第四十六話 手が千切れるほど引っ張った
その日の夜、近くの街まで移動すると緩やかな下りの路地裏にひっそりと建つ売春屋があった。低俗で派手な雰囲気はなく、どこか物悲しい。
「『愛情床』…ご立派な名前だ」
入り口に入ると受付に声をかけられた。
「いらっしゃぁ〜いシュヴァルツさん♪ほほ〜ん、襟章を見るに大尉サマですねぇ」
細くまとめたひげのいかにも眉唾物を売ってそうな怪しい笑顔をした男が答えた。
「初めてのご利用ですね〜?」
「そうだが、なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「そりゃあもう有名ですので。
それでぇ…じ〜つ〜はぁ〜…大尉サマだけに言うんですけどぉ、通常料金よりちょいと多めに払ってくれればぁ、ご希望にあった女のコ、用意いたしますよ〜」
「本当か?じゃあ出す」
「まいどぉ〜♪で、ご希望は…」
「希望はそうだな…軍の刑罰でここにいる国家黒十字軍の少女兵を出してくれ」
「はい…いいですけど…はいこれ鍵です。札と同じ号室でお待ち下さい」
「ありがとう」
鍵を指でくるくる回しながら背を向けて言ってしまった。
「…やけにマニアックな注文。可哀想なのでしか興奮できないのかな?」
きしむ廊下を歩いて同じ部屋番号の個室を探す。
「101号…101号室…あぁ、この部屋か」
シワ一つないシーツのベッドとソファ、小さな机がぽつんと壁沿いに置かれている質素な部屋だ。
大尉が個室のベッドの上で座っていると3回ノックがかかった。
「入っていいぞ」
ドアが開き、そこから入ってきたのは一人の女の子だった。
みすぼらしい白いワンピースを着て自信なさげにオドオドしていた。
「えっ…えっ…お、女の人…!?」
薄緑色の前髪が目にかかるほど長く後ろ髪はゴムで2つにまとめている。
「名前はなんというんだ?」
「ガブリエーレ・エマ・シントラーです…っ!」
「シンドラーか、とりあえず座れ」
「はい…」
ベッドの上で二人並んで座ると気まずい空気と時間が流れ始める。
「(や、やべぇ〜…なにげにこういうところはじめて来たぁ〜会話わかんねぇ〜…)」
そんな心配をしているとやはり仕事柄なのか向こう側から話しかけてくれた。
「あの…女の人とそういうことしたないのですけどっ…へっ…下手でしたら…ごめんなさいっ…!」
「…ここは慰安所だろ?しっかり仕事はしてもらうぞ」
「は、はいぃっ!で、では…ベットに横になってくださいっ」
「おう、頼む」
夜の慰安所の中からからいかがわしそうな声が聞こえてくる。
「あぁ〜…そこだ…気持ちいいぞ…もっと奥の方…そこっ…あぁ…」
「こうっ…ですかっ…?」
熱い吐息が混じり合い二人だけの空間に無意識に漏れ出る声が響いた。
「もっと指を入れて……っ…!
ふぅ〜…!気持ちよかった、すっかり肩のこりもほぐれたぜ!」
…どうやらいかがわしい事ではなく単なる腰のマッサージだったようだ。
「よし、腰もだいぶ楽になったぜ、ありがとな」
「あっ…あのっ…そのっ…それだけでいいんでしょうか…っ」
たった腰を揉んだだけで仕事が終わってしまいシントラーは混乱していて思わず尋ねた。
「ん?お前、黒逸兵だったんだろ」
「はい、そうでしたけど……でも敵前逃亡で…それで懲罰を受けているんです…この仕事ちゃんとしないと除隊されちゃうので…」
「俺は実戦経験がある人間を求めている、戦力がほしいんだ」
「戦力…?それって…」
「最近失ってばっかだったからなぁ。そこでだ!お前を軍に舞い戻らせてやろうという俺の粋なはからいなわけだ。
毎日毎日、自分がかつて着ていた軍服を着た奴らに犯されるのは一種の屈辱だったろう、もう一度チャンスを与える。俺の部隊に入ってもう一度戦場で戦って見ないか?」
想定外の提案だった。なんと大尉が自分の部隊にスカウトしてくれたのだった。
「(なんて優しいひとなんだろう…私に説教をするんじゃなくて…こんなにもちゃんと考えてくれている人がいるなんて…)」
「んで、どーすんだ?来るのか来ないのか。俺の中隊はなぁ、機甲師団所属だからよぉ行ったり来たり、殺ったり殺られたり大忙しだぜ?それでも来るっていうんだったら誘ってやらぁ」
「…」
シントラーは顔をあげて大きな声で熱望した。
「行きたいです!行かせてくださいっ…!こんな私でよろしければどうぞ…!お願いします…っ」
その瞳には涙が浮かんでいた。
「よし決まりッ!ここで寝てから逃亡の手助けをしてやろう!」
翌朝、夜を過ごした売春婦たちが控室から起きてきた。
「おはよ〜あれ?シントラーいねぇじゃん」
