第十話 罠
深い針葉樹林の中へ侵攻した黒逸軍の部隊は爆撃で敵が混乱している隙に戦車と機械化歩兵を森へ運び、そのまま敵の背後を取るというシュプリューレーゲン作戦を実行していた。
敵の攻撃も殆どなく簡単に攻め入ることができていることから、兵士たちの間には楽観的な雰囲気が漂っている。
森の中の地形は複雑で、戦車隊は切り立った岩と岩の間の道を列になって進み、その後ろを武装した軍用車両のキューベルワーゲンが追う。
「なんか静かですね…敵がいるとは思えない…」
車両の運転手の隣で短機関銃を構えながら辺りを伺うバウムガルトナー少尉は厳しそうな表情をしていた。
前席と後席の間の銃架に取り付けられたグロスフスMG42機関銃の取手を持っているシュヴァルツ大尉も何か心に引っかかるところがあるようだ。
「大尉、もう敵は撤退したんですかね?」
「情報によると撤退した敵部隊はまだないらしいが…」
「先程の爆撃で少しでも敵兵が死んでくれてればいいのですけど」
「数など関係ない、爆撃で残った敵の数がいくらだろうとこれから行われる奇襲攻撃にすぐさま太刀打ちできるほど人間は素早くない、ティーガー戦車の前には百人力も無力さ」
戦車隊は歩兵たちを随伴させながら進む。
「此処から先、道を外れます!」
1人の歩兵が叫ぶと途中、大きく道を外れ迂回し、草むらの中を隊列を崩した戦車が針葉樹を避けながら進んでいく。
「ついに、背後に回ってきたか。
少尉、車両から降りるぞ。これ以上騒音を増やすのはよろしくない」
音を立てまいとゆっくりと進む戦車と歩兵たち。
大尉は銃架からMG42を取り外し銃身を肩に預けて持つ。
(お、重ぅ〜…機関銃って実物はこんなに重いのか…)
少尉は短機関銃を抱えて車から降りるともたついている大尉は心配そうに見つめている。
「大尉…大丈夫ですか?持ってこれます?」
「あ、あぁ…これぐらい…ナンテコト…ッ」
「そうですか、じゃあ車両のバックドアの中に積んでいる弾薬箱も持ってきてくださいね」
「ごめんギブアップ、勘弁してくれ」
「はぁ〜…情けないですね…全く…。
やっぱり私がいないとだめなんですから」
キューベルワーゲンを置いて他の歩兵同様戦車の後を追う二人。
MG42を肩に担ぎ一つの弾薬箱を持ちたくましい目つきで一切軸をブラさずに歩くバウムガルトナーを見て大尉は恐怖を感じた。
(げっ…こいつ見かけによらず力あるんだな…俺が転生する前のシュヴァルツはこんなにやつにパワハラしてたのか…勇敢というか無謀というか…いや無謀だな。
バウムガルトナーも反抗すればよかったのに…)
二人はいそいそと進み、ついにゆっくりと進む戦車に追いついた。
慎重に辺りを見渡しながら進む兵士たち。
大尉と少尉はその間、しばらくできていなかった日常的な会話をしていた。
「虐待の件は悪かった。
少尉を不快な思いにしてしまって…反省している」
「…いいんですよ、もう過去のことですから。
わかってました、士官学校を出ていない兵士がたどり着ける最上級である准尉から少尉になれた私の事が気に入られないことぐらい、誰かに嫌われるだろうとは。
それが今回は大尉だっただけで、貴方がいなくても、処遇は変わらなかったと思っていますし、別にいいですよ」
それを聞いて大尉は納得した。
(なるほど…たしかに、それなら俺をボコしたところで結局何も変わらないってことか…だから反抗をやめて…いびりの理由もいかにも軍隊らしい)
ここでシュヴァルツ大尉は気がついた。
(嫌われ者のバウムガルトナーと、無能のシュヴァルツ…そして社会と結束党に幽閉された王家の娘のアーデルハイト少佐…とんだ厄介ものの集まりだな…)
大尉は皮肉そうにニヤリと口元を緩ませた。
「少尉」
「は、はい…?」
大尉は少尉ヘ凛々しい笑顔を向けた。
「お前は俺が守ってやる。
それが今の俺にできる贖罪だ、納得してくれるか?」
すると少尉はまるで告白の言葉を受けたかのような表情になり、頬が段々と薄紅に染まる。
「…っ!はい…っ!よろしくお願いします…っ」
「そうか、ありがとう」
まるで青春の1ページのような酸っぱさだった。
だがそんな夢想の世界に長くとどまっていることは現実が許さない。
ここは戦場、現実の中でも最も過酷で残酷な、人が人でなくなる場所だ。
タァンッ!!
