キトルマイヤ11歳
***〈キトルマイヤ視点〉
あれから、リューは強くなってきたのか、胴体に怪我をしなくなった。
僕は、リューのくっきり分かれた腹筋とか、広くて綺麗な背中を触れなくなったのがちょっと残念だったけど、リューに危ない怪我が減ったのはやっぱり嬉しい。
……とはいえ、腕や足には相変わらず生傷が絶えなかったし、今まで以上に深い傷を負う事もあったけど……。
早いもので、リューは来年には15歳になる。
僕も12歳になるしね。
……相変わらず身長差は詰められないどころか、逆にもうちょっと開いた感じだけど。
15歳と言えば、見習いから正式に衛兵になる歳だ。
僕も15歳になれば見習い治癒士から治癒士になるし、騎士様達もそうだ。
だから来年からはいつもの場所で会える時間が、もっと少なくなっちゃうらしい。
リューが立派な衛兵さんになるのは凄くうれしいけど、あんまり会えなくなるのはちょっと……寂しいな……。
その日の奉仕の時間。
僕は、よくお喋り……もとい相談に来てくれるおばあさんの話を聞いてたはずが、いつの間にか僕の方が一生懸命リューの話をしていた。
リューはこんなに強くて、優しくて、カッコイイんだって。
おばあさんがもっと聞かせてって色々聞いてくれるから、嬉しくて、ついつい……。
「ふふふ、キトルマイヤ君は本当にリュー君が好きなのねぇ」
「はいっ、僕のお友達の中で、一番リューが好きなんですっ!」
えへんと胸を張って応えると、おばあさんはあらあらと手を頬に沿えて微笑む。
「そんなに素敵な少年ならモテモテなんでしょうねぇ、彼女さんはいるのかしら?」
僕は思いもよらない単語に、目を丸くした。
「……彼女……ですか? 聞いたことなかったです」
「あらそうなの? キトルマイヤ君より3つ年上ならもうすぐ15歳でしょう? 彼女の一人や二人いてもおかしくない歳だし、貴族様ならもう婚約者だっているくらいの歳だわ」
「そうなんですか……?」
「ええ、これでも昔貴族の侍女をしていたから、よく知っているのよ」
リューに、彼女とか、婚約者が……?
え……?
もう、とっくにいる……って、事……?
「……ル……ヤ君、キトルマイヤ君?」
おばあさんに肩を叩かれて、僕はハッと顔を上げる。
「あ、ごめんなさい、ぼんやりしてました……」
その日は結局、おばあさんの後の人達に何を相談されたのか全然覚えてなくて、日誌は適当に書いた。
寝不足でもなかったのに、なんでこんなに自分がぼんやりしてるのか分からなかったけど、ただ頭の中で、リューに会ったら聞いてみなきゃってずっと思っていた。
自由時間になると同時に、僕は駆け出した。
塀の下を潜り抜けて『秘密の花園』に入ると、いつものようにローブを着直す。
しばらくすると、リューがヒラリと塀を飛び越えて、会いに来てくれた。
「リュー!」
僕が鼻息荒く駆け寄ると、リューは少し驚いた顔をして、じっと僕を見つめた。
「どうしたキトン、何かあったのか?」
「リューって今付き合ってる人とか、結婚する予定の人とかがいるの!?」
僕の言葉にリューは真っ赤な色をした綺麗な瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「ど、どうして急にそんな事を……?」
リューはなぜか、僕に何かを期待するような視線を向けた。
「えっと、貴族様って15歳には彼女とか婚約者がいるものだって聞いたから、リューにもいるのかなって思って。だって、僕と会ってたら彼女とか婚約者と会う時間がなくなっちゃうでしょ? 僕遠慮した方がいいんじゃないかなって……」
「ああ……なんだ。そういう事か……」
リューががっくりと肩を落とす。
うん?
僕なんか落ち込むような事言ったっけ?
「私には彼女も婚約者もいないよ。今は毎日の修練で手一杯だからな」
リューは、貴族というものは彼女や婚約者ができると色々やらなきゃいけない仕事が増えるのだと教えてくれる。
お茶会だとか買い物だとか手紙のやり取りだとか、僕が思いもしなかった貴族の常識を説明されて、僕は目を丸くしてしまった。
「貴族様って大変なんだねぇ……」
呟いた僕を、リューの赤い瞳が探るような色でじっと見つめる。
「キトンには……気になる相手はいないのか……?」
「え、恋愛的な意味で? そんな人全然いないよ」
「そうか」
なんでそんなホッとした顔するんだろう。
あ、自分よりも年下の僕に先に恋人ができたら負けた気がするのかな?
大丈夫だよ、僕にはそもそも出会いがないもん。
確かに治癒士は半分くらいが女子だけど、宿舎も女子部屋と男子部屋は完全に分かれてるし、正直あんまり可愛いと思う子もいない。
むしろ、可愛さだけなら僕の方が可愛いんじゃないかなって思うし。
僕は自分が人より可愛いことを知ってる。
同室のカリッツ先輩にも『その容姿はうまく使え、でないと損するばかりだ』って言われたし。
自分がちゃんと意識して、警戒するべきところではしっかり警戒しないと、痛い目を見るのが自分だって事も、もう分かっていた。
「リューには、気になる人はいないの?」
くりっと首をかしげて尋ねると、リューの顔がボッと真っ赤になった。
……え…………?
「わ、わ、わ、私、か……っ!?」
ちょっと……、動揺し過ぎじゃない……?
何それ……。
そんなリュー、僕見たことないんだけど……。
リューは揺れる視線を花々に彷徨わせながらも、何かを決意するかのように、ぎゅっと両手を握り締めた。
僕の知らないリューの姿に、なんだか嫌な予感がする。
誤魔化さなきゃ、冗談だよって。
慌てて口を開きかけた僕より、リューの言葉の方が早かった。
「い、今はまだ、私の片想いだが……、いつか、恋人になれれば、と思う相手なら……いる……」
リューは凄く凄く大切そうに、言葉を紡いだ。
なぜか、それを聞いた途端、僕の胸にぽっかりと大きな穴が開いたような気がした。
「……そうなんだ……」
全然気付かなかった……。
こんなに毎日顔を合わせてたのに。
僕はリューに、好きな人がいた事すら知らなかったんだ……。
そうだよね、僕とリューが話すのは1日のうちのほんの少しだけ、この場所だけなんだから……。
僕の知ってるリューより、知らないリューの方が……ずっと多いんだ……。
それなのに、僕はどうして、リューの事なら何でも知ってるみたいな気になってたんだろう。
ふと、前にリューが言っていた言葉が胸に蘇る。
「……じゃあ、リューがこないだ言ってた守りたいものって、その人の事なの……?」
僕の言葉に、リューが静かに頷く。
闘志の込められた赤い瞳が僕をじっと見つめていて、僕は息が苦しくなって目を逸らした。
「その人と、両想いになれるといいね」
「っ、いや、キトン……、私は……」
「怪我治すから、そこ座って腕出して」
「……キトン……」
リューは僕に何か言いたそうにしてたけど、しばらく迷ってから、どこか苦しそうに口を閉じた。
僕も、リューの好きな人の話はなんとなく聞きたくなかったので、それ以上何も聞かなかった。
読んでくださりありがとうございます!!
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