第二十九話 少佐へのプレゼント、そして初夜
ひとまず友軍の野営地へと帰還したバウムガルトナー少尉はテント内で執務に従事するアーデルハイド少佐の元へ挨拶しに入った。
「おお、少尉、帰ってきていたのか。てっきり敵前逃亡したのかと」
「そんなわけないじゃないですかぁ、私は大尉のいないところには行きませんよ」
「それ、大尉も似たようなこと言っていたなぁ、『俺のいないところにはバウムガルトナーは行かない』って」
「えっ…!大尉が!?、そんなコトを…えへへ嬉しいです…」
はにかんだ少尉は赤くなった頬に手を当てて喜びを隠そうとしている。
「せっかく帰ってきたんだから部下にでも挨拶してきたらどうだ?」
「はい!そうします、では」
少尉は一礼するとそのままテントの外へと消えていった。
それを見届けた少佐は段々と愛想笑いから少し憂鬱そうな顔を見せた。
「シュヴァルツもバウムガルトナーもお互い信頼ししあっているんだな、羨ましいな……それに引き換えて私は……」
そうつぶやくと執務の為滑らせていた万年筆も止まる。
「私に近寄ってくる人間はいつだって王室の権威を借りようとしてくる奴らばかりだった、心を開けるのは身内にだけ、そう思っていた。
あの日、シュヴァルツが野戦病院から帰ってくるまでは。
私には畏怖の念も抱かず身分も関係なく使う言葉は粗暴でタメ口、態度も変えない、私を懐柔させようともせず、淡々と兵役に務める…。
シュヴァルツ、彼女のような人に好かれるバウムガルトナーが羨ましいなぁ……なんて、命がけで生還してきた二人に言えないな」
少佐はシュヴァルツとバウムガルトナーの関係が少し羨ましかった。お互いに信頼し会える上官と下官、そんな関係に憧れていたのだ。
そんなことを言いながら胸ポケットから一枚の手紙を取り出した。
畳んでいた為、折った跡が十字に刻まれているが、そこには映るのは白黒の、アーデルハイドを含めたもうひとりの皇女だ。
「姉さん、元気にしているかな」
妹のアーデルハイド、そしてもうひとり、姉の存在、それはクロイツ皇帝皇后と共に首都ハイフェンブルグ近郊で党に軟禁されている家族の一人だった。
その頃、すっかり軍務に復帰したシュヴァルツとバウムガルトナーは他の兵士たちと共に荒れ果てた呉服屋の窓際を背に座り込んで外を眺めていた。
空を絶え間なく砲弾が飛翔していく。
「ものすごい弾数だな、いくつぐらいだ?」
「朝から続いているので約五万発はいくんじゃないですか。
今は砲兵たちが市の中央に敗走した敵兵と司令部を攻撃している最中です、中央までは約7キロ、私達はゆっくり目指していけばいいんです」
「そうかぁ?空輸が打ち切られてから食料は枯渇するばかりだ、もう民家の畑から腐ったじゃがいもをほっぽりだして食うのはゴメンだぜ」
そんなことを話していると、ふと大尉が少尉に尋ねた。
「そうだ、今日何日だ?」
「えっ…11月6日ですけど……」
「11月6日…あっ…!11月9日ッ!」
「何かありましたっけ、その日」
「とんでもねぇ、11月9日、アーデルハイドの19歳の誕生日だ!」
それを聞くと少尉はわかりやすく驚いた。
「えっ…そうだったんですか!?ていうか何で誕生日知っているんですか?」
「い、いやぁ、たまたまそういうのを知る機会があったんだ。
そっか誕生日か…どうせならなんかプレゼントでも考えてやるか…だが何がいいかな…平凡なものだとつまらないし…」
シュヴァルツが顎に手を当てて考える、がなかなかプレゼントが思いつかない。
すると少尉が思わぬ提案をしてきた。
「『トレンチアート』とかどうですか?」
「ん?トレンチコート?」
「アートですよ大尉、空薬莢や兵器の残骸を使って兵士たちが作り上げる物品のことです。ナイフや万年筆、指輪なんか空薬莢で作ることができるんですよ。
ああ、あと私の誕生日は6月4日です」
「へぇそんなものがあるのか、俺にも作れるかな」
「削ったり溶かしたりくっつけたり、可能性は無限大です」
大尉はその言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
「んじゃあ作るか!暇だしな!」
「何作るんですか?」
「はは、それはお楽しみだ。お前と一緒に作る合作だ、いい思い出を作ろうぜ」
適当にそこら辺に転がっている薬莢を拾い上げて笑った。空薬莢など戦場には腐る程落ちている。
「薬莢って確か真鍮だったよな、何度で溶けるんだ?」
「確か800℃近く…でも薬莢程度の軽さならそこまで加熱しなくても溶けますよ」
「型番がほしいなぁ、占領した地域に鉄工所がないか連絡してみるか、あぁ、あと工兵に道具を借りないとなぁ」
昼から晩まで、進軍と共に二人はこっそり誕プレを作成し続けた。
空薬莢を集め、略奪た型番に加熱してチョコレートのようにどろどろに溶かした真鍮の薬莢を流し込んだ。
そして数日が経ち……ついに11月9日、当日。