空気を叩いたような乾いた音。
その音の直後に、肉を割いていく音が中耳に響く。
二人の目の前に立っていた1人の兵士は身体をのけ反らせ、後ろに倒れゆく。
その時に見えた表情は、シュヴァルツ大尉の脳裏にしっかりと焼き付いた。
目玉が飛び出そうなほど瞼をかっ開き、魂が抜けた死人の顔でこちらを見つめてくる。
眉間に開いている赤黒い銃創から、真紅の飛沫が宙を舞う。
銃撃だった。
「あっ…」
呆気に取られる大尉。
見ると数百メートル程先の樹木や倒木の影、茂みに身を隠していたルバシカM43の野戦服を着た北ナ連の紅旗軍兵士がこちらに銃口を向けて構えている。
短機関銃のPPSh−41、PPS-43やDP28軽機関銃。
トカレフM1940半自動小銃、モシン・ナガンM1891などの錚々たる北ナ連の名銃たちを携えた兵士が一斉に攻撃を開始した。
「かっ…隠れろぉォーーッ!!!」
大尉の声は間に合わなかった。
一斉に銃声の演奏会が始まった。
銃火は数百メートル先程で光り、そこから白い硝煙を生み出す。
放たれた弾丸の暴風雨は未防備な人間の柔らかい肉の身体に一瞬で無数の風穴を開けた。
「うぎゃぁァーーッ!!」
「うわぁーッ!!!」
瞬く間には辺りは地獄絵図と化した。
「大尉ッ!!」
ぼうっと立ち尽くしていた大尉の腕を掴んだ少尉は引っ張って地面に共に伏せる。
彼女たちのように事態に対応し、戦車の後ろや、樹木の影、または瞬時に伏せることができた者は鉄風雷火から身を守ることが出来た。
しかし対応できずに、判断が遅れた人間や地獄を目前にして気力を失った人間は、痛む暇もなく鬼籍に入った。
「何ぼうっと突っ立っているんですか!死にますよ!!」
「あ、あぁ…」
本物の戦場を目にして思わず、何も考えられなくなってしまったのだ。
(これが…戦争…)
さっきまで生きていた人間があっという間に死んでいく。
そこに感動的なドラマや悲哀的な物語もない。
ただ撃たれた時、死んでいく。
「助けてくれ゛ぇ゛ーーッ!!足が…ッ!足がぁ゛ーッ!!」
阿鼻叫喚地獄の底にいる亡者のような叫びが銃声と混ざって森に木霊する。
「私たちは銃器で戦車を支援しますよッ!!
戦車を破壊しようと近づく輩を排除しますッ!!」
少尉はこんな時でも冷静な判断を怠らない。
ドラム式の弾倉のついたMG42を持ちながら大尉と共に苔むした倒木の影に隠れると倒木に銃身を預けると大尉に銃手をするよう促した。
「お、おいッ!置いていくなッ!」
「なに子供みたいなこと言っているんですか。
私は貴方の隊の戦車を守っている小隊を率いなきゃならないのでここにはいれません。
あぁ、あと銃身が加熱してしまったら弾薬箱の中に替えがありますから怠らないように。
では、また。
生きていれば会いましょう」
「おいッ!バウムガルトナーッ!!」
少尉は機関銃と弾薬箱と大尉を残し、短機関銃一丁で倒木から飛び出して走っていく。
その後ろ姿を見て、大尉は寂しさを感じたと同時に彼女を失ってしまうのではないかという危機感に襲われた。
「や、やるしかない…ッ!敵を…殺すしかない…ッ!!じゃなきゃ…バウムガルトナーが死ぬッ!!」
大尉は右手で槓桿をガチャリと引いてコッキングすると銃床を肩に委託し銃身を倒木に置いて片膝立ちで構えた。
そして引き金を引くと銃声がつながって聞こえてくるほどの発射速度を誇る機関銃から無数の弾丸が放たれる。
その弾丸は数百メートル先の敵兵まで余裕で届いた。
「あれだ!あれが『総統の電ノコ』だ!
支援火器を破壊しろッ!戦車はその後だッ!!」
紅旗軍の兵士たちは銃撃を行いながら後ろの機関銃へと狙いを定め小銃による狙撃ら銃撃を行う。
その弾丸は大尉の隠れる倒木へと打ち込まれた。
それでも大尉は引き金を引くのをやめなかった。
白い硝煙を裂くのは無数の銃弾。
大尉は一心不乱に連射し続けた。
ゆっくり確実に進んでいく黒逸軍に対し、北ナ連軍は攻撃を行いつつ後退していっている。
「いいぞッ!!奴らを敵都まで押し返してやれーッ!!」
黒逸の士気は高い。
横隊となった戦車もその自慢の砲身で砲撃しながら微速度で進軍する。
それを見た北ナ連の紅旗軍兵士の一人はかすかに微笑んだ。
「フッ…いいぞ…まんまと罠にハマったぞ黒逸の奴ら。
このまま誘い込んでやる…」
何やら北ナ連軍も不穏な策略を持っているらしい。
だが黒逸の国家黒十字軍の連隊は未だにその策に気づいていない。
果たして、大尉たちは見えざる罠から抜け出せるか。
評価、ブクマ、感想などいただけると大変励みになります…!ぜひ…!╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
【補足】
この物語は史実である第二次世界大戦時の独ソ戦(1941〜1945)辺りの時代背景を下敷きの異世界でドイツ国とソ連がモチーフの国との戦争を生き抜く物語です。
登場する兵器や軍服などは名前が出ているものは実際に大戦で使われた物であり、調べていただきながらお読みいただくとより一層楽しめるかと思います୧( ˵ ° ~ ° ˵ )୨




