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第三十二話 忍び寄る暗殺者

微かに視界が開ける。

その先には紅旗軍に追い詰められ、窮地にいるアーデルハイド少佐が見えた。


「(腹の底が温かい…血だ…俺は…死ぬのか…。

死が近づいてくるのがわかる、俺を地獄の彼方に追いやる死の軍靴の音が聞こえる。これが死か…)」


地面に腹ばいに伏している大尉はゆっくりと目を閉ざそうとしたがすぐに一つの考えが頭をよぎった。


「(だが…俺が死んだらバウムガルトナーはどうなる…?


…俺はまだバウムガルトナーに償えてねぇ、俺があいつの心の傷を癒やさないといけないんだ。

()()()()()ッ!俺の死は俺のものだ!)」


「ハッハッハッ!さてさて、いただくとするか。

戦場の恐怖を、戦友を地獄の彼方に追いやられた恨み(ぶし)を、気が狂いそうな戦闘で摩耗した俺たちの心の号哭(ごうこく)をケツ穴の奥まで流し込んでやる」


敵兵は少佐の首元を掴んで地面へと押し倒す。


「しゅ、シュヴァルツはどうなった…!!」


「シュヴァルツぅ?あぁ!あのボンクラ女!怪物とは随分誇張していたなぁ!そいつなら俺たちの機関銃を土手っ腹に食らって地獄ヘ帰省してる頃だ、アハッハッハ!!」


「…何発食らわせた」


「3発だ、それを食らってまともでいられる人間はいないよ」


「3発ッ!?ハッハッハッ!()()()()()ッ!!化け物相手にそれだけかッ!!

私が見惚れた部下を舐めるなッ!」


「なんだと!!」


その瞬間、背後から北ナ連の兵士の腹を貫くように銃弾が横断した。


「グァっ…!!」


「あ゛あ゛ァッ!?」


アーデルハイドの顔に飛び散る鮮血が付着する。

事態に対応できなかった敵兵たちは次々と鉛玉の雨に肉体を蹂躙され、その場に死肉となって積み上がった。


「よくやった、シュヴァルツ」


少佐は頬の血を拭って(たた)えた。


敵兵の肉塊の山の向こうには伏せから上半身を上げ、MP40を横撃ちで撃った大尉が口から血反吐を吐きながら少佐と目を合わせた。


「…はぁ…はぁ…アーデルハイド、衛生兵を呼べるか?」


「すまないが今はまだ不可能に近い」


すぐに血まみれの大尉に駆け寄る少佐、息も絶え絶えの大尉は彼女に驚くべき提案をする。


「なら少佐が俺の弾丸を摘出してくれ、早くしろ、体内で弾が腐る」


「弾は貫通していないのか、なら失血死は回避できるな、だが私でいいのか?最低限の知識しかないが」


筋肉は出血を止めようとする自己防衛機能が備わっている、しかし万が一弾丸が貫通して内部失血を起こしていたら血は止まらないだろう。

不幸中の幸いと言うわけだ。


「構わない、お前にしてもらいたいんだ」


「わかった。シュヴァルツ、近くの建物の中に運ぶぞ」


少佐はシュヴァルツの華奢な身体をお姫様抱っこで持ち上げると近くの廃屋の一階へと身を隠した。


「事務室に救急箱があった。一通りやってみる。まずは銃創の確認をさせてくれ、奴らは腹と言っていたが……」


野戦服を脱がして確認すると鼠径部(そけいぶ)に二発、脇腹に一発銃創が見られた。

生暖かい鮮血が絶え間なく流れ落ちていく。


少佐はピンセットを取り出して傷口へと近づける。


「このハンカチで歯ァ食いしばれ、痛いけど我慢してくれ」


「ッ!?ン゛ン゛…ッ!!」


銀色に光るピンセットが腹の銃創へと突っ込まれ、ゆっくり探られる。


「うぐっ…ッ!っ〜……!」


神経を直に逆撫でされるような痛みが患部を中心として全身を駆け巡る。

荒い息を歯の隙間から漏らすごとに脂汗と鮮血が吹き溢れるのだ。


「よしっ、掴めたぞ!あとは取り出すだけだ」


ゆっくりと鉛玉を掴んだピンセットを引き上げる。

先には血が付着した弾丸があった。


「あと2つ…耐えてくれ」


その後、激痛に耐えながら摘出作業は終わった。

銃創には消毒したガーゼが押し込まれ止血した状態で大尉は横になっていた。


「よく耐えた、さぞかし苦痛であったろう」


「し、死ぬかと思った…臓器の表面で器具に動き回られるのは…不愉快でしかなかった」


「ははっ、さすがの君も最後のほうは泣いていたな」


「笑うな、俺は血も涙もない怪物じゃない」


二人はそのまま廃屋の中で時間を潰した。

と言っても何かするわけでもなく、ただ鳴り止まない銃撃と砲撃を聞きながら時が経つのを待つだけである。


二人が完全に油断してきた頃、突如扉が蹴破られ、続々と人が突入してきた。

少佐はすぐさま立ち上がる。


「誰だ君たちはッ!!名を名乗れッ!」


「ハッ!!第206歩兵連隊からの増援部隊、第5分隊長ケルツ軍曹です!友軍の救出作戦、及び反攻作戦の実行のため派遣されてきました!ご無事ですか!アーデルハイド少佐ッ!!」


