キトルマイヤ10歳(2/2)
〈引き続きキトルマイヤ視点〉
僕が治してあげると言うと、リューは嬉しそうに目を細めて「ありがとう」って言う。
まだ治してないのに。
「お礼を言うには早すぎるんじゃない?」
「私を治そうとしてくれる、キトンの気持ちが嬉しい……」
「そんなの当たり前だよ、僕はまだ見習いだけど、治癒士なんだから」
「だが、治癒士なら誰もが私の怪我を治してくれるわけではないだろう?」
リューはどうしてそんな事言うんだろう。
治癒士なら、怪我をしてる人は誰でも治さなきゃダメだって教わったのに。
「そうかなぁ……?」
「そうだ。治癒士にだって治したくないと思う相手はいるだろう」
治したくない人……?
うーん……、僕にはいないけどなぁ。
首を傾げる僕を、リューはじっと見つめている。
あ、早く治してほしいのかな?
あっちもこっちも痛いもんね。
僕はすぐに血の滲んだリューの腕を取って、ぺろぺろと舐め始める。
小さい頃のリューはすごく泣き虫で、痛い痛いっていつも泣いてた。
リューは痛いって言うのも泣くのも、本当はダメな事で恥ずかしいんだって言ってたけど、僕は、リューが泣くのは当然だと思っていた。
だって、リューはいつでも酷い怪我だらけで、たまに骨が折れてることもあるんだもん。
こんなの、大人だって痛いよ……。
それなのに、こうやって、痛いのを我慢してここまで来てくれるんだ。
だからリューは強くて凄いと思う。
こんなに毎日傷だらけになるなんて、衛兵さんって大変なんだな……。
僕はリューの怪我をぺろぺろ舐めながら、尋ねる。
「リューはこんなに毎日痛い思いして、訓練が嫌にならないの……?」
「……正直、昔は嫌で嫌で仕方がなかった。……でも、今は違う」
「どうして……?」
「私には、どうしても守りたいものがあるから」
「守りたいものかぁ……」
リューは僕の事をじっと見つめている。
なんだか僕の事を守りたいと言ってくれているような気がして、胸がギュッとしてしまう。
違うって事は分かってるけど。
リューはこの国の人達皆を守りたいって言ってるんだよね……?
リューはあんまり喋らない。
けど、僕が話しかけるといつでもちゃんと聞いてくれるし、僕の目を見て小さく笑ってくれる。
それに、僕を撫でてくれる手は、いつも誰よりも優しいんだ。
腕の傷を治して、足の傷を舐めている僕の目に、チラリと服の裾から覗いた脇腹の痣が見えた。
「あっ、リュー、また怪我隠してるでしょっ!?」
僕がリューのシャツをめくろうとすると、リューが慌てて僕の手を押さえた。
「は、恥ずかしいんだ……。そこは、いい」
リューの赤い瞳が伏せられると、黒いまつげにそっと隠れてしまう。
かわりに、リューのほっぺがちょっと赤くなってくる。
「良くないよ、リューが痛いままなんて僕は絶対ヤダ!」
手をガッシリと掴まれてしまうと、僕の力じゃ、どうしたってリューには勝てない。
だけど、僕が怒ってるんだぞって顔でじーっとリューを見つめてると、リューはだんだんとっても困った顔になって、最後は手を離してくれるんだ。
「ぅぅ……」
小さく呻くリューの声を聞かなかった事にして、僕は容赦なくリューのシャツをめくった。
そこには、青やら赤紫やら黄色の打撲痕がぴっしり並んでいた。
僕の眉間にムムムと皺が寄ってしまう。
「もーっ、いつから隠してたの!? 明日からは毎日お腹も背中もチェックするからね!?」
「そ、それは勘弁してくれっ、今度はその、言う、から……っ」
「それ、酷い時だけって意味でしょ!?」
「うぐっ」
小さい頃は全身恥ずかしがらずに見せてくれてたのに、最近のリューはいつもこの調子で困ってしまう。
リューと同じ13歳の同室の先輩に聞いてみたら「そういう年頃なんだろう」って言われたけど、男同士で恥ずかしがる必要がどこにあるのか、僕には全然分からない。
