「えっ?そんな…大尉が…」
少尉の顔は驚いた感情ででいっぱいになった。
「お前も来るか?」
「…別に、大尉一人で楽しめばいいんじゃないですか?もうっ」
顔をそらす少尉、大尉は「そうか」と楽しみそうに微笑んだ。いくら見た目が女といえど中身は童貞の男。若干の興味が湧いてしまうのは自然の摂理なのだから仕方がない。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