「朝支度もしないで何してるんでしょう」
受付の眉唾男が101号室に行き数回ノックする。
「お客さん?いますか?開けちゃいますよ〜ッ!」
合鍵でガチャリと解錠するとそこには窓が開放されておりがらんどうの状態の個室が朝の風にさらされていた。
「…行ったか」
シュヴァルツ大尉と売春婦のシントラー。
「痛い痛い…っ、手ちぎれちゃいますってぇ…っ!」
「うるせぇこのまま別の地獄に連れてってやるぜ、あははっ!」
大尉は彼女の手首を引っ張って忌まわしき売春宿から引き連れて走る。
二人の顔は朝の太陽に負けないほど純情だった。
「…というわけで、今日から中隊の曹長に就任したシントラーだ。仲良くしてやってくれ」
シントラーは早速大尉と共に中隊の一員となった。
「よろしくなぁ」
「いつものおんなじ女ばっかりで見飽きてたとこだぜ」
「おい!どういう意味だお前たちッ!」
隊員と大尉飲まされたやり取りを見るとシントラーは和やかな性格を持つ隊だと分かり胸をなで下ろした。
「よしじゃあシントラー、まず俺に一発食らわせてみろ」
「えっ…いいんでしょうか…っ」
「案ずるな、お前の実力が見たいだけだ。さぁ!来い!」
きっちりと構えるシュヴァルツ。対面にいるシントラーと目線を合わせながら隙を伺うように移動していく。
「よっしゃ!一発確定ぇ!」
瞬間、シュヴァルツが距離を詰めて左拳をシントラーの顔めがけて繰り出すも、彼女は素早く対応してきた。すぐに避けると左腕を掴んで引き寄せ頭突き、さらに追撃で右拳で腹パンを加えた。
「ガハッ…っ!こ、これで勝ったと思うなよ…っ…はぁ…はぁ……じ、実力は申し分ないな…っ…おえっ…」
「す、…すいません…っ…!つい身体が…っ!」
シントラーはひたすら頭を下げて謝っていた。
「…動けそうな仲間で良かったな」
「ですね」
アーデルハイトもバウムガルトナーもいつの間にか新たに加わった仲間を快く受け入れていた。
「よし、そろそろ移動だ。前線の街に行くぞ。荷物まとめて置くようにと中隊に行ってくれ。私は大隊での仕事があるからな」
アーデルハイトは大尉にそう言った。
「前線の街…ここが前線じゃなかったのか」
「総力戦となるとちょっとのきっかけで前線は動く。今は黒逸が優勢だから安心だ」
少佐の後ろ姿を見届けると自分の持つ部隊を統率して列を作り徒歩で移動を始めた。
曇り空が広がり冷たい風が含め。
バウムガルトナーはいつも首につけている筒型マフラーを鼻まであげて覆っていた。
シントラーは白い息を両手に吐き出して赤くなった手を温めていた。
「寒いかシントラー」
「もう12月になりますしね…」
「バウムガルトナー!手袋とかないか?」
「今は物不足なので無いです。精々ポケットに手突っ込むことぐらいしかしのげないですね」
「ほーん、応用力ないなぁ、少尉、ちょっと来い」
少尉を呼びつけるとシュヴァルツは二人の冷え切った手をギュッと握った。
「わぁ…っ」
「ちょっ…大尉…!」
「なに恥ずかしがってんだ?お前ら俺のポケットに手ぇ入れろ。俺の手の温度でだいぶマシになるだろう」
指を絡めて繋いだままズボンのポケットに二人の手をズボッと入れた。3人横並びの少女兵が隊列の先頭を歩いていた。
進んでいくと攻撃されて放棄されたのか、黒逸の戦車の残骸が転がっていた。
シントラーが手を伸ばそうとするとシュヴァルツが言葉で止めた。
「寒いから鉄に触らないほうがいいぞ、皮膚がくっつく」
「あっ…はい…っ」
「(だんだん戦場の匂いがしてきだ。ヤな匂いだ。嗅ぐニオイは女の子のニオイだけがいいなぁ)」
無心で歩いているといつの間にか目的地に到着していた。
家屋の基礎部分だけが残っているような廃墟の小さな街に新しく設けられた仲間のテントや車両があって景色から浮いていた。
「あ゛ぁ゛〜ッ足疲れたぁ゛〜ッ!俺はもう寝るぞ」
シュヴァルツはベンチの上で横になって目を閉じた。
「風邪ひきますよ、大尉」
「なにか温かいもの入れましょうか大尉」
ふたりの部下が中腰で尋ねてくるが大尉は「大丈夫」の一言で片付けた。
「…大尉が何してほしいか私が一番知っているのでシントラーも休んでていいですよ」
「あ…あのっ…私も大尉と一緒にいるときが楽しいので…ここにいますよ…」
「そう…じゃあ私も…!」
シントラーとバウムガルトナーはじっと見つめ合ったまま視線を外さない。まるでどちらかにシュヴァルツが盗られるかもしれないと危惧しているかのように。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