僕は、そろそろと服をまた下ろそうとしているリューに飛び掛かるようにして、花畑の中に押し倒した。
「っ」
リューが痛みをこらえるように眉をしかめて息を詰めた。
ほら、背中もお腹もまだ痛いんじゃないか。
なのにどうしてそんなに我慢しようとするんだろう。
「キ、キトン……」
困ったようなリューの声を聞き流して、僕はリューの胸やお腹に広がる痣に、丁寧に舌を這わせた。
リューの痛いのが治りますように。
リューが少しでも早く元気になりますように……。
時々、リューが小さく体を揺らす。
僕のすぐそばで「ふ」と小さく息が漏れる音がする。
くすぐったいだろうけど、もうちょっと我慢してね。
今、僕が綺麗に治してあげるからね。
リューは毎日こんなになるまで訓練頑張ってるんだな……。
それにくらべたら、僕の仕事なんて簡単な物だよな……。
リューには傷付いてほしくないと思うけど、僕達を守るために頑張ってくれてるんだと思うと嬉しかったし、その傷を僕が癒せるって事が、なんだかすごく誇らしい。
最初は、どうして僕にこんな力が……って、この力が嫌でしょうがなかった。
僕も普通だったらよかったのにって、何度も思ったし、今でも時々思う……。
それでもリューの傷を治している時だけは、不思議と、僕が治癒士でよかったって、心から思えた。
***〈リュンドベルグ視点〉
これはいけない。
非常に、よろしくない状況だ。
私の臍にまで舌を這わせようとするキトンの肩を思わず掴むも、水色の瞳で恨みがましく見上げられると、私に手を離す以外の選択肢はなかった。
キトンはおそらくまだ未精通なのだろう。
これが私の欲情を煽る行為だなんて、欠片も思っていない。
だが、私には少し前からそれがあり、こんな風に想う相手に優しく触れられてしまうと、どうしても体が反応してしまいそうなのだ。
善意で私に奉仕してくれるキトンをそんな目で見る事は許されない。
それを頭でどれほど解っていても、未熟な体が制御しきれない。
白い髪がふわふわと私の胸元で揺れると、花のようなキトンの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
キトンの細い指が、するりと私の脇腹を撫でる。
私を優しく舐める舌は熱く柔らかく、キトンの温かな息が肌にかかると、どうしてもぞくりと肌が戦慄いた。
っダメだ!!
万が一こんな状況で兆してしまったら、キトンに怖がられてしまう!!
下手したらもう2度とキトンに治癒をしてもらえないばかりか、こうやって会う事すら叶わなくなるかもしれない……。
それを想像すれば、熱を持ち始めた体も、急速に頭の芯から冷えてゆく。
そうだ、落ち着け。
冷静になるんだ。
キトンに嫌われてしまったら、私は生きていけないだろう……?
邪な事を考えるな。
心を無にするんだ。
そう強く念じるものの、今も私の肌を撫で続けるキトンの指と舌に、とても無心ではいられない。
私は必死でこの国の建国からの歴史年表を全て思い浮かべ、それでも足りない分は貴族名鑑を家系図ごとに並べ直して、なんとか脳内を情報でいっぱいにして気を逸らす。
あまりにも苦しい試練の時間に、私は頭の隅で思う。
これからは……、これからは、なんとしても体幹部への攻撃を防がねば……。
そう、たとえ腕や足を犠牲にしてでも、体幹部だけは死守する!!
そして、もしそれでも、どうしても胴体に攻撃を食らってしまったときには、キトンにバレないように騎士棟を出る前にミロスさんに治してもらおう。
私は、そう決意した。
読んでくださりありがとうございます!!
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