第三十話 葛藤の夜を越え
「今夜はここにいてほしい、久しぶりに人肌が恋しくなったのだ、君にしか頼めない」
追い打ちでそう言われるとシュヴァルツは少し恥ずかしそうにうなずいた。
そして二人はそのまま一つのベッドへと導かれる。
冷静を装っていたが内心、うるさいほどの心臓の鼓動が聞こえてくる。
「ふむ、ではこうしよう」
するとそこで少佐が提案した。
「君も私の隣で寝たまえ。なに、心配はいらないよ、私は女性の扱いには慣れているからね」
そう言いながら少佐は身体をシーツと掛け布団の隙間に滑らせる。
「さあ来てくれ、端に寄ると落ちるぞ。このベッドは一人用なのだからな」
「(やばい、こ、これはもしかしてすごくいやらしいのでは…?
俺は今女の身体でアーデルハイド少佐とイチャイチャできるのか…?やばい…そんなことをしていいのか…一線を画してしまえば楽園追放されたイブとイブのような禁忌を犯すことに……ッ!!)」
そう思ってしまうあたりもう手遅れかもしれない。
「へ?い、いや…い、いいか!俺にはバウムガルトナーがいるから変な気を起こすn」
大尉にとってそれは変な気を起こしてくれという日本式前フリのつもりだったのだが、ここでは通じないようだ。
予想に反してアーデルハイドは特に何もせず、あっさり寝息を立てて眠ってしまった。
「(あっ…そういう感じか…そうだよな、期待しすぎだったよな…)」
ふと隣を見ると天井を向いて健やかに眠る少佐の整った横顔が目に入った。
少し目線を下げると、そこには薄い掛け布団越しに確認できる胸が見えた。
「(でも胸ぐらい揉んでもいいよな…すり減るわけじゃないし…)」
欲望のままにゆっくりと手を伸ばす、がそれを理性が阻止してくる。
「(いやいやいや待て、少佐は俺を信頼してくれているからこそ隙を見せてくれている、それを利用するなんて…しかも相手は皇女、いくらなんでも不敬では?…だが…うぐぅ〜…止まれぇ〜俺の腕ぇ〜…)」
わざとらしい演技を脳内で補完しつつそっと手を伸ばし、ついに触れる距離まで到達した。
「私は、大尉を信頼しているんだ」
「ッ!?」
急に寝ても寝ていたと思っていた少佐が口を開いた。目を閉じたまま。起きていたのだ。
「(お、驚かすなよ…ていうか目を閉じたまま起きるな!紛らわしい!)」
慌てて手を引っ込めた大尉、いつの間にか額が汗でいっぱいになっていた。
「こんなに安心して床を共にできる人は身内以外で初めてだ、こうして寝ていると姉さんと共に添い寝してもらっていた幼少を思い出す」
「……俺は人殺しだぞ、学もない、戦争が終われば犯罪者だ」
「そうかもな、だが君はいい人だ、有象無象の兵士が夢見る使い潰されて飽食したヒーロー像とかけ離れているが、それも魅力だ。
君は皇女である私にも分け隔てなく接してくれたし、命を捨つことも人を撃つことも厭わない、そんな君が好きだ」
相変わらず目を瞑ったままの少佐の語りかけに、大尉は少し困り果てた顔になった。
「…撃つのは俺の意思だが、殺すのは弾丸だ。それに…そう割り切らないと狂ってしまう、狂ってしまえば守るものも守れない」
「だから私は今の君が好きだ、バウムガルトナーを守ると決めた君が」
そこで会話が途切れるといつの間にはまぶたが重くなってきた。
少佐が先に寝たのか、大尉が先に寝たのかはわからない。
翌朝、夜を越した兵士たちは敵を追って市の中心部へと続々と移動を開始し始めた。
キューベルワーゲンやティーガー戦車の車列が車道を進んでいく。
その横で軍帽を被ったシュヴァルツはさらなる中隊の友軍たちを鼓舞していた。
「皆よく聞けェー!多少減ったとはいえ大隊規模の人間を抱えては大隊指揮官のアーデルハイド少佐も頭が痛いだろう!これからはさらなる激戦が予想される、食料も少ない!負担をかけないためにも敗北主義的な弱音は仲間同士と言えど禁ずる!これは大尉命令だ!遵守するよう全体に伝えろ!弱音があれば俺が聞いてやる!!」
台の上で熱弁する大尉に対して取り囲むように集まった兵士たちが手を上げて口を開く。
「大尉!死ぬのが怖いです!!」
「黙れ!戦地に来た時点で死地に入ったも同然だ!今更怖くないッ!!」
「大尉!この総力戦の果てに得られるものは何でしょうか!本当に勝てるのでしょうか!」
「黙れ!それを考えるのは政治家の仕事だ!お前たち軍人が考えることではない!その小さい脳の使い方を間違えるな!!」
「大尉!童貞のまま死ぬという男として失格な惨めで悲惨な死に方はしたくないです!」
「お前ェーッ!!童貞で死んだ俺への当てつけかこの野郎ォーッ!!」
「えっ……大尉が童貞…?」
「女でも童貞って表現するんだな」
ざわめく集団に大尉は一喝した。
「ととと、とにかく弱音はもう吐くなよ!
