第四十四話 記憶に動く報復
北ナ連の総書記と総司令官との密談は険悪な雰囲気で始まった。
「…今は満足でもいずれそれも食えなくなりますが」
「じゃあお前を食う、性的にじゃないぞ、カニバ的な意味でじゃ。ギャハハ!」
「…それが地方ではもう起きているんです。親が赤子を産みその肉に親族が集る地獄絵図がすでに…。
黒逸を撃退しなければ祖国に未来はありません」
「ん〜、わしだってなんにも考えていないわけじゃない、ハイリスクな妊娠させた性犯罪者を処刑したり、逆らった士官を処刑したり、ネガネをかけたインテリ層を処刑したり……あッ!お前もメガネをかけておるのぉ!処刑しようかと今考えたがよく考えたお前ブルジョワじゃないしインテリ層でもなかったわ!アハハ!頭悪いもんなあ!」
「…お言葉ですが、私は閣下の主義に共感して入党したのです。この命は党の為に捧げる覚悟です、頭脳の良し悪しではなく覚悟の強さで人を測ってくださいね。
それにいい加減に政策を成功させないと民衆たちからの支持は……」
その瞬間、ココーシナ総書記の平手打ちが彼女の頬へ飛んだ。
「……」
コチェグラの頬には赤い跡がつくが、彼女の表情は変わらず冷静でむしろ見下すような目つきさえしていた。
「口答えするな、煩わしい」
総書記はテーブルの上の皿を持ち上げ逆さまにして乗っていたショートケーキの一切れを大理石の地面に落とした。そしてその上から履いていた軍靴の底でぐちゃぐちゃと音を立てて形をひり潰し、潰した方の足をテーブルに乗せた。
その行儀の悪さを側近の兵士たちが注意することはなかった。ただ後ろに手を組んで立っているだけである。
「お前はわしを舐めやがった。今度はわしがお前に舐めさせる番じゃ」
「…その行為が国策遂行に繋がるのですか?」
「返事は『ワン』じゃ!懐かない犬など嬉しゅうない!お前がその地位にいられるのもわしのお陰じゃあ、そしてわしに付き従う、それを承諾した時点でわしに服従したも同然、総司令官の肩書は屈服の証じゃ、お前はわしのものじゃ、ずぅ〜っとわしのじゃ!さぁ舐めろ、そうすれば先程の非礼は許すぞ」
「……ワン」
コチェグラは総書記の足にそっと手を添えると軍靴の底についたクリームにゆっくり舌を伸ばしてじっくり舐め始めた。
「ハッハッハッ、軍靴越しで舐めるのは初めてじゃなぁ。
従順で可愛いのぉ、わしを裏切ったりしたらお前が大変な漁色家で、戦地で捕虜の少女兵を強姦して殺害をしていることバラすからな。返事は?」
「ワン」
「いい仔じゃ」
一通り屈辱を終えるとコチェグラは口を拭う。それを見たココーシナは笑った。
「案ずるな、策はある」
「策とは具体的に…?」
「フンドールが黒逸に奪わたろう?その現地にに狙撃連隊から引き抜いた狙撃兵を送り込んだ。それで進撃の足止めを図る」
コチェグラは張った肩をすっと力を抜いて落とした。
「その程度ですか…そんなのなんの足止めにもなりませ…」
「標的はバウムガルトナーじゃ」
「…?どちら様でしょう」
総書記はテーブルに肘を着いて身体を前のめりにして顔を近づけた。
「黒逸の怪物の噂は知っているな?その補佐官の名前じゃ。無線を傍受して判明した。シュヴァルツとやらは現在捕捉できていないが補佐官はできている。そいつをぶち殺して首を敵国に贈り込んでやるんじゃ。そうすれば戦意喪失、士気低下。黒逸は自滅の道をたどるであろう!ガハハハッ!」
「そううまくいきますかね?ちなみに、作戦を実行する人間の名は?」
「クレメンチーナ・タラソヴナ・クチンスカヤ。黒逸に恨みがある第45狙撃連隊の一等兵じゃ。腕は確かだから安心せぇ」
『白い未亡人』と呼ばれた超人の名前が出た。
モシン・ナガンを携えた北ナ連の狙撃兵であるクチンスカヤと同期のアバカロヴァは冷気でやや固くなった茂みの中を移動していた。
銀髪のミディアムヘアをウシャンカ防寒帽で隠しながら中腰で移動していく。
「大丈夫かなぁ、うまくやれるかなぁ」
「今更弱腰になってどうするの、パパに教わったことを実践できれば大丈夫。
それに今回は総書記直々の命令なんだ…どのみちしくじれない、失敗すれば消される」
「パパって…チェルニチェンコ兵長の事?」
「うん、頼もしいからパパパパ言ってるだけ」
「消されるときは『革命性の高度純化の為』、って説明されるのかな。縁の下の力持ちのあんたが消されたらそれこそココーシナ独裁の終わりだね」
ふとクチンスカヤが足を止める。仕事の時間だ。
「静かに、あそこの人が見える?」
「ん〜?あぁ、見える見える。女の将兵だ」
「階級章は少尉……髪型、顔も情報通り…」
写真に写っていたのはシュヴァルツの補佐官であり相棒のバウムガルトナー少尉であった。