「味方かッ!負傷者1名!すぐさま搬送されたし!」


少佐のその声を聞き届け、大尉は気を失った。


腹を撃たれた大尉はアーデルハイドによって弾を摘出してもらい、ハーン曹長のいる野戦病院へと搬送されたのであった。


その野戦病院には、療養中のハーン曹長がいた。

ベッドの上で本を読んでいると、聞き覚えのある声がした。


「よう、見舞いに来たぜハーン。調子はどうだ?」


「見舞いって…大尉もお見舞いされる側じゃないスか!」


「ハハハ、実はな俺、腹に弾丸を食らってしまってなあ、それでさっき手術室で縫合してもらったとこだ」


看護婦の押す搬送台車に横になっている大尉はハーン曹長の隣のベッドへと抱え込まれて移動させられた。


けが人二人は横になりながら他愛もない話を始めた。


「…大尉、実は自分、除隊しようとか思っていたんスよ」


「へぇそりゃまた意外だな、何が嫌だったんだ?俺が原因なら直すが」


「いや違うんス、実は…自分んち、父親がちょっとアレな人で…そんでこの件を理由に手当をもらって除隊して母親とどこか暮らそうかと考えていたんです。

でも、前の件で考え直したんっス。

このまま大尉のもとを離れるのは違うかなって、自分、大尉に命を救われたんスよ、表現とか比喩とかじゃなくて本気で。


だからちょっと…その…なんて言うんスか…あ、憧れちゃったって言うんスかね…この人と一緒に地獄の世界で生きたいって思ったんっス。

だから除隊の話は無し、これからもよろしくおねがいしますって話っスよ」


「お、おう…なんか照れるな…へへっ…嬉しいぞ。

お母さんのことはいいのか?」


「母親には給料の8割を郵便で送ることに決めたっスよ」


「ほう、そうか、そりゃあ良かった。じゃあ前線復帰までのんびりしようぜ」


「そういえばフンドールの戦況はどうなっているんスか?」


「あぁ、一時は冷や汗かかせられたが今は増援の到着により押し返しているらしい。バウムガルトナーも無事だ」


大尉はくるりと背を向けて掛け布団を肩まで伸ばした。


平地の野戦病院に夜が来た。


その夜、野戦病院は静かだった。

共同部屋の病室は窓際と廊下側に並べられたベッドに負傷兵が寝ていて、大尉たちも暗い病室の中で寝息を立てていた。


すると突然の病室のドアが開き、電気がつけられると男たちの怒鳴り声で負傷兵たちは目を覚ました。

北ナ連の武装した特殊工作員が3名突入ししてきたのだ。


「全員動くなッ!!俺たちの目標は唯一つ!この部屋のシュヴァルツだけだ!」


目が覚めたハーンとシュヴァルツは身体を起こした。


「ヒルデガルト・シュヴァルツは俺だ!お前たちは何者だ!」


「その答えは地獄の悪魔に聞くんだな!!」


男たちが銃を持って駆け寄って来る。


しかしひずんでできた地面の配線コードの円に片足を突っ込んだ瞬間、シュヴァルツがベッドから半身乗り出して手でコードを引っ張る。

その円は締まって片足に絡まると男は転げ、それにあとの二人も躓いてころんだところを「大尉命令ーッ!!こいつらを取り押さえろッ!!」と呼びかけられて動いた負傷兵の集団に襲われ捕縛されてしまった。


なんとも間抜けな襲撃だった。


「何しに来た、病院の役割を果たす医療機関ヘの攻撃は条約違反じゃないのか?」


「攻撃?違うね!俺たちゃあんたを殺しに来たんだ!」


「なるほど、敵国からの暗殺者か。もっと詳しく聞き出さねば」


縄で捉えられた工作員は顔を背けて口を閉ざす。


「そうか、ならば殺して遺伝子情報を取り出して戦争博物館に条約違反を犯した戦犯人の名で晒して那由多の果てまで語り継いでやる。この遺伝子を持つ人間は悪魔の子孫との名も添えて」


「やめろ!親族まで侮辱する気か!」


「じゃあ吐け!さらいざらい何もかも!」


大尉が何回も胸ぐらを掴んで揺すると脅迫に観念したのか、白旗を上げた。


「わ、わかった!言うよ言う!」


「よ〜しわかった。ハーン、場所を変えるぞ、ここじゃ壁が薄すぎる」


病院のコンクリ製の倉庫に連れてこられたのは結局一人だけだった。


「ヒィィ〜!や、やめろ!殺さないで!」


「尋問にぁ3人もいらねぇ、お前だけで十分だ。ちゃんと情報を吐けば生かして解放してやる」


椅子に縛られた工作員はやがて抵抗を諦めて口を開く。


「…僕たちは特殊工作員、同志ココーシナ総書記の命令を受けてシュヴァルツ暗殺のためにやってきた」


「ほう、軍人なのか?銃の持ち方は素人じゃなさそうだが」


「あぁ、一応兵卒だ、入隊後本部に呼び出されて…それで工作員としての訓練を受けた」


「嘘っぽいな、訓練を受けてあの間抜けな攻撃か。さては俺を本気で殺す気はないな?」


「だってさほど恨みもないし、しかも女の子にそんなことできないね」


呆れる大尉、だが情報を引き出すのには好都合だ。


「…他にもいるのか?俺を殺そうとしているやつは」


「いるらしいが…詳しくは知らない。

特殊工作員は闇に蠢くもの、動きが大きくならないよう組まされる規模は小さいし、余計な情報も知らされない。だから他の部隊の詳しいことは知らないよ。ただ…これだけ、一つ知らされたことがあった」


「なんだ?」


工作員は含みを込めた厭味ったらしい顔をする。


「君の隊に暗殺者が紛れているかもしれない、というか話さ」


「なんだと…ッ!」


突如明かされた暗殺者の存在。それも身近に。

()()は大尉の知っている人かもしれない。

評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯




【補足】


この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。


登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨

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