これより我ら第54歩兵中隊は他の中隊と共に第20歩兵大隊として進軍する!準備はいいな!!」
呼びかけに応じるように拳を突き上げて雄叫びを上げる友軍たち。
バウムガルトナーも筒型マフラーとグローブを装着しシュタールヘルムをかぶり歩兵装備で武装すると大尉が先頭の列に混ざり車列と共に足を進めるのだ。
「そういえば昨晩、大尉はどこにいたんです?」
「えぇッ!?あぁ〜…そりゃあ…アレだよ、プレゼント渡しに行っただけだ。ほ、本当は今日でも良かったんだがどうせなら誕生日当日がいいかなぁってな、アハハ…」
「あ、そうなんですね。どうりで他の女の匂いがするわけですね、少佐の匂いでしたか」
「…怒ってるのか?」
「別に」
黒逸部隊は続々と瓦礫を乗り越え敵を包囲していく。
そんな地獄の大舞台を紅旗軍をまとめる総司令官、コチェグラは安全な場所から見下ろしていた。
「いいんですか?コチェグラ総司令官。このままでは我が友軍は包囲殲滅されてしまいます」
「ハッハッハッ、良いのですよ。この地獄の亡霊と化した彼らに撤退策を講じてやる必要も、敵への反攻作戦を企てる必要もありません。あるのはじわじわとなぶり殺しにされる彼らを眺めてやることです。とどのつまり、勝てる見込みのない戦場の兵士に労力と兵力をかけるのであれば他の戦場に使いたいのです。
仕方ありません、勝てなかったのは現場指揮官たちのせいであって僕たちのせいではないのですから」
「しかし…それでは総司令官の立場は……」
「僕はココーシナ総書記に守られているのです、失脚はありえない、君たちも引き続き美味しい飯が食べたいのであれば僕の言うことを聞くべきだ。
なぁに、飯と兵士は畑から採れるのです、広大で肥沃な北ナ連の領土ならそれが可能だ」
コチェグラは振り返って後ろに手を組みながら去っていく。
「さぁ、帰りましょうか、こちらに砲弾が飛んでこない保証はありませんからね」
こうして黒逸に敵対する紅旗軍部隊は包囲されて完全に見捨てられたのだ。
そのことを今の彼らに知る由もない。
ただ三人を除いては。
「…きっと捨てられたんだ、私たち」
そう語るのは紅旗軍の狙撃手のクチンスカヤだ。
チェルニチェンコ兵長もアバカロヴァもその言葉にうなずいた。
「そうだな、総書記も総司令官もなんの伝達もしてこない、空軍さえ出してくれない。あるのは僅かな戦車と銃火器のみ……。
はは、おじさん困っちゃったなぁ、これみんな知ってるのかなぁ、薄々勘づいたとしても、仲間が助けてくれるのを夢想しながら銃を握って、死んでいくんだろうな」
「ええっ〜…!やだよ!ねぇねぇみんなで逃げようよ!それか降伏しよう!犯されるかもしれなけど死ぬよりマシだ!」
アバカロヴァは今すぐにでも戦闘をやめたい意向を見せている。
三人が待機している建物の屋上は風が強く、身も凍えるような冷たさだ。
兵長は着ていたパラトカで身をくるんで寒さを凌ぐ。
「それも手段の一つだ、おじさんはそれでも構わんが、それはクチンスカヤが許さんだろう」
「…当たり前だ。私は…黒逸に故郷と両親を奪われた、その報復を、黒逸への戦勝という報復をしなければいけない!」
復讐の怒りにかられる少女の目は怒っている。
「狙撃での確認戦果50人、ここまで聞くと普通の狙撃手だが、彼女は他の人にに戦果を譲ったり敵国から恨まれないようにするためサバを読んでいる。体感では500人ぐらい殺っているだろ?まだ足りないか」
「当然、何度でも絶滅してやる。『白い未亡人』の誇りにかけてね」
「やれやれ、『白い未亡人』と『黒い怪物』。両軍にとんでもない化け物がいるときた。
……アバカロヴァ、何か温かいものでも持ってきてくれ、あぁ、あと逃走経路も確保してきてくれ」
「え?なんでもう逃げる準備を?」
彼女が尋ねるとチェルニチェンコは顔を険しくして側に立て掛けてあったモシン・ナガンの銃身を手に取った。
「戦車のキャタピラの音だ。黒逸のVI号戦車、そんで仲間のKV-1戦車の音がする、どっちも重戦車だ。
会敵するなこりゃ、激戦になるぞ。巻き込まれない内に逃げるんだ」
見解通り、シュヴァルツ大尉の機械化歩兵部隊とその戦車車列、それを迎撃するために動いている紅旗軍の戦車隊が迫ってきていた。
交錯するそれぞれの思惑が今、戦車対戦車という形で実現するのは数分後のことなのだ。
その戦火の火蓋が今、切って落とされた!
評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




