第三十一話 敗走
シュヴァルツ大尉たち含んだ歩兵と戦車の車列一行は通りを進軍していた。
広い石畳の大通りで、路面電車専用の線路が敷設されていたり円形交差点の中央には水の枯れた大きな噴水があったりしてフンドールの過去の繁栄を物語っていた。
市街の建物は軒並み崩壊していて開けており、建物の基盤程度しか残っていない。
その時、少尉が口を開いた。
「大尉、何か聞こえませんか?」
「戦車の音しか聞こえないぞ、バウムガルトナー、少し気が立っているんじゃないのか?」
「戦車の音しか聞こえないのならなおさら問題です。我が軍の半装軌車や軍用車の音も聞こえないというのであればなおさら…」
確かに言われてみれば変だった。
車列には歩兵を輸送する半装軌車Sd Kfz 251や軍用車両キューベルワーゲンなどのエンジン音や走行音が聞こえず、戦車のキャタピラがカチャカチャと回転する音しか聞こえないのだ。
「この音…ティーガーの戦車の音だけじゃない…ッ!!聞き慣れない戦車の音が重なって聞こえている!!
全員伏せろッ!!敵戦車の足音だ!!」
大尉が叫んだ瞬間、並んだアパートや建物の一階から北ナ連の重戦車KV-1がバリバリと外壁をぶち破って現れた。
その出現にたじろぐ黒逸兵士たち。
建物が衝撃で崩れていくのを背景に、重戦車は歩道のポールや焼け焦げた自動車の残骸を踏み潰しながら横隊を組んで前進し、車列の側面を巨砲で攻撃した。
砲弾は次々とご自慢の黒逸戦車の側面へと命中し、跳弾する。しかし軍用車両や半装軌車などの車両は爆破炎上。
発生した火炎は伝播していき、半装軌車に乗って輸送されていた兵士たちにも燃え移り瞬く間に列は阿鼻叫喚地獄と化して崩壊していった。
「敵襲ゥーッ!!総員戦闘準備ッ!!」
上官らしき人物が指示を出すと、破壊されて燃える戦車や路上の瓦礫を壁に兵士たちによる銃撃のオーケストラが演奏される。
「奴らの狙いは戦車だ!車列から離れろ!!」
国際識別マークである黄色い二本の麦穂が側面に描かれた薄緑色の巨体がぐんぐんと迫りゆく。
その背後からは機関銃を携えた紅旗軍が腰を低くして加勢してきたのだ。
「パンツァーファウスト!!発射!!」
歩兵たちは対戦車擲弾発射器を肩に担いで発射し敵戦車に着弾させていく。
「よしっ!あいつ動きがトロいぞ!」
兵士たちは一旦安堵の表情を浮かべたが砂埃の中から現れたのは傷ひとつついていない敵戦車の姿だった。
「なんだと…!ちゃんと命中させろバカども!奴らは紅旗軍の戦車!我々の敵ではない!!」
上官は怒り散らすが大尉は敵の戦車を冷静に分析する。
「大尉!なんですかアレ!化け物戦車ですかッ!?」
「落ち着け少尉!あれはKV-1という重戦車だ!装甲は12センチ!パンツァーファウストじゃあぶち抜けねぇ!」
「12センチ…!?ティーガーでさえ10センチなのに……!」
ティーガーたちは砲塔を回転させて敵戦車と対面して砲弾を撃ち合っていく。その距離約80メートル。
戦車対戦車、歩兵対歩兵の闘争が始まった。
「重戦車には重戦車をぶつけんだよ!ああいうデカブツの弱点は常に決まっている!」
そう語るのはやはりシュヴァルツであった。
「前面の砲塔の真下を狙うんだ!そこに操縦手がいる!負傷させられればただでさえ低い機動力を奪うことができる!
