第十二話 戦争の魔力
戦車や他の兵士たちが周囲の北ナ連軍の猛攻に対抗している隙にシュヴァルツ大尉とバウムガルトナー少尉率いる第54歩兵中隊約200人の兵士たちは停滞している軍を抜け出し、敵陣へと突っ走る。
「大尉、先程話されていた『釣り野伏せ』とやらを詳しく」
バウムガルトナーの問いに大尉は快く答えた。
「島津義久というサムライが考案したと言われている戦法でな、隊を分断して伏兵部隊を忍ばせ、残った囮の陽動部隊を敵の前方に配置する。
囮は敵軍を誘い出して伏兵を忍ばせている場所までおびき寄せてから囮は反転、それで伏兵と共に包囲殲滅するやり方だ。
敵を深くまで追わせる程本気にさせる技術や部隊同士の連携などなかなかに難しい戦法だが、まんまと実行してやがる」
「爆撃での混乱も思ったほど効果はなかったみたいですね…隊同士の連携がしっかりと取れているとなると…なかなか練度の高い敵兵ですよこれは」
軽機関銃のグロスフスMG42機関銃の銃身を持ちカチャカチャと鳴らしながら走る少尉の顔を見て大尉は安心させるよう語る。
「案ずるな、爆撃の効果は覿面だ。
この戦法は主に寡兵、つまり兵が相手より少ない場合に使われる」
「つまり…」
「敵は自認しているんだ、俺たち黒逸軍よりも兵が少ないことを。
おそらく爆撃で一気にくたばって、そんで苦肉の策として釣り野伏せを採用したんだ。
つまりは敵は背水の陣、このまま敵都まで押し返してやる…ッ!」
不敵に笑う大尉の頬を汗が伝って流れ落ちる。
その自身に満ちた顔を見ていると少尉も不思議と笑顔になれた。
(大丈夫…私には…大尉がいる…)
先行していた兵士たちは短機関銃のMP40を携えながら走っていると頭上から何かが降り注いで来た。
「…ッ!?」
突如上から降ってきた黒いレモンのでような形状の手榴弾が眼前にいくつか転がってくる。
「しゅ…手榴弾だッ!!」
そう叫んだ瞬間、兵士たちの目の前で手榴弾は炸裂し、破片を撒き散らしながら爆風で人体をふっ飛ばして男たちの身体を瞬時にボロ雑巾のように変えた。
「手榴弾の音だ…!」
「敵は近いです!40、50、60mあたりでしょうか」
バウムガルトナーはすぐにMG42の二脚銃架を展開して地面に設置し、自身もそこに伏せて銃を構えた。
「支援は私にお任せをッ!」
「ああッ!任せた!!」
少尉が引き金を引き、敵の動きを抑えている隙に大尉は一直線に駆け出し、手榴弾で負傷した仲間の元へ駆けつける。
「おい大丈夫かッ!?今後ろに運んでやる」
20歳前後に見える青年の軍服は随所に穴が空きそこから流血していた。
おそらく破片を食らったのだろう。
大尉は痛みで顔が歪んでいる負傷兵の脇の下を持ちズルズルと引きずり木の後ろまで運ぶ。
「ここで衛生兵が来るまで待ってろ」
「あ、ありがとうございます…ッ…大尉……」
「気にするな」
大尉は青年の手をガッチリと握ると短機関銃を持ってその場を離れようとした瞬間、負傷兵が声をかけてきた。
「…大尉の性格が変わったって噂は本当だったみたいですね…負傷兵を運ぶなど…前の貴方なら絶対にしなかったはずだ」
「…もう前のシュヴァルツと今のシュヴァルツを同一視しなくていいぞ。
俺は変わったんだ、生まれ変わった。
文字通り、な」
そう言って笑った彼女は青年の顔を少し見つめてから走り去った。
中隊の突撃に気がついた敵兵たちは樹木の影や茂みの中から容赦なく銃弾や手榴弾の雨をお見舞いしてくる。
「臆するなァーッ!!敵兵を奴らの国まで押し返してやれーッ!!」
大尉の叫びに同調するように兵士たちも銃撃で敵に応える。
すると。
「喰らえ黒逸ーッ!!」
茂みから突如姿を表した北ナ連の軍服を着た兵士は手榴弾の安全ピンを抜いて投擲し、大尉たちの側へと放る。
(黒いレモンのような形状…!ソ連のF1手榴弾…ッ!)