80メートル程先の中間基地に建てられた簡易的なテントを背景に一人で寂しそうに食事をとっている。
「あの女…ッ、フンドールでの雪辱をここで果たしてやる…ッ!!」
倒木のそばまで這って移動するとボルトアクションの銃身を置いて照星を合わせる。
「スコープ使わなくて当てられる?」
「いらない、日光が反射して光っちゃう。風は?」
アバカロヴァが人差し指を口に加えて唾を付け風向きを感じやすくする。
「西風だね、微風、弾に影響を与えるほどじゃない」
「オッケー、刑場は整った。あとは刃を下すだけだ。革命の贄に成れ、仇敵」
ゆっくりと引き金に掛けた指をひこうとしたその時、そばにいたアバカロヴァが手で狙撃を遮ってきた。
「何してるの!邪魔ッ!」
「静かに…!ほらあれッ!」
指差す方向に目を向けると一台の軍用車が音を立ててやって来ていた。
そしてそのままバウムガルトナーたちがいる中間基地に停まると扉が開く。
「帰ってきたぞッ!!バウムガルトナーッ!」
子供のようにいそいそと車から降りると急いで基地に駆け込む。
すると声に反応したのか、少尉は食事を中断し急いで来客を出迎えに向かう。
「大尉ッ!よくぞご無事で!」
「少尉!お前もよく生きていたなッ!」
「はいっ!」
久しぶりの再開、二人はその喜びを抱擁という形で表した。
「相変わらずお熱いな、君たちは」
呆れるように頭を掻くアーデルハイト。また中隊にいつもの日常が大尉と共に帰ってきた。
それを遠くで茂みからじっと見つめていた敵国の二人。
「…バウムガルトナーだっけ?敵側にもあんなふうに大事にしてもらえてる人がいるんだなぁ。
そうだよクチンスカヤ、敵といえど人間。殺人鬼共だなんてレッテル貼りはやめてさ、逆に休戦協定結んでもらえるように総書記に言おうよ、実績がある私達が進言すればきっと…」
「ふざけるなよ」
クチンスカヤはものすごい鬼の形相で相手を睨みつけていた。今に銃を乱射しながら突撃しそうな勢いを蓄えているようにさえ見えた。
「こちとら親と故郷を奴らに殺されてんだ。
あなただってが鹿狩りに行っている最中に一家を黒逸軍に殺害されたんでしょ? 実家が猟師の家系だったから生まれたときから狙撃に縁のある人生を送ってきた。その報復のための鹿狩りに積極的だったアバカロヴァはどこいったの?」
「で、でも戦争見てわかるでしょ?報復は報復しか産まないって…!この前のシムトカフ空爆だって…ッ!!」
「作戦変更、標的は怪物に定める。その次は戦争責任者の娘、アーデルハイト。
やられっぱなしじゃあ気が済まない。黒逸人全ての死に顔を見るまでは…死ねないッ!!」
銃口を少しずらして引き金を引いた。
ライフリンクに沿って射出された弾頭は倒れそうなコマのように回転しながら空中を切り裂いた。
ぐんぐんと近づいてくる弾頭と一瞬、シュヴァルツ大尉は目が合った。
肉が貫かれる音がする。少量の血しぶきが青空をほんのり赤く染めそれと同時にシュヴァルツは膝から崩れ落ちて地面に手を着いた。
「た、大尉ッ!大丈夫ですかッ!?」
バウムガルトナーが動揺すると同じように動揺して物陰に隠れて次の銃声を警戒する者、少尉と同じように心配して駆け寄る者と別れた。
「肩を撃たれた…ッ!クソ…腕が上がらねぇ…」
左肩を抑える手からは真っ赤な鮮血がとめどなく溢れ出る。
「大尉を医療テントに搬送しろッ!急げッ!!」
男の兵士たちによって物陰へと引きずられて移動させられる。
アーデルハイトとバウムガルトナーは近くの短機関銃を手にとって銃声の聞こえた方を警戒し始めた。
「…外れた…!クチンスカヤッ!外れたッ!初めて外したッ!」
「わかってる…何度も言わなくていい!くっ…この私が…頭部を外すなんて…」
「(おうおう!そうかッ!ありがとな!感謝するぜ狙撃兵さんよぉ)」
その刹那。シュヴァルツの声が脳内に響いた。
フンドールで初めてシュヴァルツと会敵した日、シュヴァルを撃つという覚悟を決めた日に言われた彼女の言葉が回想と共に蘇った。
「そうだ…あの日、シュヴァルツから感謝された……私が弾丸を外したのはこの手の震えじゃない…シュヴァルツを撃つというちょっとした罪悪感のせいだった」
手からは小銃がこぼれ落ちる。
「結局私は人間なんだ…シュヴァルツが怪物と呼ばれる由縁、それはきっとどんな罪悪感を抱こうとも後悔しようとも、目標に向かって我武者羅に思い切って進めるからなんだ…そんな奴に…勝てるはずがない……」
プライドをへし折られたクチンスカヤ。しかしまだ任務は終わっていない。二人の狙撃兵を囲みつつあるのは黒逸兵の反撃だった。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




