10.大丈夫に見える?
震える手でクレスチンから本を受け取った俺は早速ページを開いた。
すると、俺の手元を見たファンが覗き込んで言った。
『 っわあ。えがかいてある。いろがきれいだね。スシロー、これえほんなの?』
俺は感激して涙が滲んでしまった。
高校生の頃、クラスメートに借りて読んだことのある雑誌だ。
あの頃は、クラスメートが買った漫画雑誌を借りて読んでいた。そしてこれは、クラスの男子がほとんど回し読みしていたものだ。
大人になってからは、買うこともなく読むこともなかったけれど、俺は慣れ親しんだ雑誌に触れられて思わず郷愁の念に駆られた。
「いや、これは漫画と言うものだよ。俺の住んでいた日本の娯楽の一つだ。マンガといって・・・、そうか、絵が主体の読み物だものな。絵本みたいと言うのは合ってるかもな。」
これは、あまり人の手で読まれていないみたいに綺麗だ。
新しいものに見えるけれど、と思って日付を見ると、なんと先週号だ。
俺と同じように一緒に誰かが落したのだろうか、これの他には何もないというのが残念だ。
「これは、俺の世界の俺の国の漫画が載っている雑誌です。いつ落ちてきたんですか?それと、これだけ落ちてたんですか?」
『 いや。実は同じものが束で十二冊、紐で括られていたのだ。それで、王都へ輸送するのは十冊にして、残りの二冊は手元に置いていたのだ。我が領土にたった一人いる魔法士が是非研究してみたいと言ったので、研究用に一冊、保管用に一冊残しておいたのだ。研究用は魔法士が持っているし、散々見ていたからもうほとんどボロボロだが、書庫に入れていたのは誰も読めんから手つかずで綺麗なのだ。落ちてきた時期と言うのは、・・・二年ほど前か。』
十二冊も束で落ちてたって!
紐で括られてたってことは、本屋さんかコンビニに荷降ろされる前とか、運搬車の中とかかもしれない。いや、運搬車はないか。十二冊の束だけだっていったから、店頭に並ぶ直前だとも考えられる。
それにしても、先週号が二年ほど前に落ちている?
ってことはだ。時間も違ってきてるってことだ。
俺のようにこの世界に来ている人がいても、俺のように昨日じゃなくて二年前だったり、もしかすると十年前だったりするのかも。いや、それだけじゃない、今この現在でなく未来に落ちてくることもあるかもしれないわけだ。
時間軸すらもバラバラだったなら、たとえ知り合いがこの世界に来ていても、同じ時間を生きるとは限らない。
その事実に俺は愕然とした。
『 スシロー、だいじょうぶ? かおがあおいよ。』
そんな俺の顔を見てファンが言った。
「大丈夫に見えるか?」
『 ん~ん。あんまりみえない。』
ショックを受けたから大丈夫なはずがないよ。
あ~あ。あ、でも、人間はここ五年はいなかった、ではその前は?
『 五年前に落ちてきたのは、王都に近い町で男性だったと言うが、大怪我がもとで見つかって間もなく亡くなったというし、その前となったら七~八年前に十数人ほど我らに似た姿の男女がいたと言うが、詳しくは分らないな。王都の魔法士か書記官などしか覚えていないのではないか。異界物は数えきれないほど王都で研究されているから、それほど知りたければ王都で研究所へ行って、魔法士に尋ねるしかない。最も、君は王都へは遅かれ早かれ行かなければならないがね。』
まあね、王都へはどうせ行かなきゃいけないとは知ってたけどさ。そこで、牢屋とかには入れられないとは言ってたけど、尋問とか研究対象とかされるんだろうな。気が重い。
でも、王都へ行けば何かの手懸りがあるかもしれない。
元の世界に戻りたいとは思うけれど、あの状況じゃ関東壊滅とかもあり得る。
あの時、吉祥寺の交差点一帯の大地が裂けるほどの衝撃があったから、やはり楽観視はできないだろう。
施設での幼馴染とか、高校時代の数少ない友人とか会社の同僚とか、取引先の人とか知り合いもどうなったか、知りたいとは思うけれどどうしようもない。
暗い気持ちで思案に暮れていたら、クレスチンが慰めの言葉をかけてくれた。
『 気を落とすなと言っても、慰めにはならんだろうな。いろいろ聞きたいことはあるが、大変な思いをしたのだろうから、今日はもう休んで、明日もゆっくりして体と心を休めると良い。君は私と一緒に、三日後にはここを立って王都へ行かなければならないのだが、それまでいろいろとここの生活慣習や少しでも言葉を覚えるようにしてはどうか。』
心細いと思っていたところのにありがたいことだ。
常にファンが傍にいられるはずもないから、言葉を覚えるつもりだったので渡りに船だ。
ここに来る道中、簡単な挨拶と単語をいくつかは覚えられたけれど、文章構成はまだ分らない。
俺は明日から頑張ろうと決心した。
今日は屋敷に部屋を用意してあるからゆっくりしてよいと言われ、その言葉に甘えて早速休ませてもらうことにした。
サラジェン伯とクレスチンが部屋に引き上げた後、俺とファンは、部屋に案内される前に夕飯を食べるように言われ食堂へ行った。
普通なら客は領主と一緒に取るそうなのだが、ここに到着したときは夜も更けていたので、サラジェン伯たちは済ませていたという。
ピクルスに似た野菜の酢漬けとシチュー、パンに似たものといった神殿でも食べたものだったが、品質はこちらの屋敷の方が良く、味も良かったので食欲がなくなっていた俺でも食べる事が出来た。
部屋に案内された時には夜中も過ぎており、体感では二時か三時くらいだと思われた。
『 このおへやはひあたりのいいきゃくまなんだって。あたしもいっしょにねられるように、ベッドをよういしてくれたんだって。スシロー、あさがたのしみだね。』
ファンのお気楽な言葉で力が抜けたが、それが気持ちの切り替えになったので却って良かった。
俺は疲れた体を横にして意識を失うように眠った。