特徴的な形の手榴弾に、大尉、いや宅朗はすぐにミリタリー知識を総動員して武器の種類を特定した。
(爆発までの遅延時間は4秒…ッ!間に合うッ!!)
空中に放られた手榴弾を勇敢にもガッチリ掴むとそのまま投げ込まれた方向へと投げ戻す。
(…ゼロッ!)
心の中のカウントダウンが終了すると共に滞空していた手榴弾は黒煙と一瞬の閃光を放って爆発した。
そしてその手榴弾を投擲してきた兵士が怯んでいる間に距離を詰めて短機関銃の銃口を向ける。
だが敵の対応も早かった。
「野郎ッ!このクソアマァーッ!!」
瞬時にシュヴァルツに飛びかって彼女を押し倒すとその衝撃で手にしていた短機関銃を手放してしまった。
(ま、まずい…ッ!!)
そこまで力のなさそうな低身長の男の兵士とつかみ合いをするが、大尉は押しのけられない。
(クソ…ッ!こんな男にすら満足に抵抗できないのか…ッ!?俺が女の身体だからか…ッ!?
このままじゃ…殺されるッ!!)
「死ねぇーーッ!!黒逸ッ!!戦友の仇だァァーーッ!!」
敵兵が懐から取り出したのは鋭く光る鋭利な銃剣。
森の木々の葉っぱからわずかに射し込んできた日光に反射してキラッと光る。
(殺らなきゃ…殺られるッ!!)
銃剣が大尉の喉元めがけ振りかざしてきたそのとき、すでに無意識にシュヴァルツの行動は終わっていた。
サスペンダーで提げた腰のベルトの拳銃のホルスターからワルサーP38を咄嗟に抜くとそのまま敵兵の心臓部に銃口を押し当てて引き金を引いたのだ。
パァン!という銃声が数多の外野の銃声に混じって響くと、ドボドボと流れ落ちる熱い鮮血が大尉の顔に降り注ぐ。
銃剣は顔の直ぐ側の地面に突き立てられ、敵兵の亡骸はそのままグダりとシュヴァルツを押し潰した。
その死体を力いっぱいどけると驚いたような小さな声を上げて尻を引きずりながら後ずさる。
そして右手に持った拳銃を見つめながらつぶやく。
「人を…殺してしまった…」
それを証明するように足元に拳銃弾の空薬莢が転がってきた。
お前が殺した、とでも言うように。
近くで仰向けで転がっている死体の胸部の赤いシミはどんどん大きくなっていく。
大尉は身の震えが止まらなかった。
「殺した……俺がッ…人を…?違う、不可抗力だ…俺は…俺は決して悪くなんか………」
血のついた手と頬、まだほのかに暖かい拳銃が自身の凶行を物語っている。
「…」
死の恐怖と人を殺めたという罪悪感が渦巻く中、大尉はとある一つの結論に至った。
人を悪魔にする、無意識的な恐ろしい結論へと。
「戦争なら仕方がない」
そう思うと大尉の身の震えは収まった。
表情も冷静になり、落ち着いて軍服の裾で頬の血を拭う。
そして聞こえてくる銃声が、ここを戦場だと言うことを再確認させてくれた。
短機関銃を拾い上げると、死体をしばらく見つめてからからその場を離れた。
人を殺してしまっても、仕方がない。
戦争も持つ魔力は、ただのミリオタだった宅朗の心を軍人気質に染め上げるのに十分だった。
握った短機関銃は自分を守るため、そしてもう一つ、相手を殺すという意識を生み出させてしまったのであった。
そして戦闘はまだ、終わらない。
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【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