野外のテーブルの上で座って作業していたシュヴァルツとバウムガルトナーの視線は一箇所に集中していた。
「よし、耐久性はバッチリ、ちゃんと研磨して安全…あとはこの蝶番をあわせてロウ付けすれば…」
大尉がはんだごてでちょいと溶着すると、なんとか当日に無事完成した。
「やったできた!」
二人はその出来栄えに歓喜した。
喜び、そして達成感のあまり抱き合って成功を分かち合っていると男の兵士が言う。
「早くはんだごてのコンセント引っこ抜け!電気がもったいないだろ!」
「あぁ!悪い!今引っこ抜く!」
そう言って急いでコンセントのケーブルを引っ張って抜いた。
そしていそいそと出来上がったものを持って去っていった。
「…全く、一日2分だけレーダー探知機を停止させて電気をよこせって、危ねえじゃねえか、なぁ相棒」
「いいんじゃないか?制空権は黒逸のものだ、今更北ナ連から飛んでくるのは平和の象徴のハト様だけだぜ」
…なにはともあれ、無事に誕生日プレゼントは完成した、あとは手渡すだけだ。
だが結局、移動などの関係もあってアーデルハイド少佐のもとに来れたのは夜になってのことだった。
進軍先で確保したアパートの最上階の一室で少佐は就寝する準備をしていた。
壁には崩壊して空いた大穴があり、入り込む夜風が気持ちいい。
彼女が机の蝋燭の火を吹き消し、ベッドに横になろうとした瞬間、コンコンコンとノックがかかった。
「シュヴァルツ大尉だ、夜分遅く失礼、用がある」
「入れ」
扉を開くと、そこにはいつもの変わらぬ容姿の大尉が立っていた。
「ほんとに失礼だな、これから就寝だというのに」
「あぁ、そうだな、だが今日が終わる前にと思って」
「…?」
少佐はベッドに座り直し、大尉がその横に腰を掛けた。
「ほら、今日だよ11月9日。お前の誕生日だよ」
それを聞くと少佐は目を開いた。
「…私、君に教えたっけ?」
「…いいだろ別に、住所の数字じゃないんだ、『なぜ知ってる』みたいな反応はやめてくれ」
「まあいいか、それでなんだ?まさかプレゼントか?」
「ちぇ、勘づかれたか、つまんないね」
「ずっとポケットに拳を入れているからバレバレだぞ」
大尉は今気づいて少し赤面した。無意識にポケットの中のものを握りしめてしまっていたのだ。
「…ほ、ほらよ、俺とバウムガルトナーとで作ったお前へのプレゼントだ」
金色のチェーンが月光に反射してきらめく。つややかな楕円のロケットペンダント。
それが彼女たちからの誕生日プレゼントだった。
「これは…ロケットペンダント…」
「そうだ、お前確か家族のことが第一だっただろ、戦地に立つのも家族の為、じゃあ写真の一枚や二枚持ってると思ってな、その写真を入れるペンダントを作ってやろうって思って、イチからの手作りだ。『トレンチコート』ってヤツらしい」
「へぇ…ありがとう。…とっても温かいな、君が握っていたからかな?」
「い、言うなよっ…無意識だったんだ、いざ渡そうとするとどきどきして…つい握ってしまった」
恥ずかしがる大尉の隣で、少佐は折りたたまれた写真を取り出して、近くの机の上のハサミで軽く切り取るとそれをペンダントに収納した。
開閉式のペンダントには、軍服姿のアーデルハイド、そしてもうひとり、椅子に座った顔の似たボブショートの少女が写っていた。
「似てるな、妹か?」
「違う、カーチャ・シシー・フォン・クロイツ、私の一つ上の姉だ、今は両親と共に首都近郊に幽閉されている、時々手紙を書いてやるんだ、姉さんには、それしか楽しみがないから…」
慈愛の目で写真を見つめる。その表情もだんだん力の入った顔に切り替わる。
「国家黒十字軍は国軍であって結束党の親衛隊じゃない…!軍が党の支配下にある以上、自由には動けないが…私は絶対に家族を解放して、クロイツ家が帝国の政権を取り戻す!それが皇女としての責任だ!」
少佐の意気込みは続く。
「ありがとう大尉、わかりにくいかもしれないが私は今、とても喜んでいる。君がいなければここで雀のように小躍りしたい気分だよ。ありがとう」
「そうか、んじゃあ俺はもう帰るから小躍りでもしてろ」
そう言って大尉がベッドが立ち上がる、その時だった。
「えっ…」
突如アーデルハイドが彼女の手首をギュッと握って行かせないとばかりに引っ張ったのだ。
「…待て」
思わず少佐の上目遣いにドキッとしてしまう。
すると同時に心の中の宅郎が顔を出した。
(う、うおぉ…ッ、普段高身長女子の少佐が絶対にできないであろう上目遣いを俺は今…観測しているッ!)
シュヴァルツとはいえ中身は三十路近いミリオタ童貞、思わず期待せざるを得ない。
「で、でもバウムガルトナーが待ってるし…」
「『待て』、これは上官命令だ」
「イェス・マム!」
シュヴァルツは敬礼をして答えた。
無敗のシュヴァルツも劣情からの誘惑には完敗だ。
今夜は大尉の期待通りの夜となるのか。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