車長に連絡してくれ!俺の言うとおりに砲撃してくれとなァ!」
その間に兵士たちは銃火器で弾幕を張り敵兵を寄せ付けない。
敵兵が弾幕から逃れようと重戦車を盾に隠れた瞬間、黒逸の戦車がまず回転砲塔の向きを合わせ、次に車体に走行の厚い正面を向かせる。
敵戦車へ向け砲弾で反撃を開始するのだ。
「いいぞいいぞ!寄せ付けるな!!」
大尉も笑顔で笑いながらMP40軽機関銃を乱射して敵の前進を阻んでいた。
次第に敵の戦車の動きが鈍くなっていく。効果は抜群だ。
しかしまだ彼女とたちは気づいていなかった。北ナ連に恐るべき兵器があることを…。
「ん…?おい、アレなんだ?何か近づいてくるぞ!」
モブ兵士のその一言で、兵士たちの表情は一変した。
生きている兵器が戦場の障害物を乗り越えて黒逸兵へと近づいてきていた。
「犬ッ!?犬だ!!犬が爆弾背負って駆け込んでくるぞ!!」
恐るべき光景だった。
それは垂直に立てた起爆レバー付きの対戦車爆弾を背負った犬が戦車の下に潜り込ませることで引っかかったレバーが倒れて爆発するという仕組みの爆弾犬。
まごうことなき生物兵器であった。
あの大尉もその光景には思わず銃を撃つ手が止まる。
「何だ…これは…!」
何十匹もの訓練された軍用犬が地平線から狂犬のごとく疾走してくる。
「戻れ戻れッ!!撃ち殺すぞイヌッコロ!!早く戻れ!俺にお前たちを撃たせる気かッ!」
犬たちは吠えながら牙をむき出しで戦車へと向かってくる。
「クソぉぉ〜…ッ俺に犬を撃たせやがってぇ〜…!!」
大尉たちはすかさず向かってくる地雷犬に銃撃を浴びせるが犬は低い体格を活かして弾幕の射程外を通り抜けながらどんどんと迫る。
「待て!戦車がどんどん敵陣へ向かっていっているぞ!地雷犬が来ているのが分からないのか!?」
「無理もありません大尉、戦車の車高からでは低い体格のワンちゃんは視認できません!爆弾犬が来ているなど見えないんですよ!」
「早く前進を止めさせろ!!」
だが時すでに遅し。1輌の戦車の下に地雷犬が潜り込んだ瞬間、その戦車は砲塔をふっとばすほどの爆発を起こして炎上した。
「何だ!?何が起こっている!!」
混乱する仲間の戦車兵も状況を飲み込めないまま地雷犬の特攻の餌食となっていく。
「戦車隊がやられていく…!もうだめだ……勝てない…!」
地雷犬で爆破炎上するティーガーの残骸を踏み越えてやってくる敵戦車隊と敵兵。
敗北を悟った兵士たちは次々と持ち場を離れて逃走を始めた。
「おいッ!!待てッ!逃げるな!!まだ撤退命令は出していないぞ!」
「大尉!ダメです勝てません!敵の戦力が想像以上ですッ!一回引いて立て直しましょうッ!」
「クソ…それしかないか…!
中隊ッ!!引けッ引けェー!撤退だ!」
たまらず大尉たちもその場を離れて撤退を始めた。
勢いを獲得した北ナ連兵士はその背中を追って、黒逸兵ヘ無慈悲な銃撃を浴びせて進んでいく。
こうなるともう北ナ連のペースだ。
敗走する黒逸兵を背後から撃ちまくり屍山血河を築き上げる。
そんな中を大尉も敗走していた。
「バウムガルトナーともはぐれてしまった…急いで安全な場所へ……」
それからは息をするのも忘れるほど焼けた落ちる街中を走った。
汗を拭きながら重い歩兵装備を身に着けた彼女はひたすら走っていった。
「見つけたぞーーッ!!黒逸兵だッ!!」
友軍を銃殺している途中であった敵兵三人が目標を変えて逃げる大尉を追う。
「はぁ…はぁ…はぁ…クソ…もう……走れねぇ……」
疲労で立ち眩む彼女に男たちの影が差す。
「おやおや、少女兵じゃないか。処刑の前に輪姦か」
路地に身を移した大尉だったが、体力の問題でもう逃げられない。
「ゔぇへヘ…ちょうど食べ頃の女の子ぉ…俺は大好k…」
男たちが路地に入り込もうとした瞬間、彼らはドリフトでやってきたキューベルワーゲンに衝突され血を吹きながら吹っ飛んでいった。
「…??」
「シュヴァルツ!!ここにいたか!!」
血塗れた軍用車の運転席に乗って現れたのはアーデルハイド少佐だった。
敵兵を跳ね飛ばした彼女は車から降りて大尉の元へ駆け込んでくる。
「なぜ…少佐が前線に……ッ」
「劣勢との報を聞いて司令部より駆け込んだ。大丈夫だ、先程増援を呼んだ、別の部隊が敵を掃討しに来てくれる、さぁ立て」
軽機関銃を広い少佐の肩を借りて立ち上がる。しかし騒ぎを聞きつけた敵兵たちが新たに駆けつけた。
「止まれ!撃つぞッ!!」
敵兵は路地の入口に並んでPPS-43を構える。
「少佐…!俺を置いて逃げろ…もう走れねぇ…足首の筋がだめになっている…」
「君を置いて行けるわけ無いだろう」
「いいから置いていけッ!!お前は逃げるんだッ!!家族のためにッ!」
大尉はドンと少佐を突き飛ばした。そして時を同じくして放たれた敵の銃撃が大尉の腹を貫通した。
「たい…い…?」
シュヴァルツは呼ばかけに応じることもなく、前のめりに倒れた。
驚く少佐の視界は真紅一色に染まった。
「逃げたぞ!追え!!」
逃走する少佐、しかし逃げた先は行き止まりであった。
「行き止まり…!?そ、それ以上近づくなッ!!」
壁を背に強い言葉で威嚇するも、全く意に介さずむしろ笑って小馬鹿にしていた。
「なぁこいつ、皇女じゃないのか?クロイツ皇帝の」
「ホントだ、昔新聞で見たことあるぞ、開戦以降全く見ていなかったが、もうこんなに育ったのか」
男が少佐の頬を片手で鷲掴んで迫る。
「高貴な女を負かすのは興奮するぜぇ〜濃ぃ〜のくれてやるよぉ」
「下劣な奴らめ…!」
敵兵に追い詰められ窮地に立たされたシュヴァルツとアーデルハイド、果たして脱することができるのか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




